カルみと 怒る神無さんの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
傷だらけの彼を目にした時、頭の中でぶちんと何かが千切れるような音がやけにうるさく響いた気がした。
「だらだら先輩っ!?だらだら先輩!!」
改造アンドロイドの密輸組織の取り締まりのために、合同調査を行ったドロ課とスパローはそれぞれの目的を達成すべく施設内を駆けていた。
主犯らしき人間を捕らえた神無がほっと息を吐いて通信を行ったとき、ようやく彼は縞斑からの応答がないことに気がついたのだ。
「ディーノ!アサギリに連絡してくれ!!」
「っ、わかりました…!」
不穏な気配を瞬時に察知したディーノは、通信を起動して共に行動しているはずの相棒へ連絡を飛ばす。
しかしそのメッセージに対する返答は、いつもディーノを弟のように可愛がる穏やかな彼の言葉ではなかった。
「しゅう……げき、ますたー…あぶない…」
砂嵐のような大量のノイズに混ざる断片的なアサギリの声を聞き取ったディーノは、狼狽えた様子で神無を見上げる。
「二人が…襲撃に遭って、」
「座標は!!」
「こ…ここから近いです!神無のデバイスに送ります!!」
襲撃時に自らの発信機能が破壊されてしまったらしいアサギリは、ディーノの連絡を受けて初めて応答が叶ったらしい。
通信地点から彼らの座標を割り出したディーノが神無に情報を共有すれば、サングラスの液晶に施設内の地図を表示した彼は弾かれたようにその場から駆け出す。
「いやだ…っ、やだ、せんぱい…あさぎり、」
廊下を走る神無の脳裏を過ぎるのは最悪の想像ばかりで、彼は何度も頭を振ってその考えを取り払った。
座標の地点が目の前であることを確かめた神無は、刀を構えて扉を勢い良く蹴破る。
「ふたりとも…っ!!」
室内に転がり込んだ神無がまず最初に目にしたのは、青色の水溜りの上で下半身を失ったまま懸命に手を伸ばすアサギリの姿だった。
彼が自身に構わず助けたいと思う人間が誰であるかなど分かりきっている。絶望に染まる彼が伸ばす手の先を辿った神無の意識が、ざわりと逆立った。
「かみな、さ」
今にも消えてしまいそうな震える声で、ぽつりとアサギリが呟く。
相棒の声を聞き漏らさなかったのか、はたまた恋人の名前が聞こえたからか。視線の先で複数のアンドロイドに押さえ込まれていた縞斑がゆっくりと顔を挙げた。
「……かみ、なちゃ…ん…?」
掠れた苦しげなその声は。
外套をより赤く染めるその色は。
頬を腫らし、至る所に痣をつくるその姿は。
「きちゃ…だめ、だ……」
縞斑がひとりアンドロイドたちに攻撃を受けていたのだと思い知るには、十分過ぎる情報だった。
「……せんぱい、」
傷だらけの彼を目にした時、頭の中でぶちんと何かが千切れるような音がやけにうるさく響いた気がした。
体の中に沸々と熱が湧き上がる。ショートしたように焼け焦げた思考では、愛しい恋人が傷つけられたという事実を受け入れることがやっとだ。
殺さず痛ぶって、神無たちをこの場所に誘い込めという主人の命令だったのだろう。その証拠に神無が部屋に飛び込んでからアンドロイドたちが動く様子はない。
ふと縞斑の髪を掴んでいたアンドロイドの一体が、その手を離して武器を身構える。支えを失った縞斑の体がぐらりと傾いて床に倒れ伏した瞬間、神無の思考は熱に溶けて消えた。
「ーーーぶっ殺す!!!」
駆け出した彼に向けてアンドロイドたちが一斉に銃弾を撃ち込む。咄嗟に地面を蹴って避けた神無は、追撃を一薙で払い除けるとアンドロイドの一体へ距離を詰めた。
神無の刀がアンドロイドの腹を貫く。柄に手を添えて更に奥へ刀を沈めれば、目の前のアンドロイドは口から大量に青色の血液を吐いた。
びしゃりと顔に降り注いだその雨に怯むこともせず、爛々と輝く殺意に見開かれた瞳孔は目の前の獲物から決して逸らされない。渾身の力を込めて刀を振り上げた神無は、一体の上半身を二つに裂いて捨てた。
「はぁ…っ、はぁ、はぁ…」
ずきずきと痛む神無の頭の中に、いくつもの映像がフラッシュバックする。
幼馴染の体を貫き、自身の腹へナイフを振り下ろした兄の姿。床に力なく項垂れる血濡れの養父の姿。
全部こいつらのせいだ。
何度だって、そう考えたじゃないか。
「はぁー……はぁー…ッ」
身体中の血液が沸騰したようにぐらぐらと揺れる。最初からこうすれば良かった、そんなどこまでも残酷な手段を唯一の名案だと考えてしまうほどに、神無の精神は激しく摩耗していた。
「…か、みな、ちゃ…ん、だめ、」
倒れた縞斑の声も耳に届いていないらしい神無は、再び地面を蹴るとアンドロイドたちへ飛び掛かる。
横薙ぎにした一体の上半身と下半身を真っ二つに切り裂き、返し刀で側の一体を下から斜めに斬りつける。
神無を中心に咲く青い花は見る間に部屋中へ広がっていくが、それでも彼が止まる気配は一向になかった。
「ひ、っ…来るなぁっ!!」
神無の殺意に影響されて変異したらしいアンドロイドが、恐怖に引き攣った声を上げて銃弾を撃ち込む。
弾切れまで撃ったその弾丸は駆け寄る神無の腕や足を掠めたが、彼を止めるほどの威力は持っていなかった。
「…絶対許さない。」
刀を血が滲むほど握りしめた神無の声色には、ぞっとするほど温度がない。
これではどちらがアンドロイドか分からない。そうアンドロイドが目の前の殺意だけで動く存在に恐怖すると同時、振り下ろした彼の刀によってぶつんと意識が途絶えた。
「神無っ!!」
部屋の扉が再び開かれて、ディーノが室内へ転がり込む。そんな彼の足元に音を立てて転がったのは、今し方神無が刎ねたアンドロイドの首だった。
あれは本当に自分の相棒なのだろうか。殺意に満ち満ちた神無の勢いに一瞬怯んだディーノは、はっと我にかえるとそばに倒れたアサギリへ視線を向ける。
体内の機器類を取りこぼしながら懸命に床を這うその姿は損傷が激しく、彼は慌ててそんな彼の元へ駆け寄った。
「アサギリ…!!」
「ます、たー……ますたー、」
「動いたらダメです!!じっとして!!」
「わたしは…へいきです、だから…ますたーを、」
無理矢理にでも動こうとするアサギリを抑えたディーノはすばやく彼の体を診断する。ブルーブラッドが足りず全ての機能が低下しているが、幸いなことにスタックは無事だ。
ニトの元で修理を行えば助かるだろうと判断したディーノは、ひとつ頷いて彼の願い通り離れた場所に倒れる縞斑の元へ向かった。
「だらだら先輩っ!しっかりしてください!!」
「でぃー…の、ちゃん……?」
声を掛けて軽く揺すれば、小さく呻き声を上げた縞斑は閉じていた瞼をそっと開く。
ゆらゆらと定まらない焦点を結んでディーノの顔を見上げた彼の体には、幾つもの打撲痕が残っていた。
折れて動かすことができないらしい彼の右腕を取ったディーノは、咄嗟に近くに転がるアンドロイドの腕を使って応急処置を試みる。
「う"、ぁ…」
「もう少しの辛抱です…!すぐに外へ運んで、」
「…いい、これで…いいから、おねがい」
弱々しく持ち上げた左手がディーノの腕を掴んだ。
「だらだ、」
「…あの子のとこに…つれてってくれ」
歪んだ苦しげな表情の理由が、自身の怪我だけではないことに気がついたディーノは息を呑む。
「このままだと、あの子が…こわれて、しまうから、」
今の神無は敵を屠ることだけを考えて限界を超え戦い続けている。神無の腕前であればアンドロイドたちに打ち勝つことはできるだろうが、無茶な戦い方をした彼の精神はもたない。
縞斑の負傷が神無の精神が揺らいだトリガーなのであれば、彼が無事であることを知れば暴走も収まるはずだ。
例えそれが危険を伴う賭けであろうと引くつもりはない縞斑は、懇願するようにディーノの腕を握りしめる。
その体温を呆然と見下ろしていたディーノは、やがてこくりと一つ頷いた。
「…分かりました。近くまで運びます。」
「あり…がとう……」
神無を助けたい気持ちはディーノだって同じだ。
アンドロイドの肉体であるディーノが神無を刺激しない地点まで縞斑を運ぶことを約束すれば、彼はほっと安堵した様子で息を吐いた。
※
頭が冴え渡り、心臓がどくどくとうるさいほど大きく脈打っている。
真っ青に染まった全身は、兄を殺したいつかの日に良く似ていて、ひどく痛む目の奥に眩暈がした。
「はぁ……っ、はぁ…」
気がつけば、神無の周りに動くアンドロイドの姿は一体も居ない。
斬り伏せられて動かなくなった残骸を見下ろした神無は、頭痛に耐えきれず頭を抑える。
そうして彼が一歩後ずさったとき、からりと背後で瓦礫を踏む音が響いた。
「ッ、」
反射的に振り返った神無は、相手が誰であるかを確認することもなく刀を振り上げる。
自分に近づく者全てを傷つける様に、その首を跳ねるため振り下ろした刃は、相手に触れる直前でぴたりと止まった。
「……!!」
ぽたりと床に赤色の雫が落ちる。
目に痛いほど鮮やかな赤が、青色の水溜りに溶けて紫色へ変わる様を呆然と見ていた神無は、ゆるゆると顔を上げた。
「…かみなちゃん、」
優しい声が鼓膜を揺らす。
何度だって名前を呼ばれたいと願う大好きな声。それまで左から右へ流れていた雑音が、ようやく確かな音として神無の中に届いた。
「せん、ぱい……?」
刀を掴む縞斑の手のひらから、とめどなく血が流れ落ちていく。その痛みを殺した縞斑は、神無に向けて穏やかな笑みを浮かべて見せた。
「もう大丈夫、大丈夫…だから、」
「…かるま、せんぱい……」
刀を下ろした縞斑は神無へ手を伸ばす。ぐいと引き寄せてその体を胸に抱けば、至る所が怪我を負って血に汚れていることに気がついた。
痛みを知覚することもなく戦い続けていたのだろう。自身の身体も精神もとうに限界を迎えていたはずなのに。
眉を寄せた縞斑は神無の頭をそっと撫でる。返り血に染まる頬を拭って包み込んだ縞斑は、もう一度言い聞かせるように口を開いた。
「おねがい…もう、これ以上…自分を傷つけないで」
小さく息を呑んだ神無は、自身が縞斑を傷つけられたことに激怒して暴走したことを自覚した。そして同時に、そんな神無を止めるために傷ついた縞斑が身を挺したことを思い知ったのだ。
血が滲む手のひらからすとんと力が抜けて、地面に刀が乾いた音を立てて転がる。
おそるおそる伸ばした両手で縞斑の手を取れば、刃に傷ついた手のひらからは今も血液が溢れ出ていた。
「ごめ…なさ、い…ごめん、おれ…なに、」
「神無ちゃんはわるくない…俺こそごめんね。……頑張ってくれてありがとう。」
結果として縞斑は、油断して負傷していたところを神無に助けられたのだ。縞斑たちのために戦った神無を責める理由などどこにもない。
ところが縞斑の言葉を聞いて泣きそうに顔を歪める神無はそれ以上に、自分の刃が縞斑を傷つけてしまったことを気にしているようだった。
朦朧とした意識の縞斑は、この言葉だけは伝えなければならないと必死で神無の手を強く握る。
「みんなで、かえろうね。」
「……うん…うん、帰る。ありがと。」
縞斑の思いは正しく神無に届いたらしい。こくりと頷いた神無が鼻を啜って涙を拭った様子を確かめて、ようやく縞斑は安堵に身を任せて意識を手放した。
「っ、せんぱい…!!」
「神無!だらだら先輩!」
傾いた体を神無が慌てて支えれば、背後から駆け寄ったディーノもそれを手伝う。
いつもと同じ柔らかな菫色の瞳を見上げたディーノは、ほっと息を吐いて微笑んだ。
「救助を呼びました。だらだら先輩も、アサギリも、もう大丈夫です。」
「…うん……ごめんな、ディーノ。」
「いいえ。帰ったら神無も手当てをしましょうね。」
神無の傷だらけの体を刺激しないようにそっと擦り寄った彼は、縞斑を神無に任せてアサギリの元へ駆けていく。
やってしまったことは消えない。だからせめて、この先は目を覚ました彼らに笑われないように気張らなければ。
涙を拭って唇を噛んだ神無は、縞斑たちを一刻も早く脱出させようと今度こそ動き出すのだった。
終