カルみと ケーキバース
シナリオネタバレあり
リクエストより 甘々(にならなかった)
@popo_trpg_ss
縞斑がフォークだと診断されたのは、あの事件の後スパローとドロ課が正式な協力関係を結んで間も無くのことだ。
きっかけは、アサギリが淹れる珈琲に違和感を感じたことだった。
泥水のような不快な臭いに思わず嚥下を躊躇えば、目の前のアサギリがこくりと首を傾げる。
大方アサギリのユーモアかニトの悪戯だろうと笑って指摘をしたところ、彼はますます不思議そうな表情で首を横に振ったのだ。
珈琲は昨日と同じ配分で淹れたと主張するアサギリに嘘をつく理由などあるはずもなく、おかしいのは自分なのではないかと縞斑は速やかにニトの診察を受けることにしたのである。
スパローには人間に対する医療設備は限られていたが、その中で行った簡易検査の結果、縞斑は後天性のフォークであることが判明したのだ。
※
「……はぁ…」
路地裏を選んで歩く縞斑は、寝不足に痛む頭を押さえて深いため息を吐く。
診断を受けたものの、スパローのアジトには抑制剤などの薬が保管されていなかった。
犯罪者である手前病院に行くこともできず、他の組織を経由して薬を取り寄せようと試みているが、結果はあまり芳しくない。
波のように訪れる捕食衝動に悩まされて、まともに眠ることもできない縞斑は徐々に疲弊していった。
「…裏ルートで入手……いや、ダメ元でレミちゃんに相談を……」
このまま抑制剤無しで過ごすのは得策ではない。一刻も早い対策として、金を掛けてでも裏ルートで薬を仕入れるか、自身がフォークであることを知られるリスクを承知でドロ課のレミに診察を頼むかの選択を縞斑は迫られていた。
普段なら恥を惜しまずに安く確実な手段を迷わず選ぶ縞斑だが、今回ばかりはわけが違う。
「レミちゃんに話したら…神無ちゃんにも絶対伝わるよなぁ……」
ドロ課所属のアンドロイドである彼女だけに相談をすることなど不可能だ。必然的に縞斑のその告白はドロ課に所属している元後輩たちにも伝わることだろう。
犯罪者予備軍ともされているフォークの自分がスパローのリーダーを努めていることが知られてしまう、というのはただの建前だ。
本心はひとえに、ドロ課に所属している神無三十一という想い人に警戒されたり嫌悪されたくないという女々しい恋心だった。
「とはいえ…そうも言ってられない、か……」
一歩を踏み出すたびにぐらぐらと揺れる視界に吐き気が込み上げる。覚束ない足元にどうにか意識を向ける縞斑だが、酔っ払いのようにふらふらとよろめいてしまった。
いい加減強がるのも限界かもしれない。そう縞斑が頑固で臆病な自分を嘲笑した、その時だ。
ふわり。甘い匂いが鼻をくすぐる。
それはフォークとなって味覚が捩れた縞斑にとって、数ヶ月ぶりに感じた『美味しそう』な匂いだったのだ。
乾いていた口の中がみるみる唾液で溢れていく。無意識に顎を伝い落ちたそれを拭う余裕もなく、縞斑の足は誘われるように路地の奥へと向かった。
この匂いの先にケーキ性の人間がいることを、縞斑は頭の隅で理解している。
今すぐに足を止めなければならない。けれど重度の飢餓に苦しんでいた彼にとって、それは止めることの難しい魅力的な誘いだった。
「…たべる、とは、いかなく…ても、」
体液を少しだけ分けてもらえないか交渉できないだろうか。スパローの予算は厳しいものだが、フォークとなった縞斑のことをアサギリたちも心配しているため、多少の報酬は払えるかもしれない。
そんな非現実的な交渉を名案だと思ってしまう程度には、縞斑の思考はひどく弱り果てていたのだ。
やがて縞斑は匂いに導かれて路地を曲がる。
裏路地の奥に立つ人影を目にした瞬間、暴力的なまでの甘い匂いに縞斑の意識は飲み込まれてしまった。
「っ、」
目の前の人間を食いたい。
肌に吸いついて、喉笛に噛みついて、腹を割り臓腑を啜れば、それはどれほど甘美な味なのだろうか。
路地を大股で駆けた縞斑が手を伸ばす。足音に振り返った人影が声を上げるより先に、縞斑は相手の手を引いて口を塞ぐと路地に引き倒した。
「ん、んんッ!?」
縞斑の下で口を塞がれた相手が悲鳴を上げる。長い髪が邪魔で相手の顔は見れないが、幸いなことに動揺しているらしい相手から抵抗らしい抵抗もない。
このままこの人間を、そう思考を巡らせて拘束する手にぎゅちりと力を込めた縞斑は、直前でぴたりと肩を揺らし止まった。
「…おれ、は……?」
地面に擦れた肌の僅かな痛みで一瞬我に帰ることが叶った縞斑は、その顔から一瞬で血の気が引いた。
それまでの縞斑には、食人という非道徳的な行為への抵抗など微塵も湧いていなかったのだ。
ただあるのは、長らく苦しんでいた餓えからようやく解放されるという安堵だけ。
「だめ、だ……だめ、やめろ……っ!」
「ん、ぐ…?」
頭を押さえた縞斑は耐えるように自身の唇を強く噛み締める。自身の血液すら生肉が腐った臭いを放っているような気がして、堪らずその場で嘔吐ずいてしまった。
何が起こっているのか分からない様子で、縞斑に押し倒された人間がくぐもった声を上げる。
早く解放しなければ。そう思っているはずなのに、相手を掴む腕を緩めることができない自分に縞斑は呆れを通り越して殺意が湧いた。
スパローやドロ課の彼らに迷惑を掛ける前に、いっそのこと死んでしまえたらいいのに。
縞斑の視界が徐々に黒く塗りつぶされていく。まるで、最悪の思考を巡らせ続けていた脳が愛想を尽かしたように、やがてそれは彼の抵抗虚しく電源を落とした。
「ーーーい!?ーーーせんぱい…!!」
意識の途切れる刹那、縞斑を呼ぶ聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
※
ゆっくりと瞼を開く。
部屋の明かりに眩んだ頭を抱えて小さく呻いた縞斑が辺りを見回せば、ぱさりと音を立てて額に乗っていたらしい濡れタオルが落ちた。
「ここ、は…」
室内にはふわふわと甘い匂いが満ちている。
広いリビングのソファの上に寝かされていた縞斑は、徐々に冷静さを取り戻す意識の中でその場所に見覚えがあることに気がついた。
「神無ちゃんの…?」
「呼んだ?」
独り言に返された返事を聞いて、縞斑は思わず心臓が飛び上がる。慌てて声の聞こえたキッチンに視線を向ければ、そこにはふたつ分のマグカップを手にした神無が立っていた。
「な、んで…」
「なんでって…ここ俺の家だし。」
「いや…そうじゃなくて俺は、」
「先輩、路地で倒れてたんだよ。たまたま通り掛かったのがパトロール中の俺で良かったな。」
そう話しながら縞斑の前にマグカップを置いた神無曰く、縞斑は路地裏で気を失って倒れていたらしい。
たまたまその現場を発見した神無は、慌てて縞斑のことを自宅に運んで介抱していたのだ。
先ほどまではディーノもそばにいたらしく、縞斑を運ぶのを手伝ってからアサギリを呼びに出たらしい。
「あー…あぁ、うん、そっか…ありがとうね、神無ちゃん。」
「それは別にいいけどさ…大丈夫?体調が悪いならレミに…」
「いや、大丈夫…大丈夫だから、心配しないで。」
心配そうに通信機を手に取る神無を、縞斑は慌てて引き止めた。そんな彼の様子を見た神無は、ますます不安げに眉を寄せる。
「…うん、まぁ…言いたくないなら今はそれでいいけどさ……限界が来る前にちゃんと言えよ。」
「あはは、まさか神無ちゃんに言われるとはね。」
「む…どういう意味だよ?せっかく心配してんのに!」
深刻な空気を茶化すように縞斑が笑えば、神無もそんな彼の意図を理解したらしく大袈裟に頬を膨らませて不貞腐れた仕草をして見せた。
この数ヶ月で彼は空気を読むことが殊更上手くなったらしい。それが喜ばしいことか分からないが、今の状況ではありがたいと縞斑は息を吐く。
唇を尖らせた神無は、自身のマグカップを傾けてココアを啜った。ふわりと漂う甘いカカオの香りが鼻腔を擽る。
神無の家はフルーツとクリームの甘く良い匂いに満たされている。普段から甘いものをこよなく愛している彼だからこそなのだろう。
その僅かな違和感に縞斑が気付くより先に、神無はふと彼が両手で持ったままのマグカップを指差した。
「珈琲、飲まないの?」
「え?」
「ちょっと甘くしたけど、先輩が飲めないほどじゃないと思うよ。」
「ちょっと………砂糖10杯くらい?」
「先輩俺のこと馬鹿にしてる??」
咄嗟に軽口を叩いて躱そうとした縞斑だが、神無はやはり体調が悪いのだろうかと再び心配そうな表情を浮かべる。
味覚の捩れた縞斑にとって、珈琲はどこまでも不味い泥水なのだ。体調が優れない今は、神無に悟られないまま飲み干すほどの気力が残っていない。
とはいえ、これ以上彼に心配も掛けられないだろう。そう思い直した縞斑は意を決してマグカップを傾ける。
「ん、……ん?」
覚悟した縞斑の口内に広がったのは、下水のような汚臭でも、雨水のような不快な舌触りでもなかった。
ふわりと広がる珈琲豆の香ばしく優しい風味と、それを引き立てる甘苦い味に、縞斑は思わず目を瞬く。
「おいしい……チョコレート…?」
「あたり。疲れてるなら甘いものかなーって。」
そう言って笑った神無は、どうやら疲れた様子の縞斑を心配して珈琲にチョコレートを混ぜたらしい。どういうわけか、縞斑はその味を確かに感じ取ることができた。
捩れた味覚の中で久しぶりに味わうチョコレートと珈琲の味は格別で、縞斑は熱さも気にせずマグカップの中身を飲み干す。
そこに沈んだチョコレートを流し込めば、とろりと喉を心地良く焼く甘さに頬が痺れた。
「…はぁ……ありがとう、生き返った。」
「珈琲一杯で大袈裟だなぁ。」
おかしそうに笑う神無はきっと、縞斑がこの一杯に救われたことを知らないのだろう。
きっとこれは都合の良い夢だ。縞斑はそう思った。
そうでなければ、こんな風に珈琲を味わうことも、神無と笑い合うことも、腹が満たされることもあり得ないのだから。
「もう一杯注ごうか?」
「いや…あー……うん、いただこうかな。」
せめて夢の中だけでもこの味覚を堪能していたい。そう考えた縞斑がマグカップを手にぎこちなく笑えば、神無は無邪気な笑みを浮かべてぱたぱたとキッチンへ向かった。
そうして間も無く完成した二杯目の珈琲を縞斑が美味しそうに啜っていると、向かいのソファに座っていた神無が立ち上がる。
「神無ちゃん?」
首を傾げて顔を上げれば、彼は縞斑の隣に腰を下ろすと心配するように両手を伸ばしてその頬に触れた。
マグカップで温められた手のひらからじんわりと優しい熱が伝わり、縞斑は思わずほっと息を吐く。
「まだ顔色悪いし、頬冷たい。」
「神無ちゃんの手があったかいからだよ。」
「…でも疲れた顔してるよ、ほんとに大丈夫?」
「だいじょう、」
腹が満たされて取り戻したいつもの調子で神無を躱そうとした縞斑だったが、身を乗り出した神無は不意に縞斑と額を重ねた。
幼い子供の熱を測るようなその仕草に、どきりと胸が高鳴った縞斑は息を呑む。
「んー…熱はなさそう?わかんないや。」
「……わかんないって…」
「へへ、透也やパパがよくやってくれたんだよね。」
至近距離で神無が笑う。
弧を描く唇から目が離せない。
嗚呼、なんて、
なんて美味しそうなんだろう。
脳裏にその言葉が浮かんだ瞬間、縞斑は頭から水を掛けられたように視界と思考が晴れていく感覚を覚えた。
今自分は、目の前の愛し人に何を思っただろうか。
指先からみるみる血の気が失せて、咄嗟に縞斑は神無の両肩を掴んで引き離す。手加減をする余裕もなかった縞斑の手によって押された神無は、ソファの背もたれに体を受け止められて驚いた声を上げた。
「わっ、せんぱい?」
「ッ…ご、ごめん、ちょっとびっくりして、」
「えー?先輩案外可愛いところあるじゃん。」
気分を害した様子もなく笑う神無に笑い返す余裕もなく、口元を手で覆った縞斑はその口に溢れ出す唾液を懸命に飲み込んだ。
徐々に呼吸が荒くなる。自分が身を置いている状況を思い知った彼は、放棄を叫ぶ思考を必死で回転させた。
神無三十一はケーキだ。
この家が甘い匂いに満たされているのは、部屋に染みついたお菓子の匂いではなく、神無自身が放っている匂いなのだと縞斑は思い知った。
「……ごめん神無ちゃん、俺帰るから、」
「え…!?ちょ、まだふらふらしてるだろ!」
席を立つ縞斑だが、相変わらず覚束ないその足取りを見て神無は慌てて袖を引く。縞斑の異変を体調不良だと判断している神無は、きっとこのままでは帰ることを決して許さないだろう。
「危ないって…!!もう少しここで、」
「っ…このままだと君が危ないんだよ!」
「…え?なんで?」
座るよう促すその手を掴んだ縞斑は、今後の神無との関係をかなぐり捨てるつもりでそう言い放った。
縞斑の真剣な声色を聞いた神無は、ぱちぱちと目を瞬いて眉を寄せる。言葉の意図がわからない様子の彼に向けて、縞斑は重たい口を開いた。
例えこの場で関係を断つことになっても、襲い掛かって喰らうよりはずっといい。
「俺は…フォークになってしまったから。」
「………、」
「ケーキの君のそばには居られない。」
ケーキ性に生まれた人間はその性を知らないまま生活していることが多い。きっと神無も、縞斑のこの告白を聞くまで自身の性を知らなかったのだろう。
そうでなければ、ケーキの人間がフォークの人間を部屋に招いて二人きりになるなど、食べてほしいと言っているようなものなのだから。
「……だから俺は、」
「なんで?」
縞斑の拒絶の言葉を遮るように、神無の純粋な声が部屋に響いた。
心底不思議そうなその声色に違和感を感じて縞斑が顔を上げれば、そこにはきょとんと瞬く美しい紫水晶の瞳がある。
縞斑を映して愛おしげに輪郭を曖昧にしたその瞳に抱いたのは、底知れない恐怖だった。背筋を滑る冷たい汗の正体が分からない縞斑が一歩後ずされば、裾を引いた神無が彼をソファに引き倒す。
「ちょ…っ!?」
「なんで、フォークとケーキが一緒に居たらダメなの?」
「神無ちゃ、」
「だって先輩、お腹空いてるんでしょ?」
ぎくりと身を強ばらせる縞斑を見上げた神無は、薄く笑ってテーブルの上についと指を滑らせた。
飲み干した縞斑のマグカップの縁をなぞったそれは、底に僅かに残っていたチョコレートを指で掬って口に含む。
妖艶なその仕草に思わず息を呑む縞斑の一方、眉を寄せて舌を出した神無は言葉を続けた。
「こんなのより、もっと満たせるものが目の前にあるのに。」
「……まさか神無ちゃん、知ってたの?」
胸に手を当てて笑う神無を咎めるようにそう尋ねれば、彼はにゃははと普段と変わらない明るい笑い声を上げる。
「だってこうでもしないと、先輩は逃げちゃうだろ?」
俺待ってたのに。そう呟いて笑う神無は、ずっと前から自身の性を把握していたらしい。
神無は自分がケーキであることを理解した上で、フォークと二人きりのこの状況を自ら作り上げたと言うのだ。
一体なんのために。
いや、そんな理由は分かりきっている。
草食動物が捕食の最後に快感を抱くのは、死ぬ時苦しまないように刷り込まれた本能だ。
「…神無ちゃん、落ち着いて」
「俺は天才だからいつだって冷静だよ?」
「ちがう、神無ちゃん…それは、」
神無は縞斑の腕を取る。怯んで振り解こうとする彼だが、極度の空腹による脱力感で叶わないらしい。
やはりあれだけでは足りなかったのだろう。そう考えた神無は、そのまま包帯の巻かれた左腕を伸ばして縞斑の腕をぐいと引いた。
ソファに押し倒された神無の上に乗る形になった縞斑は、青ざめた顔でその場を逃げ出そうと抵抗するが、神無は決してそれを許しはしなかった。
「…おれ、やだな。せんぱいがおれ以外で満たされるとか、やきもちで爆発しちゃう。」
「かみなちゃ、」
「好きだったんだよ。ずっと祈ってたの、せんぱいのごちそうになりたい、って。だからさっきは嬉しかったなぁ。」
「だめだ、神無ちゃん…」
神無が縞斑の手を自身の手首へと導く。
そこに残る色濃い痣に、縞斑は息を呑んだ。
縞斑のそんな動揺をうっそりとした笑みを浮かべて見守る彼は、果たしていつからその歪んだ快楽に侵されてしまったのだろうか。
逃げ出したいのに、体は錆びた機械のようにぴくりとも動かない。ただ涎を垂らして目の前の甘い匂いを纏う彼を見下ろすことしかできない縞斑に、焦れた神無は両手を伸ばして頭を抱き込んだ。
「ね、せんぱい。」
目の前に神無の首筋が現れる。そこから放たれる美味しそうなスイーツの匂いに誘われて、縞斑は堪らずちろりと舌を這わせた。
瞬間舌の上に広がったのは、蜂蜜の飴のように甘美な味だった。
久方ぶりに正常に機能したように錯覚してしまう味覚に夢中になった縞斑は、何度もその首筋に口付ける。
小さく掠れた声を漏らす神無は、縞斑がそうすることを望んでいるように頭を撫でて自身の首筋に押し付けた。
「…おれを望んでよ、せんぱい。」
縞斑が神無の首筋に歯を立てる。犬歯がぶつりと肌を破った瞬間、縞斑の口の中にどろりと濃厚なチョコレートが溢れた。
甘いものを愛する神無の体に流れていても不思議ではないほど、苦味の少ない喉を焼くような甘さが、ゆっくりと縞斑の喉を滑り落ちていく。
「ん、ぁ…ふふ、せんぱい、がっつきすぎ、」
一度口にしたら止まらなかった。夢中でその首筋に噛みついて何度も舐め啜るたびに、腕の中の神無はぴくりぴくりと歓喜するように身を震わせるのだ。
肩を伝い落ちていくチョコレートを舌で辿って、飴を噛み砕くように何度も肩口や首筋に齧り付く。
神無は、食事に夢中になる縞斑のことを愛おしげな瞳で見下ろして頭を撫でていた。聖母のようなその振る舞いは、しかしどこまでも狂っている。
腹が少しずつ満たされていくうちに、縞斑は自身の愚行を自覚してみるみる血の気が失せていった。
「う、ぐ……っ、ぅ」
このまま喰らい尽くしたい。
神無のことを殺したくない。
神無のことが好きだ。
…本当に?
自身の恋心を嘲笑うような本能に屈してしまった縞斑の瞳から、ぽたりと涙が伝い落ちる。
こうなってしまった今、縞斑は神無へ抱く想いが果たして、本当に本能に影響されずに出した答えだと言い切れずにいた。
歯を立てることを躊躇って視線を落とせば、神無の肩口はいくつのも噛み跡と血に汚れている。
「だめ……だ、こんなの、だめだ、」
このままでは本当に神無のことを食い殺してしまう。そう恐怖した縞斑は、咄嗟に神無の肩を掴んで彼を引き離そうとした。
しかし、そんな縞斑の体を抱きしめた神無は、優しくその背を撫でて穏やかな声色で言い聞かせるように語る。
「大丈夫、泣かないでよ。」
「か、みなちゃ…、」
「絶対に先輩に俺は殺させない。」
とっておきのデザートは一口で平らげるより長く味わう方が幸せだということを、神無は誰より良く知っていた。
自身の体を躊躇いなく縞斑に差し出すその思考はきっと、とっくにりんごのコンポートと一緒に煮詰めてしまったのだろう。
砂糖菓子よりも甘い菫の瞳が柔らかく弧を描く。きっと舌の上で転がせば、極上の飴玉になるに違いない。
「だから安心して。」
くらりと脳髄を溶かすほど甘い声に眩暈を覚えた縞斑は、両手で神無の体を掻き抱く。
ふーふーと肩で息をして必死で本能に抗おうとしていた縞斑は、抱いてしまった安堵による脱力で徐々に自身の意識が黒く塗りつぶされていくことに気がついた。
「かみな、ちゃ…ん、」
今意識を失ったらだめだ。歯を食いしばって意識を繋ごうとする縞斑を見上げていた神無は、愛おしげな表情を浮かべて両手を伸ばす。
砂糖は麻薬だ、そんな言葉が他人事のように頭に浮かぶ。元公安局所属の刑事に在るまじき考えだが、縞斑は少しだけ麻薬常習犯の気持ちが分かった気がした。
「せんぱい、だーいすき。」
縞斑の背を優しく撫でて擦り寄った彼は、砂糖菓子のような蕩ける声を震わせて笑った。
終