みずいこお題部第二回より「明日、休みやけど」「黒」をお借りしました
関西弁非ネイティブのため口調は勘と変換機頼り
@a_yuuzora
「先輩、明日休みですけど暇してます?」
隠岐がそう問うと水上は不機嫌を隠そうともせず渋面をつくった。
「要件言わずに暇かどうか訊くなや、状況に拠るわ」
「へへ、すんません。実は今蓮乃辺でこういうのやってて、良かったら一緒に行きません?っていうお誘いです」
「ほーん……謎解き街歩きイベント? さてはお前、俺に全部謎解き丸投げする気やろ」
「全部とは言いませんよぉ、八割くらい任せたいな思てますけど」
「アホ、行かんわ。蓮乃辺までいくくらいなら家で本読んどるわ」
「隣町なんやからそんな遠ないやないですか……あ、イコさん」
二人の会話をぼんやり聞いていた生駒はいきなり話を振られてやや驚き、そして生駒が返事をする前に水上が返事をする。
「イコさんは明日嵐山さんらと巨大パフェ攻略しにいくから無理やで」
「なんで先輩が知ってんすか」
「イコさんのことなら大体なんでも知っとるわ、てかイコさんダシにすんなコラ」
同郷二人のじゃれあいを見ながら、生駒はなんだか引っかかるようなものを感じ、しかしすぐに忘れた。
そして思い出したのは、作りすぎたミネストローネを一緒に食べてほしくて、隣の部屋に住む水上に「今日暇?」というLINEを送ってからだった。
「なんか変なメッセージ送ってごめんな」
「何がっすか」
「水上、前に要件言わずに『今日暇?』みたいな聞かれ方するの嫌や言うとったやん。気に障る呼び出し方してもーたなあって、送った後で気づいてな」
「あー、隠岐と話しとったときのやつっすか。そんな気にせんでええのに。美味いもん食わしてもろてこっちがお礼言う立場です」
「いや気にするやろ、俺結構ああいう言い方するやんか」
「『明日暇?』が嫌なのは、高確率で『テス勉手伝って』とかの頭脳労働がくっついてくるからなんすよ。暇って答えた後やと断りづらいし」
「得意なことで頼られるの嬉しない?」
「何度も頼られたらウンザリもするんですわ」
なるほど、生駒にはとんと縁のないタイプの悩みである。
「イコさんかてせっかくの休日ならより楽しいことに時間使いたいでしょ」
「せやな」
「俺にとっては、タメの奴らとやいやい言いながらお勉強してるより、一人でダラダラ本読んでる方が楽しいときもあるって、そんだけのことっす」
ということは、後輩との隣町までのお出かけもおうち読書に魅力で負けたということなのだろう。哀れ、隠岐。
「ほんなら水上が今うちにおるってことは家で本読んでるより楽しいって判断したんやな」
「そらそうでしょ。イコさんの飯とか魅力の塊っすわ」
「えっ、ほんま? ちょぉ照れるわ」
「飯とか関係なくても、イコさんに頼られるのは嬉しいんでなんぼでも付き合いますよ。買い物の荷物持ちでも、レポートの手伝いでも、ご近所トラブルの仲裁でも、死体の処分でも」
「そら頼もし……死体の処分て何!?」
「おっと口が滑った」
水上は口元に手を当てておどけた顔を作ってみせるが、生駒はさらっと吐かれた物騒な言葉に困惑を隠せない。トリオン兵を膾切りにすることはあっても人間や動物に向かって刃を向けたことも向けるつもりもない。
「俺そのうち誰か殺すと思われとる?」
「いやいや、物の例えですって。最近読んだ小説にそういうのがあったんすよ。アパートの隣人が『人殺しちゃったどうしよう』って泣きついてきて、頼られた男が死体の処分とか隣人のアリバイ作りとかに協力するちゅう話で」
そのストーリーが水上の頭の中で、寮の隣人である生駒と「死体の処分」を関連付けたらしい。
「けったいな話やなあ」
「まあミステリなんでそういうもんすよ」
「おもろかった?」
「まあ、それなりに。――ごちそうさまでした。皿洗ってきますね」
「おん、ありがとう」
そこから特に何事もなく二人はだらだらと喋ったり配信で映画を観たりして過ごし、生駒は昼飯時の物騒な会話をすぐに忘れた。
そして思い出したのは数週間後、レポートのために図書館に寄ったときだった。
真っ黒な背景に薔薇が一輪咲いているのが印象的な本がミステリ特集と書かれたコーナーに陳列されていて、そばに書かれていたあらすじからそれが水上が言っていた小説であることに気づいた。そしてせっかくだし読んでみよか、と軽い気持ちでその本を手に取った。
数日後、その小説を読了した生駒はボロ泣きしていた。
水上の口ぶりでは近所から突如もちこまれたトラブルの話のように聞こえたが、実際は隣に住む女性を深く愛する男の話だった。
女性を愛していたが故に彼女の殺人の隠蔽をした男の献身に泣き、そのために男が手を染めた犯罪の恐ろしさに泣き、探偵役の学者の容赦のなさに泣き、男の報われなさに泣いた。危うく借り物の本を涙でヨレされるところだった。
男の頭の良さが描写される度に水上の顔が脳裏をよぎったのが更に良くなかった。明らかに感情移入しすぎてしまった。
散々泣いて一息ついたところで、ふとあの言葉を思い出す。
「イコさんに頼られるのは嬉しいんでなんぼでも付き合いますよ」「死体の処分でも」
その言葉を彼はどんな気持ちで言ったのだろうか。声音はどうだっただろうか、時折鋭く光る金の瞳は何を映していただろうか。今となっては思い出せず、生駒は忘れっぽい自分の頭を呪った。
ただ、あのとき水上は「口が滑った」とは言ったが嘘だとも冗談だとも言わなかったのは覚えている。
この小説を踏まえて言ったのであったのなら、それはもしかしてあのときの生駒には考えもつかないほどに重い愛の告白だったのではないだろうか。
まさかと思いながらも、真意を聞いてみたい気持ちが頭をもたげ、水上の部屋がある方の壁をじっと見つめる。『今暇?』とメッセージを送ろうかと思案しながら。