続きもので書いている反転ドラヒナのお話です。
これまで、退治人を監督する立場として、退治人達とつき合わなかったヒナイチくん。ドラルクさんからも言われ、考えた結果、彼らに協力を要請する事にする。笑われるものと思っていたが、返ってきた彼らの反応は、温かいものだった。
そこに帰国してきた退治人のお嬢ルドくん。本人は、『ドラルクさんとは、ご友人になってきました』という。みっぴきが揃ったので、ここから少し話が明るくなります。
書いている話で、いつもドラルクさんが、お嬢ルドくんに負けていて、何も文句を言わない理由について、エピソードを追加しました。
2023/11/23に上げました。
@kw42431393
簡単な駆除で済むはずだったのだ。
今夜の事件は自然発生した下等吸血鬼によるもので、吸対だけで事足りるはずだった。そのはずだったのに。
「副隊長!!避難所から子供が一人、抜け出したそうだ!」
切羽詰まった半田の声に冷や汗が伝う。自然発生したものだが、数が多い。
捜索の為に人員は、これ以上裂けない。
さりとて…
「退治人達に応援を要請…いや。」
我々、吸血鬼対策課の責務の一つに、民間の吸血鬼退治人達の監督義務がある。『監督する』立場として、私が赴任してきた前後から…いや、私自身、退治人達とコンタクトを取る事をしなかった。
自分の剣技に自信があったのもある。
それ故にプライドが高く、彼らに頭を下げるのを良しとしなかった事もある。
これまで、つき合いもしてこなかったのに今更…
『いい加減に退治人達と連携を取り給え。君が心身をすり減らして、やっと治安が保たれる程度だ。吸対だけでは、手に余ると言っているだろう?』
昨夜、ドラルクに言われたお小言が脳裏をよぎる。私の腕に巻いた包帯を撫でていると思っていたら、軽くリップ音が聞こえた。手首に軽く口づけを落としたのだ。
『う、うるさい!絆創膏で済むものを大袈裟過ぎるだろ!それに、この程度は覚悟の上だ。』
振り払う様にして、彼に背を向ける。分かってはいるのだ、分かってはいる。
今更、歩み寄るタイミングが分からないだけで。
縁故もあって、19で副隊長までスピード出世した私の印象は、署でもギルドでも所謂『いつも怒った顔をしている、お高く止まった女』だ。
それで構わないと突っ走って来た私を、『可愛いお嬢さん』呼ばわりし、父親の様に甘やかしてくれた目の前の監視対象は、苦笑いをする。
しかし、監視任務を通じて築いてきた疑似親子の関係は形を変えてしまった。今や歯車の違いから、私の誇りを奪い、隙あらば夜の世界に引きずり込もうとする…怪物の口から出てきたお小言だ。
素直に受け入れられる訳がない。受け入れてたまるものか。
『お、お前がそんな事を気にするのも!善意からじゃないんだろ!?戦闘面で私がいなくても、吸対が回っていく様になれば…』
『そうだとも、君以外の人間共なんてどうでもいい。君が、無事であればそれでよい。毎晩、姿を見せてくれればそれでよい。我々の抗争が収まれば、君が戦う理由がなくなれば、未練なくこちらの世界に来れる。違うかね?』
気が高ぶって、知らず涙声になる。ここが、心身ともに結ばれた現在でも続いている認識の違いだ。
今の彼は、ロナルドの影響(というより、お説教)を受けて、多少他人の都合も考えて譲歩する事もあるが、当時の彼は自分の都合を押し通す事しか知らなかった…のだと思う。
ドラルク様、それぐらいにするヌ。ヒナイチくんも落ち着いてヌ。今すぐする必要はないヌ。ヒヨシ隊長や半田くんと相談しながら、ゆっくりすれば…ギルドに仕事で行った時に、世間話する程度から始めればいいんだヌ。
そう言って、ジョンがお茶を差し出してくれる。
そうだ、心を落ち着けなければ。
噛みつけば噛みつく程、嗜虐的な吸血鬼の本性が前面に出てきて、今夜も私を棺桶に引きずり込むだろう。
この頃には、私の体は彼から与えられる感覚に中毒になっていた。精神がそれを認めていなかった当時、その感覚に身を任せるのは恐怖でしかなかった。
『まぁ、プライドも分かるがね。私も、プライドはジョンの次に大切なものだ。』
『一番大切なものは、ジョンだ、と。自分の命に未練がない、と言ってたな。』
『まあね。その感覚で180年近く生きてきた訳だ。しかし…』
そう言って、救急箱を戻したドラルクはフッと笑った。
私は出会った時から、こいつが時折見せるこの顔に弱い。
からかう様な顔ではなく、親鳥の様に優しい顔をされると、どう言い返していいのか分からなくなる。
『…な、なんだ?』
『フフ、いつか教えよう。今言った所で、信じては貰えまい。確実に言える事は…』
そのまま、そっと抱き寄せられる。
逆らう気にもなれず黙って睨みつけると、その口から…それまで分かっていながら、目を背けていた事実を告げられた。
『君は、とっくに私に最も大事な誇りを奪われたのだ。その後も、私から身の回りの世話や情報提供を受け…礼のつもりなのかね?その後も、最終的には吸血と身体を許しているじゃないか。何故、躊躇する?』
図星だ…しかし、その時は怒りも湧いてこなかった。
見上げた時に出会った顔は、嗜虐的な吸血鬼のものではなく、子供を諭す親の様な顔をしていたからだと、思う。
『市民を守るという目的は、彼らと同じだろう?彼らに頭を下げる方が、ハードルは低いと思うが…どうだろう?お嬢さん。』
そうだ、今更なんでも…ない。
「半田!ギルドへ走れ!応援を要請するんだ!」
「りょ、了解!!」
「モエギは避難所に向かえ!これ以上、人員は裂けない!退治人達が来るまで、私一人で食い止める!」
「了解しました!!副隊長、何かあったら遠慮なく連絡を!!」
そうだ。今更笑われたとしても、どうでもいい。ちゃんと頭を下げて、礼を尽くして…
「さあ!かかってこい!!」
何度でもギルドに足を運べばいい…できるはずだ。
「きょ、協力を感謝する。半田から、子供も見つかったと連絡もあった。諸君のおかげ…だ。」
目の前の惨状…足の踏みたてばもないほどの、下等吸血鬼達の塵の山。
もうすぐ冬が来るから、彼らも必死になってくる。分かっていたはずなのだが…。
「お、おお。半田が、ギルドに来た時は驚いたぜ。」
「そーだね。ロナルドがいた頃は、結構フランクに応援を頼みに来てたもんな。」
彼らがいなければ、何匹か逃がしていたかもしれない。避難所に向かえばそれこそ目も当てられないし、抜け出した子供と鉢合わせれば被害も出る。
「あ、ありが…」
「ん~、あんたさ~。副隊長さん、名前なんだっけ?」
明るい声に、下げかけていた頭を上げる。露出度が高いシスター服に、猟銃を持った…修道女マリアが人懐っこい笑いを浮かべていた。
「アタシは、修道女マリア。本業はマタギ。アンタは?教えてよ~。」
「あ、ああ。ヒナイチ…だ。」
「そっか。じゃあ、ヒナちゃん。アンタこそありがと~。一人で大変だったっしょ?」
「え、えっと。その。だから、こちらこそ、礼を…。」
「食い止めてくれて、ありがとな。アンタ、いつもギルドに来ても澄ましてるからよ。なんか、イメージ違うよな。」
銀髪の大男もそう言ってくれている。ホッとすると同時に、何だか荷物を降ろした様な感覚になった。
「ね~ね~。SNSしてる?アタシ、ダチョウの料理とか上げてんだ。今度、食べに来なよ~。あと、一緒にハント行こうよ~。」
「あ、ああ。その…。」
どうしよう。
学生時代は鍛錬一筋、吸血鬼対策課に入ってからは、仕事詰め。実は、こういう経験はあまりなかった。こういう時、普通の人間ならどう返すのだろう。
民間の者達と遊びに行ったりして、公私混同にならないだろうか…それに、休日は休日でドラルクの監視をしている、どう返事したらいいんだろう。
迷っていた、その時だった。
「おこんばんは。あらあら、これはまた派手にやりましたわねぇ。」
低いながら、上品で落ち着いた声が背後から聞こえたのは。
「あ、ロナルド。おかえり!」
「語学研修、どうだった?」
「お前の事だから、心配してなかったけどよ。お前がいない間、結構大変だったんだぜ。」
退治人達の視線が、私の背後に集まる。
振り返ると、赤い帽子とジャケットに身を包んだ上品な男性が立っていた。手に何故か壊れたティーセットを持っている。
これが、噂に聞く退治人ロナルドか。
ヒヨシ隊長の弟で、どんな事でも話し合いで解決するのをモットーとしている男…なのか?
さっきから、喋り方が変わってるな。
「どうしたんだ?あちこち、ボロボロじゃないか?」
「ええ。竜大公様のご依頼で、ドラルクさんに会って参りましたの。お野蛮な方で困りましたわ。」
竜大公だと?
竜の血族の真祖で、ハイテンションで変わっているが、吸血鬼界の頂点に立っている…ドラルクのお祖父様だ。
「あ、あのっ!ドラルクが、貴方に何かしたのか!?」
焦って彼に駆け寄る。もし、彼がロナルドに何かしようとしたのなら、私の監督責任だ。確認しなければ。
その時、青空の様に澄んだ瞳がこちらを捉えた。近づいて見ると、かなりの美青年だと思う。
「私は、ヒナイチ!ドラルクの監視員なんだ!彼が貴方に迷惑をかけたなら、申し訳ない。お怪我は…。」
「まあ!貴女がヒナイチさんですのね。こちらこそ、いつもお兄様を助けて頂いておりまして、感謝しておりますのよ。優し過ぎるお方ですので。」
それはそうだが…コロコロと笑う彼に拍子抜けする。何だろう、不思議な男だ。
「気になさらないで下さいまし。私達はお種族が違います。認識が違いますので、このぐらいよくあるお事ですの。ちょっと、お話合いをしましょうというのに、お聞き分け下さらないから、お説教になってしまっただけですわ。今は、お友達になって来たところですので、ご心配なく。」
お友達…なんだろう。
ますますもって、話が読めない。
「え、えっと。どこがどうなっているのか…よく。」
「私も帰って来たばかりでして。お挨拶回りから、お手続きから、ロナ戦の原稿…困った事に山積みですの。どこかで、貴女ともお時間頂けますかしら?」
「そ、そうだな。それでは、何かあればここへ。」
連絡先を教え合う。
何故だろう、どういう訳か彼とは以前から知っていた様な既視感に襲われた。
これは後に聞いた、ドラルクとジョンも同じ事を言っているのだから、気のせいではないと思う。
「ありがとうございます。ドラルクさんとは、何かあれば私のお仕事を手伝って頂ける様に、お約束してありますの。だから、これからあのお城で会う事も多くなると思います。」
「えっ、あ、あいつが…か?そういう性格では…。」
「大丈夫ですわ。彼らとつき合う上で、『お約束』は絶対ですの。覚えておいて、損はございません。それでは…」
そこで、彼は上品にコロコロ笑いながらこう締めた。
「落ち着きましたら、必ず。今度会う時は、一緒にお茶を致しましょうね。」
これが、私達をサポートしてくれる一生を通じた友人との出会いだった。
みっぴきが揃った、記念すべき日だった。
ドラルク様、派手にやっちゃったヌね。
「うむ…何故、こうなったのやら。」
水を吸って用をなさなくなったモップを絞る。さっき、ロナルドとかいう退治人と『お話合い』から『お説教』=(物理)を終えた所だ。そして、現在この応接間は、解けた氷で水浸しになっている。こんなになるぐらいなら、術を使うのではなかったな。
そろそろ、ヒナイチくんが戻ってくるだろう。片付けをしていて、相手をしてやれないのは残念だが、クッキーは用意してあるから問題ない。
『貴方は、竜大公様がお後悔してらっしゃる事を、ご自身でなさるおつもりですの?』
『…。』
『貴方もヒナイチさんを無理矢理、あの地下に閉じ込めるおつもりですの?永遠に?ご遺体になっても?もっと、お互いに納得できる最後があったはずだと、今も苦しんでおられるのですよ?』
彼女が昼の世界に逃げようとしたら、手足を切断してでも閉じ込めるつもりだった。今でも、床を共にする時は、棺桶に鍵をかけて彼女を閉じ込めている。
知らない間に逃げ出さない様に、あの可愛らしい寝顔を独占する為に。
だから、内心ギクリとした。両親だって、知らないはずの内容だ。
本当に、あの人が私と同じ事を?信じられない。
だから、お祖父様が紹介した人間である事を忘れて、思わず手が出てしまったのだ。
『わ、私達の事だけならともかく!さっきから聞いておれば、出鱈目を!お祖父様は、そういうお方ではない。お祖母様に、そんな事をするはずが…うぐっ!?』
「こちらが殴る前に、いきなり腹パンしてくるとか。ご丁寧に、霧になって逃げられない様に、銀の針で縫い留めてくるとか、思わないじゃないか。」
鮮やか過ぎたヌね。さすが、ご真祖様が紹介する人だけあったヌ。
お祖父様が『きっと気に入りマース!楽しみ!楽しみ!』と電話してきたものだから、応接間に通した噂の男…男では、ないな?いや、『お嬢です!ちゃんとお男性でしてよ!』と言うのだから、男でいいのか。
どうでもよいか。
それにしても、最終的にドラルク様。よくサインしたヌね。
「うむ…少し思い当たる事があって、だね。」
いつだったか。私がまだ素直な幼少期だったと思う。
「よくあるだろう?じいじの布団で寝たい、と子供がせがむ事が。私もそうだったのだ。」
『ソーリー、ダメデース。もう、先客いる。諦めてくだサーイ。』
今でも、両親から溺愛されているのだ。可愛い盛りの当時ならば、猶更だ。
だから、私より優先する『お祖父様の先客』が誰なのか…気になって仕方がなかった。バレた所で許されるはずだ、私は『可愛い』孫なのだから…と。
それで…どうしたヌ?
「まぁ、想像通りだとも。」
お祖父様が留守の間に、棺桶を置いている地下に忍び込んだのだ。
私より優先されるなんて、おかしい。その顔を見てやろう、そんな感覚だったのだが…
「中に入っていたのは、喪服を着た女性だった。眼鏡をかけていて、お父様と同じアンテナが頭についていた。あれは…。」
『ドラウス、誰が入った!?私の地下室に…ドラルクは!?あの子を連れて来い!』
『お、お父様?どうしたのです?お、落ち着いて下さい!!』
幼心に、何か触ってはいけない気がした。だから、証拠を残さず戻ってきたのに。
「扉越しに聞こえた声に怯えて、棺桶に鍵をかけて、一晩中隠れていたのだ。翌日には、お祖父様はいつものお祖父様だったけれども…しばらく、私はお父様の陰に隠れていたよ。」
今の今まで、忘れていた。恐ろしくて、記憶を封印していたのかもしれん。
「あれは、お祖母様だったのだろう。臨終の際に血を吸い尽くして、一人になったはずなのに…執着が強すぎて、埋葬出来なかったのだと思う。」
今も…ミナ様は棺桶の中に?
「どうやら、そこはヘルシングが説得して埋葬させたらしい。何年もかけて…もっと大事なものを彼女から貰ったのだから、そろそろ解放してあげるべきだと。」
あの女性がお祖母様なら、ロナルドくんの話は真実である可能性が高い。ヒナイチくんが亡くなったら、転化に失敗したら、私もそうするはずだ。
彼と交わした契約書を開く。何だかよく分からない内に、サインしてしまったのだ。
実は、ちゃんと読んでいない所がある。やはり、動揺していたのだろう。
『私ドラルクは、退治人ロナルドのご友人となって、悲願である、『全ての人間とお吸血鬼さんが、お友達になれる世界を作る事』にご協力します。』
色々ツッコむ所は多いが、私にもメリットがあったのだ。
『退治人ロナルドの仕事にご同行する際、武器をお携行しても構いません。』
ここが一番大きい。彼女に無事でいて欲しい一心で、私は影で、コソコソ敵性吸血鬼共を暗殺して回っていた。彼の仕事を手伝うという名目で、堂々と出来る。
これまで、対立気味だった退治人と吸対も、彼がいれば協力する様になるだろう。
『お話し合いの通じない、下等吸血鬼さん達の退治、お野蛮を担当いたします。』
説得する前に攻撃してはいけない等、制約もあるが、荒事は私達が引き受けるのだ。ヒナイチくんは、市民の避難に徹する事が出来る。何より…
彼の悲願が果たされれば、ヒナイチくんはもう市民の戦士である必要はない。彼女の存在理由がなくなれば、私の元に呼ぶ事が可能に…
「あ…」
どうしたヌ?
「アハハハ!見落としていた、これはやられた!」
『私ドラルクは、ご友人である退治人ロナルドに、手を上げる事は、金輪際ありません。』
「ヌー。」
「お野蛮がどうの…という割には、自分は『手を上げない』とは書いてないのだ!これは、やられた!アハッハハハハ!」
後々になっても、私がロナルドくんに頭が上がらない理由がここにある。純粋に力だけなら、私の方が上であるにも関わらず、だ。
勿論、破滅に向かっていた私達を救ってくれた恩は、大きい。
それを差っぴいても…我々にとって契約は絶対だ。
仮に、彼が私に銃を向けてきても、私は抵抗しないだろう。それが、我々人ならざる者達で、短命種の人間達に押されている原因でもある。
ヒナイチくんが今も首を傾げているが、私がロナルドくんにお説教を喰らっていて、いつも一方的に負け、平気な顔をしているのは、こういう理由なのだ。