@akirenge
【残しておくもの】
氷帝学園中等部二年、男子テニス部のマネージャーをしているアディシア・スクアーロは朝練に来た時からやや機嫌が悪かった。
中等部三年、忍足侑士は彼女の機嫌が悪いことを見抜いていた。
取り繕うのが上手い彼女は察させないようにはしているが、忍足は察した。
「おるかー? おるなぁ」
中休み、彼は生徒会室を訪れる。
生徒会長は男子テニス部の部長でもある跡部景吾だ。忍足もたまに……最近はよく使う。生徒会室は豪華だ。跡部専用のソファーがあるし、
部屋も何部屋かある。部屋の一室をノック、俺や、と言えばどうぞ、と聞こえた。
生徒会室にある小部屋にはアンティークの長テーブルがあり、椅子があり、アディシアは椅子の一つに腰かけて、
テーブルの上に何かのパーツを広げていた。
「忍足先輩」
「これは?」
「――押し付けられた。<門番>(コンシェルジュ)に」
コンシェルジュは彼女の知り合いだ。顔は見たことがないが知っている。彼女の裏の顔の、知り合いだ。
「ドールハウス……?」
「だね。説明書がドイツ語。読めるけど」
広げられたのはドールハウスのパーツらしい。アディシアが説明書を左手で持って見せた。そこにはドイツ語が書かれていた。
アディシアはドイツ語の読み書きができる。忍足もドイツ語は授業で選択していたので多少の単語は読み書きが出来た。
テーブルの上には紙袋があった。シンプルな、百円ショップにでも売っているクラフト紙の大きめの紙袋だ。
「コンシェルジュさんと会うたんか」
「昨日、本屋に行って来て、手塚さんと会って、機嫌よく帰ろうとしたら”仕事”がきてさくっと終わらせて今日の朝に貰ったの」
「(手塚と仲良おなっとるんやよなぁ)……内容は?」
手塚、手塚国光、青春学園中等部三年にしてテニス部部長、中学テニス界でも最強とされている男だがアディシアと本屋で出会い、
付き合いがあるらしい。彼女は他校にも知り合いが多い。
「殺し屋殺しとか近辺を掃除したんだよ」
殺し屋殺し、語呂がいいとなってしまう。忍足の目の前でドールハウスのパーツを手に取っているアディシアは暗殺者だ。
本人は暗殺者としているが殺し屋とも取れる。親会社の依頼で氷帝学園に転入してとあるものの回収を頼まれたそうだ。依頼があれば
やれることはやる何でも屋のようなものである。
「そういうん。居るんやな」
「殺しは殺しだけど、カテゴライズしたらそうなる。<門番>曰く、あたしが掃除したやつに殺されたお客様たちのものだって」
「達?」
「その紙袋の中にボトルシップのキットも入ってる」
忍足とアディシアしか生徒会室にはいないため、こう言った会話をしている。誰かほかに居たらやらない。
複数形であることを気にかければ、アディシアが紙袋の中身について話す。忍足が中を覗き込んでみればボトルシップのキットも
入っていた。
「……ホテル。ホテルインヒューマンズ、やったか?」
「お客様は殺し屋様。のホテルだね。コンチネンタル・ホテルみたいなもんだよ」
「ジョン・ウィックが実在するとはな」
ジョン・ウィックは映画のシリーズだ。殺し屋の男が出てくるのだが、殺し屋たちをサポートするホテルが出てくるのだ。
それがコンチネンタル・ホテルである。ジョン・ウィックシリーズはフィクションではあるのだが、
ホテルインヒューマンズはノンフィクションである。死体処理から武器調達、情報収集まで金次第でやってくれるそうだ。
金があって掟を守ればバックアップは万全。と聞いている。
「似たような人はいるだろうけど、……細かっ」
パーツを確認したりしているが細かいようだ。
「押し付けられたって組み立てをか」
「作って残しておいてください。だそうだ。晩御飯が待っていたし相手が煩かったのを掃除しただけなんだが」
”仕事”で掃除。
アディシアは殺したのだろう。何人か。確実に一人は殺している。
「ホテルの人、コンシェルジュさん以外にもおったんか」
「調査員みたいなのはいたけど、<門番>がホテルインヒューマンズの最強戦力だよ。あたし、ホテルとは争いたくないから
引いてもらったし処理は出来る人に任せた」
整頓してみると、手塚と本屋で会って機嫌がよかったアディシアだったが依頼を言われて果たしたら、コンシェルジュに
殺された”お客様”が残したものを渡されたようだ。
「その”お客様”どんな人か聞いとるんか」
「聞いてないし、聞かないんだよ。……ちなみにそのボトルシップも、細かい」
「機嫌が悪かったんは、押し付けられたからか」
「部活に遅刻しかけたし、朝ご飯は食べたけどお腹が空いてる」
朝練には間に合っていたが、間に合わせたのだろうかとなる。男子テニス部の朝練は自由参加だが、アディシアはマネージャーとして
参加することを心掛けていた。
「何か食べるもん。探すわ。何がええ」
「甘いパンとカプチーノ。ありがと」
「難儀な世界やな」
空腹を訴えてきたので忍足は空腹を満たすものを探すことにした。生徒会室には紅茶を入れるための簡易キッチンやお茶菓子を置いておくための棚、
そして冷蔵庫や調理器具一式があった。リクエストが甘いパンだったので長期保存ができるメロンパンとチョコパンを引っ張り出す。
山岳部から貰ったキャンプ用品用エスプレッソマシンを取り出し、水を注ぎコーヒー豆を入れスイッチを押し、エスプレッソをまず作る。
冷蔵庫に入っていた牛乳をガラスの器具に入れ電子レンジで軽く温めてから電動のフォームドミルクフォーマーを器具に入れスイッチを押す。
棒状になっていて先端が泡だて器になっている器具は温めたミルクをふわふわにしてくれる。カップに移して持っていく。
「工作は得意ですか? それなりにと答えたらこれだよ」
「組み立てられそうか」
「頑張る。……捨てることもできるが、義理は果たそう」
――義理の範囲に入るんやな。
忍足がアディシアと出会ったのは新学期が始まる前、春休みが終わりそうなとき、彼女がピアノを弾いていて、音色が気になって
音楽室を訪れたら彼女がいた。新学期に入り三年も今年で引退をするから、次世代のためにテニス部のマネージャーでも入れてみるかと言う話になり
誰か勧誘をして来いと跡部に言われた忍足はアディシアを誘ったのだ。
そんな彼女が暗殺者であり親会社の勅命を受けてあるものを回収するために氷帝学園中等部に転入することになったと聞いたのは後のことだったが。
氷帝学園でアディシアが暗殺者であることを知っているのは忍足ぐらいである。
「中休みが終わる前に食べや」
カプチーノをカップで渡しておく。パンも置いておいた。
「……模型部を頼るべきかな……?」
「組み立てられんのか」
「説明書は読めるんだよ!?」
受け取ったアディシアが模型部と呟いた。氷帝学園中等部には模型部があるのだが、頼るべきかとなっていたので組み立てられそうにないらしい。
「組み立てって何を組み立てられるんだ」
「ひよ」
「アディちゃん。忍足先輩。おはようございます」
「ウス」
「チョタ。樺地君。おはようなんだよ」
中休みが半分ほど終わったとき、やってきたのは日吉若、鳳長太郎、樺地崇弘の二年生トリオだ。
日吉は手にアルミホイルに包まれた球状の物を持っていた。丸い何かが二つくっついている。日吉とアディシアは同じクラスだ。
「日吉がアディちゃんを探していたんです」
「どしたの。次の時間は音楽だけど榊監督。遅れるってのは知ってるよ」
「そっちじゃない。――食べておけ。中身はおにぎりだ。自家製の梅干しと塩結び。漬物も入ってる」
アルミホイルに包まれたおにぎりを日吉はアディシアに渡した。カプチーノを飲んでいたアディシアはカップをテーブルの上に置くと
おにぎりを受け取る。日吉とアディシアは次は音楽の授業らしいが、音楽教師にして男子テニス部の監督である榊太郎は用事か何かで遅れるようだ。
「おにぎり! いいの?」
「美味しそうだねとか言っていただろ。お前には世話になっているし。昼に渡すつもりだったが今でもいいだろうとなった。机に突っ伏してたしな」
「空腹で倒れとったんか」
「それで数学で当てられたが正解していた」
パンの袋はまだ開けていない。
日吉からおにぎりを受け取ったアディシアはテーブルの上でアルミホイルを解いている。中にはラップに包まれた白いおにぎりと
沢庵ときゅうりの浅漬けが入っていた。
「カプチーノとおにぎりだとあわない感じが」
「いいよ。カプチーノは朝に飲むものだし」
カプチーノは朝飲むものとアディシアは言うが、これは彼女がイタリア出身だからである。イタリア人はカプチーノを朝にしか飲まない。
「それは、ドールハウスの部品、ですか?」
「組み立てを頼まれたんだけど、部品が細かすぎて模型部に聞いてみようかと」
おにぎりを一つ手に取りラップをはがしてアディシアはおにぎりを頬張った。
「スケールは……これは、難しいです。組み立てをしたことは」
「無い。……知り合いが組み立ててほしいと押し付けてきて」
樺地がそっとドールハウスの部品を手に取っている。アディシアがおにぎりを食べ続けていた。門番を知り合いと言い直している。
コンシェルジュと呼べば何だとなりそうだからだろう。
「樺地はドールハウスを組み立てることが趣味なんですよ」
「おお。凄いね。ドールハウス。あたしはこれをみて部品細かと想ったんだよ」
「難しい。ドールハウス、です。ゆっくり、組み立てるもので」
「仕事終わりで合間の息抜き用かぁ」
仕事終わりが殺しの仕事だとはだれも思うまいと忍足は想う。ドールハウスの難易度はとても高いようだ。
「せや。樺地。良かったら組み立ててくれんか。アディ、ボトルシップの組み立ても知り合いに頼まれたらしいんやけど」
「紙袋の中に入ってる。……お味噌汁が欲しい」
「インスタントはきらしとるからカプチーノで耐えろや」
「生徒会室が忍足先輩たちの私物扱いになっているような」
忍足はボトルシップとドールハウスの組み立てを樺地に託してみることにした。アディシアは反対しないだろうとはなる。
組み立てられそうになかったからだ。私物として扱っているのではないかと鳳に言われたが無視。
「組み立てたら、見せてよ。知り合いに……連絡を取れたらとって見せておく」
「どういう知り合いだ」
「知り合いは知り合い」
(直接の連絡先を知らんのか)
知り合いには見せておくとしたようだが、連絡先を知らないようだ。仕事先でふらっとあって話すぐらいなのだろう。
向こうは知っているかもしれないがコンタクトをとるのが大変そうだ。アディシアも仕事人である。
日吉が気にしていたがアディシアはおにぎりを食べることに集中していた。
「パンはお昼か放課後に食べる。ひよたちありがとうね。樺地君。よろしく」
「ウス」
おにぎりを一つ食べ終わった昼休みまでは胃が持つだろうと忍足は判断した。
「ひよのおうちの漬物美味しんだよ。梅干しも美味しい」
「そうだろう」
「美味いよなぁ」
「忍足先輩がしみじみしています」
「ウス」
夜、廃ビルの屋上まで走って叫んでいる煩い人間にナイフを投擲した。
投擲は得意だ。やる気になればナイフを壁にめり込ませられる。力ではない。技術だ。
緊急の仕事が入ってアディシアは嫌がりつつも仕事はこなしておくことにする。氷帝に来てから仕事が増えた。
親会社にしろ何にしろ。相変わらず忙しいらしい。
「おはようございます」
「――おはよう」
帰宅してホームステイ先で夕飯を食べて、寝て、朝から部活に行こうとしていたら昨晩別れた女が立っていた。
金色の長髪がふわりと揺れている。氷帝学園中等部近くの路地裏は誰もいない。
「学生ですね。昨日は着替えてから来ましたか」
「制服は汚せないだろう」
「工作は得意ですか?」
「? それなりに」
仕事着としているのは黒を基調としたゴシック系の衣装だ。所属している会社のコートもあるが着ていない。目立つし。
<門番>はアディシアの目の前に紙袋を出す。
「こちらを。貴方が昨日殺した殺し屋に殺されたお客様たちの物です」
「……処分はしていなかったのか」
「何分、緊急でしたので。帰ってこなければ組み立てられる者に組み立てて残してほしいと」
緊急。
昨日殺した相手は何人かすぐに殺していたらしい。珍しくもない話だ。アディシアは紙袋を受け取って中身を精査する。
氷帝学園中等部に通っていることはバレてはいるとはいえホテルも親会社と事を荒立てたりはしないはずだ。
戦争になる。
「受け取っておくよ。私もいつかホテルに世話になるかもしれん」
「その時はどうぞ。”お客様”といずれなるかもしれない。『死線の月』(デッドムーン)様」
「ではな。<門番>。――大変だな。そちらも」
お客様にならないのは親会社がかなりしっかりしている……今の所しっかりしているからである。
別会社にいるが周囲の状況で立場が微妙になっているため、ホテルとのつては欲しいとなっているが頼る時になったら、
自身がかなり危険になっているということになる。
一週間以上が経過した、生徒会室。
樺地が組み立てたドールハウスを持ってきた。大きめのドールハウスだ。忍足やアディシアが感心している。
「樺地君は凄いんだよ!!」
「さすがや」
「ありがとう、ございます」
「生徒会室に飾っておくぜ!」
跡部がご満悦だ。アディシアが目を細めて微笑んでいたので忍足はその横顔を眺めておく。
「残るものがあれば、いいのだろう」
「せやな」
「ボトルシップも楽しみ」
「連絡はどうするんや」
「……何処かで会ったら?」
そこは行き当たりばったり過ぎるやろう、と忍足は想い、連絡先をどうにかする方法を考えておく。
”ホテルインヒューマンズ”に一通のメールが届く。
商会からのものだった。武器や様々なものを調達してくれる商会の一つ。添付された写真にはドールハウスが映る。
伝言として飾っておくとあった。
「ありがとうございます」
<門番>こと灰咲沙羅はパソコンの画面越しにメールを読み、呟いた。
【Fin】