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はじめてのはなし

全体公開 神無三十一受け 14 37 6768文字
2024-03-30 16:49:51

カルみと
シナリオネタバレあり

 

 「へ部屋って何号室だっけ

 縞斑に手を引かれた神無は、そわそわと落ち着きのない様子で廊下を歩く。
 沈黙を強引に埋めるように切り出した話題だったが、先を歩く縞斑はその意図まで理解した上で笑って丁寧な返事を返した。

 「506号室、角部屋だよ。」
 「そ、そっかそうだった……

 赤い顔で頷く神無は現在、縞斑と共にラブホテルを訪れてる。
 付き合い始めて一ヶ月、初心な神無のためにキスや手を繋ぐだけの清い関係を続けていた縞斑は、先日ついに耐えきれなくなって神無にその思いを打ち明けた。
 抱かせてほしいという縞斑の懇願に自分が受け身側であることを最初こそ動揺した神無だったが、経験豊富な彼に任せておいた方が良いに決まってると納得したのだ。

 現に今も、縞斑はにこにこといつもと変わらない笑みを浮かべてホテルの廊下を歩いている。
 従業員と一度も顔を合わせることなく室内まで案内ができるこのホテルは、配慮は行き届いているが勝手を知っている玄人向けの建物だ。

 「お金支払いとか……
 「あぁ、先に済ませてあるから気にしないで。チェックアウトのときも鍵は部屋のポストに入れておけば大丈夫だから。誰とも会う心配はないよ。」
 「そ、そかはは。」

 いつの間に、そう驚く神無は動揺を抑えて笑う。互いの仕事を配慮してのこともあるが、誰かと顔を合わせることで神無が緊張することを避けるためでもあるのだろう。
 その配慮通り誰にも会うことなく目的の部屋の前に立った神無は、こくりと唾を飲んで鍵を開けた。
 一体どんなムーディな室内が待っているのだろうか。そう身構えて扉を開けた神無は、目の前に広がる光景にぱちりと目を瞬く。

 「あれ……?」

 室内には電灯がいくつも取り付けられて、煌々と部屋を照らしていた。淡く明るい色で統一されたカーペットやソファ、広く大きなベッドを見回した神無は意外そうに呟く。

 「思ったより普通のホテルみたい……
 「そりゃね。昨今は女子会なんかもできる場所だから、利用しやすいように工夫されてるんだよ。」

 縞斑は言いながら部屋に上がった。慣れた様子でコートをハンガーに掛ける彼を見て、神無も慌ててそれに倣う。
 室内は明るくて親しみやすく、少しベッドの大きなビジネスホテルだと思えば緊張も僅かに和らいだ。
 アメニティ豊富で広く綺麗な洗面所を覗いた神無が感嘆の声を上げていれば、そんな新鮮な反応を見守って笑っていた縞斑がテーブルの上の冊子を手に取る。

 「こっちはルームサービスね。神無ちゃんの食べたいって言ってたハニートーストもあるから、好きに頼んで良いよ。」
 「えっ!?!?!いいの!?!」
 
 ぱたぱたと駆けてきた神無が覗き込んだメニューには、色とりどりの豊富なスイーツが並んでいた。
 目を輝かせて吟味する神無の隣で、入念に下調べを行なっていた縞斑はほっと息を吐く。
 緊張してぎこちない態度の神無も愛おしいが、最初からそれではやがて疲れ果ててしまうことだろう。
 縞斑は神無が必要以上に気を張らないように、比較的明るくてスイーツ豊富な女子会で利用される雰囲気のホテルを今日まで懸命に探していたのだった。

 「ねぇ先輩このパフェも頼んでいい?」
 「いいよ、好きなの食べな。」
 「やった!じゃあこれとこれ!!」

 嬉々として注文を終えた神無は、肩の力を抜いた様子できょろきょろと室内を見回す。
 ゴムや潤滑油は枕元、そういったアイテムだけを販売している自動販売機はクローゼットの片隅にあるが、どちらも下調べ通り簡単には目に触れないようになっているため、神無がその存在に気付く様子はない。
 神無にこれ以上刺激を与えるものがないことを確認した縞斑が、後ほどホテルに高評価レビューを残そうと決意した頃、部屋の扉がノックされた。
 
 「俺出るね。」
 「え、でも
 「多分アンドロイドサービスだから。」
 「あーうん、分かった。お願い。」

 ホテルのルームサービスを届ける店員は、昨今は殆どがアンドロイドで構成されている。
 縞斑が率先して扉を開けば案の定、扉の前にはトレーを持った老婆のアンドロイドが立っていた。
 彼女からハニートーストとパフェを受け取った縞斑が礼をして部屋に戻ると、廊下の陰からじっと様子を伺っていた神無が目を輝かせる。

 「美味しそう!」
 「こんなに食べれる?」
 「余裕!」

 テーブルに並ぶ色とりどりの甘い匂いを放つハニートーストとパフェに生唾を飲んだ神無は、ぱくりと口を付ける。
 優しく広がるはちみつの香りとこれでもかというほど甘いクリームの滑らかな舌触りに、思わず神無はふにゃりと顔を綻ばせた。
 悶えるようにたしたしとその場で足踏みをする姿は、まるで子うさぎのようだと縞斑は微笑ましく見守る。

 「美味しい?」
 「〜〜っ、ん!すっっっごくおいしい!」
 「ならよかった。」

 リサーチ通り美味らしいスイーツに舌鼓を打つ神無を眺めていた縞斑は、彼に気取られぬように居住まいを正した。

 縞斑狩魔は考えている。
 ここからどうやってそういう雰囲気に持ち込もうか、と。

 神無の緊張をほぐすことは何よりの使命だった。
 これまで黒田や赤星から蝶よ花よと育てられた神無には性知識が殆どなく、縞斑と付き合い始めてようやく色々と調べたらしい。
 その中で男同士の性行為を調べた神無は、その壮絶な光景にすっかり怯えてしまったのだ。
 一時期は絶対に無理だと半泣きで主張されたため、縞斑も彼を怖がらせたくないと最初は提案を控えていた。
 そんな神無のことを時間を掛けて溶かして、ようやく首を縦に振るところまで辿り着いたのだ。何としてもこの機会を逃したくない。
 最後までとは言わずとも、少しずつ練習を重ねていずれは。初心な神無を自分好みに作り替えることに燃えつつある縞斑が拳をぐっと握る一方、ハニートーストを平らげてパフェのいちごを頬張る神無は首を傾げる。

 「せんぱい?」
 「あ、どうしたの?」
 「んーん、なんか難しそうな顔してたから。」

 食べる?と呟いた神無は、スプーンにクリームといちごを掬って縞斑へ差し出す。
 甘いものにさほど情熱のない縞斑だが、恋人からの甘やかしは素直に受け入れることにした。口を開けて小さなパフェのように盛られたスプーンを頬張れば、甘いものを食べて随分肩の力が抜けたらしい神無がくふくふと笑う。

 「おいしい?」
 「んうん。確かに美味いね。」
 「だよな!他のパフェも気になるから、次来た時はそれにする!!」

 次に来た時のことをすでに考えているらしい。それはつまり、と思わず言及したくなる気持ちを縞斑はぐっと堪えた。
 十中八九神無はそこまで深く考えていない。喫茶店のスイーツを制覇するまで店に通いたいと目を輝かせる青年が、同じ感覚で口にしただけだろう。

 「神無ちゃん、お風呂溜めてあるからそれ食べたら入っておいで。」
 「んむ、俺が先でいいの?」
 「多分俺より時間掛かると思うから。」

 出先では乾かすことにかなりの時間が掛かるため、縞斑は髪を濡らさないようにしている。事前に髪だけ洗ってきた縞斑に比べれば、風呂上がりのスキンケアや髪を乾かす時間が必要になる神無を優先して風呂に入れるべきだ。
 というのは建前で、風呂上がりに縞斑を待つ間ひとりになれば多少は意識してくれるだろうと縞斑は期待していた。
 そんな縞斑の思惑などつゆも知らず、こくりと頷いた神無は泊まり用の小さな鞄を手に取って脱衣所へ歩いていく。

 「それじゃ、先輩お先にー」
 「いってらっしゃい。」

 さすがに準備の確認を取るのは野暮だと笑顔で手を振った縞斑は、扉越しに聞こえる布擦れの音を聞きながらソファに腰掛けた。
 いつか一緒に風呂に入ることも縞斑にとって密かな夢だ。今提案したらきっと神無は照れて逃げ出してしまうだろうから、こちらも長い時間を掛けて絆すしかない。
 縞斑がそう今後のことを考えながら水のボトルを傾けた、その時だった。

 「うわー!!?!広い!!すごい!!!」
 「ぶはッ!?」

 反響するはしゃいだ神無の声に、思わず笑ってしまった縞斑は口に含んでいた水を吹き出す。
 ラブホテル独特の広々とした風呂に驚きの声を上げた神無は、扉を貫通して縞斑にその声が聞こえているとは思っていないらしく嬉々として歩き回る。

 「シャンプー類一通りあるじゃん!しかもこれ高いやつ!すげー!」
 「えっ、こっちは全部バスボム?!い、入れてみよっかな
 「わー!?!風呂が光った!!あはは!なんだよこれー!!」

 縞斑狩魔は考えている。
 ここからどうやってそういう雰囲気に持ち込もうか、と。

 浴室からは、さながらテーマパークに来たかの如く大興奮した神無の泡風呂を満喫する声と水音が聞こえている。
 完全に想定外だ。天才肌のうら若い青年である彼にとって、未知を解き明かすことは楽しくてたまらない行為なのだろう。
 こと性事情においてはぱやぱやの赤ちゃんうさぎだと考えていた縞斑はまさか、神無がホテルの風呂場に緊張することなく好奇心を掻き立てられるとは思っていなかった。
 
 「どうしよっかなぁ、これ。」

 そう頭を抱えて縞斑が悶絶すること数十分。やがて、風呂を堪能したらしい神無がほこほこと機嫌良く脱衣所から顔を出した。

 「せんぱーい!交代!お風呂沸いたよー!」
 「あぁ、うん……はい。」

 はしゃぐ神無は果たして、縞斑を受け入れるために準備を行う必要があることを覚えているだろうか。
 言及してせっかく散った緊張が逆戻りになるのはいただけないが、かといって忘れていた神無に自ら手解きを施すこともよろしくない。
 きっと後者の手解きを行ったら、神無は羞恥に耐えきれず、もう二度としないと縞斑を拒絶するかもしれない。
 それだけは避けなければ。ようやくここまで漕ぎ着けたのに、こんなことで玉砕したら笑えない。
 頷いた縞斑が大人しく風呂に向かうと、入れ替わりに部屋に戻った神無のドライヤーの音を聞きながらシャワーを浴びた。丁寧にバスボムまで入れたらしい神無の気遣いはありがたいが、生憎浸かっている余裕はない。

 「上がって寝てたら心折れそう……

 恋人である成人男性を相手に抱きたくはない不安だが、悲しいかな仕事の後に待ち合わせているため、はしゃぎ倒した神無ならばやりかねないと考えてしまう。
 仮に風呂から上がって神無が寝落ちていたとしたら、今夜は潔く諦めて添い寝しようと縞斑は最悪の覚悟を固めていた。
 手を繋ぐことすら恥ずかしいと照れていた彼を、ようやくここまで絆して連れ込んだのだから、こんなところで焦れて怒るなどとんでもない。
 ひとまず次はもう少しムードのある場所に変更しようと決意した縞斑は、身を清めて息を吐くと風呂を出た。

 「神無ちゃん?」

 括っていた髪を解いて部屋着に袖を通した彼が部屋を覗き込めば、ベッドに座っていた神無はモニターに向けていた顔をぱっと上げる。

 「あ!先輩!!この部屋カラオケもできるんだってさ!!やってみていい?!」

 起きていて良かったと安堵する間もなく、きらきらと瞳を輝かせた彼の言葉に、縞斑は額に手を当てて唸った。

 「そっちかー……

 縞斑狩魔は本気で考えている。
 ここからどうやって以下略。

 寝落ちの方が諦めがついて良かったかもしれない。そんなないものねだりに頭を抱えた縞斑は、どう声を掛けたものかと思案する。

 「モニターで予約するんだってさ。なんでもありなんだなー。」
 「……あーあの、神無ちゃん、」

 そうして機材をいじる彼の背にどうにか声を掛けようとした縞斑はふと、背を向けている神無に違和感を抱いた。
 職業柄その正体を突き止めようと観察した縞斑は、意識的に縞斑と視線を合わせないようにする彼の耳の先が真っ赤であることに気がつく。
 はたと目を瞬いた彼は、そうしてようやくこれまでの神無のはしゃぎ様があまりにも元気過ぎると思い至った。

 「………なんだ、そういうこと。」

 縞斑の呟きを聞いた神無の肩がぎくりと跳ねる。悪戯が見つかってしまった子供のようにちらりと振り返った彼に、考えが確信に変わった縞斑は笑った。

 「目的を忘れたわけじゃなくてほっとしたよ。」
 「………なんのことかにゃー?」
 「そんなに恥ずかしかったの?」

 指摘された神無の顔がこれ以上ないほど赤くなる。今日の昼に食べたパンケーキに盛られたいちごジャムのように赤い頬を笑えば、悔しげに潤んだ瞳がきっと縞斑を睨みつけた。

 「だって先輩はこんなに慣れてるのにさぁ、俺ばっかり緊張して……恥ずかしくてどうすればいいか分からなくなって、」

 リードするつもりで何かと気に掛けた縞斑の振る舞いは、神無にとって心強かったが、同時に経験の差を痛感して苦しくもあった。
 自分ばかり緊張していることを気取られたくなくて、彼は新しい場所にはしゃぐ演技で必死に誤魔化そうとしていたのだ。
 床に座り込んで俯く神無を見下ろした縞斑は、しょんぼりと落ち込む彼に困ったような笑みを漏らすと手を伸ばす。

 「あははまぁ確かに、この歳だから来たことくらいは何度かあるけどさ。」

 言いながら神無の手の取った縞斑は、彼を柔らかなベッドの縁へ導いた。せっかく湯で温まった体が冷えてしまうと促す彼の意図を汲み取った神無は、こくりと頷いてそれに従う。
 やっぱり、とますます思い詰めた表情の神無が言葉を続けるより先に、縞斑はそんな彼と繋いだままの手を引いた。

 「とはいえ緊張していないって思われるのは、少し心外だなぁ。」
 「え、わっ」

 縞斑の言葉にぽかんと口を開けて顔を上げた神無は、手を引かれてその胸に抱き寄せられる。
 両腕に閉じ込めるようなその抱擁は庇護欲と独占欲の境目のようで、一回り以上も歳下の恋人に自分は骨抜きにされているのだと、縞斑は小さく笑った。

 「せんぱい、ん」

 縞斑の胸に耳を寄せた神無は、ばくばくと響く心臓の音に気がついて顔を上げる。
 自分と同じかそれ以上に早い鼓動に手を当てた神無を見下ろして、彼はその唇に触れるだけの口付けを落とした。

 「好きな子とホテルに来て、緊張しないと思う?」

 耳元で囁く縞斑の声と握った手は震えていた。
 見上げたその表情は、よく見るとぎごちなく強張っている。神無は思わず目を丸くしてぱちぱちと瞬いた。

 「意外だ。」
 「そりゃ恋人の前でかっこつけたいからね。」

 照れ隠しのように額や鼻先に口付ける縞斑を受け入れた神無は、さらりと揺れた髪の隙間から覗く耳が自分と同じように赤いことに気付く。

 「そっか、一緒なんだぁ……

 それまで錆びた機械のように強張っていた全身から力が抜けた神無が、安心した様子で笑みを漏らした。
 年上の男としてのプライドを捨てて神無の緊張をほぐすことを優先した縞斑の優しさが嬉しい彼は、おそるおそる確かめるように手のひらを握り返す。
 指の間から伝わる同じ速度の鼓動を確かめた彼は、幸せそうにくふくふと笑って縞斑の頬に唇を寄せた。

 「ありがと、せんぱい。」
 「どういたしまして。」

 お返しのように同じ場所に口付けを贈った縞斑は笑うと、手を取った神無の顔をじっと覗き込む。
 程良い緊張と自分への深い愛情に揺れるアメジストの瞳に感嘆の息を吐いた彼は、改めてぺこりと頭を下げて見せた。

 「それじゃあ、よろしくお願いします。」
 「へへこちらこそ、よろしくお願いします。」

 照れ笑いを浮かべた神無もそれに合わせて頭を下げる。額を重ねたふたりは、畏まったその挨拶が何処かおかしくてくすくすと笑い合った。

 「……心配しなくても、ちゃんとお風呂で準備したからな。」
 「あ、正直そこが一番不安だったんだよね。よかった。」
 「俺を誰だと思ってんだよ。」
 「さすが天才様々だなー。機嫌直して?」

 握った手のひらの震えがどちらのものかなんて、とっくに気にならなくなっていた。
 次のキスがきっと合図だ。そう感じ取った神無は目を閉じる。ばくばくと破裂してしまいそうな鼓動に揺れる体を抱き寄せて、縞斑はその期待に堪えるように唇を重ねた。




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