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最初から嘘

全体公開 4 63 2398文字
2024-04-01 19:08:49

ワンライ【嘘】です。今夜はカレーだって先輩に言われた後輩が一日ソワソワするだけの話

 香ばしく焼かれたチキンが包丁の上でスライスされ、瑞々しい野菜と一緒に手際良く生地に巻かれていく。そうして出来上がって皿の上に並んでいくピタを、アルハイゼンはキッチンに入って一つ摘んだ。
「こら、食卓に並べるまで待て」
 眉を顰めて窘めた男が、今度は籠に積まれた果物を一つ手に取ると、フルーツナイフで器用に剥いていく。プレートには作りたてのピタにヨーグルトと熟れたザイトゥン桃が添えられ、アルハイゼンはそれを受け取ってからカップを手にしたまま椅子に腰掛ける。
 先程摘んだピタを食べ終えたところで、自分の皿を手にしたカーヴェが遅れて現れた。相変わらず頭を悩ませているのかやけに思案顔である。
「ううん……チキンと、ヨーグルトと、それから……
 何やら独り言を呟いていたが、少し遅れて向かいの椅子に座る。そうして朝食の皿に手を付けないまま考え込んでいたかと思うと、おもむろに頷いた。
「よし、今夜はカレーにするぞ」
……却下だ。君のカレーは汁気が多い。今夜はちょうど読みたい本があるんだ」
「だから、食事の時くらいは本を読むのはやめろっていつも言ってるだろ! もう決めたんだ、異論は受け付けない。全く、君は本当に可愛げってものがないな。夕食がカレーって聞いたら、大抵のスメール人は夜まで心待ちにするものだろう?」
「君の言うスメール人はアーカーシャ端末があったときから夢を見ていたような子供の話か? 随分限定的な話をしているようだが」
 そう指摘するとカーヴェは肩を怒らせてそっぽを向く。相変わらず子供のような振る舞いをする男だった。ヨーグルトにシロップを垂らすと、スプーンを差し込み混ぜる。
「ふん、君が何を言おうと無駄だ。僕はもう朝起きたときから今夜はカレーの気分だったんだ」
 挽き立ての豆で淹れられたコーヒーを黙って傾ける。肩を竦め、ピタを頬張る男を見遣った。
 
 ◇
 
 そういう訳で、どうやら今夜はカレーらしい。
 アルハイゼンは別に、夕食がカレーだというだけではしゃいで吹聴して回るような子供ではない。通常通りに業務をこなしながら、ふとその思考の隙間に過ぎる程度である。
 
「シティの外れに暴走するキノコンの群れが発生したようです!」
 
 だがそれでもやや機嫌が良かったため、普段ならば避けて通るような揉め事も介入してやった。先に言っておくが別に善意からではない。もし、こうした場面に買い物帰りのお人好しが遭遇したら自ら進んで首を突っ込みに行くに決まっているのだ。そうこうしてトラブルに巻き込まれるのはこちらの方なのだから、芽が芽のうちに摘んでおくのは正しい判断であり極めて合理的な思考回路であった。
 退治したキノコンの胞子を払い除けながら、アルハイゼンは、先日彼の同居人が人のモラで買い足していたガラムマサラについて思い出していた。同居人のカレーは果物と野菜をくたくたに甘く炒めた後、辛味のあるスパイスを多めに足して作っているのだという。そうすることで、甘みを残しながらも後味はスパイシーに仕上がるのだと、そんなことをいつか自慢気に話していた。
 
「郊外にガラの悪い宝盗団が屯しているらしくて……
 
 溜息一つついて、宝盗団のマークを辺りに散らしながらアルハイゼンは剣を収めた。先に言っておくが、これも別に慈善事業ではない。だが、あの度の過ぎたトラブルメーカーは、一体どうしたらそうなるのか、こういう手合いを引っ掛けてくることが非常に多いのだ。しかも、ほんの少しのトラブルの種を何倍もの事件にして、ひどい目に遭ったとぷりぷり怒りながら帰って来る。
 
「プスパカフェで、教令院の学生が掴み合いの喧嘩になってるって!」
 
 どうして今日に限ってこんなトラブルばかり発生するのか。喧嘩の仲裁を済ませた後、カフェの店主から礼にと渡されそうになったモラを辞退しながら、アルハイゼンは改めてひどく大きな溜息をついた。
 カレーを準備した日にナンを買い忘れてきた日かあったことを思い出し注文すると、仲裁のお礼にと大量にオマケをつけられた。ずっしりとナンが入った袋を持ち、定時が回ったのをいいことに帰路に着く。どうせ急を要する仕事などなかったことだし、今のアルハイゼンには何よりも優先すべきことがあったため。
 
 ◇
 
「ああ、時間通りだなアルハイゼン。今準備しているところだ。……って、君、ボロボロだぞ。一体どうしたらそうなるんだ?」
「ちょっとしたトラブルだ。君の関与するところではない」
「ふうん? まあいいが……
 キノコンの胞子と宝盗団の薬品まみれの姿を見てカーヴェは怪訝そうにしたが、深くは突っ込まずに風呂を勧めてきた。先にと買ってきたナンを渡すと、呆気に取られたような顔をしたあと、にんまりと口角を上げる。
「なんだ、結局何だかんだ言っても君もカレーが楽しみだったんじゃないか?」
「いいや、ただの店主からの貰いものだ」
「まったく……でも助かるよ。そういえば家には残りが少なかったんだ」
 アルハイゼンがシャワーを浴びて戻ってくると、もう食卓は出来上がっていた。カーヴェ特製のカレーとナン、色鮮やかなサラダ、カリッと焼き上げられたタンドリーチキンと果物が並べられている。
「コーヒーもわざわざ今日のカレーに合うものを用意したんだ、特製なんだぞ」
 自慢気にカーヴェが二人分カップを運んでくる。二人でテーブルを挟んでようやく夕食だという時、早々に手を付けたアルハイゼンに、カーヴェが呆れたように口にした。
「やっぱり君、相当楽しみにしていたんだろ」
「君ではあるまいし、そんな訳がないだろう」
 口に広がる風味はいつもより辛みが強い。香辛料の配合をどうやら少し変えたらしい。
 しれっと嘘を吐きながら食べ進める。兎にも角にも、今日は同居人のカレーである。


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