カルみと SS
リクエストより 月見酒
シナリオネタバレなし
@popo_trpg_ss
「月が綺麗だね。」
隣から聞こえた穏やかな声を聞いて、神無三十一は顔を上げた。
リビングの灯りを落とした薄暗い室内。降り注ぐ月の光にぼんやりと照らされる恋人の顔から感情を読み取ることは難しい。
それでも声色と言葉からある程度の心情を推測した神無は笑うと、移動させたソファから身を乗り出して開け放たれたカーテンの向こうを見上げる。
「だな。こんな風にのんびり月見するなんて、久しぶりかも。」
彼の丸く開かれた瞳には、満月が映っていた。紫と金の美しいコントラストに感嘆の息を吐いた縞斑の一方、神無は機嫌良くテーブルの上に盛られた皿へと手を伸ばす。
「それに、お団子も美味しいし。言う事なしって感じ。」
フォークで掬った小さな満月を口に放り込んだ神無は、もちもちとますます機嫌良く頬を押さえて足踏みをした。
月の光に照らされて黄金色に輝くそれは山盛りに買ったはずなのに、いつのまにか神無ひとりで切り崩してしまったらしい。
「月より団子じゃない。」
「だってこのお店の団子ってなかなか買えないんだよ?先輩が買って帰ってきてお月見しようなんて言うから、新手の果たし状かと思った。」
「あはは、なにそれ。果たし状送られるようなことした自覚あるの?」
穏やかに笑いながら酒を傾ける縞斑に、神無は皿の上の団子をひとつ差し出す。驚いて目を瞬く彼に口を開けるよう仕草で促せば、彼は少しだけ嬉しそうに目を細めて受け入れた。
ねっとりと喉に絡みつく砂糖醤油のみたらし餡は、甘いものについて明るくない縞斑でも上質なものなのだと理解ができる。
「確かに、美味しいね。」
「へへ…だろ?」
自分の好きだと思うものを共有できたことが嬉しいのか、得意げに神無はもうひとつ口に放り込んで笑って見せた。
子供のようにはしゃぐ神無に笑みを返した縞斑は、手の中のマグカップを傾ける。肌寒いこの季節に合わせて作ったホットウイスキーと砂糖醤油は意外にも相性が良いらしく、彼もまた機嫌良く舌鼓を打った。
「しかも酒と合う。」
「でたでた、先輩こそ月よりお酒じゃん。」
「それは原形留めてなくない?」
くだらない応酬に幸せを感じたふたりは、顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
仕事を終えた神無の家へ突然やって来た縞斑は、驚く彼に「美味しいお酒が手に入ったから月見をしよう」と提案したのだ。
酒に特別情熱のない神無はその誘いに一瞬渋ったが、そこまで計算済みだったらしい縞斑はすかさず団子もあるからと甘味で釣ったのである。
まんまと二つ返事で応じてしまった単純な自分を思い出したらしい神無は、急に気恥ずかしさを覚えて視線を逸らす。
ついでに話題も逸らしてしまおうと視線を彷徨わせた彼は、そんな神無すら酒の肴にしているらしい縞斑のマグカップへ視線を向けた。
「一口!ちょうだい!先輩ばっかりずるいだろ!!」
「別にいいけど…そこそこ強いから気をつけてね?」
「俺のほうが強いし!!」
「あれ?神無ちゃんもう酔ってる?」
言いながら大人しく渡されたマグカップを受け取った神無は、マグカップの中で揺れる琥珀を覗き込む。
縁に鼻を寄せてすんすんと警戒した様子で匂いを嗅ぐその姿はさながら子猫のようで、縞斑は笑いを堪えようと必死に奥歯を噛んだ。
肩を揺らす縞斑に気付かずくぴりと舐めるように口に含めば、その瞬間神無の口内にスモーキーなアルコールの風味が広がる。
「うぇえ……」
酒に弱い神無にその衝撃は強烈なもので、顔をくしゃくしゃに歪めた彼は咄嗟にマグカップから顔を離して唸った。
一昔前の作画が崩れたマスコットキャラクターのようなその表情の反応に、縞斑は耐え切れず声を上げて笑う。
「あはは!だから言ったでしょ。」
神無の手からカップを回収した縞斑が慣れた様子で中身を口に含む一方、神無は口直しというように団子を口に運んだ。
甘味によって中和された口内にほっと息を吐く神無の頭を撫でた縞斑は、あえて明るい声色を選んで言葉を続ける。
「子供の神無ちゃんにはまだ早かったかなー?」
もくもくと団子の味を確かめていた神無の唇がむっと結ばれた。不服げに眉を寄せるその反応に、縞斑は焦った様子もなく笑みを返す。
好きな子ほどいじめたい。そんな心情を以前アサギリに打ち明けたときはその感情は小学生のうちに卒業するものだと冷めた目を向けられたが、膨れた彼の表情には中毒性があるのだ。
今日も神無の拙い言い返す言葉を待っていれば、彼は小さく息を吐いて縞斑を挑発するように笑う。
「…直接愛も囁けないへたれのくせに。」
ぴしりと驚いて固まった縞斑は、丸く目を見開いて神無の顔を見つめた。意地悪な恋人から余裕を奪ったことが嬉しいのか、勝ち誇った表情を浮かべた神無が口を開く。
「天才の俺が気付かないと思うか?」
「……無反応だったから。」
「先輩もまだまだだな〜」
気付かなければそれでいい、そんな気持ちで呟いた縞斑の愛言葉を、神無は正しく受け止めていたらしい。
仕返しのようにふんと鼻息荒く呟いた彼は、ソファに膝を乗せて身を乗り出す。窓を背に見上げた紫の瞳には、月の光の代わりに彼自身が持つ星の煌めきが映っているような気がした。
「言っとくけど、」
呟いたその唇が縞斑の半開きの唇に重なる。甘い匂いを残して離れたそれが弧を描く様に、縞斑は小さく息を飲んだ。
「月はずっと前から綺麗だったよ。」
神無の瞳が愛おしげに細められる。
思わず言葉を失った縞斑を見下ろした神無は、完全に言い負かすことのできた恋人の鼻先にもう一度唇を落とすと機嫌良くソファから降りた。
「明日も早いし、お水取ってくんね。」
固まっている縞斑のことなどお構いなしに、彼はそう言ってぱたぱたと部屋の奥へ歩いていく。
その背を呆然と見送った縞斑は、キッチンから聞こえた神無の楽しげな笑い声を聞いてようやく我に帰ると、額に手を当ててその場で項垂れる。
「……やられた。」
これまで経験と回る口で神無を揶揄ってきた縞斑だが、どうやら今夜は神無が一枚上手だったらしい。
くしゃりと前髪を掻いて悩ましげなため息を吐いた縞斑は、手の中でぬるくなり始めた琥珀色を揺らした。
「敵わないなぁ…」
呟いた彼は、水面に映る満月を一息に飲み干す。
せめて神無が戻るまでに調子を取り戻そうと挽回を狙う彼は、カップを置いて席を立つと鼻歌が聞こえるキッチンへ足を向けるのだった。
終