サロン・ド・ピクリエ参加作品の2作目です。
両片思い期のドラヒナが前提で、ヒナイチくんがロナルドくんに誘われて、退治仕事に行き、初めて事務所に来た時の事を思い返します。
警察学校の在学期間、彼女が幸帽児(嘘では、クルースニクなので)だったという過去については、捏造設定注意です。19で副隊長、巡査部長クラスかな…と想像しております。そう考えても、社会人として1年経たずに、シンヨコにきたのかな…と。
個人的に、仕事の電話をしているヒナイチくんに対して難しい顔をする(315死)や、ロナルドくんの彼女に間違われるとお菓子を差し出して話を逸らす(36死)ドラルクさんが好きなので、その描写を入れてみました。
気障なキスネタは、何度でも書いてしまうサガ…あの歌は公式なんよな。サンプル公開で、皆沸いたのは覚えてますよ。
@kw42431393
「お~い、ヒナイチ。そこにいるか?」
床の上から、コンコンと音がする。ロナルドが私を呼んでいるという事は、何か事件があったらしいな。
私は書きかけの報告書を片付けると、通路をくぐって梯子に向かう。
久しぶりに報告書らしい報告書を書けそうだな。正直、ヒヨシ隊長からは食レポが多いと言われているし。
『6時、監視任務開始。さっそく、バタークッキーを食す。おいしい!8時、今日の夕食はタケノコご飯だ。すっかり、春だな。おかずもハンバーグには春キャベツのサラダが添えられていて、甘辛いつくしの佃煮でご飯が進む!』
今日に至っては、まだこれしか書いてないのだ。もう少し、何か『吸対らしい』ものを書きたいだろう?
吸対らしいもの…か。なんだか、ドラルクが『吸血鬼らしい事』と気にしているのと似ているような…。
き、気のせいだ。私は、ちゃんと仕事だからな。よし、今夜も出動するぞ!
「どうした!事件か!?」
そんな気分だった事もあって、勢いよく床板を跳ね上げてしまった。そして、いつも通り敷金の事を気にするロナルドの顔が、目の前にある。
「こら!壊れたらどうするんだ、ここは俺んちだっての。」
「細かい事は、気にするな。」
「するわ!」
いつもの会話に、いつもの面々。私がヒヨシ隊副隊長に赴任して、勘違いからドラルクの監視に就く様になって、何度となく繰り返したやり取り。
だから、言いながらロナルドの顔も、呆れの方が強くて、さほどに怒ったものではない。
「春だからな。吸血ハエと吸血ゴキブリが、ごみ処理場に沸いたんだと。早い方がいいだろ?」
なるほど、下見も兼ねて誘ってくれたんだな。数が多いと、市民の避難もあるかもしれないし。
「分かった。じゃあ、早速私も行…おいしい。」
ロナルドの後をついて、床下から出ようとすると、いつの間にか前に屈んでいたドラルクに、クッキーを口元に押し付けられた。反射的に咀嚼する。
「おいしい、おいしい。」
「ヒナイチくんだもの、そうこなくては…ほ~らほら。」
飲み込んだ後、再び開けた私の口にドラルクが、次々とクッキーを差し出してくる。断る訳がない。
彼の肩でジョンが、薄い目をしている気がするが、クッキーだぞ?気にする訳がない。
「もぐ、もぐ…ごちそうさま。」
「どういたしまして。」
手を合わせて、頭を下げる。うん、これで今夜の仕事もはかどるな。
「仕事しろよ、公務員。まったく…」
雛鳥みたいだと?失礼な…すっかり、監視対象が気を許している証拠じゃないか。決して、怠慢などではないぞ。
「…あと、ドラ公。お前も変わらねえなぁ。」
「ヌー。」
ジト目をしながら、ため息をつくロナルドとジョンの視線を避けて、プーンととぼけるドラルクに苦笑いをする。すっかり慣れてしまったので、このタイミングで姿を見せた、ドラルクの意図には検討がついているからだ。
「じ、じゃあ、いってくるぞ。」
皆の前だから、少し恥ずかしいけど…私は片手を差し出す。それを見たあいつは、パッと笑顔になる。恥ずかしいけど、その顔を見るのは私も嫌じゃないから…だな。
「気を付けていってらっしゃい、ヒナイチくん。」
つづく、微かなリップ音と冷たい吸血鬼の唇の感触。いつの間にか馴染んでしまった、彼の気障な仕草を眺めながら、ぼんやりと思い返す。
初めて来たあの頃を。何故、真っ赤になって、怒鳴って逃げてしまったんだろうな…と。
「あとついでに、5歳児ゴリラもいってらっしゃい。」
「ああ、いってきます!ッと!!」
「スナッ!!」
ヌエーン、というジョンの泣き声を背後に聞きながら、いつも通り、私とロナルドは騒がしい街に飛び出した。
『私は、神奈川県警吸血鬼対策課のヒナイチ。』
そう言って、この事務所に足を踏み入れたのは、いつだっただろう。つい最近の事なのに、随分前の事にも感じる。
私は警察学校を飛び級で卒業して、このシンヨコのヒヨシ隊に配属されるまでに、研修も兼ねて、各地で実戦投入されてきた。実績が評価されて、吸血鬼達のホットスポット…この新横浜に赴任してきたのだ。
鍛錬自体は幼い頃から行っていたし、同世代で勝負になる相手はいなかった。子供の頃から、いつも大人達に混ざって試合をしていたのだ。
『さすが、本部長肝入りの妹君だ。俺達とは、格が違うよ。』
『噂で聞いたんですけど、彼女は幸帽児(羊膜を被ったまま生まれた胎児の事)だったんですって。生まれつき、ここに来る運命だったんでしょうね。』
『何も分からない間に、一本取られていたよ。女の子なのが、残念だね。』
高校…警察学校でも、陰でそう言われているのは、知っていた。別に、気になんかしてないぞ。
それでよかったんだ。市民を守る為には強くなければ…それしか考えてなかった。
確かに、ここに来るまでの実績はあったが、兄が本部長だというコネが大きかった。高卒だから本来なら、警察学校も10か月かかるし、卒業して1年かそこらで、しかも10代で、副隊長になれるものか。
だから、舐められてはいけないとプレッシャーは、感じていた。難しい顔をしていた事が多かったと思う。
自分よりずっと年上の部下達に対してもそうだし、監督する対象である、退治人達に対してもそうだった。
『その吸血鬼は、人身を害す様な危険思想を口にしたりなどしていないか?』
『杓子定規だな、アンタらは。』
初めて、ロナルドと会話した時の私は、自分を何様だと思っていたんだろう…今思い出すと考えられない。
随分、横柄な態度を取っていたと思う。それが、今…
「やっぱ、お前を連れてきて正解だったぜ。ヒナイチ、お疲れさん。」
「こちらこそだ、ロナルド。ありがとう。」
退治を終えた帰り道、こうして彼と姉弟の如く、肩を並べて歩いているのだから。
「それにしても、今回の退治はエグかった。最終的には…吸血ハエと吸血ゴキブリが集まって、モザイク必須だったな。」
「職員の皆さんに被害が出なくてよかった。まだ規模が小さかった巣と卵も叩いたから、本当に安心だな…ちょっと、臭いけど。」
「あ~。ドラルクに電話入れとくから、先に風呂入っていいぞ。本気で、お互い酷い臭いだ。」
あれから、私は変わったと思う。その切っ掛けは、あいつのキス。そして、美味しいクッキーのおかげで。
『これは、美しいお嬢さん。私に何か御用かな?』
あの頃の私は、強大な力を隠した恐るべき吸血鬼だと勘違いしていたんだ。それで、少なからずときめいた。
なんだ?その目は…ちょっとだけ、本当にちょっとだけだぞ?そんなにチョロいはずないだろう?
でも、今だから思う。本当に強大な吸血鬼なら、私はドラルクに心を許しただろうか?
おそらく、警戒しただろう。そして、そんな彼と暮らしている退治人ロナルドにも、警戒していたかもしれない。
『何をする、この吸血鬼がー!!』
初めて彼に発したこのセリフを、現在でも他の吸血鬼に言っていたに違いない。
そういえば、最近言っていないな。ちょっと会話が大変だけど、にく美さんも誘って、マリアさん達も一緒に女子会だって出来たんだ。当時の私なら、吸対の私が吸血鬼と同席なんて…そんな事まで言ったかもしれない。
融通が利かないと、ヒヨシ隊長に苦笑された事もあったな。そんな私を変えてくれたのは、この事務所でみっぴきで暮らす時間だと、はっきり言える。
もっと言うと、私を変えてくれたのは…
小突いただけで死んでしまう、蚊よりもか弱い吸血鬼。誰も敵になりようもない、ミミズ以下の雑魚吸血鬼。
なのに、彼が一言声をかけるだけで、胃袋を掴まれている訳でもない者達でも、協力してくれる、よく分からない魅力を持った…目の離せない、無敵のお前…
「おい?ヒナイチ、聞いてるか?」
「ちん!?き、聞いてるぞ!」
実は、胸に秘めている微かな想いがバレそうで、思わず大きな声が出る。
「どうした、何か考え事か?」
「え、え~と!ひ、ひさしぶりに、ちゃんと吸対らしい報告書が書けるなって、考えてたんだ!」
『退治人ロナルドと共に、ごみ処理場の吸血ゴキブリと吸血ハエの駆除に向かう。市民の被害もなし。他の施設もそろそろ注意喚起、防除指導の必要性を感じる。』
帰ったら、こう追記しよう!どうだ?吸対らしいだろう?
「…お前もドラルクみたいな事気にするんだな。そういえば、他の吸血鬼の監視任務をしている隊員は、どんな報告書を書くんだろうな?」
…そ、それは…どうだろうな。
少なくとも、ここまで食事やお菓子を振る舞われたり、一緒にゲームをして、プレイ動画配信はしてないだろう。事件が起これば、彼に策を仰ぐ…そんな事さえしてないと思う。
「あ、あはは。」
乾いた笑いしか出ない。出世は元々興味がなかったから、左遷状態にあるのは気にしない。が、勤務査定はちょっと気にしている。
何の為に入ったのか…と言われれば、私の幼い頃からのアイデンティティに関わって…
「ま、気にすんな。」
そう言って、ロナルドは私の頭をグシャグシャとかき回す。何だか、泣きたくなる様な温かさが、胸に湧いてきた。
「よそはよそ、うちはうち。それでいいだろ?」
「…うん。」
あの頃の私に、こんな風景が描けただろうか…そう思っていると、向こうから細長い影が走ってきた。
「あ、ドラルク。」
「どうした?今頃、手伝いに来たのか?」
駆け寄ってきたのは、ドラルクとジョンだった。彼は荒事には向かないので留守番だったはずなのに。
「お疲れ様。ロナルドくん、ヒナイチくん。」
「ヌヌヌ…ヌェ。」
…と、彼らの顔が少し歪む。うん、まあな。
「入浴剤を買いにきたんだよ。レディに不快な思いをさせたら可哀想だからね。」
彼が見せてくれた買い物袋には、お洒落なパッケージの入浴剤や、卵に牛乳も入っていた。
他人の私をそこまで気にしてくれるなんて…やっぱり、今も左遷状態だけど、こうなってよかったとつくづく思う。
「ありがとう、気を遣わせてすまないな。」
「何を言ってるの、この子ったら。」
そう言って、彼は私の髪をその細い指で絡めとる。酷い匂いのせいだろう、指先が少し塵になりかけながら、その髪にキスをした。
「つまらない事を言わないでおくれ。君は私の…私達の大事なお嬢さんじゃないか。」