私の妄言からせりさんがあまりに可愛いイラストを描いてくださったので、以前からぼんやり考えていた現パロお嬢様ゼルダと専属SPリンクの設定を混ぜてSSに出力してみました。実際こんなことしたらふつうに死にますので真似しないでくださいね、ファンタジーです。いろいろとガバ設定なので、そういうのをゆるい心で読める方でしたらどなたでもどうぞ。
@triple_aaazzz
カンカンカン! 外階段を駆け上がる音が路地裏に響く。
(もう! どうして鉄骨製なの!)
古びた5階建てのビルを全力で上りながら、ゼルダはどうにもならないことに腹を立てていた。追っ手を撒こうと、とっさに飛びこんだ路地は随分と寂しげで、自分の選択が誤りだったと悟っても後悔先に立たず。
(逃げるときは、人通りのある場所へって昔からリンクにも言われていたのに! 私ったら、なんて馬鹿なの!)
焦りと緊張から喉はカラカラで、ぜいぜいと息が上がっている。ずっと走り続けているせいで、疲労の色が濃い。気力だけで動かしている手足を止めたら、その場にへたりこんでしまう自信がゼルダにはあった。
階段の踊り場を急角度で曲がるたび、手に持っている学生鞄が、手すりに何度もぶつかっている。高校に入ってまだ真新しいはずの鞄に、傷が増えていくのをどこか恨めしい気持ちで視界の隅に入れた。
外階段の一階で、ビルの中に入れないかドアノブを捻ってみたが、鍵がかかっていて開かなかった。二階、三階も同じく駄目で、ガチャガチャと大きな物音を立てるだけに終わってしまっている。四階は諦めて素通りした。
後ろを振り返るのが怖くて、追い詰められることが分かっているのに、ビルの屋上に向かうしかなかった。屋上へも入れなければ万事休す。見える範囲に飛び込めそうな窓もないので、そこで ジ・エンド だ。
「待てぇ……!」
「そう言われて誰が待つものですか……!」
思ったより近くで聞こえた追っ手の声に、ゼルダは反射的に言い返した。
幸い、ビルの屋上には鍵が掛かっていなかった。その代わりに、身を隠せるような場所も皆無だったのだが。
殺風景なビルの屋上は薄汚れたコンクリートに覆われていて、所々にヒビが入っている。僅かな希望を求めて、屋内へと続く扉を見ると、鉄製の鎖で南京錠がかけられていた。
(ああもう! ビルの中で逃げ回って時間を稼げれば、それでよかったのに!)
ほかには、錆びついた給水塔に細い排気ダクト、目隠しを目的としたのか網目の細かいスチール製のフェンスがあるだけだった。全体的に裏寂れた印象で、雨風に晒され長く人の手が入っていないことが伺える。
残る手段は隣の建物にどうにかして飛び移るしかないが、周りは低い木造の民家ばかりで、あまり期待はできなかった。
ひとまず上ってきた階段から離れて、頑丈そうなフェンスに近づく。その高さは、背丈とほとんど同じくらいだった。
びゅう、と春風が足下の隙間から吹き抜けて、ゼルダはスカートの裾を慌てて押さえる。
そこで、屋上まで追いかけてきた男達が、無遠慮な声を張り上げたのだった。
「もう逃げられないぞ! 観念しろ!」
「我が社から奪った極秘データを、大人しく渡せ!」
「我々の言うことを素直に聞けば、手荒なことはせず丁重に迎えると約束しよう。おやつにバナナもつけるぞ? どうだ、一考の価値はあろう」
「いったい、何のことでしょう?」
ゼルダにはさっぱり、追いかけられる理由も彼らの目的も分からなかった。
「とぼけても無駄だ! お前がハイラル社代表取締役社長の一人娘であることはすでに調べがついている!」
「そうだぞ! 我が社から技術を奪うだけに飽きたらず、不正の証拠まで捏造するとは不届き千万!」
「そうだそうだ! 一ヶ月バナナ抜きの刑にしても生ぬるい!」
三人の男達は言いたい放題、じりじりと包囲を縮めてきた。
(極秘データ? 確かこの前どこかの商社との買収交渉が決裂したのだったかしら……? そう言えば下準備を手伝わされていたプルアが、研究時間を奪われた上に、何も得るものがなかったなんて許せない! なんて憤慨してたっけ……。帰ったら、インパに尋ねてみないと……。それはそうと、この状況をなんとか切り抜けなくては。いざとなればこれで……!)
ゼルダが密かに鞄を握り直したときだった。
ズガァアン……ッ!!
南京錠がかかっていたはずの、屋上の扉が吹っ飛んでいた。もうもうと煙が立ち込める中、すらりと伸びた足がゆっくりと下ろされる。
その人物は両手をポケットに突っ込んだまま、平然と歩き始めた。カツカツ、と革靴を鳴らして、真っ直ぐゼルダに向かってくる。
「遅いですよ! リンク!」
「申し訳ありません、ゼルダ様。ですが、着替えて正門で待っていた私を置いて行かれたのは、ほかならぬ貴女様ですよ」
「それはそうですけど! でも、ちゃんとメッセージは送ったじゃないですか」
「そのあとで、GPSを切ってしまわれたのは、どなたですか?」
「──わたし、です」
渋々、といった様子のゼルダに、仕方ないですね、とリンクはため息を一つこぼしてから続けた。
「ご一緒だったはずのご友人は?」
「この方達の尾行に気づいてから、それとなく別れました。駅前のカフェの花見コログフラペチーノ、期間限定で今日までだったのに……」
じとっとした視線を向けられて、唖然とゼルダを包囲していたはずの男達が思わずたじろいだ。彼らを意に介した様子もなく、リンクはスタスタと正面から男達を素通りしようとする。
それには流石に黙っていられなかったのか、茫然自失から立ち直った彼らが、口々に声を上げた。
「おい! ちょっと待て!」
「いきなりなんだ? お前は!」
「貴様! さてはそこの娘に雇われたボディガードだな? 優秀な護衛だと風の噂に聞いたことがある! が、果たしてどこまで本当なのだろうな?」
彼らの中で一番上背のある男が、一般男性にしては低めの身長であるリンクを見下ろしながら言った。
「試してみる?」
リンクは首だけで振り返って相手を見上げ、ポケットからちょいちょいと片手を出して男を煽った。
「舐めやがってェ……!」
予備動作を最小限に、男が左拳を振り下ろした。リンクを直接攻撃するでもなく、足元のコンクリートに腕がめり込む。床面を生き物のように這って衝撃波が迫る。
それを見たリンクの眉が少しだけ跳ね上がった。面白いものを見た、とでも言うように。
「へぇ……」
呟きながらリンクは、そのまま右足を蹴って後方に宙返りした。いわゆるバク宙である。
「それなんて技?」
男の背後にピタリと着地して一閃、空気の唸る音とともに扉を蹴破ったのと同じ足技が男の側頭部に炸裂した。潰れた蛙のような呻き声を漏らし、横倒しになったきり男はピクリとも動かない。
「もう聞こえてないか」
悪びれずにリンクが言うと、残った二人の男達の背中に、嫌な汗が伝い始めた。
「お、応援を呼べ!」
「くそぅ……あとちょっとだったのに!」
怯えて尻込みした彼らに構わず、リンクは乱れてしまったスーツの襟を正した。
「お待たせしました」
なおもむくれているゼルダに、リンクはにこやかに笑いかける。
「それで、どうするんですか? 応援を呼ばれてしまったら、新たな手合いが増えるということでしょう? いくら貴方でも、無茶はいけませんよ」
「大丈夫ですよ。それよりもゼルダ様、荷物はその鞄だけですか?」
「? はい」
「それはよかった」
何がよかったのか、質問の意図をゼルダが考え始めた横で、リンクは機敏に動いた。
おもむろにフェンスに近づくと、一瞬チラッと下を覗いてから、その上部に手をかける。多少風化しているとはいえ、もとは金属である。リンクがそれをさも当然のように引き下ろすと、フェンスはぐんにゃりとまるでスプーン曲げのように変形してしまった。
人が通れるほどの幅でぽかりと開いてしまった空間に、ほんのり霞んだ青空がのぞく。
「何をしているんですか?」
ゼルダが不思議に思って尋ねると、何でもありませんよ、とリンクが軽く手首を回しながら答えた。ぴょんぴょん、とその場で数回、足の具合も確かめている。
「さて、準備もできましたし、ゼルダ様はしっかり鞄を握っていてくださいね」
言うが早いか、リンクはゼルダを両手で抱え上げた。腰と、スカートの裾ごと太ももを、がっちりホールドされてゼルダは訳がわからず慌てる。
「え? え?」
「舌を噛まないように、気をつけて」
(え? いま、わたし、俵担ぎされてる?)
揺れる視界の中、ようやくこちらの動きに気づいた様子の男達が、慌てふためいていた。それが映画のコマ送りのように見えて、ゼルダは妙な確信を得る。
自由のきかない体勢でなんとか視線をリンクに向けると、彼のつむじがふわふわと風になびいていた。歩く速度も態度も落ちついている。いや、むしろ屋上の外、何もない空間に向かってペースが速まっていくようだった。
「え? まさか? 嘘ですよね? リンク、待ってくださ────きゃぁぁぁ!」
ゼルダの甲高い悲鳴が路地裏に響き渡った。
ズダァアアン……ッ!!!!
一拍遅れて、五階分の高さを跳んで落下した凄まじい音が、悲鳴をかき消すように轟いた。
じーんとした衝撃が過ぎるのを待って、ゼルダはぱちぱちと何度か瞬きをする。
「し、死ぬかと思いました……」
「失礼しました。こちらの方が早かったので」
しれっと悪びれずに言い放つリンクに、ゼルダの開いた口が塞がらない。
宙に飛び出した一瞬にふっと感じた、何とも言えない高揚、上擦った気持ち。急降下でくすぐったいような、内蔵が浮くような、むず痒い感覚。そして、それらを上回る圧倒的な恐怖。
ゼルダは狐につままれたような気分で、リンクに言いたいことはたくさんあるのに、うまく言葉が出てこなかった。結局、無事かどうかを確かめることしか口にできない。
「あの、一応聞きますけど……足、大丈夫ですか?」
「この程度、問題ありません」
その言葉通り、リンクはゼルダを抱えたまま、何事もなかったかのように歩き出した。
「自分で歩けますよ? おろしてください」
「駄目です。これはお仕置きです」
「なっ……ど、どうして!」
「一瞬でも、居場所の特定ができないなんてこと、もう二度としないと誓ってくださるまではこのままです」
「そ、それは……!」
「それは?」
「……ッ」
ゼルダは揺れる不安定な姿勢を支えるために、リンクの肩口をぎゅっと掴んでそっぽを向いた。
(スーツがシワになっても知りませんからね!)
「何か理由があるんですね? 専属SPでクラスメイトで幼馴染の私に、教えてはくださらないのですか?」
「幼馴染だというなら、その敬語をやめてください」
「それは承知いたしかねます。今は貴女様の護衛なので」
「だったら私も教えません!」
困ったな、とリンクの小さな呟きがゼルダにも聞こえてきて、ちくりと少しだけ良心がとがめた。
(だって、リンクの待つ正門に向かおうとしたら、たくさんの女の子達に囲まれてヘラヘラ笑ってたんですもの。ついカッとなって裏門から別の友達と帰ったのは悪かったと思っているけれど。そんなにいけない事だったかしら? いえ、まぁ、それで変なのに尾けられて逃げてたのは事実よね……。ていうか! GPS使えないようにスマホの電源切ってたのに、リンクはどうやって私を見つけられたのかしら? そうよ! そこから追求すべきだわ)
「あの、リンク。GPSを切っていたのにどうして────」
くぐもった爆発音が聞こえてきて、ゼルダは離れつつあったビルの方角を見た。
「今の、さっきのビルから聞こえてきませんでした?」
「トラップをいくつか置いてきたので、奴らがそのうちのどれかに引っかかったんでしょう。問題ないですよ」
「問題だらけではないですか。何ですか、トラップって?」
「爆発音だったので、リモコンバクダンかな?」
「えぇ……」
「心配しなくても大丈夫ですよ、死人が出ないように威力は調整済です」
「そういう問題ではない気がするんですけれど……。あのビルの持ち主に弁償しなければなりませんね」
「それでしたら不要です」
「どういうことですか?」
「私がその持ち主です」
「はい?」
「ゼルダ様を救出して、敵の追跡を阻むために、私がその場で買い取りました」
「買い取ったですって? あの古そうなビルを? リンクが?」
「はい」
「…………」
「こういう時でもないと、ルピーが貯まっていくばかりですから。使い道ができて何よりです」
「リンク」
「何でしょう?」
「まずはお金の使い道を、私と一緒にお勉強しましょう?」
「これでも使いどころは弁えているつもりですよ」
「そういうことではなくてですね……」
幼馴染とはいえ、ゼルダはリンクと何年か離れて暮らしていたことがある。その間、彼がどこでどのような生活をしていたのか、ゼルダはあまり詳しくは知らない。
ただ、久しぶりに再会したとき、この幼馴染はずいぶんと雰囲気が変わってしまっていた。今でこそ一般常識をある程度まで理解しているようだったが、たまに、とんでもない事態を引き起こすのだ。
「そろそろ停めていたバイクに着いてしまうのですが、先ほどの件については約束してくださいますか?」
ん? と下から顔がのぞきこめるようにリンクに抱え直されて、ゼルダは目を見開いた。
(〜〜〜そういう、ところですよ!)
リンクに聞こえないように、ずるいです、と口の中だけでゼルダは文句を言って、にこにこと返事を待っている彼に告げる。
「……帰る前に、駅前のカフェに寄ってくれたら考えます」
「喜んで」
そっと地面におろしてもらい、ヘルメットを受け取りながらゼルダは思う。
──もう少し、拗ねたふりを続けていればよかったかしら。
うららかな陽射しに、賑やかな通りへとタンデムで去っていく後ろ姿が溶けていく。鶯が鳴き、桜が散り始める季節の出来事であった。
(to be continued...)