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袖引きうさぎ

全体公開 神無三十一受け 13 32 2660文字
2024-04-20 16:49:52

カルみと SS
通過シナリオネタバレあり(カフトまで)

 

 今日はシたいな、と髪を乾かしながらふと思った。
 明日はお互い休みを作っていて、特に出掛ける予定も決めていない。自宅でのんびり過ごそうと夕食を食べながら話し合ったから、縞斑も同じ心積もりなのだろう。
 なら今夜は少しくらい恋人らしい夜を過ごしても良いかもしれない。かちりとドライヤーのスイッチを消した神無は、ヘアオイルを手に取りながら考える。

 「最近ゆっくり会えてなかったし

 ここ数ヶ月は互いの仕事が忙しく、顔を合わせても情報共有だけで、恋人同士の時間を設けるほどの余裕がなかった。
 そうこうしている間に何故か縞斑はばっさりと髪を切っているし、その理由については相変わらず教えてもらえず軽くあしらわれるし。
 湧き上がる疑問と不満にぷくりと頬を膨らませた神無は、リンゴの匂いのオイルを髪に馴染ませて顔を上げた。

 「これでよし、と。」

 そうして手入れを済ませた神無が鏡を確かめたとき、鏡越しに髪をタオルで拭いながら縞斑がひょこりと顔を出した。

 「お風呂ありがとう、神無ちゃん。」
 「ん。髪ちゃんと乾かせよ。」
 「もう少し涼んだらやろうかなー」

 火照った顔を冷ますように手のひらで仰いだ縞斑が小さく息を吐く。
 艶っぽいその姿に高鳴る恋を覚えたての少女のような胸を押さえて、神無は椅子から立ち上がるとぱたぱたと彼の元に歩み寄った。

 「先輩あの、」

 冷蔵庫を開けて水のボトルを取り出した縞斑を見上げた神無は、慣れた様子で彼へと手を伸ばし、はたと動きを止めた。

 「……な、ない
 「ん?」

 すかりと空回りした手のひらを呆然と見つめていた神無は、状況を理解して一気に顔を青ざめる。
 以前から神無の夜の誘い方は、縞斑の髪や袖を引くことだった。不器用で甘え下手の神無なりに必死で考え、それを汲み取ってくれる縞斑のおかげで今や暗黙の了解となっていたやり取りだ。
 しかしどうだろう。今の縞斑に引くほど長い髪はなく、春先であるため袖も短い。
 引く場所が、どこにもない。
 
 「神無ちゃん?どうしたの、大丈夫?」

 青い顔のまま黙り込む神無の様子を心配した縞斑が、顔を覗き込んで頬に手を当てる。
 嬉しいその触れ合いに頬を寄せたい気持ちは山々だが、神無の脳内はそれどころではない。
 今なら言えるだろうか。いいや、そもそも誘い文句を口に出せていたら回りくどい誘いの仕草なんか定着していない。

 「えっと、」
 「具合悪い?ベッド行こうか。」

 おろおろと視線を彷徨わせて言葉を探す神無を体調不良だと受け取った縞斑は、そう呟いて寝室に視線を向けた。
 このままでは恋人と過ごすせっかくの夜が添い寝だけで終わってしまう。そう急を抱いた神無はぎゅっと目を瞑ると、かくなる上はと歩き出そうとした縞斑の手へ両手を伸ばした。

 「せんぱイ、ッ!」

 声が裏返って羞恥に顔が赤くなる。
 どうにか捕まえた縞斑の手のひらを冷たく感じたのはきっと、風呂上がりの彼より神無の方が緊張して体に熱がこもっているからだ。
 意を決した神無はそのまま、くいくいと縞斑の手を2回引く。

 「神無ちゃん、どうしたの?」

 縞斑の不思議そうな声を聞いた神無は、自分の意図が伝わらなかったのだとますます赤い顔になって泣き出してしまいそうになった。
 なんでもないと離れて仕舞えば傷は浅い。
 けれど、一度抱かれたいと考えてしまった体をひとりで宥められる自信もない。せっかく恋人がいるのに、ひとりトイレで慰める羽目になるなんて絶対に嫌だ。
 羞恥と惨めさを天秤にかけた神無は、やがて意を決して蚊の鳴くような声で細く呟く。

 「……シたいなぁって

 暖房をようやく使う必要がなくなった室内に、神無の声はしっかりと響いた気がした。

 「…………。」

 縞斑は何も言わない。聞こえなかったのだろうかと不安になった神無は、そろりと目を開けて顔を上げる。

 「は

 そこにあったのは、にまにまと笑みを浮かべる縞斑の姿だった。

 「せんぱい、まさか、」

 この男はまさか、分かってて言わせたのではないだろうか。
 張り付く喉で懸命にそう問い掛ければ、肯定の代わりに微笑んだ彼が神無の手を握り返す。

 「引くものないもんねぇ。」
 「そこまでわかって!!」

 縞斑はどうやら、神無が夜の誘いを持ち掛けようとしたことも、きっかけになる髪や袖がないことも、それに気がついた神無が誘う方法を探して迷うところまで把握して眺めていたらしい。
 かっと顔に熱が集まった神無は、慌てて繋いでいた手のひらを振り払って縞斑の顔に指を突きつけて声を上げる。
 
 「ず、ずる!!いじわる!!あんたマジでサイテーだな!!!」
 「だって神無ちゃんが可愛いことしてたから、年長者として見守らねばと思って。」
 「なにが年長者だよ!煩悩の塊め!!」
 「誘いにきた君がそれを言うか?」
 「うるさいバカ!!もういいっ!!」

 またしても縞斑の手のひらの上で踊らされていたらしい神無は、悔しげに地団駄を踏むとぷいとそっぽを向いた。
 どすどすと足音を鳴らして寝室の扉を勢い良く閉めた神無の背を見送った縞斑は、少しいじめ過ぎただろうかと苦笑いを浮かべる。

 「神無ちゃーん?機嫌直してよー」

 様子を伺うために声をかければ、ぼすりと扉に向かってクッションが投げつけられた音がした。どうやら相当ご立腹の様子だ。
 春先とはいえ、さすがにソファで眠ったら風邪を引く。このまま機嫌を直せず朝を迎えれば、明日も神無の怒りが継続するかもしれない。
 さてどうしたものか。そう腕を組んだ縞斑が呑気に考えていると、ぽんと端末がメッセージの受信音を鳴らした。

 「ん?」
 
 神無からの着信に設定しているはずのその音を聞いた縞斑は、首を傾げて端末を手に取る。
 部屋の中からわざわざ送られてきた怒りのメッセージだろうかと画面を表示した縞斑は、そこに並ぶ文字に目を通して小さく笑った。

 「『髪を乾かせ 部屋で待つ』果たし状かな?」

 明日は険悪な空気なくゆっくり過ごしたいという気持ちは神無も同じらしい。彼なりに設けてくれた謝罪の余地に甘えない選択はない。
 端末に短く返事を返した縞斑は少しでも早く駆け付けて彼の信用を回復しようと、まだ熱を持ったままのドライヤーに手を伸ばすのだった。




 


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