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水底の勿忘草

全体公開 神無三十一受け 27 53 6120文字
2024-04-21 16:45:57

NPC×🎃
シナリオネタバレあり

 

NPC(赤星透也)×神無三十一です。
シナリオネタバレ、秘匿ネタバレありまくります。
ご注意を。

 


 

 その日は、黒田矢代の誕生日だった。
 誕生日プレゼントとケーキを買ってパーティを計画したいと神無から相談を受けた赤星は、放課後に合流した彼と共に百貨店まで買い物に訪れたのだ。

 「遅くなったから急いで帰ろう。」
 「透也ごめぇんなかなか決まらなくて
 「別にいいよ。それより気に入ったプレゼントが見つかって良かった。」

 長い時間掛けてようやく選んだシルバーのネクタイピンをラッピングしてもらったふたりは、ケーキ屋で予約したケーキを受け取って帰路を急いでいる。
 あとは計画通り料理を作って、帰宅した黒田をふたりで出迎えるだけだ。そう考えた赤星はふと、駐車場へ向かうエレベーターがタイミング良く到着していることに気がつく。
 行きはタイミングが合わずにエスカレーターを利用したが、これなら少しでも早く車に辿り着けそうだ。
 道路の交通情報を素早く確認した赤星は、このまま移動して料理に取り掛かれば黒田の帰宅する十分前に支度が整いそうだと安堵する。
 そうして赤星は、眉を下げる神無の手を引いてそちらに足を向けながら声を掛けた。

 「三十一、エレベーター使おう。」
 「え……う、うん。」

 神無にしては珍しく歯切れの悪い返事だった。けれど赤星はそれに対して疑問を抱くより、帰宅してからのスケジュールを組むことに集中してしまったのだ。
 赤星に手を引かれるままにエレベーターに乗り込んだ神無は、ぎくりと大きく体を強張らせる。

 「ぁ……、」
 「三十一?」
 『ドアが閉まります。』

 神無の違和感に気がついた赤星が首を傾げると同時に、案内役として乗っているアンドロイドの女性が声を上げた。
 神無がさっと赤星の背に隠れる。エレベーター内にはふたりと案内のアンドロイドの姿しかなく、赤星は彼が誰から身を隠しているのか分からず首を捻った。

 「三十一、大丈夫か?」
 「っ、は……ぃ、じょぶ……

 呼吸の合間に呟く彼の様子は明らかにおかしい。視線を下げて服に縋り付く彼の手を取った赤星は、神無のサングラス型コンピュータに感知されないように彼の体をスキャンした。
 呼吸と脈が早く、体温が上昇している。指先に力が入らないのか、重ねた手のひらを握り返す気力がない。
 そして何より、血液中の酸素濃度の増加と二酸化炭素の減少という症状。過呼吸という診断を弾き出した赤星が咄嗟に神無の背へ手を伸ばすのと、その体がぐらりと傾いたのは同時のことだった。

 「は……っは、はぁッは、」
 「三十一!!しっかりしろ!三十一っ!!」

 崩れ落ちかけた神無の体を支えた赤星は、青白い顔で懸命に息を吸おうとする神無の口を手のひらで塞ぐ。

 「吸ったらだめだ!!吐くことだけ考えろ!!」
 「ふ、ぅッはぁ、は……!」

 赤星の声も届いていない神無は、口を塞がれたことが息苦しさの原因だと勘違いしたらしくじたばたと床を蹴って赤星の手を剥がそうとした。
 口を塞ぐ手を爪先でがりがりと引っ掻いた神無だが、アンドロイドの赤星に痛覚はないためその手が緩む気配はない。
 構わず深呼吸を促す赤星は、過呼吸を引き起こしたストレスの原因を探して視線を彷徨わせる。しかし、エレベーターの中には神無と赤星、そして困惑した様子で立ち尽くす案内のアンドロイドしかいなかった。

 『救護室へ連絡いたしましょうか。』
 「いや、平気だ!近くの階で下ろしてくれ!!」

 原因の究明は彼が落ち着いてからで良い。赤星はそう思考を切り替えるとアンドロイドに声を掛けた。こくりと頷いたアンドロイドはボタンを操作して最も近いフロアでエレベーターを停止させる。
 赤星は神無を抱き抱えると、扉が開くと同時に外へ駆け出したのだった。

 ※
 

 すぅすぅと浅い寝息を立てる神無の表情は穏やかとは言えなかったが、それでも安定した体調を確かめて赤星は息を吐く。
 その隣に立つ黒田も安堵した表情を浮かべると、慎重に扉を閉めて赤星をリビングへ促した。

 「急で驚いただろうに、処置をしてくれてありがとう。」
 「いや……簡単な処置は警察学校で教わってましたから、」

 あの後、赤星は神無を直ちに自宅へと連れ帰った。症状の対処法を正しく理解していた赤星は病院に神無を運び込むよりも、慣れ親しんだ自宅で休ませた方が回復が早いと考えたのだ。
 赤星の予想通り、自宅に帰り着いてベッドに運んだ神無はしばらくするうちに落ち着きを取り戻した様子で眠りについた。

 「黒田さんは、三十一がなんであんな風になったのか……分かるんですか?」

 神無が落ち着いた頃に帰宅した黒田は、赤星から彼の様子を聞いた時も特に驚いていなかった。
 赤星の対処に丁寧な感謝を伝えて、この家にいる限りは大丈夫だと告げると神無の寝顔を確かめに向かったのだ。
 赤星の言葉を聞いた黒田は、何も言わずにキッチンに向かうと二つ分のマグカップを手に取る。コーヒーを注いだ彼は赤星の前にひとつ置くと、自身も向かいの席に腰を下ろした。

 「透也は初めて見たかもしれないけれど、あの子がこうなるのは今回が初めてじゃない。」
 「閉鎖空間が原因ですか?いや、それならこれまでも……
 「いいや、違う。アンドロイドだ。あの子はアンドロイドが苦手で、同じ空間にいるだけでパニックを起こすんだ。」

 ぎしりと体が錆びついたように強張った気がした。この最新の体には油など必要ないはずなのに。
 しんと静まり返った部屋で、気まずさを埋めるようにカップに手を伸ばそうとした自分の仕草がいやに人間臭く感じた赤星は、膝の上に両手を戻して口を開く。

 「アンドロイド、ですか。」
 「あぁ。アンドロイドと二人きりになると、強い破壊衝動に突き動かされる。私が知ったのは確かあの子を引き取って一ヶ月経った頃だったかな。」

 黒田が神無を引き取って間も無くのこと。仕事が忙しく、長い時間神無をひとりにしてしまうことを心配した黒田は、彼が寂しくないように犬型のアンドロイドを贈ったのだ。
 受け取った当日は、可愛らしく尻尾を振りながら後をついてくる存在に神無も頬を緩めていた。
 しかしその翌日、仕事から帰宅した黒田が目にしたのは、ブルーブラッドの広がる床に転がるアンドロイドと、そんなアンドロイドの前で拳を握り肩で息をする神無の姿だった。

 「……アンドロイドに両親を殺されたあの子が、アンドロイドというだけで拒絶反応を示す可能性それに気付かず、あの子にはひどいことをしてしまった。」

 神無の両親がアンドロイドに殺されたと打ち明けられたのは、黒田と知り合って一年が経過した頃だ。
 黒田の部下として働く傍ら、偶然を装って神無に接触した赤星は、彼らの警戒心を上手く緩めて自宅に招かれるほど気を許されている。
 全ては計画通りだ。あの夜に赤星が仕留め損なった神無がアンドロイドを拒絶することも至極当然のことである。

 「それほどに、彼はアンドロイドのことを恨んでいるんですね。」

 それなのにどうして、やっとの思いで絞り出したその声は震えていたのだろうか。
 動揺した赤星が慌てて取り繕おうと顔を上げれば、黒田はカップに注いだコーヒーで唇を湿らせてゆっくりと首を横に振る。

 「いやきっとあの子は、これ以上大切なものを奪われることが怖いんだと思う。」
 「大切なもの……
 「次は奪われる前に、傷つけられる前にもちろん自身の身も含めてだが、あの子はあの子なりに守ろうとしているんだよ。」

 赤星は何も答えることができなかった。
 あの場所から生き逃れても尚、悪夢に魘されて、家族を失う恐怖に怯える神無の小さな背中が脳裏を過ぎる。
 他でもない自分が、彼の心を壊したのだ。
 こんなにも科学が発展した現代社会において、アンドロイドを受け付けないことがどれほど生き辛いことかなど赤星には到底計り知れない。
 二世代以上前のAI機能がない家電に囲まれた室内で、俯く赤星のつむじを眺めていた黒田はゆっくりと言葉を続けた。

 「だから私はあの子をこれ以上絶望させないと決めたんだ。そのためにも長生きをしないといけない。」
 「…………まだそんな歳でもないでしょ。」
 「ははは。確かに、まだまだ若者には負けてられないな。」

 穏やかな声で笑う黒田は、赤星のことを気遣っているのだろう。
 子供にするように頭を撫でる彼の手のひらを暖かく感じたのは、彼が人間だからだろうか、それとも単にカップに温められただけだろうか。
 カップに重ねた熱の移らない手のひらがどうしようもなく虚しくなった赤星は、ぎゅっと強く拳を握りしめる。
 そんな彼の仕草をじっと見守っていた黒田はふと顔を上げると、物音が聞こえた二階へ続く廊下へ視線を向けた。

 「透也、三十一の様子を見てきてくれないか?」
 「えでも」
 「目を覚ましたみたいだから、少しだけ話をしてやってほしいんだ。きっと張り切っていたぶん落ち込んでいるだろうから。」

 黒田の言葉を聞いてちらりと二階に視線を向けた赤星は、確かに目を覚ましているらしい神無の息遣いを感知する。
 神無に黒田本人が気にしていないと伝えても、きっと彼はそれすら気遣いだと自身を追い詰めてしまうのだろう。そんな神無の思考は赤星にも理解ができた。
 二人きりになる絶好のチャンスだ。この場で殺さなくとも、弱みに漬け込んで洗脳するにはまたとない機会である。
 そう最善を考えていたはずなのに、赤星が咄嗟に口にした言葉はまたも命令に反した言葉だった。

 「俺で、いいんですか。」

 黒田がゆっくりと視線を向ける。
 一体彼に、どんな言葉を求めているのだろうか。無意識に唾を飲むような仕草を取った赤星は、口内が乾くような緊張感を覚えて口を噤む。
 しばらくそんな赤星の目を見つめていた黒田は、やがて穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 「私は君のことを信じたいと思っている。これまでも、この先も。」

 黒田の言葉には明らかに含みがあったが、それを深掘りするのは墓穴を掘る行為だと思い直した赤星は黙って席を立った。
 階段を上って廊下を進んだ彼は、神無の自室の前に辿り着くとそっと扉をノックする。

 「三十一、入るぞ。」
 「………。」

 扉越しに返事はない。
 神無は目を覚ました上で黙っていた。それを拒絶ではないと受け止めた赤星は、ドアノブにそっと手を伸ばして室内へ足を踏み入れた。
 ベッドの上には、頭から毛布をかぶって丸くなっている神無の姿がある。安定した呼吸を感知した赤星はほっと小さく息を吐いてベッドのそばに腰を下ろすとシーツの上から彼の背を撫でた。
 
 「三十一。」

 びくりと大きく身を震わせた神無は、シーツから出ることを拒否するようにぎゅっと握りしめる。
 彼の一枚隔てた境界線に踏み込む気はないことが伝わるように黙って彼の背を撫でていれば、やがてぽつりと神無は口を開いた。

 「だいなしに、しちゃった」
 「え?」
 「パパの誕生日なのに台無しにして、がっかりさせちゃった、」

 すんと小さく鼻を啜った彼は、シーツの端に目元を押し付けて涙を隠す。あとからあとからシーツに滲んでいく水玉模様の染みを赤星は呆然と眺めていた。

 「なにもないおれのこと、ひろってくれたのに……っ、ごめんなさい、ごめんなさい
 「みと、」
 「すてないで……やだ、ひとりはやだぁッごめんなさい!」

 黒田の期待を裏切って失望させてしまったと考えている神無は、まるで幼い子のように泣きじゃくりながら何度も謝り続ける。
 泣き止んでほしい。その一心で手を伸ばした赤星は、もう片方の手で咄嗟にその腕をぱしりと掴む。
 必要以上の接触は危険だ。抱きしめたその重さや肌の僅かな質感の違いから、勘の良い神無が赤星の正体を見破ったら厄介である。
 気づかれてはいけない。ぎゅっと唇を強く噛んだ赤星はその体を掻き抱こうとした腕を持ち上げると、神無の頭にシーツの上から手を置いた。

 「黒田さんはそんな人じゃない。」
 「っ、」
 「それは三十一が誰より知ってるだろ?」

 身寄りがなく施設へ預けられようとしていた神無のことを、黒田は引き取って育ててくれた。本物の家族のように愛情を注いで真摯に自分に向き合う彼の存在は、確かに絶望に暮れていた神無の心を溶かしてくれたのだ。
 黙っている神無を撫でてやりながら、赤星はそっと語りかける。

 「元気になったらまたケーキを買いに行こう。」
 「……うん。」
 「俺も手伝うから、一緒にご馳走作ってパーティするんだ。」
 「うん、」

 懸命に励まそうとする赤星の声に、神無はそろそろとシーツから顔を覗かせた。

 「プレゼントわたす……
 「あぁ、プレゼントもそのときに渡そう。三十一が悩んで選んだものなら、きっと黒田さんは喜んで受け取ってくれるから。」
 「うん、うん……

 少しだけ落ち着きを取り戻した神無は、腕を持ち上げて自身の頭を撫でる手に触れる。こくこくと何度も頷いて涙を拭った彼を見守っていた赤星は、彼の手を握り返してシーツを掛け直す。

 「ほら、だから今日はもう休もう。」
 「……うん。」

 パニックを起こして疲弊した神無の体はまだ休息を求めているらしい。とろとろと瞼を落としていく彼はまもなく、意識を手放して穏やかな寝息を立て始めた。
 赤星は眠った彼の手を両手で強く握る。登録がすでに完了している赤星の体は、アンドロイドにとって特別な意味を持つその触れ合いに反応を示す気配がない。

 「名前を呼んでくれよ。」

 有馬から施されたユーザー登録は非常に強固で、天城圭一すら破ることのできなかったものだ。
 たとえ神無に名前を呼ばれたとしても解放されることはない。ましてやアンドロイドを拒絶する神無が、正体を知った上で自分の名を呼ぶなどありえないのだ。

 「なぁ三十一、今は俺と二人きりだよ。」

 二人きりのこの室内で神無がパニックを起こすことがなかった理由は、有馬が設計した赤星という存在が完璧に人間へ擬態しているからだろうか。

 「それとも、許されてると自惚れてもいいのか。」

 そんな都合のいいものなど、あるはずないのに。
 赤星はぎゅっと唇を噛んで神無の手を両手で包み額に押し頂く。冷たい手のひらが神無から熱を奪ってしまうことは分かっていても、それをやめることはできなかった。

 「どうか……、」

 どうか許さないでくれ。
 その衝動を忘れないでくれ。

 いつかこの体に、青が流れていると知るその日まで。



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