@nhankonabe2578
私が先生と出会ったのは、まだ幼かった10年ほど前のこと。
幼少期、家族は家に居る事が少なかった。両親は2人ともフルタイムで働きに出ていて、友人の多い兄は遊びに出ている事が多かった。
兄はよく場を和ませる言動が出来る人で、頭が良いのに馬鹿な事にも全力な人だった。一見くだらない事でも、全力で取り組む様は人を惹き付ける。いつも中心にいる兄が羨ましくて、良く真似をした。だけどどうにも兄の様に上手くは出来なくて、誰も笑ってはくれなくて、変に浮いた。
両親からも馬鹿な真似は止めなさいと言われたし、兄からも自分と全く同じ事をやっても駄目だと諭された。周囲の大人から向けられる哀れみの目に気付いてしまって、真似をするのを止めた。
そうしたら、人とどうコミュニケーションを取ったら良いのか分からなくなって、本で得た知識や話し方を参考にするようになった。やがて、子供らしくない、可愛げの無い子供だと言われるようになって、更に周囲から浮くようになったので、今度は子供らしく大袈裟に話をするようになった。法螺話は同級生達にウケて、輪の中に入れるようになったが、両親の注目は得られなかった。
私の大して面白くもない馬鹿げた法螺話を、悠長に聞いて一緒に笑ってくれる様な時間的余裕は、働き詰めの両親には無かったのだ。
そんな私と違って、何事も活発で、意欲もコミュニケーション能力も人一倍高い兄は多くの習い事に通ったりもしていて、両親は兄の送迎や、発表会の準備に付きっきりだった。
それが寂しくて、両親の気を引きたくて、構って欲しくて、ありもしない盗難事件をでっち上げた。瞬く間に学校中に広まり、犯人探しの探偵ごっこが始まった。先生も両親も心配して気に掛けてくれるようになり、みんなが話を聞いてくれる事が増えた。
だけど、探偵ごっこは次第にヒートアップして、クラスの雰囲気がピリつくようになった。同級生同士の言い争いが多くなり、躍起になって私から情報を得ようとする者が増え、最終的に、私の話の矛盾点に気付かれた。
こうして、「大嘘付きのかたらい」が露呈したのだ。
それが原因で虐められる様な事は無かったが、すぐに遠巻きにされるようになって、誰にも話を信じて貰えなくなった。両親は頭を下げて回り、私を叱る訳でもなく、ただ二度としない様にと諭すに留まった。兄は、何も言わなかった。私が目を合わせなかっただけかもしれないが、その後兄とマトモに話をした記憶は無い。
学校に行くのは辛かったが、家に居ても辛かったから、最後まで通った。小学校の卒業を間近に控えた寒い冬の日。中学も同じ様に孤独に過ごすのだろうと、独りで下校していた際に、その事件を見てしまった。
窃盗だった。それも、他人を利用した、悪質な。
手押し車を押して歩いている高齢の女性のその荷台に、さりげなく商品を隠していた。女性は気付かぬまま自分の手に持った商品だけを会計し、知らぬ間に万引きをさせられていたのだ。犯人は若い男性だったが、転売するつもりだったのだろう高額の化粧品を対象にしていた。
その女性は、出る直前に店員に呼び止められ、奥へと連れていかれた。「またですか、いい加減にしてください」と聞こえて来て、これが何度も繰り返し行われている事を知った。女性は本当に困った顔で、謝罪と困惑を口にする。自信を持って否定できない、人が良すぎる人だった。そのまま、なんとか警察を呼ばれる事はなく帰されたらしかったが、だからこそ犯人に利用されていたのだろう事は想像に容易かった。
…私の話は、店員には信じて貰えなかった。だって、女性は認めてしまっているし、私は大嘘吐きの鍋槃だ。
子供達の噂というものは広まりが早くて、尚且つ私が少しばかり手の込んだ嘘が吐ける頭があったものだから、警戒されていた。なんなら、怪訝な顔を向けられて、疑いが掛けられそうな程だった。言い返そうと思っても、「大嘘付きのかたらい」が露呈したあの瞬間がフラッシュバックして、声が出なかった。女性に心の中で何度も謝って、泣きながら帰った。
次の日、その人に話し掛けられた。曰く、探偵をしていて、依頼を受けたのだと。当時の私は知らなかったが、度々店舗から連絡を受け不審に思った女性の家族からだったそうだ。警察に届け出られていない事を、警察に捜査して貰う訳にもいかない。それで、彼を頼ったのだそう。
話し掛けられた理由は、単純な聞き込み捜査。彼が欲しい目撃情報を、私が持っていた。
口ぶりから、先に店員から昨日の出来事も、私の良くない話も聞いていただろうに、それでも聞いてくれた。そして、信じてくれた。
誰も救ってくれなかった私の心を救ってくれたのが、先生だった。
私の証言を元に捜査が進められ、現行犯で店員と先生に取り押さえられた犯人は、その後余罪についても自供したそうだ。まあ、その自供も先生がバッチリ証拠を掴んでいたからであるが。
格好良いと思った。そうなりたいと思った。自分に出来ることがあるならば、どうにか力になれないかと思った。
先生の事務所に通う事が増えて、私の居場所になった。そのまま、結局半ば転がり込む形で、先生の助手にしてもらった。
憧憬はやがて恋慕に変わり、だけど現状に満足してしまって、甘えた。元々、承認欲求が人一倍強いのだと思う。それが満たされるこの居場所を失うのが怖かったのだと、今なら分かる。
花岡幸に親しみを感じてしまったのも、そうかもしれない。あまりに彼女が好意的に接してくれるものだから、強く親愛を語ってくれるものだから、簡単に絆されてしまった。
私を受け入れてくれようとする人。貴方と、本当の私で友達になりたいと思ってしまった。
花岡さんの言う通り、誤魔化し、取り繕い生きてきた私の人生は、嘘に塗れたものと言って差し支えない。
今の嘘で固めた私ではなくて、本当の私として、みんなと友人になりたい。胸を張って、面と向かって、言える関係になりたい。
先生、もう少し我を出して良いと言ってくれた事、感謝します。少しだけ、強欲な自分を、傲慢な自分を、受け入れられるかもしれない。
必ず、友人達を助けてみせます。そして、貴方のお傍に戻ってみせますから。