・高橋秀行と小波
・瓜生と小波
・ラモンと死神のお姫さん←New!ラスト追記
・龍亞とパワーツールとライフストリームと遊星
随時追加
@fu_re_re_ra
《高橋と小波》
高橋秀行が選んだその日のタッグパートナーは、小波だった。
小波の隣は常に奪い合いであるが故に、その日は幸先から好調だったと言えた。
タッグデュエルを無事に終え、今回の縄張り争いでも危なげなく勝利を収めた小波は、同じくデュエルディスクを仕舞う高橋に「約束じゃあ。欲しいもの何でも言うてみぃ」
と言われ、きょとん、と瞬きした。
こう見えて、高橋とて決してケチな男ではない。だから自分たちの縄張り争いに多大な貢献をしている小波に、多少は無茶な要望でも叶えてやる心づもりはあった。
だが、今に始まったことではないが、小波が具体的な希望を言うことは滅多に無かった。
大概は「またタッグデュエルして欲しい」とか、「使わないカードがあったら譲って欲しい」といった、そんな要望とも言えない程度の些細な望みを述べるに留まることがほとんどだった。
「あー、ワシらの世界は仁義が命じゃけ、借りっぱなしは性に合わん。たまにはデュエルとカード以外にも欲しいモンを言ぅてみぃ」
だからその日、気持ち良く勝利を収め、とりわけ機嫌の良かった高橋は、今日の相方である小波に上機嫌でそう念押ししたのだ。
「それともワシは、デュエルの報酬の支払いを渋る小者に見えるっちゅーことか? なあ?」
ニヤッと口角を吊り上げた高橋の言に、少し考えてから小波が「じゃあ…」と口にしたのは、植物園の招待チケットだった。わずか数百円のものだ。
結局、二枚組のペアチケットを手渡しながら「ほんまにこんなモンでええんか?」と尋ねた高橋に、小波はこくんと頷いて微笑む。
「ありがとう」
「なんじゃあ、おめえさん、こーゆーのが好きなんか」と訊かれ、小波はこてん、と小首を傾げて、アキちゃんが好き、と答えた。
「アキ? ああ、あの…」
黒薔薇の魔女。そのワードまでは口を閉ざしたが、意図は伝わったらしい。小波は「最近少し、元気がないんだ」と答えた。
小波は高橋に向き直ると「ありがとう、普通に渡しても、遠慮されちゃうから」と微笑んだ。
なるほど、貰い物だと伝えてさりげなく渡すつもりらしい。
小波は「早く元気になって欲しいから」と裏表なく、臆面もなくそう言った。
小波は帽子を目深に被り直しながら、心から嬉しげに微笑んだ。
「ありがとう、高橋」
ガシガシと頭を掻いた高橋は、「おどれ、ほんまにお人好しじゃのう」とぼやいた。
小波は『デュエル』と『タッグパートナー』の他に、目立って欲しいと訴えるものが無かった。
いつも人には何かやってばかりだ。誰かのために走り回ってばかりで、たまにこうして珍しく求めたと思えば、やはりそれは誰かのためなのだ。
こいつの欲しいものとは結局、誰かの笑顔ということらしい。
それは高橋のような生業の者から見れば、いささか綺麗事が過ぎる気はしたが。
笑って、高橋に頼んで良かった、と。素直な言葉を添えられれば悪い気はしなかった。
《DA2高橋秀行》
《瓜生と小波》
WRGPに向けてパーツを補充すべく、遊星はジャンク屋で掘り出し物を漁っていた帰りだった。
つまり、いささか治安の悪い地区に足を踏み入れた遊星が『そいつ』を見つけたのは、純粋に偶然だったのだ。
「……? あれは、小波と……」
小波の姿はどこにいてもよく目立つ。
赤い帽子と赤いジャケットの背中は、人混みの中で、一人の男性に、肩に腕を回されていた。
その男の横顔には見覚えがあった。頬のマーカーと蒼い髪、いささか柄の悪い振る舞い、細身だがそこそこの体躯。
遊星は記憶を辿った。あれは、サテライトを飛び出す直前の夜のことだった。
「アレは、確か……」
雑踏の中、肩に腕を回された小波は、困ったように首を横に振ると、するりと上手く腕を抜け出して、横断歩道の向こうへ走っていった。
男は小波を追いかけようとしていた。そこで、遊星は表情を厳しいものに変えた。
取り巻きこそ居なかったが、あいつは、確か。
「待てよ、小波! ……って、あん?」
小波を追おうとしていた男の肩を、背後から素早く捕まえる。
男──瓜生は、怪訝に振り返って、遊星を見て顔色を変えた。
「げっ、お前、不動遊星…!?」
「おい、どういうつもりだ」
瓜生。遊星がサテライトを飛び出す直前、タカたちに因縁を付けて殴りかかった男。
腹いせに遊星たちのDホイールまで奪おうとした、パワーインセクトデッキの使い手で、シティで問題を起こしてサテライトに流れてきた後、あちこちでサテライト住民に絡んでいた。
自分たちのDホイールの夢を嘲笑ったその男を、かつて遊星は、デュエルで正面から打ちのめしたのだ。
「小波に何をしていた。返答によっては──……」
「えっ、ちが、……あっ!?」
瓜生は雑踏を慌てて振り返った。
遊星に気付くことなく、小波は人混みの中に紛れて行方をくらませてしまった。
瓜生は落胆したように「ああああ〜…」と失意の声を上げて、再び遊星を振り返って、凄んだ遊星に表情を引き攣らせた。
「か、関係ねえだろ! 離せよ」
「そうはいかない。小波は、オレたちの仲間だ」
遊星は鋭く男を睨んだ。
「ナーヴやタカたちにしたように、因縁を付けて絡む気なら……」
「ち、違えよ! デュエル! ただのタッグパートナーの申し込みだ!」
「……なに?」
いわく、瓜生と小波が出会ったのは、サテライトが解放されてまもなくのことだったという。
シティとサテライトを繋ぐ『ネオダイダロスブリッジ』の建設現場で、シティの連中と揉め事を起こした瓜生は、セキュリティに処罰される所を、小波のデュエルの仲裁で事なきを得たのだと。
「またタッグ組むって約束なんだよ! けど、なかなか捕まんねえから…」
瓜生は、捕まえた遊星に強制的に洗いざらい吐かされて、うろうろと視線を彷徨わせた。
「約束があって急いでるって断られたんだよ。けど、約束だったらオレだってずっと前からしてるだろ、さっきは、ちょっと強引だったけどよ……悪気は無かったんだよ!」
「そうか」
実際、小波とタッグパートナーを組みたいデュエリストは、この街にごまんとあふれている。
小波の隣は常日頃から奪い合いで、ちょっとした小競り合いは絶えない。あくまでその一環に過ぎないことだったらしい。
まるで嫌がって人混みに逃げたように見えたが、実際は単に他に先約があって急いでいただけだったようだ。小波のことだ、恐らく誰かとのデュエルの約束だろう。
因縁でも付けられているのかと思ったのは、遊星の早とちりだったらしい。
先ほど遊星から小波にメッセージを飛ばしたが、少し経って戻ってきた小波の返答はYESだった。瓜生が小波の知り合いというのは、真実だったようだ。小波はアウトローな人種も含めて、とにかく顔見知りが多い。
「すまなかった。小波の周囲はとにかく派手だから……何か良くないことかと」
「いや、その、あー……まぁ、俺も誤解される心当たりはあるしよ……」
謝られた瓜生はバツ悪げに、頬のマーカーを掻いた。
遊星が詫び代わりに奢ったコーヒー缶を開けながら、瓜生は花壇の端に腰かけた。
プシュ、とコーヒーのプルが鳴る。高圧的に怒鳴るでもなく素直に引き下がった、毒気の無い横顔に。遊星は、少しだけ訝しく思った。
「……少し、変わったか」
瓜生は、遊星の問いに、苦笑した。
「自分に何が欠けてるか、直視するのってキツイよな」
瓜生はぐいっとコーヒーを煽り、自分のデッキを自分の前に掲げて、感慨深げにした。
「お前にコテンパンに負けて、自分のデッキに何が足りねえのかずっと考えてた。何か足りねえのは分かってたんだ。でも、それが何なのか分かんなくて……けど、小波とデュエルしてるとよ」
グッとデッキを握り込んで、瓜生は表情を改めた。
「お前、言ったよな。デュエルはモンスターだけじゃ勝てないって。マジックだけでも、トラップだけでも勝てねえってさ。小波のやつとデュエルしてると、最高のタイミングで最高のサポートカードがパスされるから、ああオレのデッキにはこれが足りなかったんだ、ずっとこれが欲しかったんだって、分かるんだよな」
瓜生の横顔は、まるで熱に浮かされたようだった。
小波のデュエルにこういう目を向ける連中はとにかく多い。小波のパートナーの座には、街中で奪い合われるだけの魅力がある。
「俺さ、嵌められたんだよ。シティで暴力沙汰起こしてサテライト送りになったけど、本当はダチを庇ったんだ」
瓜生は、空っぽになった缶を、公園のゴミ箱に放った。
缶がダストボックスにシュートされて、カランカランと虚しく音を立てる。
「けど、庇ってやったアイツは、あっさり俺を見捨てて逃げ出した。おかげでマーカー付き、俺の人生はめちゃくちゃさ。ムカついて、腹が立って、どーしようもなくて、サテライトの連中に当たり散らしてた。けど」
瓜生は曇天を仰いだ。
「けど、俺は腹が立ってたんじゃない。哀しくて、情けなかっただけだった。泣きたかっただけだった。小波とデュエルしてたら、それが分かった。だから……再出発するなら、あいつのデュエルがいいんだ」
そう言い切った瓜生は、少しだけ照れ臭げにして、誤魔化すようにタバコを吸った。
「そうか」
「あー、お前、小波 の知り合いなんだろ。いい加減俺と組めって言っといてくれよ。そしたらチャラにしてやるからよ」
「分かった。伝えておく」
「じゃあな」
照れくさげにタバコをふかしながら、逃げるように雑踏の中に消えた瓜生を見送って、遊星は花壇の端に置いた袋を、再び抱えた。
重めの荷物を抱え、遊星は帰路への足取りを早めた。
何だか無性に、Dホイールで走りたい気分だった。
《瓜生と小波.END》
《ラモンと死神のお姫 さん》
ラモンがその日、捌いても捌いても終わらぬ書類の山に頭を悩ませていたのは、もうすっかり月も落ちて夜も深まった夜明け前のことだった。
人生の墓場クラッシュタウン改めサティスファクションタウンは、我らが町長鬼柳京介を中心に、全く新しい形へと再編された。
再出発した町のにわか景気の中、やることはまだまだ山積みだ。
あの当時、破格のデュエルの強さを持ちながら生きる意志が希薄な鬼柳京介は、ただの利用しやすい駒でしかなかった。
だからラモンは、あの不気味な死神野郎を『先生』などと体良くごまを擦りながら、最後まで使い潰してやるつもりだったのだ。
ところがどうだ。
あの死んだ目が息を吹き返した途端、奴は凄まじいカリスマ性でこの町全てをあっという間に掌握してしまった。
こう見えても町を二分していたラモンファミリーだ。その頭 を張っていた自分すらあっさり呑み込んで、奴はあっという間にこの町を建て直した。
「さあ、約束だぜ」
にやりと口角を吊り上げてあの男は、デュエルに負けたラモンに楽しげに通告した。
「覚悟しろよ。この町じゃねえと満足できねえ身体にしてやる」
デュエルタイムに勝った鬼柳が、町の復興のためにラモンに出した労働条件は、本来は期間限定だった。
だが結局、奴の目論見通り、その期間を過ぎてもこの町で働くはめになっている。強制ではなく、自分から。
「なあ、本当にそれで満足なのか? ダインの独占でどんな大金を手に入れたって、シティの連中は俺たちを金で買える猿だとしか思ってねえ」
鬼柳京介の語り口は麻薬だった。
一瞬でも耳を貸した時点で俺たちの負けだったのだと、気付くのがあまりに遅すぎた。
「そんなつまんねえ生き方で満足か? もっと最高でたまらねえ高揚を味わいたくねえか? なあ?」
どんな悪党もごろつきも、あの希代の天才詐欺師の手のひらの上だった。
誰かが訝しげに声を上げた。
「金でもねえ女でもねえ。こんな何もねえ街で、何が手に入るってんだ」と。
あの死神は、ニタリと笑いやがった。
「国だよ」
「国?」
「そうさ! この小さな町は、この吹けば飛ぶような小さな規模のまま、シティが無視できねえ国になる!!」
あの声は熱病の類だ。一度でも聴けば熱に浮かされて、虜になって夢を見せられる、そんな恐ろしく魅力的な魔性の類だった。
「ダインの供給はDホイールとモーメント産業の要だ! シティは喉から手が出るほどこの鉱山を欲しがってる! なら、なんで力尽くで手に入れちまわなかった? 簡単だ、金さえ払えば楽に手に入ると、俺たちを侮ってやがったからだ!」
鬼柳の声は麻薬だった。
熱病を起こす竜巻だった。
「シティのお偉いさん連中は、この町を手に入れる最後のチャンスをたった今棒に振った! なぜかって? たった今! この俺、チームサティスファクションの鬼柳京介が!!」
鬼柳は天に拳を突き上げた。
デュエルディスクが掲げられ、砂漠の太陽をギラリと弾いた。
「この街を、俺たちだけの国にすると決めたからだ! チームサティスファクションにデュエルで勝てるやつなんて、世界のどこにもいやしない!!!」
ざわめきが、期待が、熱意が、生まれ変わりつつある町にさざなみのように広がっていく。
「さあ! お前ら! 見てえんじゃねえか!? 吹けば飛ぶような小さい町だと侮ってたシティのお偉いさんが、俺らみてえな掃き溜めの連中相手に、上等なスーツで対等な交渉に来る瞬間を! 力でも暴力でも金でもねえ、俺たち一人一人の手で作り上げるこの国が! シティに並び立つたまらねえ瞬間をよ!」
もう誰も、あの声を無視できなかった。
無性に熱を昂らせるあの声を。
「誰にも踏み潰させやしねえ!! 生まれ変わらせてやろうぜ、俺たちの国を!!!」
誰も鬼柳を無視できない。
あの男が笑ってコートを翻した瞬間、俺たちはまったく新しい未来を空目した。
「見てえヤツはついて来い! この俺、チームサティスファクションの鬼柳京介が! 今からお前らだけの国を見せてやる!!」
あの日上がった雄叫びを
生涯忘れる日は来ないだろう。
人生の墓場、クラッシュタウン。
そんな町に流れ着いたやつは結局、どこかで表舞台から弾き出された連中だ。虐げるか虐げられるか。そんな弱肉強食の生き方しか知らない。
鬼柳京介という男は、そんな荒くれ連中に見せるデカイ夢を、恐ろしいほどよく知っていた。
この町は日に日に変わっていっている。町は確かに変貌しつつあった。
まるで、大海のうねりのように、自分たちの一挙手一投足が、未来を変えていく。そんな強烈な快楽を叩き込まれてしまった。
人間は快楽に弱い生き物だ。だからこんな面倒な仕事を進んで引き受けて、ついついこんな夜中までやるハメになっているのだ。あの当時の自分が見たら鼻で笑って信じないだろう。
「おっと」
ラモンは万年筆を取り落として、質素な事務テーブルの下にしゃがみ込んだ。
すっかり事務仕事が板についた自分に苦笑する。
ファミリーの頭領 だってこなしていた自分が、こんなに中間管理職が向いているとは。気付いた時はだいぶ愕然としたものだった。
結局、今思えば自分には、どれだけ優秀でも人望が無かった。誰も信じない自分は、結局は金勘定と打算と政治が最も得意だった。だからこの町で今、金勘定と打算で政治をしている。
シティに見捨てられた町、クラッシュタウンを、自分たちは今、政治で建て直そうとしている。それに必要な人手も情報も、あらゆる形で我らが町長が見事に拾ってくるものだから、ラモンは今、デュエルギャングどものトップを張っていた頃より、ずっと自由に政治と金勘定をしていた。
我ながらあまりに生き生きしすぎていて、振り返るとだいぶ目を疑う有様だ。それほどまでにラモンの生きがいの変化は、劇的だった。
我らが鬼柳先生はデュエルも化け物だったが、蓋を開けてみれば人望もとんでもない化け物で、純粋に慕う連中だけでなく狂信者もだいぶいる。が、そういう連中も見事に手綱を取って、自分のような打算連中も見事に食ってみせた。
あんな規格外の男が、どうして自分のようなちんけなデュエルギャングの言いなりになっていたのか未だに正直わからない。
あの頃とは逆で、鬼柳京介の右腕に自分が成る側だが、まあ、それなりに楽しくやっている。
ラモンは長らくファミリーのトップだった。それはつまり、今までの人生を通して、自分を上手く『使える』ほど優秀な人間がいなかった、ということだった。
裏を返せば、ひどくつまらない生き方だった。
だからこそ、ラモンは今こんなふうに、柄でもなく身を粉にして町のために働いていたりなんぞするのだ。
自分のように計算高くて小利口な者はわかるのだ。鬼柳京介のような破格の『格上』が、自分の能力を何千倍にも引き出してくれる『今』などという希少な出来事は、この先、人生これを逃せば二度と遭遇できないと。
そしてラモンは、町の表舞台の椅子に座る人生と、この先一生日陰で生きていくギャンブルを天秤に乗せ、打算と計算で前者を取った。それだけだった。
つまり、ラモンと鬼柳京介を結んでいるのは利害関係であり、要は夜中に鳴ったこの電話は、本当は無視してもよかった、ということだった。
『なあラモン、頼むって』
「そんなこと言ったって先生、あんたなあ」
鬼柳が連絡してきたのは、シティと町を繋ぐ砂漠のド真ん中からだった。
シティでの交渉の仕事を終え、本来ならとっくに帰路に着いているはずだったが、途中から移動用の中古バイクの調子が悪く、とうとう砂漠のド真ん中でエンストしてしまったのだという。しばらく修理できないか格闘したが、どうにもならないので連絡して来たらしい。
要するに「悪りぃけど迎えに来てくれよ」ということだった。
「嫌ですよ。今からじゃ明け方になっちまうでしょうが。朝になったらテキトーに業者呼べばいいでしょう」
幸い、まだまだ暖かい時期だ。砂漠の夜は冷えるだろうが、凍死するほどではない。ここで見捨てても構わないだろう。
そう計算した上でラモンは突っぱねたが、鬼柳は粘った。「小波が一緒なんだよ」とそう言って。
「俺一人ならともかく、小波まで砂漠で夜を明けさせるわけにはいかねーだろ。なー頼むよ。一番イイ酒奢るからさぁ」
「……はー、その言葉、忘れないでくださいよ」
しぶしぶラモンは重い腰を上げた。
鬼柳京介という男は仕事の中で必要に応じて変幻自在に顔を変えるが、自分のような打算で生きている連中と交わした契約は、どんな些細なものでもキッチリ守る。その線引きだけは明確すぎるほど明確だったから、踏み倒される心配はしなくていい。
その辺りの嗅ぎ分けが、正確すぎて薄ら寒いほどだった。人心掌握という点についてなら、あの男は本当に稀代の天才か最悪の詐欺師の類いだった。
そうしてラモンは、業務用の軽トラで真夜中の砂漠を走った。
美しい星空が、砂漠の冷たい空気の中でキラキラ輝く。
砂漠では晴れた夜が最も寒い。それなりの枚数の毛布を積んで、ラモンは単調な夜の砂漠を、星とコンパスを頼りに走った。
二時間は走っただろうか。
指定された位置情報はそろそろだった。
目を凝らせば、砂漠の真ん中、遠くでチカチカと光が点滅している。
鬼柳が掲げたジッポが、黙ってチカチカと居場所を伝え、誘導する。
速度を落として近付けば、止まったバイクを背に、闇の中で二つの影が寄り添い合ってじっとしていた。
カチカチ、とライターが付いては消えて、煙草の火とジッポの明かりでぼわっと闇が浮かび上がる。
ラモンは到着を知らせるべく、開けた窓から身を乗り出して大きく声を上げようとしたが、鬼柳は黙って指を「しっ」と立てたまま、じっとしていた。
それなりに寒い砂漠の夜の中、かつての死神はそこにいた。
焚き火もなく、寄り添い合った、赤い帽子の小柄なタッグの申し子と。
見慣れた黒コート一枚に一緒に包まって、鬼柳と小波は寄り添い合っていた。
トレードマークの赤い帽子は鬼柳先生の膝元に落ちて、鬼柳の左肩は眠った小波の枕だった。
「あらら。お姫 さんは寝ちまいましたか」
到着すると、マントに包まれて寝ている小波を尻目に、肩を貸しながら煙草をふかしている鬼柳がいた。
鬼柳の近くには、これでもかというほど煙草の吸い殻が落ちていた。まるでしきりに気を紛らわすみたいに。
鬼柳がヘビースモーカーでないことを知っているラモンは、揶揄ってやろうと口を開きかけたが、先に察知した鬼柳にギロッと睨まれたので、肩をすくめて「おーこわ」とおちょくるに留めた。
ライターの明かりで、ぼわっと浮かび上がる鬼柳の横顔は、ラモンの言い様に嫌そうな顔をしたが、隣を慮ったのか文句を声に出すことはなかった。
なんとも言えない複雑なツラだった。まるで熱に浮かされたような、幸福と不幸を同時に噛み締めるような顔をしていた。
まあ、惚れた女がこの距離にいて手が出せないなら、こんな顔にもなるだろう。
結局、ラモン相手には舌打ち一つで、鬼柳は脱いだ黒コートでぐるりと包んで、小波を姫抱きに持ち上げた。
トラックの助手席に眠る小波を慎重に放り込むと、エンストした中古バイクを手早く牽引用のアンカーに引っ掛ける。
「乗らねえんで?」
「荷台 でいい」
まるで凝った熱を冷ますみたいに、煙草を咥えたまま、トラックの荷台に素早く乗り込んだ鬼柳は、止まったバイクと一緒に砂漠の夜風にただ吹かれていた。
ぼわ、と煙草とライターで、鬼柳の熱に浮かされた横顔が浮かび上がる。長いため息が尾を引いて、吐き出した白い煙が砂漠を揺蕩った。
ラモンは両肩をすくめ、町長様のご要望通り、酒代の代わりに黙ってトラックのアクセルを踏んだ。
彼らの変化のキッカケは、この小さな町に、物好きなことにチーム太陽が現れたことだった。
彼らとのタッグデュエルで思うところがあったのだろうか、鬼柳は小波を連れて、新たな目標を見つけたように、次々と世界中の有力なデュエリストチームとデュエルしていった。
チームユニコーン、チームラグナロク、そして──プロとなった、ジャック、クロウのタッグ。チームファイブディーズと。
その全てに打ち勝って、名実ともに最強のチームの名を欲しいままにした彼ら。
ジャックアトラスたちかつての仲間にプロに誘われた鬼柳は、それを笑って断ったのだそうだ。
「お前らと最高のデュエルができて、オレは満足だ」
そう言って、鬼柳はこの街に戻ってきた。傍らに唯一を伴いながら。
あれから、鬼柳先生はどこか憑き物が落ちたように、あの頃の苛烈さをどこかに置き忘れたように、穏やかな目をすることが多くなった。
そして、その穏やかな目の奥に、どこか飢餓に似た強い熱を、孕ませることが多くなった。
その視線の先には常に、パートナーである小波がいた。
鬼柳と小波の関係は、傍から見てこうと形を定められるものではなかったが
鬼柳が小波に何を求めているかは、傍から見れば分かりやす過ぎるほどだった。
とはいえ、二人の間のことは、周囲には分からない。
はばかりなく唯一として傍にいて、視線に熱を孕んでも。
それは恋人とか伴侶とか、そういったものに決まり良く収まるでもないようなのが、傍から見れば酷く不思議だった。
実のところ、鬼柳先生が小波に向ける視線の熱は、割と最初の頃からダダ洩れだった。
鬼柳先生のその、ただの男仲間に向けるには熱すぎる視線に。
どうやらこの街の新しいトップはそっち系らしいと、酒場で程よく下品に酒の肴にしたのも、今思えば命知らずで。
すぐにあの人の耳に入って、デュエルタイムに引きずり出されて公開処刑とばかりにボコボコにされたのも、まあ今となっては、スレスレの笑い話だ。
後に鬼柳先生が熱を帯びた視線を向ける赤いジャケットの少年が、男装の令嬢だとひょんなことから知るところになって、ああ、なるほど、そういうことかと腑に落ちる思いだった。
確かにあの赤い帽子の少年は、男にしては線が柔らかく、帽子を取った顔立ちは愛くるしく、一度女だと気付いてしまえば、なぜ気付かなかったのだろうと不思議なくらいだった。(気付かれないのは振る舞いと中世的な声、後はいささか胸が足りていないのが理由だろうか)
そのお人好し具合は様々なところから聞こえてきて、あの鬼柳先生が虫よけに必死なのも、まあ分からなくもなかった。
かつての死神のお姫さん。
誰もいない所でそうからかえば、冷酷無比な死神だった男が途端に嫌そうに顔をしかめる。
それが面白くて、必要以上につついて回っている自覚はある。
彼らが収まるところに収まるのか
それとも自分たちにはまったく及びもつかない形に行きつくかは
酒場の賭け金程度には、気になるところだ。
◇ ◇ ◇
「はああああ!?」
町長の執務室で、ラモンは叫んだ。
鬼柳はいっそ哀れなほど意気消沈していた。
我らが鬼柳先生の近頃の浮き足立ちっぷりときたら、誰が見てもあからさまなくらいだった。
仕事でもないのに足しげくシティに通っていると思えば、仕事中まで何やら資料を見ながらあれこれ真剣に悩んでいる。町役場の銀行から多額の札束を下ろしたと噂になっていたが(こんな小さな町だ、プライバシーなんぞあるわけがないのだ)いい加減ガタが来ている古いバイクを新調したでもない。
やたらと機嫌良くバリバリ仕事に励んでいるかと思えば、一転して夜には緊張した面持ちで、やけ酒と言っていいほど浴びるように飲むわ飲むわ。酒場で酔っ払いどもに、お姫さんにいつ告白するのかと揶揄われても、いつものように「うるせえほっとけ!」と噛み付くでもなく、「時期があるんだよ時期が!」とやけになって叫ぶでもない。やたら深刻なツラでとにかく飲む飲む。
町の連中も、この男が上に立ってそれなりに長い。これだけ揃えば馬鹿でも察するというものだ。
寡黙なマスターがそっと「覚悟を決められたので?」と問えば、鬼柳は額を木のカウンターに押し付けて唸っていた。
そしてこの週末は、いよいよお姫 さんを連れて町に帰ってきた。
先生がバイクの後ろに赤い帽子の奴さんを連れて来たのを見て、町の荒くれ連中は皆、あからさまに興味津々でジロジロ見ながら、けれど皆、貝のように口を噤んでいた。
日帰りも多いお姫 さんだが、今夜は我らが町長の家に泊まりだそうだ。たまにタダ飯を食いにやってくるジャックアトラスやらクロウホーガンやらと同じように時折客間に泊まっていくようだが、色っぽい雰囲気になったことが無いのは鬼柳先生を見てれば分かる。だが、たぶん今夜は違うだろう。鬼柳先生がいざって時にビビらなければ、だが。
酒場は過去一盛況だった。いよいよ長年の賭けの結果が分かるのだ、当然だろう。フラれるフラれないの賭け率は半々と言ったところだが、若干フラられるの方が優勢だった。ちなみにラモンもフラれる方に賭けている。
そして翌日の昼。さあ結果だ結果だと、深酒から起き始めた連中は、朝からきちんと起きている女衆に言われることになる。
鬼柳町長なら、えらい剣幕で朝飛び出して行ったきりだよ、と。
なんだなんだ、結果はどっちだと、酒場にたむろする連中は顔を見合わせたが、鬼柳先生はそっから三日帰って来なかった。
そして、帰ってきたと思えば、これだ。
「…………」
「わーお」
カビかキノコでも生えそうな暗い様子で執務室のデスクに項垂れている鬼柳先生を見つけ、決済前の書類を抱えたラモンは、自分が賭けに勝ったことを確信したが、ラモンが意気揚々と「フラれたんで?」と聞けば、鬼柳は消え入りそうな声で答えた。
「うるせえ……まだ告ってねえよ……」
と。
「はああああ!?」
町長の執務室で、ラモンは叫んだ。
「この期に及んで!? あんた日和ったのか!?」
「ちげえよ!! 今回ばかりはマジで決める気だったに決まってんだろ!!」
「じゃあなんでそうなってんだよ!」
ラモンの容赦ない指摘に、がくりを項垂れた鬼柳は、ずーんと沈んだ空気を背負ったまま、重々しく告げた。
プロポーズしようとした、まさにその朝。
小波は霞のように姿を眩ませてしまったのだと。
「朝起きたら、メモが残ってて」
『I’ll go forward Because Looks like you'll be fine without me. Good luck』
(自分がそばに居なくても、もう大丈夫そうだから、行くよ。元気で)
「今朝、この町を出た足でそのまま、遊星とデュエルして、シティから旅立ってった、って」
それきり行方が知れないのだと、崩れ落ちんばかりの鬼柳先生の前に、小さなケース。
上品なビロード張りの小箱には、イエローダイヤモンドのプラチナリング。
デュエルの邪魔にならないよう、チェーンで身に付けることを想定した、プロポーズ用の指輪だ。
『チームが無くなっても、ずっとオレのそばにいてくれねえか』
そう告げるつもりで客間のドアを叩いた朝、寝坊助のはずの小波のベッドには、誰も居なかった。
「そりゃ……」
さすがのラモンもいささか同情した。鬼柳は項垂れた。
「よりによって……プロポーズしようって朝に……」
「逃げられたんじゃないっすかね」
グサッ
と胸に矢が刺さる音がした。
(おー、久々に見た。鬼柳先生の死んだ目)
わなわな、と震え出した鬼柳が、ぐしゃっと髪を掻き乱した。
「こんなんじゃ….」
鬼柳はガバッと天を仰いだ。
「満足できねえええええ」
町長の絶叫は、町に長く長く響いた。
酒場は喧々諤々で、盛況だった。
議題はもちろん、もっぱらこの町の最大の娯楽、酒場の最大の賭け代、鬼柳先生の恋路だ。
「がはは!ついにフラれたかあ!」
「いやいや、まだフラれてねえって。逃げただけだろ」
「馬っ鹿、フラれたも同然だろ。なあ?」
外野は酒を飲みながら、やいのやいの言いたい放題だ。
したたかな酒場のマスターの判定は、結果が出ていないのだから賭けは続行、とのことだ。当然、賭け代は倍に増えたのだから、実質マスターの一人勝ちみたいなものだった。
猛然と追う鬼柳先生が、指輪を渡せたのか。
ずいぶん長いこと、格好の酒の肴だったわけだが。
その後はしばらく、何の進展も無かった。
事態が動いたのは、そろそろ賭け代を忘れ始めた頃合いだった。
「出たらしいぞ! お姫 さん! デュエルリンクスに!」
「マジで!? 何年ぶりだよ!」
「こりゃ面白くなってきたな」
猛烈に嫌な予感がして、絶対に今日中に判を貰わねばならない決済待ちの書類を山のように抱えたまま、ラモンは役場に駆け込んだ。
慌ててラモンがバンッ!と開け放った執務室で、そこに座っているはずの町長は不在で、部屋はもぬけの空だった。残された書類が雪崩れ落ちる。
デスクに走り書きが一枚。
ぺらり、めくったそこには、矢も盾もたまらず飛び出したような、荒い走り書き。
『ちょっと満足しに行ってくる』
「鬼柳先生えええ! 仕事おおおお!!」
死神とお姫 さんの追っかけっこは
まだ続きそうだ。
龍亞のパワーツールがライフストリームドラゴンだった理由は
「生まれながらにして特別すぎる力が龍可の負担になってる中、龍亞にまで負担をかけないよう慮って、おもちゃの鎧を纏って力をセーブして龍亞の成長を見守ってた」
だと思うんです、という話
遊戯王5D's
ゾーン戦後の遊星と龍亞の会話。
◇ ◇ ◇
不思議がる龍亞の疑問に、遊星が答える
なぜパワーツールがライフストリームドラゴンだったのか。
なぜ真の力を隠していたのか。
「龍亞。特別すぎる力は、良いことだけを運んで来るわけじゃない。
昔から龍可のそばにいたお前なら、その意味が分かるな」
龍亞はハッとして、神妙な顔をして頷いた。
「……うん」
「アキも幼い頃から、強すぎる力に振り回されて苦しんできた。
ジャックも、アイツは何も言わないが、生まれながらにしてアザに選ばれた『特別』という事実に、苦労してきたことを俺は知ってる」
過去の二人を案じるようにまつ毛を伏せた遊星は、パチッと目を開くと、まっすぐ過ぎるほどに龍亞を見つめ返した。
「ただでさえ龍可の特別さに目をつける輩が多かった。そんな中で、もし、龍亞まで最初からシグナーの力が使えたとしたら?
それは、あまり良い結果ばかりではなかったんじゃないか。
もし俺だったら、そんなふうにお前たちを心配したと思う」
遊星は片膝を立て、龍亞とまっすぐ視線を合わせた。
龍亞の小さな肩に、遊星は静かに手を乗せた。
「なあ、龍亞。デュエリストがカードを信じるように、カードもデュエリストを信じている。
お前のドラゴンは、ずっと信じて待っていたんじゃないか。
龍亞が強大な力を持つに相応しいデュエリストに成長し、自分の真の力を呼び醒ます日が来ることを」
遊星は穏やかに双眸を細め、優しく微笑んだ。
「お前を慮ってオモチャの鎧に身を隠し、強すぎる力をセーブしながら
デッキの中から、誰よりも近くで
お前の成長を見守り、信じて待っていた。
……そうなんじゃないかと、俺は思う」
「……うん」
龍亞はパワーツールのカードを額に掲げ、目を伏せて穏やかに笑った。
「オレもそんな気がする。ずっと信じててくれてありがとう、パワーツールドラゴン」