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夢を見る部屋

全体公開 15 3140文字
2024-04-29 16:11:18

やまもオチも意味もないアレ
ホワイトデーのあれこれから浮かんだ、ふたりがおしゃべりしてるだけのです。

Posted by @nori_gnore

初めての手触りに困惑する僕を眺めながら、「そこまで勿体ぶる程のものじゃないンだからさっさと開けなよ」とジャケットを脱ぐ手を止め呆れたような表情でラキオさんは呼びかけた。薄く、少しカサカサとしたそれはパルプ製だというのはわかるものの、どこか機械を磨く時に使う道具に似た手触りでこれが本当に植物から出来たものだというのが信じられないような、不思議な気持ちになる。あの道具も昔は紙で出来ていたと聞いたことがあるけど、実際に見たことも触れたこともなかった。特定の居住地となる星系を持たず銀河を巡遊するグリーゼ移動船団では、全てが船内で生まれ循環されまた資源として使われる。船を船として存在させ人々が暮らすための燃料だけでなく、街に並ぶ建築物や衣食住全てか廃棄物を再利用したもの、らしい。そうでなくても植物のみで作られた紙を手に取るのは初めてのことだった。くすんだような茶色の紙は、どこか懐かしさを感じるような不思議な匂いもする。
「ねえ君僕の話聞いてるの」
「すみません、今……開けますね」
包装より中身に興味を持ちなよ、と言い残してラキオさんはサニタリーに消えていく。わずかに布の擦れる音が聞こえる。程なくしてドアを閉める音が小さく響き、そして何も聞こえなくなった。肌の負担になるからと帰宅後はすぐにメイクを落とすのがいつものラキオさんのルーティンだが、今日はそのままシャワーに向かったらしい。どうやら疲れも溜まっているようだ。1週間足らずとはいえ、慣れない場所での仕事はさすがのラキオさんもいつも通りというわけには行かないのだろう。

あれからもうどのくらい経つのだろう。グリーゼの政権は変わり、これまでの合理主義一辺倒だった国家体制を見直し、人間の持つ豊かさを追求していこうという動きが見え始めた。ラキオさんを筆頭にこれまでのやり方に疑問を呈してきた僕たちは国家の転覆を望む輩だ非国民だテロリストだと散々揶揄されたが、国家創立以来初めての全国民による国民投票は僅差と言える数字ではあったもの現政権に対してノーを突きつけるものだった。官僚の総入れ替え、法律や体制の見直し、戸惑う声も混乱もあったが徐々に落ち着きを取り戻し現にこの国は新たな時代へと生まれ変わろうとしている。別惑星へ行くための申請も以前より緩和されたし、外星人の渡航の受け入れが始まったのもここ数年の出来事だ。自由の国と呼ぶにはまだ遠いけど、以前よりは確実に柔軟な姿勢になったと思う。
そのまま国の官僚としての活躍を期待されたラキオさんだったが、僕の役目は終わったとばかりにあっさりと身を引こうとした。だが一緒に活動していた仲間たちの説得や現政府からの要請もあり、今は新設されたアカデミーで教鞭を振るっている。そこはこれまでのような区分けされた市民のみが通える場所ではなく、テストにさえ合格すれば身分に関係なく誰もが学べるこれまでのグリーゼでは考えられなかった教育システムを取り入れていた。情操教育にも力を入れているそのアカデミーでは、以前は白室市民のみが行っていたらしい修学旅行もカリキュラムとして実装されている。ラキオさんはその引率としてあちこちの惑星を巡ってきたばかりだった。その手土産として持ってきてくれたのが、今僕が手にしているクラフト紙と呼ばれる袋に包まれたものだ。
一息で袋から出すのが惜しくて、まずは指で探ってみる。硬い布のような触感、どうやら丸型らしい。その下にはふわふわとした羽毛のようなものと丸い玉のようなものがついている。あまりに形の想像がつかなかった僕は、思い切って袋から取り出してみた。丸く縁取られた枠の中に、糸のようなもので幾何学模様が編み上げられている。その下には青くて丸い玉が三つほど連なり、いくつもの白い羽がゆらゆらと揺れていた。これは一体何に使うものなんだろう?考えてみるが何も思いつかない。うーんと唸りながら見上げた壁に飾られた前にラキオさんがどこかの惑星で買ってきた大きな羽飾りにどことなく似ている気がする。確か大昔、地球に住んでいた偉大なる戦士たちが身につけいたものだと教えてもらった。僕にもこれを……?でもラキオさんの羽飾りのように被れるほどの大きさはないし、ピアスのようにつけるにもネックレスにするにも大きすぎる。

「それはアクセサリーじゃないよ、どちらかと言えばインテリア、と呼べるね」
いつの間にかシャワーを済ませたらしいラキオさんは寝室のドアを開けるなり言い放った。帰宅したばかりの時よりずいぶんすっきりした表情をしている。少しだけ赤くなった頬やつり上がっていない眉を見ると、素顔は年相応、むしろ少し幼いくらいだなと感じる。
「これを君によこせってコメットがうるさくてね。窓際に飾るンだって。ベッド周りがうるさくなるのは僕の趣味じゃないンだけど」
「飾る場所も、決まってるん……ですか?」
「そういう”しきたり”らしいよ。繰り返すけど、ベッド周りがうるさくなるのは僕の趣味じゃないということは君には把握していて欲しいね」
そこまで言うとラキオさんは僕に背を向けて化粧水のボトルを手に取った。コメットさんから、ということはヴォーモの名産品なのかな。何が、とうまく説明できないものの、色や形にどことなくラキオさんのセンスを感じていた僕はコメットさんから贈られたものだということを意外に感じた。自然回帰を歌うヴォーモらしい包装紙や羽飾りのついたお土産品だし、そう言われたらそうかもしれない、と思い直したところで袋に小さなメモのようなものが入っているのことに気がついた。中には筆記体のような、くねくねした文字が書かれている。多分ヴォーモの文字なのだろうが、なんて書いてあるのかはさっぱりだった。
「コメットさんからの、お手紙……です。翻訳したい、ので、そこのデバイス……使いますね」
ドレッサーに座るラキオさんの背後から声をかけると、
「それは出航前に僕が待たされた因縁のメモだよ、このメモのお陰で僕は危うく集合時間に遅れるところだった。ただでさえ生徒の見張りや何やで忙しなくしてるのに無理やりやってきてこの仕打ちだよ?せめて共通言語で記すくらいの気遣いがあってもよかったンじゃない?僕との時間が平等だなンて勘違いも甚だしいよねまったく」
「まあ……でも、間に合ったなら、よかった……じゃないですか。それもきっと、旅の思い出ですよ」
「優雅に観光してるわけじゃないからね、思い出ではなく次回からの注意事項として記録しておくことにするよ」
クリームの蓋を開ける指に少し力を込めながらラキオさんは答える。あの様子だとかなりぎりぎりだったのかもしれない。棚の上にあるタブレット型デバイスをメモの上にかざすと、すぐに共通言語に翻訳されたものが浮かび上がってきた。

【悪い夢を捕まえて外に追い出してくれるお守りだよ。悪い夢は外から入ってくるから、寝る部屋の窓際に飾ってね!作ったのは僕だけど、糸やビーズや羽の色を選んだのはラキオだよ。これを飾れば毎晩グッスリ寝られるから!】

もう悪夢でうなされることなんてほとんどなくなったというのに。生まれつきのようにずっとあった目の下のクマだって、だいぶ目立たなくなった。それなのに。ラキオさんの中での僕はずっと変わらないんだろうか。

「言っておくけど、僕はそんな迷信なンて少しも信用していないしこれからも信じるつもりはないからね」
初めに覚えた直感が当たっていたことを少し嬉しく思いながら、ゆらゆらと動く羽と同じくらい軽い足取りで僕は窓際に向かった。


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