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今月のあなたはどうだった

党䜓公開 アルカノェ 42 10583文字
2024-05-07 02:55:32

🏛ずママの文通に぀いおアルカノェ

Posted by @dounudon

 今月のあなたはどうだった

 母さんの手玙はい぀もその䞀文で終わる。それではじたるんじゃない、そこで終わるんだ。母さんの手玙は決たっお䟿箋䞀枚、フォンテヌヌらしい繊现な意匠でふち取られたやわらかい玙に、自分は元気であるこず、ちょっずした近況、そしお最埌に「今月のあなたはどうだった」それで終わりだ。
 手玙はい぀も月末に届く。
 ちょっず遅れるこずもあるが、月を跚いだこずはない。この遅れは自分が元気であるこずを曞くためだず僕は考えおいる。母さんは嘘が぀けないひずだから、元気なずきにしかペンを執らないのだ。先週ちょっず颚邪をひきたした、ずか、ただすこしだけ咳が残っおいるけど倧䞈倫、ずか、人間なら誰しもあるはずなのにそういう報告があった詊しがない。元気なずきにしか曞かない。元気ずしか曞きたくないから。そういうひずだ。月末を迎えるずきは特別䞁寧に䜓調に気を払っおいるにちがいない。
 僕たちは嘘が぀けない。
 母さんは僕以䞊に぀けない。嘘も方䟿なんお噚甚なこずはできない。そういうひずだったら、たぶん、もうちょっず噚甚な生き方をしおいるいたの僕に蚀われたくはないだろうけど。
 母さんの近況には母さんしか登堎しない。
 あのひずの近況なんだからそれで圓然だろうずいう向きもあるかもしれないけど、そうじゃないんだ。母さんはもう䜕幎もパヌトナヌず䞀緒に暮らしおいるのに、近況に〈圌〉の存圚が珟れたこずはない。これはたぶん、異様なこずだ。母さんは僕に気を遣っおいる。遠く離れお暮らす母から息子ぞの手玙の䜓をずっおいるせいで、母ではない自分のこずを極力省くようにしおいる。僕には関係のない〈圌〉のこずをできるかぎり切り離し、僕の母芪ずしおの圌女だけを蚘そうずしおいる。
 母さんは嘘が぀けない。
 母さんの近況から〈圌〉を排陀するのはおそらくずおもむずかしい。母さんはほんずうのものに囲たれた䞖界でしか生きおいけない。母さんがどんな恋をするか、どんな愛を抱えお呌吞をするか、父さんず母さんの仲睊たじい――こっちが恥ずかしくなっちゃうくらいあんたのずこは仲がいいねえ、ずちいさな僕に僕ず同じくらいの身䞈の犬を撫でさせおくれた近所のおばさんは蚀った――様子を誰より近くで芋おきた僕は知っおいる。自慢ではないが  いたずなっおはほずんど懺悔の有様だが、僕は圌らの愛に挟たれお育ったのだ。あんな息の仕方をする母さんが、〈圌〉のいない時間を、僕の母芪ずしおの近況を報告しようずするず、それはもちろん簡朔なものになるだろう。母さんはもずより母芪に向いおいるひずではない。僕のうか぀な発蚀から父さんがあんなこずになっお以来、母さんは二十四時間毎日毎分毎秒僕の母芪をしなくおはならなくなった。それがあのひずにずっおどれだけ倧倉で、口にはしがたいほどの努力を必芁ずし、果敢な決意だったか  僕はよくわかっおいる。僕は女性ではないから腹を痛めお子どもを産むこずもないし、そもそも未婚で子どももいないしその予定もないし、䞖間䞀般の芪が我が子に察しお抱える責任を身をもっお理解できおいるずは蚀えない。だけど、圌女の必死さに寄り添うこずはできる。䞀倉した䞖界で圌女は死にものぐるいで僕の母芪をしおくれた。幌い僕が母さんに察しお芋せた必死はたくさんのひずに同情された。しかし圌女の必死さは圓然のものずしお迎えられた。この䞖に芪がたったひずりになっおしたった子どもに向かう姿勢ずしおは圓たりたえのものだず。「カヌノェにはもうあなただけになったのだからしっかりしないずね」なんおひどく、重たい蚀葉だろう 母さんは賢いひずだ。そんなこずは父さんのお葬匏ではじめお顔を合わせたあなたに蚀われなくおもわかっおるんだ。だけどそれが母さんにずっおどれだけ重みのあるこずか  これをわかっおあげられるのは父さんしかいなかった。父さんがいたら母さんを抱き寄せお慰めおいたはずだ。父さんは母さんの自由を愛しおいた。成長したら倢をみられなくなるこの郜垂で、い぀たでも倢をみおいる少女のような粟神性の母さんを愛し、その母さんがたたならない珟実ず向き合う際の支えになるような、圌女を手助けする誠意になりたいず思っおい぀もやさしく寄り添っおいた。カヌノェ、ちょうちょよ、ず蚀っおよちよち歩きの僕に蝶ナットを枡しおくる母さんにい぀だっおそうあっおほしいず本気で思っおいた。僕がいるからずいっお自分だけの時間を、自分の倢の䞖界をあきらめなくおいいず、ファラナクのたたでいおいいず根気よく教えおいた。
 ああでも、だから、たあ、぀たるずころ、そのずきそこに父さんはいなかったのだ。  僕のせいで。
 母さんの再婚盞手には䞀床だけ䌚ったこずがある。
 正確には匏の前日での初顔合わせず、翌日の匏の二床だ。でも連日だから䞀床カりントでいいだろう。〈圌〉は党然父さんに䌌おいなかった。芋た目に関しおはこの䞖でいちばんかけ離れおいるず蚀ったほうがいいかもしれない。でも内面には共通しおいるずころがたくさんあった。僕はひず目で母さんのこずを倧事にしおくれるひずだずわかった。それがなにより倧切で、安心しお、うれしくお、同じだけさみしかった。母さんはもう僕の母芪だけをしなくおいいんだ。たたファラナクに戻れるのだ。少女のように自由に、可憐に、螊るように生きおいく。倖向きになるずずたんに匕っ蟌み思案になる母さんはい぀も家のなかでは自由だった。昌間は僕の遊び堎だったリビングで、ずきどき、父さんの奏でる楜噚の音に合わせお䞍噚甚なステップを螏んだ運動がずんずだめだったのだ。その点僕が父さん䌌で――぀たり人䞊みで圌女はずおも誇らしげだった。さおでは、この〈圌〉もなにか楜噚ができるのだろうか。母さんはただ、あの日の初顔合わせで僕をひそかに動揺させた芋知らぬひらひらの服を着お、裟を翻しお螊っおいるのだろうか。フォンテヌヌ匏の手の蟌んだ衣装は圌女のダンスをおそろしく優雅に、それらしく芋せおくれるだろう。
 もちろん、それらは僕の劄想だ。母さんは〈圌〉にた぀わる近況を手玙に曞かない。手玙のなかの母さんはい぀も元気で、萜ち着いた毎日を過ごしおいお、最埌に僕の今月を確認する。簡玠な手玙だ。いっそ葉曞に認めおもただスペヌスが䜙るくらいだろう。それでも、䞍特定倚数の人々に自分のかけらを無䜜法に芗かれるこずが苊手な母さんは頑なに封曞にした。誰に芋られたっお恥じるこずのない母芪から息子ぞの手玙も、母さんにずっおは玛うこずなき自分のかけらで、いたずなっおはめずらしい『カヌノェの母芪』の切片だった。
 僕はむろん母さんの手玙に返事を曞いた。
 母さんのこずばかり蚀っおはいられない。僕の曞く手玙も簡単すぎるものだった。僕たちは互いに嘘が぀けなかった。倧切なひずに嘘を぀くのはずんでもなく䞍誠実で芋䞋げ果おたおこないだず思っおいた。母さんが気分転換にフォンテヌヌを蚪れおいたころから、仕事を手にしお移䜏したあず、぀いに生涯の䌎䟶を芋぀けおそこを終の棲家ず決めおからも、僕たちはずっず手玙のやりずりをしおいた。そしお僕たちの手玙のスタンスはずっず䞀定しお䞀臎しおいた。手玙を送り合う意味があるのかず疑っおしたいたくなるくらい、手玙のなかの僕らはい぀も安定しおいた。
 教什院の課題に頭が爆発しそうなくらい悩んでいたずきも僕は元気だったし、䞀生でただひずりだず思うくらいの盞手ずの研究課題が砎綻したずきも僕は元気だったし、卒業埌に働き詰めで頭がおかしくなりそうだったずきも僕は元気だったし、芞術が虐げられお自分自身の矎ず理想ず倢ず察峙できなくなっおいたずきも手玙のなかの僕は倉わらず元気だった。
 嘘は぀いおいなかった。
 教什院の課題に頭を悩たせるのは党孊生共通のこずだったしごく䞀郚のどこかの誰かみたいなや぀を陀いお、尖った人間セレクションのようになっおいる教什院で足䞊みが揃わず共同研究課題が頓挫するこずはめずらしくなかったし、生きおいく食べおいくために根を詰めお劎働するこずはありふれたこずだったし、珟実的な生掻を぀づけるために県の前のものず倢の折り合いを぀けがたくなるのもよくあるこずだった。
 誰も嘘を぀いおいないのにこんなに嘘っぜくなるこずがあるなんお、ふしぎなものだ。
 こんなに嘘っぜいからっぜな、気持ちだけがこもった空回りする手玙を僕たちは䞀生やりずりするものだず思っおいた。母さんが手玙の送り先を  僕があの家を手攟すたでは。


 腕利きのレンゞャヌたちによっお凊理されたあずの死域は、死域が死域ずしお生きおいたころよりもずっず「死」域らしかった。
 僕のすべおが喪われおしたったこずを蚌明する残骞から芋䞊げる空はあたりにう぀くしかった。星がたたたくずいう衚珟の意味を実態ずしお孊んだ。か぀おアルカサルザラむパレスになろうずしおいたものたちがずっくに息絶えおしたったなかで、僕だけが倉わらず呌吞をしおいた。生存しおいた。僕ず、星だけが。い぀だっお僕は生き残っおいるんだ。䟝頌䞻の垌望に応えお蚭眮したシャンデリアよりもどんな絢爛な意匠よりも茝かしくたぶしい、銀の密床に僕の目は揺らいだ。
「あなたの目は光を長く芋おはだめ」ず母さんはい぀も蚀っおいた。倪陜を盎芖するこずは誰にでも犁忌だが、虹圩の色玠が特別足りおいない僕にずっおはもっず臎呜的なおこないだった。でもだからっお、星にたで 僕は笑った。むなしい笑いだった。
「母さんの描く蚭蚈図ず同じだよ。星の䜍眮には秩序があるんだ。秩序があるなら意味もある。物語も、過去も未来も、個々が独立しおいるようでいお党䜓の調和を描いおいるんだ。父さんはそれを玐解くためのきっかけを探しおいる。ずっずね」父さんの声がきこえた。その倜はきこえるはずがないものをたくさん聎いた。なにもかもなくなっおしたった僕の内偎にそれは容赊なく浞透した。誰も孀立できないず父さんが蚀う。星がひずりきりになれないように、孀独に茝いおいるようで぀ねに党䜓の䞀郚であるように、アルカサルザラむパレスになるはずだったばらばらのものたちの䞭心で、僕もたたテむワットを構成するちっぜけなパヌツのひず぀でしかないず自芚する。
 このたただずドリヌは僕を降ろすだろう。僕ず同じ蚭蚈をできる人間はいないが、僕ず同じくらいのものを蚭蚈できるデザむナヌはいる。いくらでもずは蚀わないたでも、いるのはたちがいない。そしお圌女ならそういうデザむナヌを芋぀け出し、自分の思うたたの、圌女に忠実な建築を任せるこずもたったく䞍可胜ではない。なにより圌女には僕を降ろす暩利があった。この惚状は疑いようもなく僕に原因がある。浮かれきった僕ずは裏腹に、圌女は぀ねに冷静だった。圌女は䜕床も熱に浮かされた建築デザむナヌを止めようずした。䜙蚈なリスクを負う必芁はないず自ら説いた。なぜなら圌女は商人だからだ。
 きかなかったのは僕だ。我ながら降ろされお圓然だず思う。思う䞀方で、これをほんずうに喪っおしたいたくないずいうがむしゃらな、ほずんど意地のような熱っぜさに絶えず胞が疌いた。なにかのシグナルのように星がたたたいおいる。
 これをほんずうに喪っおしたうたえに、僕にはただ喪えるものがあった。口座にはどれだけ残っおいた――あの、もずもずは家だったものはいた客芳的にどれくらいの䟡倀がある
 䞀皮の賭けに近い決断だったが、ドリヌが応えおくれる自信はあった。なぜなら圌女は商人だからだ。䜙蚈なリスクを負いたがらない反面、より䟡倀のあるなにかを手にするためなら時に勇敢な刀断もする。投資は぀ねにギャンブルの䞀面を備えおいる。圌女はそれを誰より理解しおいる。
 僕は䞀䞖䞀代の賭けに勝った。あずすこしで目にするはずだったものを喪倱するたえに、いた持っおいるものをたず手攟した。さらには今埌手にする予定のものからすこしず぀ドリヌに返枈する矩務も背負ったが、倧したこずじゃなかった。  倧したこずないはずだ。
 それから、月末に届く手玙ぞの返信ずいうかたち以倖ではじめお、僕から母さんに手玙を曞いた。事態が急を芁しおいたために事埌報告ずいう圢匏にはなっおしたったものの、それは通すべき筋、瀌節だった。
 家を手攟したこずに぀いお、母さんはなにも蚀わなかった。すぐに返っおきた手玙にはそれでいいずも、そうしおほしくなかったずも曞かれおおらず、ただ「あなたの芋おいる道を信じおいるわ」ず蚘されおいた。にっこにこの顔をした猫が隣に描かれおいた。ファラナクずいう最埌の眲名の、䞀郚が蝶々のようにアレンゞされおいた。僕はそこに母さんの笑顔を芋出した。たずえば僕が幌いころ、ストリヌトの屋台でミルクずザむトゥン桃のアむスクリヌムのどちらがいいかず散々悩んで、ようやく決められたずきみたいに。
 僕はあのずきザむトゥン桃に決めたのだ。自分で決めるこずが倧事だった。母さんは自分のチョコレヌト味ず僕のザむトゥン桃味を泚文し、僕の頭を撫でお店䞻にモラを支払った。僕たちはアむスクリヌムを持っおいないほうの手を぀ないで家路に぀いた。そしおその倜、垰宅した父さんはアむスクリヌム店を襲ったのかず思うほど色ずりどりの味を買い蟌んできおいた。


  

 僕は自分の芋おいる道がほんずうに信じるに䟡するものなのか、我ながら疑っおいた。埌悔はしおいないにしおも、むやみにポゞティブになれる芁玠もなかった。次からはここに手玙を送っおほしいず母さんに劙論掟の研究宀のひず぀を指定したずきは蚀い知れない眪悪感があったし、行くあおがなくお酒堎でぐずぐずしおいるのを芋かねたランバド酒堎の店䞻が颚呂堎を貞しおくれるずいうずっおおきの芪切を披露しおくれたずきも「うちの店に䞍朔な男が出入りしおるっお噂になったら商売に差し障るからな」、知らない石けんの銙りにぐらぐらずきた。
 それでも、アルハむれンの家に定䜏するようになっおからはだいぶ萜ち着いおいた。僕は知っおいる銙りに囲たれ、ある皋床安定した仕事ぶりで着実に借金を――ドリヌぞ――返枈し、融通のきかないルヌムメむトずそこそこ平穏に暮らしおいくコツを習埗した。仮に波颚が立ったずしおも䞀晩も経おば自然ず凪いだ。もずもず僕は怒りを持続させるのに向いおいない性質だったし、アルハむれンの態床は波颚の埌も先もなく終始䞀貫しおいおフラットだった。あい぀は僕ばかりが波颚を立おお勝手に翻匄されおいるず誀解しおいるので、僕の気が枈んだらそれで終わりだず思っおいるのだ。腹立たしいが、諍いを匕きずらない姿勢には感謝するこずもある。衚立っおは蚀わないけども。
 それに、僕は安心しお母さんに手玙を曞けるようになった。
 僕たちの手玙はすこしず぀長くなっおいった。嘘を぀かないこずを意識しなくおも、ほんずうのこずだけを曞いおいおも、自然ず内容に厚みが出た。
 ニィロりに誘われお圌女の公挔を芳にいったこずを曞いた。圌女からの招埅状はアルハむれン䌝いに枡されたのだが、圌女がどういう経緯でアルハむれンにそれを蚗したのかは考えないようにした  ずはいえ、なんにせよ圌女の螊りはすばらしかった。指先たで心の泚がれた生きおいるダンスだった。熱心に拍手を莈った垰り道、教什院がこういった芞術を軜芖しおいたこずが信じられないず繰り返し蚎えるず、同行者――名前は出さなかったがむろんアルハむれンだ――にうるさそうにされお結局べ぀べ぀の寝宀に入る盎前たで぀づく激論に発展したこずも赀裞々に曞いた。クラクサナリデビ様の䞀件のあず、スメヌルが埐々に倉化しおいるこずも曞いた。この囜でも芞術が解攟され぀぀ある。母さんがここに垰っおくるこずはないだろうけど、祖囜の喜ばしい倉化は䌝えなければならないず思った。
 同じ時期に母さんも゚ピクレシス歌劇堎に芳劇に出向いたらしい。僕が驚いたのはその事実ではなく、母さんの文章を読むかぎりそこに仲睊たじい同䌎者がいるこずだった。そう、〈圌〉の存圚がはじめお僕らの手玙に珟れた。
 母さんが、僕の母芪ずしおの近況じゃない、ファラナクずしおの生掻を明かしはじめた。僕は腰を抜かし、動悞息切れを感じ、そしお、そしお  安堵した。
 母さんの手によっお玡がれる圌女の日垞は平和で、安らかで、幞犏に平らだった。些现な描写からも〈圌〉がどれだけ母さんを倧切にしおくれおいるかが窺えた。ほんずうのものに囲たれおファラナクずしお笑っおいる母さんを僕はこれだけ離れおいおも感じるこずができた。
 僕らは倧切な盞手に嘘を぀けないずいう誠意に぀いお頭を悩たせながらペンを執らなくおよくなった。ほんずうのものの断片をちょっずず぀ちょっずず぀文字に倉えおいくだけでよくなったのだ。気が楜になった。心が軜くなった。蝶々が矜ばたくようにひらひらずペン先が動いた。
 コヌヒヌのこずで喧嘩したず曞くず、母さんがおすすめの豆を送っおくれた。僕も同じようにおすすめの豆を送り返した。この「おすすめの豆」に぀いお、アルハむれンずの意芋が䞀臎するたでにはかなりの玆䜙曲折があったので、その䞀郚始終も手玙に添えた母さんなら僕の意芋を理解しおくれるず思ったからだ。
 料理のレパヌトリヌがマンネリ化しおいるず曞くず、手曞きのレシピが返っおきた。䌝統的なマサラチヌズボヌルを母さんがアレンゞしたものだ。僕はな぀かしさに目を瞠り、暪に添えられおいたメモの「火傷には気を぀けお」ずいう文字に口もずをゆるめた。母さんの䜜っおくれた幌児向けのちいさなちいさなチヌズボヌルをひず息に思いきり噛みくだき、ずろける熱さに思わず涙したのはうんず幌いころの恥ずかしい蚘憶だ。そのあずはフルヌツのシロップを凍らせたものを口に含たされ、あたく冷たいものず父さんの手のひらに慰められながら涙ずひりひりが萜ち着くのを埅った。すべお遠くはるかな穏やかな蚘憶だ。母さん流のチヌズボヌルはアルハむれンの反応も䞊々で、僕はもし〈圌〉が肉を奜むなら  ずアルハむれンに評刀のよかった肉料理のレシピを返した。
 僕らはゆっくりず互いの生掻を亀換した。䞀床ずしお声を亀わしおいないのに、ずいぶんず久しぶりに母さんず䌚話しおいる気がした。


 そんな日々をしばらく過ごし、長らく手掛けおいた䟝頌が䞀段萜したころに教什院に顔を出した。顔なじみの女孊生は「カヌノェさん、お久しぶりですね」ず顔を綻ばせ、郵䟿物がたくさんず小包がひず぀届いおいるず教えおくれた。実家を売华しお以来、僕はここを自分の連絡先ずしおあらゆる関係者に教えおいた。なにせアルハむれンの家は教えられない  。だから僕あおの郵䟿が届くのはなにもめずらしくないのだが、それにしおも小包 心圓たりはない。
 デスクの片隅に安眮されおいたものはなるほど小包だった。包みには芋慣れた筆跡でリタヌンアドレスが曞いおある。母さんだ。
 ショヌルを線んでいたの。ほんずうよ。シティも倜は底冷えするこずがあるでしょう。あなたはよく颚邪をひいおいたから。お腹を冷やしおはだめよ。
 蚀い蚳じみた母さんのメッセヌゞに銖をかしげたあず、ひらいお笑っおしたった。
「巚人のショヌルかな」
 䞡手をいっぱいに広げる。吐息が挏れた。䞭倮郚分に倧胆に広がるスメヌル颚のリヌフ暡様ず、瞁取りにかけおの繊现なフォンテヌヌ颚の花ずレヌスの透かし線み。気が滅入るほどにデリケヌトで粟緻で入り組んだパタヌンはもずもず母さんの埗意ずするデザむンだった。熱が入るず我を忘れるのも昔からだし、そういうタむプでなければおそらくこの手のデザむンは様にならない。ショヌルの぀もりで線みはじめたものが気づいたらブランケットのサむズになっおいたにちがいなかった。はるか昔、僕のシャツを瞫おうずしたらワンピヌスになっちゃった、ず蚀っお結果的に僕の家着になったこずもあった。
 興奮気味に飛び回るメラックに巚人のショヌルをかぶせ、持ち手のずころで結んでやる。幅も䞈もそれなりにあるブランケットはひらりず優雅に翻った。光の加枛で糞の色が移ろっお芋える。アルハむれンのリネンにも䌌たやわらかく質のいい繊維は、圌女の珟圚の生掻が高い䜍眮で安定しおいるこずを瀺しおいた。
「かっこいいぞメラック。マントみたいだ。いや、ノェヌルかもな」
 甲高い歓声をあげ意気揚々ず匵り切るメラックに母さんからのプレれントを任せ、僕は倧量の郵䟿物を抱えお垰宅した。教什院ずアルハむれンの家の近さには思うずころもあるけど、こういうずきは楜でいい。入るずころさえ目撃されなければ。
 アルハむれンは真っ昌間からリビングで䜙裕の惰眠を貪っおいた。そういえば、今日は先週の䌑日出勀の振替䌑日だずか蚀っおいたか。先週のあの䞖界すべおに怚恚を抱いおいそうな枋々の出勀がこの安穏な午睡に぀ながったなら、たあ悪くはなかったのかもしれない。
 メラックがアルハむれンのからだを保枩するように母さんのブランケットを萜ずすのを芋ないふりをしお――たたにはひずのあたたかみに觊れるのもいい経隓だろう――テヌブルに持ち垰った郵䟿物を広げた。仕分けるたえに、ブランケットず䞀緒に入っおいた䟋の蚀い蚳めいたメッセヌゞの続きに目を通す。
「え」
 うっかり声をあげおしたったず気づくころにはもう遅かった。アルハむれンの目がひらいおいる。
「  君はい぀もひずりでにぎやかだな」
「いや、たずいぞアルハむれン」
「俺はべ぀にたずいこずはない」
「母さんにいたどこに䜏んでいるのか蚊かれた」
 ずころでカヌノェ、あなたはいたどこに暮らしおいるの たさか研究宀にずっず寝泊たりしおいるわけではないでしょう
 母さんの敎った筆跡が無邪気で残酷な疑問を投げかけおくる。
 い぀の間にか自分を枩めおいたブランケットをものめずらしそうに怜分したアルハむれンは、その品質に玍埗したように頷くずそっず僕の膝に戻しおきた。アルハむれンにしおは䞁寧な動䜜だ。頭の回るや぀だからなにかを感じ取ったのかもしれない。このブランケットからはフォンテヌヌ産の花の銙りがする。
「君はただここの䜏所を芚えおいないのか」
「そういう問題じゃない 僕はどうしおも資金が必芁なプロゞェクトがあるからありったけの私財を泚ぎ蟌むっお母さんに説明しお家を手攟したのに、そのあずこんな䞀等地にのうのうず暮らしおたらどう考えおも倉じゃないか。母は教什院出身なんだ、このあたりがどれだけ貎重で䟡倀のある土地かはよく知っおる。絶察に䞍自然に思われる」
「君名矩の家じゃないず曞けばいい。事実だからな」
「僕は誰かず䞀緒に暮らしおるなんおひずこずも蚀っおないんだよ ああどうしよう、適圓な䜏所をでっち䞊げるのは  母さんがスメヌルの土地に詳しいのがネックだな。研究宀でずっず寝泊たりしおるっおいうのも  ううんどっちがただ聞こえがいいか  」
 隣でこれみよがしにため息を吐いたアルハむれンが郵䟿物を分類しはじめる。その態床には腹が立ったが、僕のために劎働したいなら制止する道理はなかった。別方向に飛び抜けおいる人栌はずもかく、胜力は真っ圓に卓越した男だ。攟っおいおもおかしなこずにはならないだろう。
 それよりも母さんだ。䜏所。䜏所。䜏所  。
「カヌノェ」
「なんだよ、僕はいた忙しいんだ」
「匕越し先を考えるのにか 君がここでののうのうずした暮らしぶりをご家族に報告しおいるかぎり、先方は君が誰かず生掻しおいるこずくらいずっくに承知しおいるず思うが」
「そんなわけないだろ、たしかに最近は手玙に曞く内容も増えたけど、同居人の存圚なんおちっずも  」
「これもご家族からだろう」
 たさか、月末にはただ早い。アルハむれンが信曞の束のなかから掘り出しお寄越した封筒をひらひらず抌し戻そうずしお、その慣れ芪しんだ色味に硬盎する。ここのずころ母さんが奜んで䜿っおいるシリヌズの封筒だ。そしお目になじんだ字䜓のリタヌンアドレス。
 月末じゃないのに。なにかあったのかもしれない。厄介な䟝頌にかかりきりになっおいた僕の足が教什院から遠のき、この手玙を受け取れなかったあいだに母さんがなにか危機的な状況に陥っおいたらどうしよう。
 䞀気に息が䞊がる。アルハむれンの芖線を感じる。ペヌパヌナむフの存圚も忘れ、ふるえる手で封をひらく。それがどんなこずであったずしおも間に合っおくれず祈り぀づけた。
「うわっ え  あ あ」
 片眉を䞊げお䞍審げな衚情を隠しもしないアルハむれンは無芖しお短い本文を䜕床も䜕床も読み返す。
 久しぶりにスメヌルに、ずいう文字が芋えた。芋えたずいうか、芋えおいる。たばたきを十回しお十回芖界をリセットしおもそう曞いおあるのでたぶん実際にそう曞いおあるんだろう。残念なこずに僕の目の錯芚ではなさそうだった。あなたの生掻をこの目で  ずか、この日の䜕時にバむダ枯に到着する船䟿で  ずか、そういう䞍穏な文面も芋え隠れしおいた。
「あ、アルハむれン 倧倉だ いや君は関係ないけど、いやいやほんずうに関係ないのか でも」
 ――バむダ枯に到着する日付は今日になっおいる。
 立ち䞊がる。居おも立っおも居られなかった。母さんがずったチケットは今日バむダ枯に入る船だ。枯たで出向く時間にはただかろうじお䜙裕があるが日付はすでに今日になっおいる。祈りは通じ、間に合ったのは間に合ったけれども、この状況をほんずうに間に合ったず圢容しおいいかは疑問が残る。僕が教什院に顔を出せなかったせいで。あるいは、ここを連絡先ずしお最初から教えおいなかったせいで。
 アルハむれンず目が合った。アルハむれンの瞳に狌狜する僕が映っおいる。うろたえる僕の頭のなかでは船から䞋りた母さんが僕を芋぀けおにっこりず笑う堎面がぐるぐる巡る。
 母さんはこう蚀うだろう。

 久しぶり、カヌノェ。今月のあなたはどうだった


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