ワンドロ 『過去』 カルみと
シナリオネタバレなし
刑事探索者組時空の話
@popo_trpg_ss
学校帰りの土手で、不思議な青年に出会った。
「なにしてんの?」
夕焼けに照らされた土手に膝を抱えてぼんやりと川の流れを眺めていたその青年は、狩魔の声を聞いて顔を上げる。
この国では見慣れないブロンドの髪と菫色の瞳に彼が目を瞬けば、涙に揺れる青年の瞳が驚いた様子で丸く見開かれた。
「だ……!?」
「だ?」
「あ…その、ちょっと…大事な人たちに、会いたくなって、」
慌ててごしごしと目元を擦って誤魔化した青年の隣に、狩魔はランドセルを背負ったまましゃがみ込む。
「迷子なの?」
「いや………うん、そうだな。それに近いのかもしれない。」
咄嗟に首を振ろうとした青年は、しばらく考え込むように俯いてひとつ頷いた。泣いていたらしい彼は赤い目元を隠すように膝の上に乗せた両腕に顔を埋めて話を続ける。
「家もあるし、仲間もいる…けど、この世界に俺の本当の居場所はない。」
「うん。」
「それが時々どうしようもなく…寂しくて、苦しくて、」
「…そっか。」
狩魔には青年の言葉の意味を全て理解することはできなかったが、彼が抱える寂しさの深さは幼心にも伝わるものがあった。
掛ける言葉が見つからず黙って隣に腰を下ろす狩魔に気がついた青年は、慌てて顔を上げると言い訳をするように両手を振る。
「ご、ごめんな!急にこんな話して!」
幼い子供を相手に暗く複雑な話を持ちかけてしまったことを後悔しているらしい青年は、明るい話題を探して視線を彷徨わせる。
何度も擦って赤くなった頬の涙の跡を目にした狩魔は、ぎゅっと痛んだ胸を押さえて腕を伸ばした。
狩魔の小さな手のひらが青年の頭を撫でる。ぽんぽんと子供をあやすような手つきで撫でた彼は、少しでも青年が安心するように言葉を選んだ。
「大人だからって、がまんしなくてもいいと思うよ。」
「っ…」
声を聞いた青年の瞳が再びゆらりと揺れる。泣き出す前の小さな子供のようなその仕草を目にした狩魔は、慌てて彼を泣かせない手段を探して荷物を漁った。
そうして彼は、ポケットの中から取り出した小さな紫色の包み紙を青年の手のひらの上に落とす。
「あげる。おれが好きな味なの。」
「ぶどう味のあめ…?」
「うん。悲しいときは甘いもの食べるといいって先生が言ってたから。」
ころりと転がった飴の包み紙を解いた青年は、小さな紫のかけらを口に含んだ。じわりと伝わる頬の痛みを押さえた彼が嬉しそうに笑う。
「優しいな、ありがとう。」
ようやく目にした青年の笑顔は、太陽の光のように柔らかく温かだった。
むずむずと胸の奥が痒いような恥ずかしさを覚えた狩魔はぱっと立ち上がると、傍に置いたランドセルを開けて中から教科書を取り出す。
不思議そうに首を傾げる青年の前でくせのついた教科書のページを広げた狩魔は、そこに挟んであった小さな花を手に取って彼へと差し出した。
「これもあげる。お兄さんの目と同じ色。」
「すみれ…?」
「学校にきれいに咲いてたから、押し花にしようと思って摘んだんだ。」
「いいのか?そんなに大事なもの…」
狩魔は先日図書館で読んだ本に書かれていた押し花の作り方が気になって、校庭に綺麗に咲いていた菫の花を摘んで帰ったのだ。
上手くできたらまもなく訪れる母の誕生日に作ってみようと考えていた練習品だったが、眉を寄せる青年に狩魔は首を横に振る。
「俺のとこでずっと一緒にいるより、今お兄さんのことなぐさめてほしいよ。」
「…………、」
「押し花にしたら、お兄さんのそばにずっといてあげられると思うから。」
青年が小さく唇を噛んだ。泣くのを堪えるその仕草に慌てた狩魔は、焦ったあまりに心の内に抱いていた言葉まで口にしてしまった。
「そ、それに、きれいな人のところにいた方が、花も喜ぶ…か…ら………」
「えっ…」
丸く見開かれた菫色と視線が絡んだ瞬間、狩魔はぼっと顔から火が出たように熱くなって飛び上がる。
ぱっと顔を逸らしてその色を気取られないようにした狩魔だったが、観察眼と察知能力に長けているらしい青年は悪戯っ子のように笑って見せた。
「はは…そっか、この頃から告白にお花贈る人だったんだぁ……」
「そ、それどういう…」
「んーん、こっちの話。大事にするよ。」
青年の手のひらが狩魔の差し出した花を宝物のように受け取って胸に抱く。自分が贈ったものを大切に扱う彼の姿に、自然と心が満たされた狩魔はほっと息を吐いた。
そうして鞄の中に丁寧に花を仕舞った青年は、手を伸ばして狩魔の髪に触れる。
僅かに長い黒の髪を慈しむように指先で撫でた彼は、首を傾げる狩魔の頭を撫でると眩しい笑顔を浮かべた。
「未来でもちゃんと、あんたから告白してよね。」
ざぁ、と一際強い風が吹く。
土手に咲き誇っていったたんぽぽの綿毛が、その風に背を押されて一斉に空へと飛び立った。
青年の姿を掻き消したその柔らかな吹雪に、狩魔は思わず目を閉じて両腕で顔を覆う。
瞬きをしようとしたその視界は徐々に暗んでいき、やがて柔らかな日差しのような微睡みの底へと落ちていくのだった。
※
「…んぱい、せーんぱい。風邪引くよ?」
「ん……ん…?」
聞こえた声に、縞斑は閉じていた瞼をゆっくりと開く。ぼやける視界を擦って伸びをする縞斑の肩に体を預けていた声の主は、目を覚ました縞斑を見上げて読んでいた本から顔をあげた。
「おはよ、先輩。」
「んん……あれ…神無ちゃん…?」
「そうだけど、なに?寝ぼけてんの?」
首を傾げる彼、恋人の神無はけらけらとおかしそうに笑って縞斑の頭を撫でる。
以前より短く切った髪の緩く癖のついた毛先を指先で遊んだ彼の可愛らしいじゃれ合いに目を細めた縞斑は、その指先に頬を擦り寄せて眠気の残る微笑みを向けた。
「かもね。昔の夢を見てたから。」
「へぇ、どんな夢?」
「うーん…初恋の記憶かな。」
珍しく甘えてくる縞斑のことをくすぐったそうに笑っていた神無の目がきらりと輝く。
興味深いおもちゃを手に入れたらしい無邪気なその表情に縞斑が小さく吹き出していると、彼は身を乗り出して縞斑の上に乗り上げた。
「なにそれ!?聞きたい聞きたいっ!」
「あはは、だめだよ。ないしょ。」
「えぇー!?なんでだよー!」
「俺にだって羞恥心があるんです〜。」
不服そうに眉を寄せて唇を尖らせる神無の目まぐるしく変わる表情に、ますます声を上げて縞斑は笑う。
「どんな子?いつの話?」
「だから言わないって。」
「けち!ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん!!減るもんじゃなし!」
「俺の何かが減るの。ほらはなして、落ちちゃうよ。」
しばらく食い下がる神無だったが、縞斑が頑なに口を噤む様子に諦めて彼は身を起こした。
小さく息を吐いて座り直す神無の機嫌を取り持つように頭を撫でた縞斑は、まだ僅かに眠気の残る意識を覚醒させようとソファから立ち上がる。
「ちょっと顔洗ってくるね。」
「逃げたぁ」
「ちゃんと神無ちゃんのことが好きだから安心しなさいな。」
言い残して洗面所へと歩いていく縞斑の背を見送った神無は、しばらく彼が消えていった廊下を唇を尖らせて見つめていたが、やがて今度こそ諦めた様子でそばに置いていた袋から取り出した紫色の包み紙を開く。
ころりと口の中でぶどう味を転がした神無は口元に柔らかな笑みを浮かべると、ふと何かを思い出した様子でソファを立ち上がった。
「あ…ごめん先輩!今タオル洗濯中だった!」
「たすけて…」
「あーあーもう、確認してから顔洗えよ…!今から行くから待ってて!!」
ばしゃばしゃと聞こえる水音と助けを求める情けない縞斑の声に呆れ笑いをこぼした神無は、サイドテーブルの上に手を伸ばしながら声を掛ける。
菫の押し花の栞を読み掛けの本に挟んだ神無は、ぱたぱたとタオルを手に恋人の待つ洗面所へ急ぐのだった。
終