続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。
この話から、少し時間が経っています→それぞれの幕間 https://privatter.net/p/10880377
陸と海を繋げる計画が始まり、お互い仕事を兼ねたお茶会に、楽しい時間を過ごす4人と1匹。
クリスマスに、ロナルド王子夫妻を深海に呼ぶ魔女ドラルク。
深海の恵みであるマリンスノーと、それに群がる深海生物達の光。クリスマスツリーに見立てた、幻想的な風景を見上げながら、この計画が成功してからの、来年のクリスマスの想いを馳せます。
最後の人魚の肉で調剤しながら、その未来を手に入れる決意を新たにする、魔女ドラルクのシーンを追加しました。
2023/12/25に上げました。
@kw42431393
「えっと、う~んと…今度はこっちが重くなってしまった。」
「苦労しているね、お姫様。」
「ヌフフ…。」
カチャカチャと金属音の後に聞こえる、鈴を転がす様な声。
目の前の量りは、少し足せば右へ、減らせば左へと、なかなか平行になってくれない。
武芸一辺倒だったお姫様には馴染みがないもので、困った顔が可愛らしかった。
これまで調剤室で聞こえるのは、私達主従の声以外、材料を磨り潰す音、壺をかき回す音、反応を起こした物質の破裂音だけだった。
私が持つ、豊富な医学・薬学・魔法学の知識と技術を目当てに、契約しに来た者達の望みを叶える為、その結果を自分の目的に役立たせる為…調剤室は、その為だけの場所だった。
カズサ王が持ち込んだ、海と陸を繋げる計画が立ち上がるまでは…私がその計画の中心人物に指名され、ヒナイチ姫が私の監視と護衛、助手としての任務に就くまでは。
「今日は休もう、ヒナイチ姫。」
泣きそうな彼女の頭を撫でる。
真面目な子だから、兄が自分を魔女の助手として指名した理由が、『病気持ちの魔女に、何かあった時の為』…引継ぎが出来る者が必要だから、なんて思ってもいないだろう。
確かにその可能性が、『ない』訳ではない。私が死んで終わる様では、この契約の意味がない。
だから、彼女には私が知っている事を全て教えるつもりだ。
それに、この関係は関係で新鮮だもの。悪くはない。
私だって、そう簡単に死んでやるつもりはないのだ。
陸に興味を持ったお姫様に声をかけて、私のお菓子で手懐けて、心まで私に寄せてくれた…今となっては。
「いや、大丈夫だ。私の仕事だもんな。ちゃんと、覚えなきゃ。お前こそ、ずっと休んでないんじゃないか?」
ふわりと頬に両手が添えられる。
深海に住む私達にはない温かさが心地よくて、私はそっと目を閉じた。
初めて出会ったあの日。小さなメンダコに変身していた私を、貴女は手の平に乗せて撫でてくれた。
あの時の感触を堪能する。耳元で聞かせてくれた、あの歌声を思い出す。
歌声の魅惑にかかったその瞬間から、私は貴女しか見えなくなっていた。
「大丈夫だとも。少しぐらい無理をしても、得たいものがある。これさえ、終われば…」
堂々と、貴女を私の元に迎える事が出来る。手の届かない、他所の海国に嫁いでしまう心配がなくなる。
自分の身体を治す治療薬を完成させるのは、その後でもいい。
「ここまでにしよう。もうすぐ、ロナルド王子達も来るからね。」
「それもそうだが…。」
渋る彼女に苦笑する。
仕方ないねえ。でも、こっちにはとっておきがあるのだよ?
「おや。ヒナイチ姫は、いらないのかな?お勉強中だものね~。折角、とっておきの…」
ゴボッと息を吹いてみせると、浮かんだ泡はケーキや紅茶、マカロンにキャンディ、そして、忘れてはいけないクッキーの形に変わって、貴女の前で踊り出す。
私が好きな翡翠の瞳は、眩しいほどキラキラと輝いて。
「よし、頂こう!!」
「ヌーン…。」
呆れた顔のジョンと顔を見合わせる。
そうそう、私の人魚姫はそうでなくては。
「よっと。今回もありがとな。」
「帰りもお願いします~。」
キュッキュと返事をする、大きなシャチに俺とサンズ姫は手を振った。
ここはドラルクの別宅がある、水深200mほどの岩場だ。
これでも浅くて明るい方だと、ドラルクは言いやがるが、職業柄、夜目が効く俺達でもかなり厳しい。今だって、ドラルクに渡されている発光物質を使ったランタンで照らして、多少見える程度だ。
一回、海流を利用してジョンと来てみた事があったが、時間はかかるわ、水圧で気分は悪くなるわ…俺もサンズ姫も鍛えてるからいいものの、他の人間だと一溜りもないだろう。
その時は水中でも自由がきく様に、ドラルクが作った薬を使っていたが、時間制限付きと知っているからな。恐怖感も半端なかった。
だから、俺達はヒナイチを通じて、シャチにここまで送って貰ったんだ。
シャチなら、もっと深い水深1000mまで潜水出来るし、サメや危険な生物達は、彼らに寄って来ない。
「あいつは試作品って言ってましたけど、確かにこれは便利ですね。」
サンズ姫が、自分の心臓部に手を当てる。
そこには、ドラルクが作ったパスポートが、『心臓部』に埋め込まれている。勿論、俺にも同じものが埋め込まれている。
「毎回、あのいかがわしい薬を、飲まなくて済むのもいいですよね。あれ、苦いし。ちょっと、色とか匂いとかセロリに似てたし。」
パスポートが埋め込まれている、って言うのは妙な言い方だが。
あいつが…紫色に光る紙…って言えばいいのかな。まぁ、契約書らしい。あいつと俺達のサインが記入されてる紙だ。
ドラ公がそれを胸に押し込んだ時、契約書はヌルっと消えてしまったんだ。
『他の者の場合は、ここに制限する年月日を記載して、それが過ぎると自動で消える様にする。理由があって、延長する場合は、更新手続が必要になる。あぁ、安心しておくれ。君達は海と陸を繋げる計画に、大いに関わって貰う事になるし、何より私達にとって大事な友人だ。ヒナイチ姫と君達夫婦に埋め込んだパスポートは、無期限だ。いつでも、来ておくれ。私達も、陸にお邪魔させて貰うからね。』
まぁ、そんな訳で…俺達は、割と気楽にお互いの世界を行き来してる。
しかし、簡単に陸と海を繋げると言ったって、大変なものだ。
両方の国で設備や法律を、整備しなければいけない。
ヒナイチが住んでいるサンゴ礁ぐらいなら、普通の人間でも問題ない。
自分で泳いで行ってもいいし、水温だって温かい。さっきみたいに、シャチやイルカを使った定期便を作ってはどうか、とカズサ王と兄貴との間で相談中らしい。
問題は、水深200m以上の深海だ。とにかく、水温と水圧の負担が半端じゃない。
人魚姫であるヒナイチでさえ、『400m以上だと、すぐ疲れて眠り込んでしまう』と言っていたから、かなりのものだ。
俺達だから、シャチやクジラに乗せて貰うっていうのもありだけど、普通の人間ならキツイと思う。
交易に使う石炭や貴金属といった、深海の資源を陸に運び出すには、逆に陸の資源を深海に持ち込むには、まだまだ改良しなければならないと思う。
「ロナルド王子。ドラルクが見せたいもの、って何でしょうね。」
「う~ん、折角のクリスマスなのにな。今まで、クリスマスも退治やパトロールに奔走してたから、サンズ姫と…い、いや!何でもないです!!イヤらしい意味じゃなく!いや、もう夫婦だからしてるけど…あわわわ…そうじゃなくて!!」
「はわわわ…お、思い出させないで下さいです!!昨夜のロナルド王子も、みゃ~~!!」
あいたたた…サンズ姫ったら、変わらないなぁ。
ポカポカ叩かれていると、呆れた視線が…
「あっ!!お前ら!!いたんなら、言えよ!!」
「すまないね。あまりにも仲睦まじいものだから…クスクス。」
ドラルクがそこに立っていた。横には、困った様に笑うジョンとヒナイチもいるし!!
「う、うるせ~!俺の事を青二才とか童貞とか言いやがったが、先を越してやったぜ。ざまあみろ!!」
「そうそう。それも私達のおかげだから、これからも感謝し…ぶえっ!?」
「ちくしょー!その節は、お世話になりましたー!!」
あぁ、クソ!恥ずかしいから、つい、手が出ちまったぜ。
ジョンが頭を押さえたドラルクに縋って、また泣いてる。マジでごめん!!
「あいたたた…じゃあ、ついてきてくれるかね。今日は仕事というより、純粋に君達を招待したくて呼んだのだよ。クリスマスだし、丁度、タイミングも良かったから。」
「早く、早く!ドラルクが作ってくれたお菓子、早く食べたいぞ!さあ、こっちだ!」
「ヌッヌ!ヌッヌ!」
そう言って笑うあいつらの手には、大きなティーセットがあった。
俺もヒナイチも大食いだから、持てない分は、水中に浮かんでいる。これを魔力で引っ張っているんだけど、浮力が働く海の世界だからこそ…何度見ても、不思議な光景だと思う。
ドラルク達が泳ぎ出すと、目の前をヒカリキンメダイが俺達の周りをグルグルと泳いでいた。
夜目が効かない俺達を先導する様に、命令されているらしい。
「おい、置いていくなよな。まだ、慣れてないんだってのに…よっと!」
「仕方ね~ですね。」
サンズ姫の手を引いて、俺はあいつらの後を追う。
心臓部にあるパスポートに念じる様にして…よし!今度はうまくいったぜ。
「アハハ、ロナルド王子達も、上手になったな。」
「当たり前です!くノ一の修行と比べると、大した事ねーですよ!」
俺の足は赤色、サンズ姫はピンク色の魚の尾鰭に変化する。一気に、先を泳いでいるあいつらに追い付いた。
お茶会という名前の会議中に、海に来た者達に人工のフィンを付けるか、足を変化させるか、水温の影響を受けない様に魔力か何かで皮膚をコーティングするのか、危険海域に詳しい生き物を案内役に任命する、など話題は尽きない。
逆に、あいつらが陸に来る時もだ。重力に慣れるまで、彼らを介助する者も必要だし、こちらも案内役の者を任命しなければならない。日光や乾燥に弱い者もいるから、そのサポートも考えないといけない。
海岸から町まで往復する馬車も決めないといけないし、トラブルに巻き込まれない様に、お互いの風習だって、事前に講習しておく必要もある。
陸と海の行き来を始めた最初の人間である、俺達の意見はこのパスポートにかなり反映されている。
初めの頃は、足で泳がないといけなかったし、寒かったし、肩がめちゃくちゃ凝ったっけ。
「おい、ドラルク。クリスマスに招待したって事は、何だ?ここに、大きなツリーでもあるのか?」
「当たらずとも遠からず…さ。丁度、今日ここで見れる予定だからね。クリスマスだし、君達に見せてあげたかった。さあ、こちらに座ってくれ給え。光を灯すよ?」
俺達が辿り着くと、先に着いていたヒナイチとジョンが、ティーセットを並べている。
いつも通り、美味そうだし、見事なもんだ。
そう思って見ていると、ドラルクは両手を上に翳す様にしていた。フワリと、いくつもの淡い光が浮かんでは、真っ暗なこの周辺を照らしてくれる。
「あれ?雪ですよ?」
「マリンスノーだ。サンズニャン達は、初めてだろ?私も初めて見た時は、見惚れてしまったな。」
水中を漂う灯りに照らされて、キラキラと雪みたいな何かが、降って来ていた。
サンズ姫も両手に受けて珍しそうに見ている。これって、美味いのかな?

「あ、これ!この5歳児、舐めるんじゃない!ペっしなさい!」
「え、ダメなのか?」
それは、上から降って来るプランクトンや色んな物の、排泄物や死骸や破片だヌ。ばっちいから舐めちゃダメヌよ。
「マジかよ!先に言えよな!」
「全く。だから、こちらに座ってと言ってるだろう?料理が汚れてしまうから、泡のテントを張るよ。」
さらに、フッとドラルクが息を吹くと出て来た泡が膨らんで、料理を置いている周辺を覆っていく。
「俺の退治仕事に同行している時も、色んな魔法を見せてくれたよな。こんな事も、出来るんだな。」
「凄いのはこれからだよ。ほら、あそこを見てご覧?」
サンズ姫と並んで、岩に腰かける。泡越しに見上げる、マリンスノーに紛れて…
「何ですか?イルミネーションみたいに、キラキラ光ってるですよ。」
「マリンスノーは、深海の恵み。多くの深海の生き物達の餌になるんだ。早速、皆が集まって来てる、綺麗だろ?」
「ふうん、ヒナイチ。詳しいんですね?」
「フフ、ドラルクからの受け売りだけどな。私は、今まで陸も深海も興味がなかったんだ。でも、今はもっと、どちらの世界の事も知りたいんだ!」
陸に初めて来た時のお子様とは思えないな。
『色々考える気になった』って言ってたけど、なんか吹っ切れたみたいで良かったぜ。
ヌ?クリスマスだから、丁度良かったヌでしょ?
そうだな。当たらずとも遠からず…か。
「ロナルド王子、君もどうぞ。」
「おお、サンキュな。」
差し出された温かい紅茶を口にしながら、マリンスノーと、それに群がる淡い光達を見上げる。
このプロジェクトが成功したら、俺達以外にもこうやって、この風景を楽しむ連中が増えるのかな。
「素晴らしいだろう?これが終わったら、イナ海国にも行こう。おそらく、サンゴ礁もクリスマスだから、お祭り騒ぎをしているだろうさ。」
ヌン!どんな世界でも、必ず綺麗な所、楽しい所はあるヌ。もっと、もっと知って欲しいヌよ。皆に教えて欲しいヌよ。
そういうドラルクとジョンは、誇らしげな顔をしていた。
もう一度、上を見上げる。マリンスノーと深海生物に彩られた、イルミネーションを堪能する。
『日の光が差し込んで、賑やかなサンゴ礁も素敵だが…ここに通う様になって、この世界も楽しいって気づいたんだ。綺麗なものも不思議なものも、たくさんあって…』
「『何より、あいつと会うのが楽しみだ』…っけか。」
「何か、言ったかね?」
「何でもねえ、ありがとよ。」
この前会った時、ヒナイチが言ってたな。ガキみたいな奴だけど、それは俺も分かる気がするよ。
「いい物見せてくれて、さ。何度か通ってるけど、ここはジメジメした辛気臭え所だと思ってたな。ヒナイチが言う様に、ここも悪くねえ。けど…」
「そうですよ。シンヨコ王国だって、負けてねーですよ!来年のクリスマスは…って、ヒナイチ!独り占めするんじゃねーです。花より団子かよ、てめー!」
「おいしい、おいしい。ロナルド王子達も早く食べないと、なくなるぞ?」
そう、俺の故郷だって負けてないぜ。だから…
「来年は、俺達以外の者達もこうしてるはずだ。今度のクリスマスは、お前達が陸に来いよ…俺達の国へ。大きなモミの木に、ゴッテゴテに派手な飾りをつけてよ。ポンチ共も大騒ぎしてるだろうから、嫌になるぐらいバカ騒ぎのお祭りに、巻き込ませてやるぜ。」
「おやおや、ありがとう。来年、そうさせて貰う。」
新婚気分真っ只中だってのに、こっちに通わなきゃいけねえし、通常の退治仕事だってあるし、領地経営だってしないとだし…だけどよ。
「絶対、成功させようぜ。来年は、深海もシンヨコみたいに色んな種族が入り乱れた、騒がしい、楽しい場所になってるかもしれないな。」
楽しかったヌね、ドラルク様。
「うん。最近、ずっと仕事を詰めてたから。いや、違うかな。とにかく、208年生きてきた中で、一番楽しかったかもしれない。」
ジョンと、紫とオレンジ色に輝く紙を覗き込んで笑う。
その紙に描かれているのは、マリンスノーを眺めながらお茶会をしていた、私達の姿だ。
カップケーキを頬張る、ロナルド王子。
彼の頬についたクリームを拭いてあげながら、真っ赤に頬を染めたサンズ姫。
ヒナイチ姫の膝に乗って、頭を撫でられてご満悦のジョン。
翡翠の瞳を輝かせながら、クッキーを頬張るヒナイチ姫。
紫の紙には、お茶会をしていた時の4人と1匹の姿が、そのまま映し出されている。
何故、私が入っていないかって?こればっかりは、仕方がないね。自分の目で見たものを、そのまま紙に転写する魔法を使っているからだ。
ヌフフ、ヒナイチ姫も上手になったヌね。
「頑張っているもの…この前まで、食いしん坊のお子様だったのに。」
オレンジ色に光る紙の方には、逆に、ヒナイチ姫が写っていない。
写っているのは、慌てているジョンとサンズ姫。
その前で、ロナルド王子にヘッドロックをされて、藻掻いている私が写っている。
使える様になったばかりだから、少し画像がぼやけているけれど…これらは、私達の宝物だ。だから、額縁に入れて飾っておこうと思う。
「ヌワァ~。」
「ウフフ。ジョンもそろそろおやすみ。」
ヌン、ドラルク様もそろそろ休んで欲しいヌよ。
欠伸を始めたジョンをベッドに寝かしつけると、私は調剤室に向かう。
いつも飲んでいる薬を入れた引き出しを開ける。そこにはもう1包しか残っていなかった。
「…作らなきゃね。お姫様が、明日やってくる前に。」
背後に置いている木箱を開ける。そこには、元が何だったのかさえ分からない程、小さくなった氷漬けの…
「これが、最後の肉…。契約さえ完遂すれば…あとは、この体を治すだけ。そこまで、持ってくれれば…。」
魔法で解凍すると、私は人魚の肉をすり潰す。鍋にそれを投入しながら、ロナルド王子を通じて、集めて貰っていた、材料を量って…
「あの…魔女様?」
おずおずとした声に、振り返る。ニギスの子供が手紙を抱えて、こちらを覗いていた。
この子には契約の対価に、ウミガラスから預かった手紙を、さらに深いここまで持って来る様に言いつけてある。手紙は3つ…来たか。
「ご苦労だったね、そこに置いておくれ。」
その子を帰してから、手紙を開く。
送り主は、陸の魔女達の協会、山岳の人外達の有力者である山姥、淡水の人外達の有力者の蛟王。いずれも、私が望む回答だ。思わず、口角が上がるのが分かった。
『先日の会合での件、了承しました。ついては、そのパスポートのサンプルをお送り願いたい。その上で、改めて返答致します。』
…やった。この次の回答次第で、パスポート量産化の目処が立つ。
ヒナイチ姫達に協力して貰った実験を通じて、二つの世界を行き来出来る事は、実証済みなのだ。この前の会合で、二つの世界双方に利益がある、と向こうも判断したのだ。もう少しだ、もう少しで…
「…っ。またか。」
戻ってきた胸の鈍痛に、幼い頃から感じていた死の恐怖が甦る。
恐怖?何を今更。分かっていて、契約したのだ。
もう人魚の肉は、手に入らない。なくなる前に完遂し、ヒナイチ姫を迎え入れ、私自身が蓬莱島に向かうつもりで…契約したのだ。
これが、最後の賭けだ。自分の命を賭けたのだ。過去の悪事を清算して、あの子の隣に立つ為に。
先ほど額縁に入れた、私達の似姿を撫でる。
『今度のクリスマスは、お前達が陸に来いよ…俺達の国へ。』
そうだ。足掻けるだけ、足掻こう。
一番充実した時間をくれた、友人夫妻と共に過ごす…幸せな未来も手に入れる為に。