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春から広いキッチンで

全体公開 みずいこ・単話 6 2988文字
2024-05-16 00:53:45

みずいこお題部第八回より「オレンジ」をお借りしました 関西弁非ネイティブのため口調は勘頼り

Posted by @a_yuuzora

水上が恋人にメッセージでお呼ばれして訪った部屋は、いつになく柑橘系のさわやかな香りに満ちていた。
「おじゃましまーす。イコさん、部屋がえらいええ匂いしますねえ」
「お、よぉ来たな。ええ匂いする? モテそう?」
「他はどうか知らんけど俺には現在進行形でモテてます」
生駒の言う「モテ」に深い意味はない。人気者になるとか話しかけられるとか、その程度の好意を指す言葉だ。やや雑に流せば「そりゃええな」とご機嫌な返事が聞こえた。

生駒の部屋にはボーダーの寮の狭いキッチンに対してかなり大きめのオーブンレンジがある。生駒はその前で作業をしていた。客を出迎えなかったのは手が離せなかったかららしい。
「何か作ってはるんです?」
「せっかく暇やし、オレンジケーキ作ろ思って。ほら、こないだ弓場ちゃんにようさんみかん貰ったやろ」
「ああ、帯島ちゃんとこから届いたやつ」
冬の気配が近づいてくると、みかんが名産三門では通貨のようにみかんが出回るようになるらしい。ちょっと人助けをするとお礼にみかんを貰ったり、商店街で買い物をするとサービスでみかんがついてきたりする。と、地域密着型飲食店次男坊のクラスメイトが言っていた。
そんな風に一個あるいは数個貰うようなものも、みかん農家直送となればおすそ分けが段ボール箱単位になる。弓場隊の作戦室に大量に届いたみかんが、弓場伝いに生駒隊の作戦室まで届いたのはつい先日のことだった。
「ええもん貰たんやしお礼せなかんなーと思って、みかんでパウンドケーキ作れるんちゃう?って調べたらレシピあってな、今生地焼いてるとこ。オレンジのシロップ煮は先に作ったんやけど、結構うまくできてん」
「イコさんほんま色んなこと挑戦しますねえ、料理の次はお菓子作りですか」
「お菓子も料理もそう変わらんくない? 飯かおやつかってだけで」
「どっちもやらないんで知らないっすけど。――で、俺はその試作品の毒見役ですか」
「ちょっと! 味見言うてや!」
「冗談です。一番乗りできて光栄っすよ。恋人の特権ですかね」
「せやで! ほんまは一晩おいて味落ち着かせた方がええらしいねんけど、焼き立てもウマそうやなあ思て呼んだんや」
「焼き立て楽しみにしてます」

できたてぽかぽかのオレンジケーキはみかんの風味と皮のほろ苦さがほどよく効いた美味しい出来だった。
「なあ水上、お菓子って引くほど砂糖入っとるって知っとる?」
「あー、なんかウワサは聞いたことありますねえ。文字通り山ほど使うとか」
「ほんまやで! これ一応レシピ通りに作ったんやけど、あんなに山盛りの砂糖使ったのに甘さこんなもんなんや……って驚いとる、今。なんぼ砂糖出してもレシピの量にならんかって、スケール壊れてるんちゃうかって疑ったし三回計り直したわ」
「じゃあこのケーキなかなかカロリー爆弾なんかもわからんな」
「せやなあ。でも水上はもっとカロリー摂った方がええと思うけどな! いつもあんま食わんやろ」
「イコさんに比べればそうですけど、普通すよ普通」
ぼやきながら制作者も認めるカロリー爆弾をまた一口食べる。粗目に入ったオレンジピールの歯ごたえが楽しい。
「せや、これ作ってるときに決心したんやけどな、俺引っ越すことにするわ」
……は?」
水上の手からフォークが落ち、カランとテーブルに転がる。それを特に気にも留めず生駒は続ける。
「引っ越すならやっぱ春かなあ、部屋探しだったらもう始めなあかんか。早よせな、ええ部屋とられてまうし」
「あ、え……? 引っ越すって、寮出るってことすか。ここ出てどこ行くんです」
「第一条件は大学の近くやなあ。ほら、本部から大学ちょっと遠いやろ? 一限と四限しかない日ぃあるとあっちおっても暇やし、かといってこっち戻ってくるのも億劫でな」
「でもわざわざ出てくほどのもんです?」
「だってここキッチンめっちゃ狭いねん。見てみ? 給湯室サイズのスペースに詰め込まれた家電のギチギチっぷり。作業スペースほとんどないからいつもリビングで作業しとるしな。冷蔵庫もちっちゃいのしか置けんから今日焼いたパウンドケーキと牛乳の残りいれたら他なーんも入らへんで」
「まあ、毎食食堂で食う生活想定したつくりでは、ありますね」
「そう、料理するようにできてへんねんなー」
キッチンが狭くて不便なつくりだからもっといい部屋に引っ越したいとまで考えているとは。生駒が料理を趣味にし始めたときはここまでハマるとは思わなかったし、好きな人の手料理食えてラッキー、としか思っていなかった水上は考えの浅さを後悔する。
自分が生駒の手料理に一番乗りできているのは、恋人特権でもあろうけども同じ寮で一番近くに住んでいるからに他ならない。生駒が大学の近くに引っ越したら、夕飯を作りすぎたといって友人におすそ分けする様子が容易に思い浮かぶ。それがいつもつるんでるボーダーの同い年たちならまだ許せるが、誰ともしれない馬の骨だったりしたら我慢できる気がしない。
それどころか、ボーダー外に住むということは、一般人も招き入れられるということである。ボーダーは軍事施設であるがゆえに一般人立ち入り禁止だが、外ではもちろんそんな縛りはない。飲み会に行ってお持ち帰りすることだって可能だ。恋人がいる以上、生駒がそんな浮気をする真似はしないだろうが、酔い過ぎただのなんだのと言って押しかけられることはないとは言い切れない。いや、かなりありそうだとすら言える。
引っ越した後の生駒がするであろうあらゆる行動を想像し、引き止める手段やらそういった許せないことを事前に防ぐ策やら言いくるめる方法なんかをフル回転する頭で必死に考えていると、生駒の一言がその思考を遮った。
「それにな、水上に『よぉ来たな』やなくて『おかえり』って言いたいねん」
……は?」
本日二度目の間の抜けた嘆声が漏れる。
「『おかえり』って言われる側でも全然ええんやけどな? いくらすぐ近くに仲間が住んどる言うても一人の部屋に帰るの寂しない? 水上はそういうのあんま思わんほう? あと水上過集中入ると飯抜くからそこの面倒も見てやりたくて」
……もしかして、俺も一緒に引っ越す想定で話してます?」
「うん。あれ、言うてなかった?」
「聞いてませんねえ」
「あれ、え? 言うてなかったか。水上が進学するタイミングで一緒に住もうて」
「完っ全に初耳ですねえ!!」
「なんでやろ、自動的にお前もついてくると思っとったわ……ごめんな、そっちの都合もあるのに」
「いや、そこは別に、ええですけど」
あらゆる想定が全部杞憂に終わった脱力感で水上はテーブルに突っ伏す。そして深く深く溜息をついた。
「怒った?」
「怒ってませんよ」
「ほんまに? 我慢してへん? 俺めちゃくちゃ傲慢なこと言ったで?」
「イコさんはそんくらいのほうがイコさんらしくてええです」
「それ貶されてんのか褒められてんのか分からへんな」
言いながら生駒は落ちた水上のフォークを拾ってケーキを一口分切り分け、突っ伏したままの水上の口に運ぶ。あーんされるがままに口を開け、もぐもぐ、ごくん、と飲み下してから一言つぶやくように言う。
「俺は、イコさんが側においてくれるならどこだってついてく気なんで、その認識でええんです」


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