Δドラヒナで、除夜の鐘と煩悩ネタのお話です。
チームΔが発足したばかり、両片思い期のお話になります。
煩悩と願望は似て非なるものですが、イメージ的に『脳内で考えて、後ろめたいと思うのが、煩悩』『脳内で考えて、実現されたら楽しいと思うのが、願望』だと思っております。
さらに、一年経って、Δドラヒナ成立後のみっぴきが、署で大晦日を過ごすシーンを追加しました。
2023/12/31に上げました。
@kw42431393
「こんばんは、隊長。報告書を持ってきたぞ。」
「いらっしゃい、ヒナイチくん。折角の大晦日なのに…こんな時間になってしまって、すまないね。」
「ヌンヌン。」
高校を卒業して、憧れの退治人になった年の瀬の事だった。
昼の世界の者である我々さえ、この時期は羽目を外すのだ。夜の者達では、尚更だ。
あちらで問題を起こしている吸血鬼を補導すると、休む間もなく通報がある。VRCの護送車も、今夜はひっきりなしに走っていた。さらに、下等吸血鬼の発生があったので、目も当てられない。
チームΔの出動で、一段落ついたのがついさっき。
ドラルク隊長の部屋に、報告書を持って来た頃には、11時を回っていた。
「お疲れ様、そこにお座り。」
「いや、隊長こそお疲れだろう?手間を取らせては…。」
今言った事は、本心だ。チームΔ発足前よりずっと楽になったと言っているが、それでも、多忙な事には変わりない。
ギルドマスターの娘として、幼い頃よりこの時期が異常な事は知っていたが、実際、現場に立ってみると誇張ではない事が、身に染みて分かった。
「さあ、どうぞ。」
目の前に、いつものクッキーが置かれる。
あぁ、ダメだ。隊長を早く休ませてあげなければ、と思っているのに…
「ロナルドくんは、サテツくん達と一緒に除夜の鐘を突きに行ってるよ。だから、そのクッキーはヒナイチくんとジョンのものだ。さあ、遠慮なくお食べ。」
「頂こう!!」
そこまで言われては、断れない。残すなんてとんでもない。
温かい紅茶で手を温めながら、ジョンと競う様に口に運ぶ。
「おいしい、おいしい。」
「ヌシャ、ヌシャ。」
あぁ、やっぱりこの時間が一番憩いだな。いや、お菓子もだが、何より…。
「ヒナイチくんは、この後、友人と出かけないのかね?」
隊長の声に、慌てて顔を上げる。困った様に笑う顔が、そこにあった。
首を傾げていると、骨ばった手が伸びて来る。
「…っ!?」
口元にヒヤリとした感触がして、飛び上がる。
一瞬遅れて、口元のクッキーをぬぐってくれたのだと気づいた。
「す、すまない。いいや、予定はないぞ?」
正月は正月で、明るい内は新年の地域イベントがあるんだ。手伝わなければならない。
日が暮れれば、今度は新年という事でポンチ共もはしゃぎ回るだろう。だから、予定は入れていない。
「そう…丁度、よかった。そろそろいい時間だもの。」
冷蔵庫から隊長が、いくつかタッパとスープストッカーを持って来た。それらが、目の前でパカリと開かれる。
お手製と分かる蕎麦に、フワリとお出汁の香りが鼻腔をくすぐる。刻んだネギとかき揚げも別に入れられていた。
「あと、20分ぐらいで新年だよ。ロナルドくんの分が余ってしまうから、一緒に食べよう?」
「えっ、い、いいの…か?」
「早く休ませてあげたい」という心と、「憧れの人と年を迎えたい」という心がせめぎ合う。
それに、お手製の蕎麦までつく…やっぱり、私は後者を選んでしまった。
「じゃあ、ジョンとテレビでも見て待ってておくれ。給湯室で茹でてくるよ。」
「あ、いや…その。」
今年最後の我儘だ…だって、ここを逃すと…。
「た、隊長の料理する所…見たい、だ、だめ…か。」
勇気を出して、想いを告げた今だからこそ…そんな心配は、杞憂だったと知っている。
でも、何も知らなかった当時は、片思いを知られるのが、それを拒否されるのが、死刑宣告の様で…おずおずと顔色を窺う。
「ウフフ、勿論だとも。こっちだよ。」
その顔は、とても優しかった。今思うと、少し照れていたのだと思う。
「はい!!」
『頑張ったヌ』と耳打ちしてくれたジョンを肩に乗せて、私は貴方の後を追う。
給湯室に入ると、隊長が白いコートを脱いで、Yシャツの腕を捲る。普段見えない、細い腕を眺めた。
プライベートでなければ見られないだろう、貴方の姿…それをよく見てみたかった。
ジョンと椅子に座って待っていると、おつゆのいい匂いがしてきた。
グゥ~
知らず、お腹が存在を主張する。憧れの人の前なんだ、もう少し我慢しろ。
「あ…これは、その!」
「ヌヒヒ。」
笑わないでくれ。あぁ、恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「おやおや、もうすぐ出来るよ。さてと…これで仕上げ。かき揚げは自信作なんだけど、こればっかりはどうしようもないね。アツアツの揚げたてを食べさせてあげたいのに。」
「そ、そんな気を使わないでくれ。冷めても、隊長作だからな。美味しいに決まってる。」
お椀にお蕎麦が盛られると、そこに湯気の立ったおつゆが流し込まれていく。
上に乗せられた、鮮やかなかき揚げとおネギのコントラストに、涎が垂れそうになる。
お盆にお蕎麦とお茶を乗せて、私達は隊長室に戻る。
テレビをつけると、丁度カウントダウンが始まったところだ。
煩悩を払う音が、無心に重ねられていく。来年まで持ち越さない様に、心で私も鐘の数を数えた。
ここで、ちゃんとリセットしなきゃ。さっきからの、葛藤がバレていませんように…。
鐘突きに並んだ人たちが、映っている。あの中にロナルドもいるんだろうな、そんな事を考えた。
「去年もそうだったのだけど…大晦日と元旦は、ここに泊まり込みでね。」
「大丈夫…なのか。今年も、みたいな言い方だけど。」
むしろ、私が茹でた方がよかったのかな。でも、料理でもてなすのが、貴方の趣味である事も知っている。
私は店で手伝いこそするが、そんなに上手じゃなくてだな…うん。
「まぁ、今年もだろうね。だから、簡単なお節のお重を詰めてあったのだよ。私達の夜食兼朝食にね。」
「お節か…。」
いいな、ロナルドは。ここで、隊長達とお節を食べるんだろう。
私も食べたい。
絶対美味しいし、楽しいに決まっている。来年こそ、隊長も家でゆっくり食べられる様に、してあげたいな。
「うん。冷凍可能な品目だけ、非番の日に作っておいたのだよ。もう、解凍出来ているはずだとも。あと、その…ヒナイチくんの分も。」
「えっ?」
ゴーン!!
テレビからとんでもない音量の、除夜の鐘。
『ヒャッホー!!ドラ公、ジョン、ヒナイチ!見てるかー!?』
『おい!手加減しとけよ、鐘にヒビが入っちまうだろ!』
『いいじゃん、いいじゃん!今日ぐらい羽目外したってよ!』
テレビに、ロナルド達が映っていた。
「ロナルド!お前達が問題を起こしてどうするんだ!?」
「ファー!!あのゴリラ、悪目立ちしおって!!ロナルドくんの分だけ、セロリ入れるぞ!」
「ヌー!!」
『みんな~!新年、明けまして、おめでと~な!!』
ゴーン!
テレビから聞こえる元気なロナルドの声に、どちらからともなく、笑いが漏れる。
そして、全員それぞれに向かって、三つ指つけて頭を下げた。
「ヌヌヌヌヌヌヌヌヌー!」
「明けましておめでとう、ヒナイチくん。今年もよろしくお願いします。」
「明けましておめでとうございます!今年も、美味しいクッキーを期待してるぞ!」
それから、私達は隊長のお手製のお蕎麦を堪能した。
幼い頃に貴方に助けられて、初恋を自覚してから、何度となく想像した光景。
クッキーだけでなく、家族みたいに一緒にいて、一緒に食事をして、一緒にテレビを見て、一緒に…いや、その先は想像してないぞ?
そうなれたら素敵だなって、思ってるけど!
私なんか、全然子供だし!相手にして貰える訳…!!
「どうかしたかね?」
「ななな…なんでもない!」
あぁ、こんなに私は煩悩が多かったのか。
除夜の鐘じゃ、足りなかったのか。そうだ、素数も数えよう。
数え終えた頃には、きっと冷静になってる!うん、そのはずだ!
テレビからは、楽しそうな人達の顔と声が聞こえてくる。赤面した顔を隠したくて、私はテレビに見入っているフリをした。
「ねえ、ヒナイチくん。あの…」
ゴーン!!
さらに大きな音が鳴った。もう分かってる。また、ロナルド達がイタズラしたんだと思う。
その音で、隊長が言いかけた言葉が聞こえなかった。
テレビから隊長に視線を移すと、何故か、あの人は泣きそうな顔をしていた。
どうしたんだろう。さっき、貴方は何を言おうとしたんだろう。
「どうしたんだ、隊長。」
「うん、おすそ分けだけど…貰ってくれるかね。このお節。」
「も、勿論だ。隊長のお節、絶対に美味しいからな。」
本当は、お節も貴方と食べたかった…そう言いたい心を飲み込んだ。
ダメだ…除夜の鐘も素数も数えたのに、私は、こんなに我儘な奴だったのかな。
「ねえ、ヒナイチくん。あの…君。朝食は、何時頃食べているのかな?」
妙に真剣な声だった。思わず、怪訝な顔をする。
隊長が、私の朝食の時間を知ってどうするのだろう?
「七時頃だが。」
「そう…じゃあ。でも、カズサくんが気づいたら、先に食べちゃうかな?」
兄か…やるだろうな。それより早く起きて、先に隊長に貰った分だけ食べちゃおうかな。
「じゃあ…6時半ごろに頂くぞ。」
うん、そうしよう。だって、これは私が貰ったんだ。兄さんに一口だってやるもんか。
「6時半頃ね…。」
『若い娘さんだから、危ないよ。送っていくから。』
何度もそう言ったけど、『私だって退治人なんだ!隊長こそ、忙しいだろ?』そう言い張ってきかない彼女。
気を利かせたジョンが送って行ってくれたから、この隊長室はロナルドくんが戻ってくるまで、私一人だ。
「楽しかったな。お菓子だけじゃなく、お蕎麦もあんなに喜んで食べてくれて。綺麗なハートマークをしてくれて。」
だから、本音を漏らしても大丈夫。除夜の鐘なんかで払えない、私の煩悩を。
「お蕎麦だけじゃなくて、君と一緒にお節も食べたい。休みが取れたら、君と初詣に行きたい。家族みたいに、こい…。」
一回りも年下の彼女に…この先は、まだ言えない。
勇気がないから、社会的地位もある公僕だから、彼女に気持ち悪がられたくないから。
…再会した時から、ずっと見上げてくれた、尊敬の眼差しを裏切りたくないから。
「ただいまー!ドラルク!お節、食べようぜ!」
あぁ、デリカシーなしルドくんが帰ってきた。
お節食べるのは、早すぎるだろ。まだ、1時だぞ。
「全く、君も外でお蕎麦食べて来ただろう。せめて、6時半まで待ちなさい。」
「ちえ~、楽しみにしてたのにな。…って、ジョン。おかえり。どっか行ってたのか?」
無邪気なお子様がジョンにじゃれているのを見て、なんだか救われた気持ちになった。
うん。自分でも気持ち悪いと思ってるよ。
お前はストーカーか、って思うもの。
『君の分のお節も用意したよ。8時頃においで。一緒に食べよう』
その一言が、言えなかった。
だから、意中の少女に同じお重を上げて、聞きだした同じ時間に食べようとしているなんて。
それで、君と一緒に食べている様な気になって、自分の願望を諦めようとしているなんて。
「結局、今年も泊まり込みになってしまったな。」
「いいのかね?ヒナイチくんまで…。」
「いいじゃん!ヒナイチも一緒のが、うめえだろ!な?」
「ヌンヌン。」
忙しくも充実した時間は、過ぎるのが早い。いつの間にか、また大晦日がやってきた。
ポンチ共がやらかすから、忙しいのは変わらない。
あと数分で今年が終わって、来年がやってくる。元旦も私達は忙しいのだろう。
去年は緊張しながら、本音を知られるのを恐れながら、意中の少女とお蕎麦を食べて満足していた日だったっけ。
「さあ、出来たよ。皆で、食べよう!」
「待ってました!」
「こら、ロナルド。お前も手伝え。お茶を淹れてくるぞ。」
「ヌフフフ!」
3人と1匹分のお蕎麦を持って、部屋に入る。
この1年の間に、私達の間にも色々あって、お互い想いを打ち明け合って、助け合って…家族同様に過ごしている。
こんな事が実現するはずがない。煩悩だ、諦めろ。
一歩踏み出してみると、なんという事もなかったのだ。
「あ、こら!ロナルド、お節は明日の朝だろ!出すのが早過ぎるぞ!」
「い~じゃん。今日は、ヒナイチもここで俺達と食べるだろ?味見ぐらい、いいんじゃね?」
うぅ~、と唸りながら指を咥える彼女の頭を撫でる。上目遣いのその姿が、愛らしい。
「さあ、ヒナイチくんも席につき給え。今年もお疲れ様。」
「あぁ、頂くぞ。隊長こそ…」
ゴーン!!
テレビから、大きな除夜の鐘の音がする。私達が守ってきた、人々の笑顔が映し出される。
さあ、今年も始めよう。忙しくも充実した、私達の時間を。
「お疲れ様。そして、これからもよろしく頼むぞ!」