浪士組時代。沖田と土方と山崎。沖田の気づきの話
@bbbcde519
沖田は今日江戸に来て初めて焚火を見た。
江戸は空気が悪い。天人共の空飛ぶのりものが、汚い空気を吐いていくからだと江戸者の浪士が訳知り顔で言っていた。そんな話を聞いたせいか炎の色は墨がかって見えるし、火の粉が弾ける音も鈍いような気がする。本当に因果があるのか沖田は知らない。おそらく死ぬまでに知ることもない。
物珍しくて縁側に座りこんで眺めていたから油断があった。焚き火の番をしていた山崎は寒いですね焼き芋焼いてますから後で食べますかなどとどうでもいい話をしていたくせに、抜き打ちのように「そういえば沖田さんはなんで土方さんを殺そうとするんですか」と問うた。その唐突さに沖田は珍しく答えに窮した。平素沖田が言葉に詰まることなどない。思考ほど無駄なことはないと沖田は知っている。思考しないから沖田の剣は疾いのだ。考えるほど語彙があるわけでもない。それでも今回は駄目だった。
なぜ、と問われたからには理由を期待されている。いくら沖田でもそのくらいは判る。だが明確な言葉なんてなにもなかった。
ムカつくから。
姉上と近藤さんを取られたから。
理由なんか俺が知りてえよ。
様々な回答の案が思い浮かび、どれもしっくりこない。それは問いが間違っているからだ。沖田は思いついた言葉をすべて捨てて答えた。
「殺そうとはしてねえぜ」
「えーほんとですかぁ?」
「なんで」
「だってさっき真剣で切り掛かってたじゃないですか」
あんたが切っちまった襖細かく切って焚き付けにしてんですよ俺はと男はぶちぶちと文句を言った。今朝方試し切りと称して土方に切りかかった。あの男が避けたせいで両断された襖は原型をとどめていない。襖が一枚なくなった間抜けな土方の部屋を思い浮かべて沖田は密やかに笑う。襖なしで過ごしているのだろうかあの男は。燃やすとは思わなかった。
「俺が本気だったらあいつはもうとっくに墓の下だ」
「はあ……」
今一つ納得していない顔の山崎を見て沖田は舌打ちをしたくなった。山崎は納得していない。沖田を子どもだと侮っているのか、それとも沖田の殺意がほんものではないと思っているのか。どちらにせよ侮られている。沖田は土方を殺す自信がある。闇討ちはもちろん、お天道様の下、一対一だろうともその命を取れると本気で思っている。だが今殺すと姉や近藤が悲しむ。近藤を大将に盛り立てる奴が一人減る。生かしておく動機が勝っているから実行に移していないだけだ。
いずれにせよと沖田は思う。土方を本気で命を狙って屠れないとなると、傷がつくのは己の腕の看板だ。ひいては自分の大将である近藤の評判を下げる。これからは周囲から見た己の見え方まで気にしなければならないらしい。見えない鎧でも着た気分になる。
「組織っていうのは面倒だな」
呟きが聞こえたはずの山崎は何も言わなかった。
「土方さん焼き芋いりやす?」
入り口がぽっかりと間抜けに開いた部屋を覗き、文机に向かって何か書き物をしている土方の後ろ姿に声をかける。土方さんにあげてくださいと山崎が渡してきた焼き芋はまだぬくぬくしている。辛子でも仕込んでやろうかと思ったが、姉を思い起こさせそうで腹が立ってやめにした。近藤にあげたかったが生憎外に出て夜まで帰らないという。仕方がないので焼き芋の燃料の主人に声をかけると長髪はすぐに筆を置いた。
「食うよ」
「あんた襖開いたまんま寝るんですかい」
「お前が叩っ切ったんだろうが! 後でどこか使ってねえ部屋から持ってこい」
「やなこった」
「お前の部屋から取られたくねーならつべこべ言うんじゃねえ」
焼き芋を一つ差し出すと、土方は行儀悪く芋にマヨネーズを搾り出して食べ始めた。沖田はその様をしみじみと眺めた。大層みっともない。先ほどの自分の殊勝さがばかみたいだ。やっぱり人の目なんて気にしない方がいい。この男が好き放題やっているんだから、自分もできる限りやりたいようにやればいい。どちらも近藤は許してくれるだろう。だからそれに免じて殺したい時もできるだけ我慢してやろう。
いつかのことはわからないけれど。
沖田は笑う。あまりに邪気のない笑みだったためか、珍しく土方もつられたように笑った。
「土方さんのマヨネーズもたまには役に立ちますね」
「なんのことだよ」
焼き芋は大層美味かった。
嵌め直した襖の落書きに土方が気付き喧嘩が始まるのは四時間後である。