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お砂糖は山盛り

全体公開 神無三十一受け 9 40 3179文字
2024-05-25 16:51:55

カルみと
シナリオネタバレあり

 

 久しぶりに、盛大な喧嘩をした。
 喧嘩の原因は神無が周りを頼ろうとせず一人で事件を解決しようと動いたことにある。
 合同捜査の最中に衝突して空気が険悪になり、その事件の最中は互いに引っ込みが付かないままぎこちなく過ごしてきたのだ。
 事件が無事に解決した今日、打ち上げもそこそこに縞斑は神無を引き留めて話し合いを提案したのである。
 そうしてふたりは現在、招かれた神無の自宅のリビングで隣り合って話をしていた。

 「正直なところ、甘え下手の君が周りの人に上手く助けを求められないのは分かるよ。」
 「………うん。」
 「けどせめて周りが気付けるようにサインを残してほしいと思うわけ。」

 一通り神無の言い分を聞いた縞斑は、努めて彼を咎める声色が強くなってしまわないように注意を払いながら言葉を続ける。

 「もし君が、放っておいてくれ、って手を振り払ったあのときそれに俺が従ってたら君に間に合わなかったかもしれない。」

 事件の内容は、アンドロイドを利用した女子高生の誘拐事件だった。その概要を聞く限り、神無が縞斑に事件の詳細を話したがらなかった理由も分かる。
 神無の強がりの理由は、能力の過信ではなく縞斑への気遣いだった。
 しかし、神無の気遣いは理解できても、その結果彼に何かあったら本末転倒だ。そんな縞斑の今を心配する言葉は、事件当時に切羽詰まった状態で言及したことも相まって神無には想定より随分厳しい言い方で伝わってしまったらしい。
 放っておいてくれと手を振り払われたときは苛立ちを覚えたが、その後も意識して様子を見守っていれば案の定、神無は無茶が祟って怪我を負ってしまった。

 「もう少し神無ちゃんは、周りに大切にされてる自覚を持ってほしいんだ。」

 ガーゼで覆われた頬の傷を刺激しないようにそっと撫でた縞斑が呟く。

 「俺の大事な人の価値を下げるのは、たとえ君本人でも許さないよ。」

 その声色に含まれるものが、怒りではなく恐怖や悲しみであることを正しく汲み取った神無は口を噤んだ。
 実のところ、神無は未だ自分が彼に愛されるに値する存在であるのかが分からない。
 今隣にいる自分よりも、事件で重なる白瀬心の影の方が縞斑にとってよほど大切なものに違いないと考えたのは事実だ。
 けれどどうやら、神無のその考えは間違っていたらしい。白瀬と神無は比べられるような存在ではない、どちらも大切なものなのだと切実に話す縞斑は、怪我をした自分よりも痛んだ表情を浮かべていた。

 「………ごめんなさい。」

 良かれと思って選んだ道で、神無はまた間違えて縞斑のことを傷つけてしまった。
 しょんぼりと肩を落とした神無がそう謝れば、縞斑は困ったように小さくため息を吐く。
 きっとまだ神無には、自分がどれほど彼のことを大切に思っているかを理解されていない。自身が愛されることを悪だと思うようになってしまったのは、神無があの事件で染み込んだ自分の心を守る方法なのだろう。
 今はここまで神無のことを理解して、助けを求められないことに対して縞斑が悲しく思うことが伝われば上等だろうか。そう思い直した縞斑は顔を上げると、不安げに様子を伺う神無の頭を撫でて笑った。

 「分かればいいよ。仲直りしよう。」
 「う、うん
 「ほら、ココア淹れようか。たくさん話して喉乾いたでしょ。」

 話した縞斑は席を立ってキッチンへ歩いていく。
 慣れた様子で食器棚からふたつのマグカップを取り出した縞斑は自分のカップにコーヒーを注ぐと、神無のカップにココアの粉を入れた。
 牛乳を鍋で沸かしている間、湯でココアの粉を練りながら縞斑は考える。
 縞斑だってこの先、神無と同じことを絶対にやらないとは言い切れない。神無が自身の記憶を呼び起こすような事件に立ち会ったとき、神無にそれを共有することに躊躇いはあるだろう。
 とはいえ、ここで神無に強く伝えておかなければ、取り返しのつかない事故に繋がってからでは遅いのだ。
 今回の喧嘩に関しては、規模が大きいものの決して無意味なものではなかった。そう考える縞斑の耳に、ぱたぱたと廊下を歩く控えめな足音が響く。

 「ん神無ちゃん?」

 気配に顔を上げた縞斑が名前を呼べば、扉のそばで様子を伺うように足を止めていた神無がそろりとキッチンに立ち入った。
 警戒する子猫のようにそろそろと歩み寄る神無の様子を不思議に思った縞斑は首を傾げる。

 「もう少しかかるからリビングにいていいよ。」
 「……いい。」

 陽の落ちたキッチンは薄暗く肌寒い。暖房の効いたリビングで待っているよう声を掛ける縞斑だが、神無はふるりと首を横に振って彼の背にそっと擦り寄った。

 「へ、」

 何事かと固まる縞斑の背に額を預けた神無は、両手を伸ばして彼の腹に回すと更にきつく抱きついて沈黙する。

 「か神無ちゃん?」
 「ん?」
 「どうしたの?」
 「んーん……

 腹に回された少し冷たい手のひらを撫でながら声を掛ける縞斑だが、神無は曖昧な返事をするだけで離れる気配がない。
 ひとまず落としてしまわないようにマグカップをテーブルの上に避難させた縞斑は、神無が話す気になるまで気長に待とうと手を重ねて口を噤んだ。
 そうしてカップの湯で温められた縞斑の手のひらの熱が神無に移ったころ、彼は顔を埋めたままぽつりと呟く。

 「まだおこってる?」

 神無の言葉は予想外のもので、縞斑は目を瞬いて思わず黙り込んでしまった。その沈黙を不安に思った神無の手が震えていることに気がついた縞斑は、慌てて手を握り口を開く。

 「もう怒ってないよ。」
 「……そう?」

 自信のない様子でぎゅうと背中に抱きつく神無はどうやら、喧嘩は終わったものの縞斑がまだ怒っているのではないかと心配になったらしい。
 縞斑としては互いに話し合って解決したと考えていた上に、そもそも彼に対して怒りの感情を強く抱いていたわけではないのだが、神無はそう捉えていなかったのだろう。
 神無はきっと、仲直りの仕方を上手く覚えきれていないのだ。彼の境遇を思えばそれも納得で、縞斑は幼い子供のように寄り添ったまま離れようとしない彼に庇護欲を覚えて微笑む。

 「神無ちゃんそれ、今みたいに謝った後はいいけど、喧嘩中にするの禁止ね。」
 「ななんで」
 「可愛くて無条件に許したくなるから。」

 ぱちぱちと瞬きをする神無の腕が緩んだ隙をついて、体を反転させた縞斑は彼の体を正面から抱きしめる。
 僅かに冷えてしまった神無の肩を摩っていれば、驚いた様子で目を丸くしていた神無はやがて両手を伸ばして縞斑の背に腕を回した。

 「……なるほど?」
 「おいこら、今悪いこと覚えただろ。」
 「お、覚えてない覚えてない!」
 「ほんとに?」

 不安げな声色から打って変わって、縞斑の新しい弱点を見つけた様子の輝いた声を指摘すれば、神無は慌てて首を横に振る。
 ようやく神無はいつもの調子を取り戻したらしく、冗談の色を含む声を上げながら神無の肩口に縞斑が額を預けてみせれば、彼はくすぐったそうにくすくすと笑ってそれを受け入れた。
 顔を上げた神無の赤い目元を撫でた縞斑は、ふつふつと煮立ち始めた牛乳をコンロから外してカップに注ぐ。

 「ほら、泣き疲れたでしょ。今夜は甘いもの飲んで休もう。」
 「うん!」

 温かいココアを神無に渡してコーヒーのカップを手に取った縞斑は、空いた手を神無と絡めてリビングへ歩き出す。
 コーヒーは少しだけぬるくなってしまったけれど、代わりに伝わる恋人の温かな体温と笑顔があるなら、きっとそれで良いと思えた。



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