🐸さんと☀さんの甘いひと時(語弊あり)ほのぼのです。
ネタバレは特にありません。
@rikka_trpg801
ひみつの桃色時間
手のひらから溢れそうな丸い果実は、赤味がかったピンク色から明るい黄色へのグラデーションも美しい。産毛に覆われた表面はとろりと甘く匂い立つ。
割れ目に沿ってナイフの刃を入れれば、さらに強く香る。そのままぐるりと一周切れ目を入れて、帰代は一度ナイフを置いた。力加減に注意しつつ両手で果実を掴むと、瓶の蓋でも開けるかのように捻る。繊維の切れる感触と共に、丸い果実は半分に割れた。真ん中には大きな種が見える。
「おお~」
小さく感嘆するアキラの目の前で、果実が櫛切りにされていく。綺麗に八等分した後で、帰代は一つ一つ取り上げては皮を剥く。
端からゆっくりと持ち上げていけば、薄い皮はつるりと剥けた。皮には身が少しもついておらず、可食部を極限まで残している。
白い皿に乗せて爪楊枝を二本添えると、帰代はアキラの前に置いてやった。
「ほら、召し上がれ」
「サンキュー。じゃあ、いただきます」
シェアハウスで身についた習慣で手を合わせてから、アキラは爪楊枝で一切れ刺して口へ運んだ。
一口齧れば柔らかな果肉は容易く潰れ、果汁が口いっぱいに溢れ出す。それは酸味がなく、ひたすらに甘い。えぐみや青臭さの一切ない甘さが舌を蕩けさせ、喉を滑り落ちる瞬間に芳しい匂いが鼻から抜けて行く。
しっかりと余韻まで堪能してから、アキラは感動も露わに目を輝かせた。
「あっま……すごい美味いなこの桃。日本のフルーツはそれだけでスイーツになるらしいってコリーが言ってたけど、納得だわ」
少なくとも、アメリカ本国で同じクオリティのフルーツを手に入れるのは容易ではない。買えなくはないだろうが、おそろしく高価だろう。
帰代は自身も一切れ頬張ってから、満足げな息を吐いた。
「確かに美味い。この桃は当たりだな。言っておくが、これは贈答用だからそこらのスーパーで売ってる桃にこのレベルを求めるなよ?」
「こいつは特別ってことか?」
「ああ。所謂ブランドってやつだ」
帰代の職場で山分けされたそれは、上司が更に上から貰ったものだった。流石高級品はレベルが違うと、もうひと切れ手を着けつつ帰代は頷く。
自分の取り分を遠慮なく堪能し、アキラは文字通り桃色の吐息を零した。
「他の連中が知ったらうるさいだろうなぁ」
「だから二人きりの時を狙ったんだ。大き目とはいえ一個しかないからな」
甘いものに目がない神無あたりが知れば恨まれそうだが、そこは時の運だと諦めてもらう。知らせるつもりもないし、きちんと処理して証拠隠滅すれば気付かれないだろう。
「なんで俺だったわけ?」
「貰った翌日に非番だったからだ。あとはまあ、折角なら日本の旬を味わってもらいたかったからな」
完熟した桃は日持ちがしない。一晩冷蔵庫で冷やしたこの日が一番の食べ頃だったのだ。
これから日本は高温多湿のしんどい夏が本番を迎える。異国からやってきたアキラに、悪いイメージばかりを与えて終わるのは嫌だった。桃やスイカなど夏が旬の果物や、暑いからこそ余計に美味しく感じる冷やしそうめんなどもある。折角ならそちらも味わって欲しかったのだ。
「それにこれは初物だから縁起が良い」
「ハツモノってなんだ? それにエンギ?」
「旬の初めに出回る物を初物って言うんだ。それを食べると長生きするっていう言い伝え――伝統みたいなのがあるんだよ」
アキラはイマイチぴんと来ない様子だが、良いものらしいということだけ納得して「ふーん」と相槌を打つ。
「長生きか~百歳までとか?」
「いや、寿命が七十五日のびるらしい」
「日単位かよ!? ははっ、そりゃいいな!」
わざわざ大げさな効果を謳わないあたりが日本らしくて良いと、アキラは笑う。
いつの間にか皿の桃は最後の二切れになっており、アキラと帰代は同時にそれを取り上げた。
「じゃあ、俺たちのちょっとした長生きに乾杯ってことで」
アキラが桃をグラスに見立てて傾けたので、帰代も無言でそれに応じる。桃同士を軽く触れ合わせてから、甘い果汁の塊を飲み干した。
果実はなくなり、部屋には甘い香りだけが余韻として残っている。
「さて、俺は洗い物をするから換気を頼む」
「オーケー、あいつらが帰ってくる前に証拠隠滅しとかないとだもんな」
皿とナイフを手に帰代が立ち上がれば、アキラは窓へと向かった。芳醇な香りを消すのは惜しいが、匂いばかりで食べられない思いをさせる方が残酷だ。
水音を背に窓を開ければ、網戸越しに初夏の風が吹き込んでくる。微かに緑の匂いのするそれが、甘い余韻を爽やかに流していった。
(あとがき)
美味しい桃が食べたい。でも旬にはまだ早いので小説内で食べてもらいました。帰代さんなら綺麗に桃を剥いてくれるはず。