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子犬のマーキング

全体公開 神無三十一受け 14 41 4151文字
2024-06-05 16:53:13

カルみと
シナリオネタバレなし

 

 「なにこれ。」

 咎めるようなその声に、神無はひゅっと小さく息を呑む。縞斑が『これ』と言って忌々しげに見下ろした視線の先を辿れば、二の腕の内側に小さな鬱血痕を残す神無の腕があった。
 さっと神無から血の気が引く。みつかった、そう分かりやすく顔に書いて腕を振りほどこうとする神無だが、当然縞斑がそれを許すはずもない。

 「あの、やちがくて、」
 「何が違うっていうのかな?」

 逃れようとするその言動が気に食わない縞斑は、眉間に皺を寄せて更に神無を鋭い言葉で問い詰める。
 この数日、縞斑はやけによそよそしい振る舞いを見せる神無に違和感を抱いていた。
 風呂上がりもぴったりと締められた脱衣所の扉から始まった些細な変化はやがて、この季節にも関わらず長袖の寝間着に袖を通したり、極めつけには夜の誘いを拒絶するようになったのだ。
 神無は何かを隠しているに違いないと確信を持った縞斑はこの日、仕事終わりに約束を取り付けて家へと押し掛けたのである。
 縞斑を部屋に上げて油断した様子の彼を壁に追い詰めて、拒む隙を与えずに袖を捲ってみればこの始末だった。

 「これはなに?」
 「こ、これは……その、虫に」
 「虫に刺されましたなんて嘘が通用すると思われてたなんて、神無ちゃんの中で俺は随分と無能な奴だね。」
 「うぅ

 この後に及んでしどろもどろと言い逃れようとする神無に、どろどろとした嫉妬と独占欲が縞斑の心を満たしていく。
 長い時間をかけて絆し尽くし、外堀を固めて、ようやく手に入れた純真無垢な愛しい子を、どこぞの虫に横から攫われて味見されるなど堪ったものではない。
 
 「誰にされた?」
 「ひ、あのお、おこらないで、」
 「事情次第で怒りの矛先が向くのは、君じゃなくてそれを付けたクソ野郎だと思うけど。」

 合意なく奪われたのであれば、神無に一切の非は無いはずだ。そう考えて縞斑が怒りの矛先が別の場所へ向いていることを教えれば、神無は予想外にもますます顔を青ざめた。
 神無にとって、痕をつけた相手に縞斑の怒りが向くのは都合が悪いらしい。それはつまり、神無にとって相手は乱暴を強いた存在ではないということだ。
 人から向けられる愛情に誠実な神無が、自分を放って遊び歩く姿など想像もできない。
 いつのまに自分よりも大切に思う人ができたのだろうか。険しい顔で押し黙る縞斑を見上げた神無は、おろおろと今にも泣き出しそうな顔で言葉を探す。

 「あの、あのさ、先輩が思ってるようなことじゃなくて、もっとその、すごくしょうもないことで、」
 「恋人の腕にキスマークがついてる理由が、しょうもないこと?」
 「っや、そのそうじゃな、」

 光のない翡翠の瞳を見上げた神無は、自身の失言に気がついた様子でびくりと肩を震わせた。
 言い訳の言葉が出てこない神無が視線を逸らすこともできないまま黙りこくっていると、小さく舌を打った縞斑が彼の腕を掴む。

 「これが最後だ。誰にされた?」

 もしもこの問いに答えられなければ、縞斑は神無にも怒りの矛先を向けることだろう。
 縞斑に嫌われるのはいやだ。懸命に保身の道を探していた神無は、ついに観念した様子でぎゅっと目を閉じて俯いた。

 「じぶん、でつけまし、た……
 「………へ?」

 予想外の答えに間の抜けた声を漏らした縞斑の腕から力が抜ける。
 ずるずるとその場にへたり込んだ神無は、両手で赤い顔を必死に覆い隠した。それでも隠しきれない耳の端はリンゴのように赤く、神無が嘘を言ってるように思えない縞斑は思わず目を瞬く。

 「自分で?」
 「じぶんで……
 「つけた?」
 「つけた……
 「………なんで?」

 当然の疑問を受けた神無はうっと言葉を詰まらせるが、立ち塞がる縞斑の横を這って逃げ出したところで誤解されるだけだと諦めて口を開いた。

 「きになって、練習してみようって思ったんだけど……

 数日前、風呂に入っていた神無はふと鏡に映る自分の体を見て思ったのだ。
 キスマースとは一体、どうやって付けるものなのだろうか、と。
 肌を吸い上げてつくる鬱血痕であることは知識として理解しているし、実際に縞斑が自分を抱くときはいつだって肌の至る所にその痕が残されている。
 恋愛経験も性事情も中高生レベルのまま止まっている神無はいつも縞斑にリードされるばかりで、思えば彼の肌に痕をつけたことなど一度もなかった。
 次に誘われたときには自分から痕をつけてやろうと意気込んだ神無は、ふと自身の二の腕に視線を止めたのだ。
 練習するには丁度良い唇の届く範囲にあったその白い腕に、神無は試しにそっと噛みついた。
 
 「そしたら思った以上に、その……くっきりついちゃって、」

 縞斑が自分につけるときのように見様見真似で強く吸い上げて唇を離せば、そこには真っ赤な痕がぽつりとひとつ残されていたのだ。
 あまりにも生々しいそれを明るい風呂場で目にした神無は大いに焦り狼狽え、ひとまず痕が消えるまで縞斑に隠し通そうと決めたのである。

 「それだけ?」
 「それだけ、ほんとに

 経緯を聞き終えた縞斑の足から力が抜けた。思わず神無の前にしゃがみ込んだ彼は、深い深いため息をついてぐしゃりと自身の前髪を搔く。

 「しょーもな……怒った俺まで馬鹿みたい
 「だからそう言ったじゃん!!」

 緊張の糸が切れて気の抜けてしまった縞斑は、全てが自分の勘違いであったことを確かめて安堵のため息を吐いた。
 涙目で自身の羞恥的な記憶を語った神無は唇を尖らせているが、自分に大きな非があることを認めているらしく縞斑に強く言い返すつもりはない。

 「俺で試しなよ。」
 「だって、失敗したらかっこ悪いだろ。」
 「そんなことで笑わないって。」

 神無の赤い顔を見ていた縞斑は、彼が自分に痕をつけたいと思ってくれたことを改めて自覚して頬を緩める。
 熱を持つ火照った顔を腕で隠していた縞斑は、プライドが捨て切れない様子で抵抗する神無の前でシャツの襟を緩めた。

 「ほら、おいで。」

 陽の光をほとんど浴びていない白い肌には過去の傷跡が所々に残っているが、誰かに踏み荒らされた形跡はない。
 自分だけが踏むことを許されている事実に優越感を覚えた神無は、こくりと小さく唾を飲むと花に寄せられる蝶々のようにふらりと両手を伸ばした。
 
 「上手くつくかな
 「何度も同じ場所を吸うとかまぁ甘噛みくらいだったらしてもいいよ。どうせ神無ちゃんにしか見せないし。」
 「ういや、がんばってみる。」

 抱きしめあったまま呟いた神無は、おそるおそる縞斑の首筋を見下ろす。
 柔らかな自分の二の腕とは違う、たくましい首筋は凹凸があって上手く痕を付けられるだろうかと自信を失ってしまいそうだ。
 多少なら歯形を残しても構わないという縞斑だったが、これ以上の失態は耐え切れないと首を横に振った神無は思い切って縞斑の首筋へ唇を寄せた。

 「ん……っ、ん?んー?」
 「もう少し強くしてごらん。痛くないから。」

 そう言いながら宥めるようにぽんぽんと背を叩く縞斑に促された神無は、唇を首筋に上手く沿わせて吸い上げる。
 ちゅ、と控えめなリップ音が響くと同時に、縞斑が小さく肩を揺らした。痛かっただろうかと慌てる神無だが、頭を撫でる手のひらが変わらないことに安心を覚えた彼はぷはっと息継ぎをしてゆっくり唇を離す。
 少しだけ切れた息のまま縞斑の首筋を見下ろせば、そこにはぽつりと小さな赤い痕が残っていた。

 「!」
 「上手にできた?」
 「できた!できたできた!」
 「あはは、それならよかった。」

 恋人の肌にキスマークを残して無邪気な子供のようにはしゃぐ神無の姿を微笑ましく見上げていた縞斑は、それまで抱いていた嫉妬独占欲劣情その他諸々が浄化されていくような感覚を覚える。
 我ながら単純というべきか、それとも目の前の恋人の純真無垢さの賜物か。眩しげに目を細める縞斑の膝の上を陣取った神無は、尚も満足そうに痕を指で撫でている。

 「ご機嫌だね。」
 「だってさ、俺のって感じがするだろ?」

 とっておきのスイーツを頬張るよな声色でそう呟いた神無は、部屋の明かりに照らされたアメトリンの淡い瞳を蕩けさせた。
 それまで心底微笑ましく神無のことを見守っていた縞斑は、唐突に艶を纏ったその空気に思わず息を呑む。

 「あい、いや、先輩はもちろん先輩のものだよ!?誰のものでもないんだけど!」

 縞斑の反応を見て引かれたと勘違いしたらしい神無は、慌てて両手を振ると彼の上から降りようと腰を浮かせた。
 それを引き留めるように抱き寄せた縞斑は、風呂上がりの無防備に晒された首筋に唇を寄せる。

 「ひ、ッ」

 ちくりと刺すような痛みと同時に響いたリップ音に、神無は思わず小さく身を竦めて声を漏らした。
 唇をそっと離した彼は、確かめるように痕をつけた神無の首筋を何度も撫でる。火照った肌の中でもいっそう赤く主張をするその印は、縞斑の強い独占欲の表れだった。

 「せん……ぱい?」
 「んー?」
 「やなんか、いつもよりその、えろいなって……おもって

 薄暗いベッドの上で見るよりも鮮明な、自分を欲していることがありありと分かる恋人の姿に、神無は赤い顔を伏せて蚊の鳴くような声を上げる。
 一回り以上も歳の離れた恋人に熱心にマーキングをする自分の姿を少しだけおかしく思った縞斑は、そんな神無を抱きしめて笑った。

 「そっか。さすが天才、察しがいいね。」
 「え?」
 「今夜は覚悟しておいてよ。」
 「………え"?」

 幸いなことに明日は公休だ。夜更けまで神無のことを愛し尽くして、避けられていたこの数日を埋め合わせて貰わなければ気が済まない。
 だらだらと冷や汗を垂らす神無を逃がさないというように抱き抱えて、縞斑は楽しげに彼の唇に噛みついたのだった。




 


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