浪士組時代の土方と沖田。
@bbbcde519
「土方さん、あんたなんで俺を殺さないんですか」
唐突な言葉に思わず土方は振り返る。その拍子に盥の中身が跳ね返って水が膝にかかり、その冷たさに思わず顔を顰めた。
盥の前にしゃがみこんで着物を洗っていた土方には、縁側に立っている少年の足袋と長着の白さが目についた。沖田はいつもこざっぱりとした、例えるなら切り立ての白木のような身なりをしていて、土方はそれをなんとなく好ましく思っていた。だが先ほどその白木に試作品として松平から下賜されたバズーカで撃たれ、避けたはいいものの煤まみれになった。
だから土方は洗濯板を使いながら沖田の顔を思い浮かべて苛々していた。だがいざ本人に相対してみると毒気を抜かれてしまう。そんな土方の心中も知らず、少年はまっすぐこちらを見ている。
土方は腹に力を込めて怒気をかき集めた。
「お前そんなとこいるんだったら洗濯手伝えよ」
そう怒鳴りながらも土方はこの悪餓鬼に手伝わせる気など毛頭なかった。沖田に自分の着物を触らせるなんて、次の給金日まで稽古着で過ごすと決まったようなものだ。
我ながらみっともないと思うので言いたくはないが、土方の手の中にある黒い着物はほとんど文字通りの一張羅だった。近藤がごろつき共をまとめあげ土方が規律を作った浪士組はようよう形になってきてきたとはいえ、定まった俸禄が貰える身ではない。何か仕事があった時に出る給金ははっきり言って雀の涙である。この前初めてまとまった額の支度金が出たが、皆刀を贖うために使ってしまった。だから着物は江戸に上る時に持ってきた稽古着と普段着しかない。その普段着が汚されてしまった今、土方は襦袢姿である。近藤が着物を貸してやろうかと言ってきたが、近藤だって枚数を持っているわけではないので断った。報復に沖田のを奪ってやろうかとも思ったが丈がまったく足りない。
沖田は、つまらなさそうにあんた人の話聞けよ、会話が食い違ってらあと言った。
「会話してえなら真っ当なこと言え」
「真っ当じゃないですか。なんであんた俺を殺さねえんですか」
「どこがだよ。もちっときちんと説明しやがれ。なんで俺がおめーを殺すんだ」
お前は相変わらず訳わからねえよと土方は着物を日に透かして汚れの具合を確かめながら言った。
「俺はあんたの命を狙ってるんですぜ。真剣で切りつけてバズーカで撃ってるんだ」
処断するには十分な理由でしょうと沖田は言う。その声音にはなぜだか拗ねたような響きがあった。
「あんたにはその力があるでしょう、この前だって規律違反だかなんだかで二人も切腹させて。なんで俺は処分されないんでィ」
土方は呆れた。呆れついでに洗濯に見切りをつけて着物を盥から引き上げ、立ち上がった。布をきつく絞りながら沖田の方に向き直る。
「バカか。あのな、規律ってのは隊を統制するためのもんだ。近藤さんを中心に、浪士組が一つにまとまるために作ったんだ。俺に不都合な奴を消すためじゃねえ」
先の二人は攘夷浪士の間者だった。近藤さんに背いた。お前は違うだろうよ。お前は近藤さんを好きだろう。
沖田が近藤を慕う気持ちは、それこそ日は東から昇るとか、木の葉はいつか落ちるとかと同じで不変のものだと土方は思っている。近藤への敬愛という意味で二人は同志で、好きも嫌いもその内のことだ。
「お前がいくら俺を嫌いだろうが、もっと優先して排除すべき敵はたくさんいるんだよ」
ふうんと沖田は唇を引き結ぶ。その目には先ほどの険はなかったが、完全に得心したわけでもなさそうだった。
「確かに、俺が近藤さん裏切るなんてありえねえ」
「そうだろ」
今はそれで納めてあげまさァ、生意気なことを言って沖田は大きく伸びをした。
「じゃ、土方さんのことはずっと狙い続けていいんですよね」
「そうは言ってねえ。やめろ俺の服がなくなるだろ!」
「いい加減買いなせえ着た切り雀なんてみっともない。くっせえ煙草やめりゃ金も溜まるでしょうよ」
言い捨てると沖田はくるりと踵を返して縁側を駆け抜け、廊下の角の向こうに消えた。あまりにはやかったので、土方の目には白い風が吹き抜けていったように見えた。
取り残された土方はため息をつき、手元の着物を広げて物干し竿にかけた。日と風を受けてそよぐ着物の煤はもうほとんど目立たない。これからもこういうことが度々あるならば、やはり黒の方が便利かもしれない。そこまで考えて土方は思わず独りごちた。
「なんであいつの嫌がらせを前提に買わなきゃなんねえんだよ」
だが自分は次もおそらく墨色の着物を買うだろう。頭の中で金勘定をしながら土方は物干し竿に背を向けて歩き出した。
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後書き
土方さんが沖田くんにバズーカで撃たれたりなんだりされても結局許している理由、「総悟のことがかわいい」からなんだけど自分ではあんまり自覚してないんじゃないかなと思って書き始めた話でした。
土方さんは沖田総悟という弟分兼先輩みたいな少年のことをなんとなくかわいくて好ましいものと認識しているけど自分では意識してない。自分にとって沖田総悟がなんなのか深く考えたこともないしこの先一生自覚することもないかもしれない。もちろん沖田くんにはなんとなくかわいいと思ってることなんてミリも伝わってない。
自分でも土方さんと沖田くんをどうしたいのか分かってないのでカップリングのようなそうでないような話を書いています。