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能ある莫迦

全体公開 7 4306文字
2024-06-07 23:31:56
Posted by @uk_plus_



「だからって先生!越知は!越知はないと思います!」
「赤点取るわ課題忘れるわお前が悪いからなー越知は被害者だからなー」

たしかに赤点を取ったのは私で、今日の英語の課題を忘れたのも私だけども、だからって、だからってこれはあんまりだ。あの感情氷河期で有名なけれども何故だか女子人気があるらしい越知月光をサポート役に付けられたのだから。そう嘆いて、且つ固有名詞を挙げて抗議すると私の大きな声を受けた先生は至極呆れ顔でため息を吐いた。そして先生の隣に立つひとりの巨躯にぽつりと呟いたのだ。

「こんな調子だからな、越知、頼んだぞ

そんな声音に頬を膨らませる私とは対照的に、前髪に隠れて伺い知れない顔と涼しい立ち姿で越知はひとつ頷く。嗚呼いけ好かない。私はただただ、そう思うだけだった。

皆が皆散り散りになる放課された教室は思ったよりも空いており、私と越知だけが席に座り静かに向かい合っていた。ひどくつまらない気分の私は眼前に座する巨体をぼんやり見つつ「4DXかよ」などと出涸らしのような独言を内心呟く。それにほんのりと口の端だけで笑えば、割合目敏かったらしい越知がなんだと私を見やった。いいえ何もと返せば興味無さげに越知はすぐに私から顔を逸らす。いけ好かない奴め。そう本日二回目の腹底の悪態をついた時だ。先生から渡された英語の課題を、越知が私の目の前にどんと置いた。些かこれは、多くはないだろうか。その課題の山に対し眉を寄せた私は思わず喉奥から引きつった声を出してしまう。

「はー?今回の課題の3倍はあるんじゃ?なにこれ
「当然だろう」
「こんなの終わらないよぉ

げんなりする私の声色とは対照的に、越知の声音は冷徹で凪いでいる。そんな彼の声と態度により気力を削がれた私は、項垂れた首を持ち上げることすらできないでいた。

「やれば終わる」
「いや、それはそうなんですけど」
「口より手と頭を動かせ」

特段励ますわけでもない越知が、冷静な所作でまずはと言わんばかりに私の眼前にひとつの課題を差し出してくる。それを渋々受け取りながらぱらりとひとページを巻くって、私は何度目かわからないため息を吐いた。

「って言われてもなー!動かして意味ある頭があるならそもそもこうはなってないんですよねー!」
「集中しろ」
「おまけに集中するのも苦手ときたもんだ!」
「救いようがないな」
「でしょ!?私も常々そう思ってるんだよ~」
「それは、自覚的なのか?」
「え?自分が馬鹿であるってことに?」
いや、なんでもない」

とんとんと会話が進んでしまったことにまずさを感じたのか、それとも私の馬鹿さ加減に呆れたのか。首を振りながら話を終了させた越知は、私の手に在った課題を取って開き直し、静かに静かに書かれていることについて説明を始めた。


―――――――――――――――――――――


喧騒が遠くにある教室。紙上に印刷された文字を追っているはずなのに滑ってしまう目は、つまり私が目の前の問題にどれだけ興味がないかの指標だ。詰まりそうな息を吐き出して、というかさ、と私が声を出せば何事かと越知も顔を上げた。

「私はさ、わからないなってのはわかるわけ。わからないっていう答えに納得してるってわけ」
「それは問題の解決にはなってないだろう」
「得手不得手ってあるでしょ、それなのそれ!ね?一理あるでしょ!?」
それは恐らく一理というより一義のほうがらしいかと思うが」
「あ!あんた今心底私のこと馬鹿だと思ったでしょ?」
「思っていないが赤点を取るほどであるとは思っている」
「おい」

そんな越知の鋭利な切り返しに思わず声を出せば、もう一度問題を読めと強めに言われてしまい、私は顔を顰めて紙上に視線を移した。いけ好かない奴だ。


―――――――――――――――――――――


苦手なタイプの問題がやってきた折、私の鼓膜にやけに大きく筆記具と紙が擦れる音が響いた。そうして私はふと気付く。

「あと、なんかこう、紙にペン走らせてる音、苦手」
「そうか」
「ずっとこう、背中から迫られてるような感じがして、苦手」
「いずれ慣れる」
「いずれが来なくて現在高校生やってるの、致命的じゃない?」
「受験生としては大問題だろうな」
「でしょ!」
「威張れることではない」
「い、いばってないよ!だ、だよね~ってしたかった」
そうか」

真面目な返答をされ、案外と受けたダメージが大きくなった私が狼狽した声を出すと、眼前の越知は少しだけ意外そうな声色を返してきた。全く、失礼な奴だ。


―――――――――――――――――――――


ぺらりと次のページを捲って、ぱちんと私の気力が爆ぜる。

「えええええええあとどれくらい!?半分!?半分いった!?」
「あと少しで半分だ」
「もおおおおおえらいよね?充分えらいよね?もう帰っていい?」
「だめだ」
「語気が強いんだなぁもぉおお!」

疲労と比例して騒がしい私への正しい応対を理解し始めたのか、越知は間髪入れずに返答する。伺い知れない前髪は相変わらずだったが、一文字に結ばれた口元が何か言いたげなのは私でもわかった。それは何故だか、あまり悪い気のしないものだった。


―――――――――――――――――――――


陽はとっくに暮れてしまったので、越知がパチリと灯りを点けに行く。

越知」
「なんだ」
「関係ないのに巻き込んじゃってごめんね」
「別段、問題ない」
「だとしてもさ、先生横暴じゃん。自分が時間取れないからってさ、越知に押し付けるの」
「たまたまだ」
「そーんなわけなくない!?絶対越知の英語の成績がいいからじゃんね」
「だからこそ適任だと思ったんだろう」
「あとあれか、あれ、圧がすごいから!圧がさぁ!存在が圧!」
次は解説無しで解いてみるか?」
「ごめんなさいごめん嘘です嘘教えてください」

私も私で彼に対しての応対を理解し始めたのかもしれない。いつも通りの“適当”で煽れば、越知から結構な視線を感じたので素直に謝罪することにした。蛇に睨まれた蛙の気持ち、今の私なら一番わかるだろうなと思った。


―――――――――――――――――――――


酸欠。貧血。低血糖。脳が焼き切れそうになっている気がした。

「もー無理だよ越知、私もー無理できない、無理
「問題を読め」
「やだー!できないよー!やだー!」
「できないかどうかはやってみてから決めろ」
「いいや!やらなくてもわかるね!私の嗅覚が言ってる、こいつぁできないってな!」
「胸を張れることではないぞ」
「わかってるよぉ!いっそ一思いにやっておくれよぉ!」
あと、少しだけ頑張れ」

凡そ高校生とは思えない駄々を捏ねて顔を顰めていると、まるでそっとそばに置くような越知の言葉が聞こえる。

全てを片付けたら」
「ん?」
「無事に終えたら、好きなものを奢ってやる」
「まっじで!?」
「ああ」
「男に二言はないんだよね!?」
「ないな」
「よーっし!待ってろ焼肉!」
「他のものにしろ」
「おっと越知くんや、それは二言だよ!今日の傷は肉でなきゃ癒えないね!」
「そこまで深手だっただろうか」
「そりゃね、越知に死ぬほど抉られたので」
「俺のせいなのか?」
「そうだよ!だから越知も一緒に行くよ。越知の金でな!」
「調子に乗るな、さっさと済ませろ」
「はーい!」

提示された成功報酬のお陰で急激にテンションを上げた私を見た越知は、どこか柔らかげにため息を吐いた。今はもうただ私は、解放された後の楽しみについてばかり考えた。越知は何を食べるかなあ。


―――――――――――――――――――――


課題を放り投げるように職員室にいた先生へと投げつけ、そして脱兎の如く昇降口まで私と越知は向かった。

「あ~~とんでもなく疲れた~。これは絶対にカルビ」
「本気なのか」
「当たり前でしょ!女に二言はないからね」
「あってくれ」
「もーこれは打ち上げレベルだね、打ち上げ!」
「自然的な流れを取るな」

一時間と一寸で慣れてしまった越知に対しての問答は、私にとってなんだか心地の良いものだった。対する越知もそうなのだろうか、端的な言葉に少しだけ、少しだけ感情が見える気がする。

「いやまぁでも、ほんと、越知ありがとね、助かったよ」
「役に立てたのならそれでいい」
「っていうかさ、越知、先生とか向いてるんじゃない?」
は?」
「だってすごいわかりやすかったし、先生とポジション変わった方がいいくらいだよ!」
「先生が聞いたら泣くぞ」
「いや冗談抜きでね。越知先生、ほら、ぽくない?」
……興味はない」
「なんでぇ?」
「俺には、向かない」

素直な感謝と素直に思ったことを伝えれば、越知は心底理解出来なさそうに声をあげる。そしてほんのり声のトーンを落として、否定した。

「できないかどうかは、やってみてから決めるんじゃないのぉ?」
「お前は
「自分で言っといてさぁ越知ってば」
「余計なことにだけ記憶力がいいな」
「能ある馬鹿は爪を隠すんですよ」
「鷹だろう」
「私は馬鹿だからこれで合ってるの」

上手いこと言ったでしょと大笑いした私に、越知はきっと、多分、恐らく口角を少しだけ上げて馬鹿だな、と笑った。

「ってことで、奢りの件は別の機会でいいからさ、お礼として私が奢るね!」
「いいのか?」
「別の機会には絶対よ!昼にアイスでも買ってくれ~」
「急に安くなったな」
「あ、でも高いやつね、めっちゃ高いやつ!」
「覚えておこう」

下足入れから取り出したくたくたのスニーカーを雑に放って鼻歌なんかを歌いながらいそいそ私が準備していると、越知がふと私の方を向く。

「それよりも、手持ちはあるのか」

それは高校生の私たちにとっては至極真っ当な心配のご意見だ。しかしそれに対して私は自信満々にこう答えた。

「お安い御用さ!ここしばらく死ぬほどバイト入ってたからね!テストも課題も終わるほどに!」
そういうことか」

越知が能ある莫迦、と小さく呟くのだった。




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