@shalnadia
【1】
「ついに着いたのう……!」
「長い旅だったね……」
「まさか再びこの地を踏むことになるとは……」
思い付きで極東の地を目指し、旅をしてきた憑の魔王と水禍の勇者。
新たに加わったナグモこと春風 無雲とともに、陸や海を渡ってきた。
およそ一年をかけ、ついに極東のこの地に辿り着いたのであった。
着いた場所は小さな漁村。周囲の漁師たちがチラチラとこちらを見ている。
道中していた、いかにも成金といった格好は止め、道中得た極東の国のちょっと西の国を着ているせいだろうか。
「さて、主。改めてこの国のつくりについて話させてもらおう」
「うむ。国民の意識に国という大きなくくりはなく、小国が集まっているだけ…だったか」
「そうだ。一応、首都と呼べる場所はあるが、全域を一人の政府が統一しているわけではない……らしい」
「らしい?」
「元々よくわかっていなかったし、行って帰ってきている間に国の在り方が変わった可能性もある」
「なるほどのう」
「もし元のままなら……国と国とが戦争をしている可能性がある。旅人には向かぬかもしれん」
「なんじゃ、思ったより好戦的な人々なのか?」
「ああ、特にこの南部の人々は好戦的で知られている」
暇そうな水禍の勇者は漁師に話しかけていた。そしてなんだかんだと釣竿を借りていた。
「あと……この国には「妖怪」という、独自の……西の基準から言えば、魔族、が住んでいる」
「ほう。そやつらは好戦的なのか?」
「色々だ。人に幸せを与える妖怪もいれば、認識しただけで殺しに来る妖怪もいる」
「なにそれこわい。まあ、人間もヨーカイも、殴り返せばよいのじゃろう?」
「それは、そうかもしれぬが……」
遠くで水禍の勇者が手を振っている。どうやら無事釣れたらしい。
近付いてみれば、漁師が手早く魚をさばいている。
「お刺身にしてくれるんだって。僕も食べるのは久々だよ」
「こ、これが書で読んだ、海の魚を生食する文化か…」
「おお、うまそうだ。主は醤油の実物も初めてか?」
「そうじゃな、塩と豆で作ったソースだったか」
刺身を肝醤油でいただく憑の魔王。警戒して口に運んだが、すぐに顔がほころぶ。
「うむ、いけるではないか♪」
やいのやいの。漁師に礼を告げ、漁村を後にする一行であった。
【2】
南から、各国を巡り、東へ北へ。
思ったより治安は安定しているのか、旅人の姿もよく見かけた。
各国のうまいものを食べ、飲み、建築を見て、書を買い、宿に泊まり、人々と交流する。
そして、その度に感じていた。書館の勇者の図書館で読んだ書の、あまりの完成度の高さを。
記述も挿絵もまさに完璧。殆どかの書の確認作業かのようだった。もっとも、それをしにきたのだが。
諸国を漫遊するうち、三人はある場所へ通りがかった。
「主、少し道を反れるがいいだろうか。この近くには故郷があるのだ」
「おお、そうなのか。それは行くべきじゃな」
殆ど獣道の山への道を進み、藪をかき分け進んでいく。……ナグモの顔に、焦りが浮かぶ。
「……おかしい。隠れ里ではあったが、ここまで……?」
やがて、開けた場所に出た。何かが燃え、すっかり朽ちている。
「……そうか。あの後、里は滅んでいたのか……わたしは、守れなかったのか……」
「ナグモ…」
「……戻ろう」
来た道を引き返し、近くにあった茶店に入る。その足は重い。
出迎えたのは、一人の老婆であった。曲がった腰が、その年月を思わせる。
「おやおや、いらっしゃいませ。若いお嬢さんの旅人なんて珍し……!?」
老婆が手に持っていた盆を取り落とした。そして、その目には涙がにじみだした。
「あ、ああ、まさか、そんなはずは……」
「ご婦人、どうなされた……?」
「もし、あなた、春風 無雲という名ではありませんか……」
「うん?そうだが……知り合いだっただろうか?」
「私は……私は春風 紅葉……貴女の末の妹です……」
「馬鹿な!?紅葉は5つだったはずだぞ!?」
泣き崩れた老婆を座らせ、話を聞く三人。
「あの日……姉様は里を襲ってきた、妖怪ではない魔族に対抗するため打って出て……討ち死になさったと……」
「ああ、そうだ。結果的に今は生きているが……」
「そして、そのまま里は焼かれました。多くの死者が出ました。その中には、野花姉様が……」
「……そうか。野花も、死んでいたか」
「いえ……ついぞ死体は見つかりませんでした。野花姉様は弔えてもおりませぬ……」
再び泣き出した老婆を慰めるナグモを見ながら、憑の魔王と水禍の勇者は考える。
「…どこかで、時間がねじれている?」
「ルース、一回セレニタに帰ろう。それで何もなければ、ねじれたのはナグモの方だ」
「そうじゃな…」
聖界に正確な時計はない。また、各魔王の魔界は聖界と時の流れが異なっている事も多い。
なお、憑の魔王の魔界は聖界と時の流れが同じである。
「ナグモよ。妹御と少し話しているがいい。我らは少し席を外す」
「ああ、すまない。わたしも混乱している……」
ゲートを作成し、憑の魔王の世界、そして帰り用に開いてあるセレニタ国付近へのゲートに。
詳しく確認するまでもなく、一年と何か月かほどしか時は経っていないのがわかった。
再び【極東の国】へのゲートへ戻ってきても、やはり数時間ほどしか経っていないようだ。
「主、戻ったか。妹とも話せたし、里の皆を供養することも出来たよ」
ナグモは、思ったよりしゃんとしている。多少寂しげではあるが、それでもだ。
「……ひとの時の感覚ほど、不確かなものはないのだな」
「そうとも限らぬ。例えば、聖界と魔界の時の流れが同じとは限らないからな」
「そうなのか。わたしは魔族に拾われていた可能性もあるのだな……」
「…ナグモよ。我はこの旅で、汝が故郷に戻りたいというのならばそれでよいと思っている」
「今更そんなことを言うな、主。もうわたしにはお二人しかないよ」
「…わかった。こきつかってやるぞ、ナグモよ!」
「応!」
こうして三人は、改めて諸国漫遊の旅に戻るのであった。その胸に、言葉にし難い感情を持ちながら。
【3】
三人の諸国漫遊は、思ったより早く終わった。
今は、都と呼ばれる、有力国の首都に家を借りて住んでいる。
「いやあ、この符術というのは便利じゃのー。魔法の効果のある張り紙というだけですごいぞ」
「うん。消音の護符一枚で、家の中でどれだけ声を出しても周りにばれないもんね」
「だからといって、連日イチャイチャアンアンとしていていいわけでは……」
最近の三人の一日はこうだ。
憑の魔王、ルースは、私塾でこの国の魔法の体系を学んでいる。そして、色々な料理を学び、食べている。
ヒカリと偽名を名乗り、女性ものの質素な着物を着て、髪型もそれらしくまとめ、日々知識欲を満たしている。
水禍の勇者、サンディアは、自由に過ごしている。
釣りをしたり、剣術道場に通ったり、賭場に行ったり、妖怪と仲良くなったり。
男物の質素な着物こそ着ているが、やはり赤い髪は目立つのか、奇異の目は避けられていない。
最近の悩みは、成長痛が酷いことだ。この都に来てから食が豊富なせいか、背と胸の成長が著しい。
ナグモは、修練の日々だ。実践も交え、戦巫女らしい生活をしている。
ある意味もともとの生活ではある。それゆえ、特に変わったことはない。
そして、夜になれば、裸で愛しあう。最近は、ナグモも自然に混ざっている。
そんな、毎日が過ぎている。
「しかし、この都は…いや諸国そうだったが、食と性に奔放じゃよなあ」
「すっごい食べ物にこだわるよね。あと、何かと生が好き」
「風呂屋も平気で混浴じゃし、官能小説や春画なんてのもあるしのう」
「書物の体位やプレイはだいたい試したな……」
「男女だけじゃなくて同性のも色々あるの、本当にすごいよね」
「補助具、と言えるものもあるしのう。実に変態の国じゃ」
ふう、と、三人揃って溜息に似た息をつく。
「正直のう…素材を含めて文化じゃから、建築や料理を学んでも向こうで生かせないんじゃよな…」
「武術もな……向こうの剣とこちらの刀ではやはり動きが変わってくるからな……」
「ってなると、魔法の理論とか、そういう形のないものになってくるけど……」
「そんなもの、書で学べておったんじゃよなあ…」
「身になったの、ほとんどえっちの文化だけな気がしてきた」
「わたしも、淫乱女にされただけな気はしている……」
「してはおらぬぞ、素質があっただけじゃ」
「なっ……ぐぬぬ、否定できないのが嫌だ……」
「この旅、そしてこの滞在。とても興味深く、とても面白かった。そうはいえるんじゃが、なあ…」
はあ、と、三人揃って溜息をつく。その感情は、一種の諦念にも似ていた。
「……帰るか、セレニタに」
「そうだね……。あ、帰るなら外でシよ?」
「はは、いっそ見せつけてから帰るのもよいかもしれんな……」
ルースとサンディアの目が輝く。ナグモは、しまったというように口を押えた。
「まて、この家を引き払うのが先だ……いいな……?」
「やっぱり、すっかり僕らに染まりきってるよね」
「ぬあぁぁぁぁ!!」
その夜は外でシたし、借りていた家を引き払った日はわざと人に見つかるような場所でシた。
【4】
魔界経由で帰るなら、【極東の国】からセレニタ国へも数分だ。
大量のお土産を抱え、憑の魔王たちが(勝手に)聖界拠点にしているセレニタ国付近へと帰ってきた。
「さて…どうしたものじゃろうなあ…」
「極東式の家を建てて、水田作って、お米作る……なんて感じでもないもんね、僕たち」
「まあ……色々な経験は積めたわけじゃし……無駄ではなかろう、うん……」
「僕は楽しかったよ。道中も、諸国漫遊も、都での暮らしも」
「そうじゃな、楽しめたなら良かったよな、うむうむ」
知識とは持って嬉しいコレクションではない。生かし使うのが本懐である。
そんな簡単なことを、今更になって学んだ憑の魔王なのであった。
こうして、憑の魔王の東遊記は終わった。
今回の経験が今後生きるかは、女神や邪神であろうとわからないのであった。
【おしまい】