不老不死でもないのに傷が治る傭兵と、その運命を定めるクロートー。神話的かつちょいちょいフロムゲーっぽい。←
@azisaitsumuri
雨霰と降り注ぐ竜の息吹を一身に受ける小男をなじる。
「ばか!考え無しに突っ込むな!死ぬぞ!?」
囮なんてもんじゃない、炎の雹を小雨かのように受けながら剣を振り抜き、それでも堂々と自身を燃え上がらせるなんて、小さな火達磨どころか灰になりたいのか。たまたま行き合った旅人同士、少し歩みと宿を共にしたくらいで、小動物がヒーロー気取りを駆けるな。
「切り抜けるのに手を貸せくらい言えないんですか!」
小生意気な背中を慌てて追うために足を踏み出す。その時。
「必要ないわよ。」
ひやりとした吐息、炎を目前に尚余り有る冷たい気配は、とても地上の生気有るものとは思えない。ドラゴンを相手取れていないこの最悪の状況で新手とは、遂に天に見放されたか、笑えて来る。美女の姿を取るさまは、飛竜よりもやばい相手だと良く分かる。各々相手は違っても、どうせ共倒れか、思わず舌打ちが漏れる。
臨戦態勢を彼女に向け直す。言葉を発する相手が、言葉の通じる相手とは限らない。
「リッパー……」
背を向けた、小男の戦場から声が歩み寄る。ちょっと、あのクソトカゲはどうしたんです。
「必要ない……」
男は女と同じことを言った。何故どちらもわたしの邪魔をしようとするんだ苛々する。
未だ娘と対峙した儘のこちらに並び立つ姿は、あろうことか灰燼に崩れていた。
「な!?」
思わず驚愕に呻いた声は、背後からの獣の咆哮に掻き消された。後に地を鳴らす落下音。轟く炎はいつの間にか徐々に空気に沈んでいた。まさか、ドラゴンをたった一人で倒したのか?
それもそうだが、半分以上文字通り体を成していない男を見遣る。さらさらと舞う砂が風に靡いて……否、体に集まって元の姿を戻そうとしている。まさか。
「だから言ったでしょ?」
美しい微笑みが赤く弧を描く。
「クロートー、黙ってろ。」
彼女の名で嗜めた体は、横から中が除いていた舌と口内は頬が塞がり、引き摺っていた右脚は引っ付き、釦のように取れそうになっていた眼球は縫い合わせたように留まった。砂塵が纏わり付くさまは、どう見てもお迎えが来そうな神々しさすら在るのに、みるみるうちに元のいけ好かない男の姿を取り戻して行った。
「あら、ヒドいわ。リーズニング。」
「りーずにんぐ?おまえ、名前」
黙らない彼女にか、戻った体にか、一つ溜め息をついた男はこちらの疑問に、満足に戻った舌を回して答えた。
「おまえはリッパーを名乗れよ?」
名前を教えるな、か。と言うことは、この打っ切ら棒に告げる横顔は、推理の名を以てこの相手をしているのか。
それは、その名を用意するための契りを行ったことに成る。
「その体は外的要因では死なないわ。」
男をなじるために冷たく向けた視線を彼女に戻される。
「どんな痛みを伴っても、死の迎えは今ではないの。」
嫣然と笑む彼女は、それだけでも相当の苦痛だと乗せながらも、但しそれだけを相応として済む程甘い契約でも、相手でも無い筈だ。
「そう、但し、死ぬ時に全てがその身に降り掛かる。」
「なんですって」
彼女は最も美しく微笑んだ。剥がれた肌も、焼けた肉も、砕けた骨も、死ぬ時全てが返って来る、と。苦しんだ経験は今も味わった筈なのに、死ぬ時にまたやって来るらしい。迷惑なおかわりだ。
「きっと、髪の一本も、爪の一枚も、骨の一欠片も、塵程も残らないわねえ。」
とうとう声を上げて笑い出した彼女。
今度こそ男を見遣る。
じっとりとねめつけて遣れば、忌々しいことに渋々と言ったふうに口を開く。
「今死なないならそれで良い。どころか、体の代えが利くんだから、便利なもんだ。」
そんなわけあるか。肩を竦める男を見詰め続ける。彼女と契約した時が、どんな戦場だったか知らないけれど。
地上の者共は、残った遺体からその生き様を読む。だから、その血骨が、遺灰が、その人物を語る贈り物に成らないのだ。
「それではおまえを語る、おまえの形見が遺らない。」
「要らんだろ別に。」
「おまえが死んだ後、誰もおまえを覚えない。」
「覚えていてほしいと思わない。」
「世界におまえが還らない、ただ、消えるだけ。」
「それも有りだろ。」
「おまえに死に別れたわたしに逢いたくはないのですか。」
等間隔だった会話が途切れた。
形見の元にしか霊は立てない。誰も知らない悪夢に、誰も覚えていないのに逢いたいと思えるものか。
だから可笑しな契約なんぞごめんなのだ。
「その契約、半分持ちます。」
「あら。」
彼女に振り向く。
「おいっ!?」
喚く小男なんぞ、例え今は不死身でも敵ではないのだ。
それは当然彼女なら尚更で。
「私は構わないわよ?どれ程痛め付けたところで、最終的に死ぬのがたった一人じゃつまらないと思ってたのよね。」
貴方と契約したことを後悔しそうなところだったわ。にこりと彼女は微笑む。
契約成立。
「そうすば、互いに血の一滴くらいは遺るでしょう。」
これ迄にどれ程の負債を貰って来たのか知らないが。
「これからの分はありません。」
それは言い過ぎかも知れないが、この男には言い過ぎくらいでないと。
「ばか。考え無し。」
「おまえに言われたかありません。」
あーあ、可笑しな契約なんぞ、ほんとごめんだ。
女神の微笑みだけが、それを見ていた。