@SpaceIsVast16
Boogieは見てはいけない物を見たような顔をしてバッグにこもった。
あぁ、これが恐怖か。
呼吸が荒くなる。
心臓の鼓動が悲鳴を上げる。
「誰…?」
目の前にいる「怪物」の、そんな何でもない言葉でさえ、自分の命を奪おうとしてくる。
ぎし、ぎしとそれは僕に近づいてくる。
「…早く逃げテ…。」
TorielもBoogieも、服の裾を必死に引っ張っている。
逃げなきゃ。
それでも僕の足は動いてくれない。
底なし沼にとられたように。
-ふぅー…ふぅー…
その牙は僕の目の前に来た。
とうとう僕にその手は届く。
途端にその目は赤く爛々と光り、揺らめく。僕の頭からつま先までじーっと見つめる。
「た、助けて…。」
振り絞れたのはそんな情けない声だった。
「…家族…。」
彼女は僕を抱き上げた。僕が彼女を見下ろしたって、少しだって余裕なんて出ない。
彼女はすぅ、と息を呑んだ。
食べられる…。
「今日から君は私の家族だよ!よろしくね、我が子!」
…へっ?
その顔は恐ろしいとはかけ離れた、この屋敷を照らすくらいの明るい笑顔。
その声は淀んだ空気を晴らすくらいハキハキとした通る声。
何だこの人は。
「あの、食べないの…?」
「そんな事しないよ!私にモンスターを食べる趣味は無い!!」
「あっ、はい…。」
恐ろしいと聞いていたその「怪物」は、ただ嬉しそうに僕を高く高く持ち上げ、攻撃する素振りどころかそんな気配さえ無い。
「どうなってるの二人とも!?」
「知らなイ…、何が起こってるノ…。」
「私たちがいない間に彼女変わっちゃったみたいね…?いやでも暴れたって言ってたし…。」
Boogieはバッグに隠れたまま、Torielは口を手で覆い、目をぱちくりさせて答える。
拍子抜けしたのは確かだが、だからこそ余計に恐ろしく、体が強張る。
彼女もそれに気づいたようで、びくとも動かない人形をキッと睨む。
「ねえ!この子たちに何かしたの!?」
「…寝タ振リハ通ジマセンカ。」
「分かるよぉ!いつもよりニヤニヤ笑ってるし!!!」
「彼ラヲカラカッタダケ。貴方ヲ…、フフ…、怖ガッテタ…フッ…、ヨウデスノデッ…、ハハハ…。」
最高に面白いものを見たようにそこらを笑い転げている。何て腹立たしい…。
先程まで怒っていた彼女はバッと僕らの方を振り向くと、愕然とした表情を一瞬見せ、少しもじもじしながら喋り始めた。
「…えっと、名前は何かな?」
怖くないよと身を屈めて困り眉の笑顔を向ける。
「Asgore、ですけど…。」
「Asgore!?そんな、まさか…。いや、そのまさか!今日は良い日になるかも!!!見た目も似てる!!!」
「あ、あのー…。」
「あっ、ごめんね!私はUndyne、ここの管理人!怖がらせたのは申し訳ないな、最近、ちょっと…。色々あって…。でも、君が来てくれてハッピー!さ、手を出して!お家に行こう!」
彼女は僕に手を差し出した。怪しいものはあるように見えない。
それでも壁の形跡を見れば、油断させてから骨をボキボキと砕いてくる可能性も無くは無い。
「…手、出さないの…?」
彼女は僕の恐怖を見透かしたように静かに呟く。
「えっ…。」
「…何でぇ!?私何もしないよ!!!何も危ない物持ってないし…、私と安全な所に行こうよぉ…。」
「えぇー…。」
ボソッと溢したと思ったら今度は子どものように駄々をこねる。この情緒に正直追いつける気がしない…。
「どうしてぇ…?」
「いや、あの、もうちょっと屋敷を探検してからお家に行きたいな、って…。」
「そっか!それならお手手は繋がない方が良いね!じゃあ私は先に行ってる!またね!!!」
そう言い残すと帰ってくれた。
いや、扉の向こうで心配そうに僕を見ている。
「本当に大丈夫?お手手繋ぐ?」
首の代わりに手を振ると目がにこっと笑い、床の軋む音が離れていった。
「…行っタ?」
「うん、あの人に嘘ついちゃったのはちょっと心苦しいけど…。」
「Gorey本当優しいわねぇ…。」
「お人好しの間違いでショ。あと僕の名前聞いてなイ。ちょっと悲しイ。いるだけじゃン…。」
「ねぇ。」
「あの人って本当に恐ろしいの?」
「…うン。でも今日は機嫌良さそウ。」
「じゃあこのチャンスを逃す手は無いね。」
少しホッとした息をついて、僕らは次の部屋に足を踏み入れた。
-
「…Asgore…。フム、中々ドウシテコンナ偶然…。シカシ、ソレデモ他ヨリ命ガ多少伸ビルダケノコト。」
「イエ、ソウデアッテハナラナイ。ソウデアッテハ面白クナイ。少シ遊ブトシマショウ。退屈デスシ。」
-
「うわぁ、長ーい廊下だ…。」
その突き当たりなど遠く見えないほどに長い廊下がそこにはあった。
ここのカーペットは妙なことに、真っ直ぐで良いものを、そうではなく曲がりくねった形のものがわざわざ敷いてある。
「何なんだろう、この独特なセンスのカーペット。」
「カーペットには穴が空いてないかラ、この通りに通っテってことじゃなイ?」
「そうかな…、そうかも?」
こんな変な形のものを敷く理由は大概そんなものだろう。それが示す通りの道を進み始めた。
ギッ、ギッ…
ギッ、ギシッ…
ギシッ、バキッ!
「あっ…。」
カーペットの上が安全だと思ってた。むしろ逆だ。カーペットのせいで床の壊れ方が見えなくなって、僕の視点は上から下へスッと落ちた。
反射的にまだ壊れていない所にしがみついたは良いが、いつ壊れるか分からない。
地に足がつかない感覚がこんなに怖いなんて。
「Gorey…、Gorey…。」
Torielはパニックになって僕の手を掴もうとするが、残念ながらするすると空を掴む。
「あぁもウ…、どこもかしこもボロボロで僕らを支えられるようなものがどこにも無イ…。」
「僕らこんなにあっさり終わっちゃうの…?嫌だ…、嫌だ…。」
少しだけ喉が酸っぱくなる。
視界も滲んできた。
「あ!やっぱり!だからお手手繋ごうって言ったのにー!」
この屋敷を踏みしめるには似つかわしくない、ダム、ダム、という音が近づいてくる。
その音が僕の手をひょいと掴むと、Undyneの顔が目の前にあった。
「そういえばここのパズル難しかったから待ってたんだけど、良かった!助けに来たよ、我が子!」
会ってから数十分も空いてないのに、その笑顔に感じるのは恐怖ではなく頼もしさだった。
「ありがとぉぉ…。」
「んふー、何てったって私はお母さんだよ?我が子を守るのは当然のこと!」
ちらとBoogieが目に入った。何となく引いているような気がする。
「ここから先はトゲトゲパズルだよ!下手したら死ぬから私と一緒に行こ!」
Undyneは僕をお姫様抱っこして運ぶ。感じたのは久しぶりの殺気だった。
「…チッ…。」
「顔怖いよ、Toriel…。」
それをつゆ知らず、彼女はひょいひょいと的確に足を運び、トゲトゲパズルにたどり着いた。
「…ねぇ、さっきのカーペットって何だったの?」
「ん、あのカーペットはここの答えなんだよ!そうでもないとあんな変なの敷かないよ?」
「そっか…。」
何かを察したのか、あんなの分からないよねと笑い、僕の頭を撫でてくれた。
やっぱり、僕には彼女の噂の所以は分からない。
いずれそれが分かる時が来ても、この人はきっと僕らの思っているような人ではない。
行動だけで人は分かるものじゃない、二人がそうだったから。
「着いたよ!」
気づけば鋭利な棘など、僕の周りのどこにもなかった。考え事に夢中になっていたらしい。
「あれ、まだ私と一緒にいたい?私は歓迎だよ!」
「いや、いや。ありがとうUndyne。助けてくれて…。」
「私は母として当たり前のことをしただけ!あ、そうだ!」
腰元をがさごそと漁ると、大型の携帯電話が出てきた。
「助けが欲しかったらいつでもこれで連絡してね!」
僕の頭をぽふぽふとまた撫でると、寂しくなった手をそわそわ動かしながら今度は本当に帰って行った。
「凄いわねこれ。この携帯電話だいぶ旧式よ?」
「…こレ…、いや、違うカ…。」
「一応連絡先も見とこうかな。」
携帯の連絡先を見てみると確かにUndyneはそこにあった。本人のものというより、固定電話だろうか?
ただ、見たこと無い名前もあった。
* Blooky
どれもこれも、ずっと昔の発信が最後だった。
「…どうしたノ?」
「何でもないよ、ちょっと操作に手間取っただけ。」
目を横目に逸らしていると、ぽわぽわと光るものを見つけた。
何あれ。
ここには似つかわしくないくらいに明るい、インテリアではないみたいだ。
ふらふらと歩いて近づいてみると、ほんのり温かい。
-
何処かで音がしたような気がした。Undyneが暴れた音でも、携帯の通知でもない。
「Gorey、ねぇGoreyってば。」
「ん、あぁ。ちょっと耳鳴りかな…。」
「まぁこんな所にずっといたラ、少しはおかしくなるよネ。」
「あ、あっちにも行けるんだ、気分転換にちょっと寄り道してこ!」
何か誤魔化さなければいけないような、触れてはいけないような気がして、話題を逸らす。
彼女が向かった方の真反対の扉を開けると、山盛りの飴があった。
ぐうぅ…
さっきから色々あり過ぎて、お腹も疲れてあくびをしてるみたい。
「あらあら、お疲れみたいねGorey。ふふ…。このボウルにも『いっぱい食べてね』って書いてあるし、いくらか貰いましょうか。」
「君の身長じゃ届かなさそうだシ、僕が持ち上げてあげル。」
「ありがとうBoogie。でも遠回しにチビって言わないで?」
バッグをぼすっと置いて、ツルをぐるぐると巻いてもらって準備万端。
「一個、二個、三個、四個…。これでよし!」
「こら、Gorey。そんなに取ったらお行儀悪いわよ?」
そうだそうだと言わんばかりにボウルもグラグラ揺れている。
「違うよ!僕とTorielにBoogie、それとUndyneの分!皆んなに一個ずつだよ!」
僕がぷんすこ怒るとボウルは揺れるのを止めた。
「そろそろ疲れてきたんだけド。」
「あっ、ごめん!下ろして良いよ、お疲れ様のあめあげる!」
仕事のあとにはご褒美をあげなきゃね。Torielにも渡そうとしたけど、あいにく幽霊用のものではなかった。
「私は貴方の気持ちだけでお腹いっぱいよ。貴方が二個食べて良いわ。ありがとう、そして怒ってごめんなさいね、Gorey…。」
「良いよ、側から見たら欲張りだし…。ボウルも怒ってた。」
「貴方は本当に良い子ねぇ…。」
二人カラコロと音を鳴らし、Undyneの元へ行くことにした。
「そういえばここって枯葉の山が結構あるね。」
「多分雨漏りみたいな感じで枯葉が降ってくるんじゃなイ?」
「それくらいは地下世界ならあるわね。」
「あるんだ…。」
ズボッ…
「あっ、また!?」
落とし穴は2回目だが、いまだに慣れない。
どしんと尻餅をついたが、幸いここにも枯葉の山があった。地下世界の不思議に感謝だ。
ガサガサと降り、目の前の扉を潜ると先程の通路に出た。
落とし穴をよく見てみると、その周りは木材の色が少し濃くなっている。
しばしそれを凝視した後、腰を落ち着けられそうなくらいの石とボタン、壁にレバーがある部屋に出た。奥にはもう見慣れたトゲトゲがある。
「ここの床は頑丈そうね、アレくらいの石があって壊れてないんだもの!」
「そうだネ!ここのパズルは分かル?分からないなラ僕が教えてあげル!」
久しぶりに教えたがりのBoogieが見れて微笑ましい。Torielには口に人差し指を当てる仕草をして、僕はふるふると首を横に振った。
「よーシ、じゃああの石をボタンの所まで押すヨ!」
石の元に向かって押そうとするが、全然びくとも動きそうにない。
「仕方ないナ、一緒にやロ!」
「私も押すわね、形だけだけど…。」
「ありがと、二人とも!」
ズズズ、ズズ…
カチッ!
「あとはレバー引くだケ!簡単だネ!」
「Boogieは凄いわねぇ、力持ちだし賢い!」
「そうだね!」
ガシャン!
「次の部屋もこの調子で…、うわっ…。」
広い所へ出ると、先ほど見た床の色が一面に広がっていた。
「落とし穴しか無いじゃン!何こレ!?」
「いや、もう仕方ない!落ちよう!うん、多分慣れた!」
覚悟を決めて適当な場所に一歩踏み出した。
ズボッ!
「いやぁぁやっぱ慣れない!あっ、でも枯葉あるから痛くないや!」
ぼふっ
「あー、寧ろ楽しくなってきちゃった。まさか落とし穴にハマる日が来るなんて…。ん…、何あれ…?」
この屋敷の中で始めて見るものがある。
ざくざくと音を鳴らしてそれを拾うと、リボンだった。
* あかぐろいリボンを てにいれた…。
* はくじゃくないしをかんじる…。
「それ拾って何に使うノ?」
「何かお宝かなーって思っただけ!実際見かけないものだったし!」
葉っぱの無い道なりに進み、部屋に戻ろうとする
-途端に感じる違和感。
改めてその道を進んでみる。違和感が既視感に変わり、既視感は確信に変わった。
「これ、カーペットと同じだ。」
「つまりこの道が答えってこト?」
「多分…。」
「やってみましょう、当たったらいっぱい褒めるわよ!」
その道を頭に入れて、いざ実践。
するとギシッと鳴るだけで、真っ逆さまにはならない。
この調子で道なりに駆け抜けよう!
タッタッタッ…
危なげなく落とし穴のゾーンは抜けた。素敵なお祝いコースだ。
「やったぁゴール!」
「おめでとうGorey!何かお祝い出来る物は…」
「向こうにまた枯葉の山があるかラ、アレを紙吹雪みたいニ…。」
「良いね、それでお願い!」
Boogieが一際大きな山から枯葉を降らせる。気分はパーティー、ここから先も頑張れそうな気分になった。
段々とその山が崩れていく。
「えっ…。」
「えっ、どうしたのBoogie。」
山の方を向く。
体育座りをして、俯いている「何か」がそこから出てきた。
何も言わず、ただそこにいる。
「えっ、何このモンスター…。」
静かにそれはこっちを向くと立ち上がり、その顔が見えた。
それはさながら悪魔の顔。
その奥で眼光がキラリ光る。
「「「うわぁぁぁお化けぇぇぇ!!!」」」
「ひょわぁぁぁぁぁ!!!!」