@SpaceIsVast16
頭に鈍痛が走る。
誰かに思い切り殴りつけられたような痛みだ。
霞む視界の中に誰かがいる。手に持った得物を滅茶苦茶に振り回していたらしい。
僕の知らない誰かだ。真っ暗な空間の中、似つかわしくない顔で僕に向かって叫んでいる。
知らない?
違う。
あぁ、気にしないで。
恐らくこれから知ることになるだろう「誰か」。
君はきっと-。
-。
そこまで言いかけて、僕は目が覚めた。特段どこにも異常は無い。頭の痛みももちろん無い。
薄暗いせいで寝過ごしたような感覚に陥るが、視線を左に移すとスパゲティがランプの隣に置いてある。まだ湯気が出ている。
そういえば、僕はベッドに身を投げ出してそのままだったはず。なのにどうしてか僕には柔らかい布団が掛けられている。
もぞ、と動こうとするとどうにも身体が動かない。がっしりと掴まれている感覚だ。
あれ、と思い視線を反対に移すとUndyneが僕を抱きしめて眠っている。
思わず叫びそうになったが、咄嗟に口を押さえて事なきを得た。
「Boogie!何でこんなことになってるの!?」
ヒソヒソ声で叫ぶと、Boogieは少し羨ましそうにこちらを向いた。
彼の言うことによると、僕が寝てからしばらくは何も無かったらしい。外でバタバタと音が鳴っている以外は。
その音が止んでまたしばらくすると、彼女がスパゲティを置きに来た。
しかしすぐに去ることは無く、じっと凝視していたという。
「…ケガさせるつもリ?」と聞くと、あのはっちゃけたようなテンションではなく、静かに「そんな事、二度としないよ。」と呟いたと。
そこから彼女は片手で僕を抱き抱えて布団に入り、そこからあまり時間の立たないうちに僕が起きて現在らしい。
「…まぁケガしなくて良かったヨ。」
「私はUndyneにケガさせてやりたいけどね…。」
「ふふ、僕は二人が一番好きだから安心して?取り敢えずUndyneを起こさないと…。」
彼女の頬をぷに、と突っつくと案外すぐに目を覚ました。僕にあの時とは少し違う困り眉の笑顔を向けて。
「…ごめんね我が子、寝苦しかったかな?」
「全然。ちょっと夢を見ただけ。」
「ふふ、そっかそっかぁ。ちょっと腕どけるね。動けなかったでしょ?」
「じゃあ、私は向こうで本でも読んでくるね。」
まるで別人のように落ち着き払っている。でも、頭を撫でるその感覚は何一つとして変わっていない。
* トマトスパゲティを てにいれた。
「…Undyne、今なら外に出ても何も言わない気がするのだけど違うのかしら。」
「ねぇ。」
「何かしら、Gorey?」
「僕は知りたいことがあるんだ。だから、もう少し付き合って。」
「貴方の頼みならいくらでも、どこへでも。」
「…知ってタ。ずっと考え事してるんだもノ。」
「ありがとう。じゃあ…。」
カチャ、と静かに戸を開けて隣の部屋に入った。おおよそここがUndyneの部屋なはず。
「…うわ。」
思わず声が出たのは感嘆とかではない。
壁の至る所にヒビ割れが、拳を打ちつけた跡があるボロボロの部屋。
ただ、その壁以外は綺麗に整頓されたアンバランスな部屋。
机には光に照らされた日記と、電話があった。
「日記、私もつけてたわね。三日で飽きちゃったけど。」
「結構汚れてるネ。インク溢したのかナ。」
ぴらと開いた瞬間、ばん、と閉めたくなった。
ページが真っ黒だ。塗りつぶされているのではなく、「文字を何個も重ねて書いた結果」真っ黒なのである。
「うぇっ…、何…、こレ…。」
目を逸らしたい気持ちを抑えて、ぱらり、ぱらり黒い紙をめくっていく。
すると、とあるタイミングで一言だけ書いてあった。
「もどりたい」
震える文字で、今までのページからは考えられないほど小さく。
そこからまた進むと、整った文章があった。次のページにインクが移ってしまって、少しお茶目だ。
-
今日は素敵なサプライズがあった。
地上から可愛い可愛い坊やが落ちてきたのだ。
なんと名前はAsgoreで、見た目からして歳はBlookyに近い。
-
そこから先は、何だか鼻の奥が痛くなって読めなかった。
ぱたりと閉じて電話を手に取る。
連絡先にはやはりBlookyがいた。次に履歴を調べると、Blookyが一番上に来た。
その履歴は-。
電話の画面から目を離して、少し呆然と立ち尽くした。
「やっぱりUndyne、思ってたような人じゃないよ。」
「…そっ、カ…。」
バレないように調べたものを元の場所に戻して、何事もなかったような顔でUndyneの元に向かった。
「ん、どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「違うよー。聞きたいことが一つあって…。」
「服はボロボロだけど、マントだけ綺麗だなーって。」
「あぁ、これ…。これはね、私が昔仕えた人に貰った大切な、大切な物なんだ。だから綺麗に、丁寧に触るし扱うんだよ。」
手のひらでそっと撫でるように触れると、ニコッと笑った。
こんな優しい人だけれど、言わなければ。僕には目的があるのだ。
歯をぎり、と噛み締めて僕は口を開いた。
「あ、この本の中身見た?ダメだよ、この本は君には刺激が強過ぎるから-」
「あの、僕、地上に出たい、んです…。」
その言葉の後に続いたのは、ごとっ、という音。
その後は暖炉のパチパチという音だけがただ鳴る。
僕は玄関の正面にある地下への階段へ走り出した。
あの顔が離れない。
けれど振り切らねば僕の目的は果たせない。
長い廊下を経て、出口であろう一際大きなドアにたどり着いた。
ドアノブに手をかけ、回す。
開かない。
「え-。」
その驚きの声が終わる前に、僕は先ほど通ったはずの廊下の壁に吹っ飛ばされた。
「いっ、たぁ…!?」
「やっぱりUndyneヤバい人よ、思ってた人じゃないってどういう事よGorey!?」
「…だいぶまずいネ…。」
立ち上がったは良いが、凍ったように足が動かない。
Undyneは最初の頃みたいに、表情がよく分からないまま槍を持ってこちらに歩いてくる。
思い切り振りかぶり、投擲されたそれは僕の喉笛へ確実に近づく。
せめて痛みを感じないようにぎゅっと目を瞑る。
「Undyne…、僕は君に会えて…」
「何勝手ニ辞世ノ句ヲ読ンデルンデスカ。」
「「「はっ!?」」」
聞き覚えのある声に目を開けると、いたのはあの腹立たしいマネキン。え、何で、どこから?
「私、コウ見エテ武闘派ナンデス、ヨッ!」
ぐぐ、と身体を捻って飛び上がったと思うと、カキンと音がして槍が跳ね返った。
「…邪魔しないでよ…。」
「何ヲ言ウ、私ハUndyneノ味方デス。タダ、ソウデスネェ。」
少し考え込むとそれは笑う。
「貴方ノヨウナ恐ロシイ人、私ノ知リ合イニハイマセン。」
怪物はぴく、と動くと、頭を押さえ始めた。
「貴方、手、出セマスカ?」
「えっ、あぁ…。」
足以外はどうやら融通がきくらしい、言われた通り手を差し出すと、ガコンと余分な頭から槍が出てきた。
「君ビックリシステムすぎなイ?」
「私、観察ガ趣味デシテネ。面白ソウナノハ真似シタクナルンデス。マネキンダケニ。」
「ふふ…、私は好きよ?」
「ボコリングサレテル間、彼女観察シマシタ。コノ槍ハソノコピー。ホボ完璧ナハズ。」
「じゃあ、身体が動かないのは…。」
「焦リ過ギテ、タマシイ見テナイデスネ。」
はっとして見ると、タマシイがいつもの赤色ではなく緑色になっていた。
「ソレハ彼女ノオリジナル。食ラウト足ガ固マリマス。シカシ-。」
僕に向けたのはあの趣味の悪い顔だ。
「コノ状況ヲ打破出来ルノハ、『Undyne』ヲ知ロウトシタ貴方ノミ。…彼女ヲ頼ミマス。」
「もちろん、ありがとう。」
その鼻先にコツンと拳を当てると、瞬きした後には消えていた。
風が吹き荒れる。
どうやら彼女は立て直し、僕を見据えているようだ。
「…来て、Undyne。」
「防げない分は僕がやル。君はまず慣れテ。」
Boogieは自分が腕のように扱う葉を盾の如く大きくする。
「…私は…。」
「そこにいるだけで支えになるよ、Toriel。」
「…貴方らしいわね、Gorey。」
その声に呼応したのかUndyneは魔法の槍を大量に作った。
その光が彼女の影を一層暗く、深いものにしていく。
指をくい、とこちらに指すと複数本が飛んできた。その軌道はそれぞれ違う。
「これで受け流せってことだよね…、よし!」
ちょうど良く僕の持つ槍の正面に攻撃が来る。
ガキンと音がして跳ね返せたは良いが、一つの攻撃が重く手が痺れる。
-防げなければ死ぬ。
細い腕に無理を言わせて槍を操った。
「結構痛いネこレ…。」
「嫌な時は逃げるんじゃなかった?」
「言ったっけそんなこト!」
彼女は攻撃の手を止めない。
先ほどのは小手調べだと言わんばかりに、容赦無く槍を飛ばしてくる。
右、左、前、左…
タイミングがずれているせいか目で追うのも疲れる…!
ガキン、ガキン、ガキン…
でも何とか攻撃を捌けている、行ける-。
そんな慢心に飛び込んできたのは、不意の見逃した槍だった。
「やばイ…!」
Boogieがいて尚死角を縫った槍は僕のタマシイを貫かんと狙う。
「…うぅ゛!」
途端彼女は唸り、それは僕の頬を掠り過ぎ去る。
血がつー、と流れた。
「Gorey、大丈夫!?」
「痛…、けど、大丈夫。安心して。」
「あ、あぁ…、わ、が子…。」
ふらりこちらに踏み出そうとした彼女は、ぶんぶん首を横に振り、その場に留まった。
代わりに息を大量に吸って、慟哭。
「お願いだから家に居てよ!!!!我が子だって怪我したくないでしょ!!!!!」
初めてその顔が見えた。怒ってはいた。しかしその声は怒声ではなく悲鳴に近いものだった。
さっきまでの落ち着きなど欠片も無い、余裕の無いその声は本心だろう。今の彼女の望みはただそれだけ。
僕はそれでも首を横に振る。僕とUndyneの目的は苦しいくらい相容れない。
それを見たUndyneは残りの槍を全部放とうと構え、でもあまりに慈悲深い目で僕を見つめる。
僕は覚悟を決めてACTを開く。
「お家に戻ってよ…。」
僕は首を横に振った。
「もうこんな事したくないよ…。」
僕は首を横に振った。
「言う事聞いてよぉ…。」
僕は首を横に振った。
「どうして私から離れようとするのぉ…?」
肩を震わし、より強く首を横に振った。
どうしようもない、と彼女は髪を荒々しく掻き乱し、せっかく出した槍も消滅させ、その手に鎌を持った。
「出来ればこれは使いたくなかったんだけどね…!!!」
それを振り回しながら走りやってくる姿はまさに死神。
でも彼女は槍を捨てたのだ。
僕も槍を遠く投げ捨てた。
「ちょっト…。」
「え…!?」
僕は目をぐしぐしと拭い、慌てる二人を宥めるように「しー」と言って彼女を待つ。
その刃は僕の首筋に当たらんと空を切る。
-
その刃は首筋に当たった。
でも、当たっただけだ。
だって、彼女が攻撃を止めたから。
「信じてたよ、Undyne。」
「…ごめんね…。」
僕の命を狙った冷たい感覚が消える。
Undyneは膝から崩れ落ちた。
「ごめん…、ごめんねぇ…。」
彼女は優しく僕を抱きしめる。今回ばかりはTorielも怒らなかった。
「良いんだ、Undyne。僕が来てとても嬉しかったんでしょ?」
「うん…。」
「名前が自分の仕えた人と同じで、自分の子どもと同じくらいの子どもだったから…。」
「うん…。」
「ただ、僕を守りたかったんでしょ…?」
彼女は声を上げて泣いた。揺らめく瞳は最初に出会った頃と同じだった。
「ごめんねぇ…、ごめんねぇ…!」
「運命だと思っちゃったんだよぉ…。私にマントをくれた人と同じ名前で…、浮かない顔はBlookyそっくりで…。喜んじゃったんだ…。」
「私嬉しくて君に優しくしたんだけど、分かってたんだよぉ…。でも分かりたくなかったんだよぉ…。」
「君はその誰でもない『君』だって、もうあの子は帰って来ないって…。」
「自分で勝手に手放して、落ち込んで、暴れて…、昔と同じことばかり繰り返して…。」
「結局こうして君を傷つけて…。」
「きっと、きっと私が好きだったのは…」
「…『家族』を勝手に押しつけてごめんねぇ…、利用しようとしてごめんねぇ…。」
「自分の心ばかり満たそうとしてごめんねぇ…。」
僕は背中をさするしかなかった。それはBoogieも同じだった。
彼女の涙は枯れることは無かった。
ひとしきり泣き、すっと立ち上がると鼻を啜った。
「…行って、良いよ…。」
僕を見る目は穏やかで、でも惜しいと思っている目だった。
「良いの…?」
「早く、私が心変わりする前に、行って。」
僕らに背を向けたまま、手に持った鍵で扉を開ける。
「バイバイ、また会う日まで!」
ふと、僕は思い出したことがあった。
僕はくるり振り返る。
「手、出して?」
その手のひらにモンスターあめを一つ手渡した。
「ちょっと怖かったけれど、助けてくれたりしてありがとう。」
それだけ言うと僕はドアを抜けた。
僕は分かっていた。僕に触れようとして掠めた手があったことを。
「…いかないで…。」という声があったことを。
その声に僕は振り返ってあげられなかった。そうしたらUndyneの決めた覚悟を無碍にしてしまうような気がして。
-
「…ぐすっ…。」
「泣かないノ、大体あの人他人でショ。」
「ん…、そうだね。本当に泣きたいのは君だもんね、Blooky?」
「えっ…。」
Boogie、もといBlookyは豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「な、なんデ…。」
「自分の名前聞かれなくて悲しくなってたり、僕がUndyneに抱きしめられて眠ってたのを羨ましそうにしてたり…。多分そうかなぁって。」
「…そうだヨ。」
「でも安心して、Undyneの電話の履歴を見てたら君が一番上で、それもつい最近のものだったよ。」
「それって、つまり…。」
「Torielの思ってる通り。Undyneは君の事を忘れてないし、今でも生きていて欲しかったって思ってたんだと思う。」
「きっとずっと、あの人は家族の面影を探してたよ。」
ふふ、と笑ってBlookyを見ると、もうバッグに籠っている。
「…『恐ろしい』で終わらなくて良かったね。」
「あ、そうだ。BlookyとBoogieどっちで呼んで欲しい?」
「呼び方は統一しといた方が良いものね。」
「…Boogie。今は今で心地いイ。」
「分かった、じゃあ後はいっぱい泣いて良いよ。」
「からかうナ!!!」
-
私は何故か、廃屋の中を歩いていた。
どんどんと始まりの場所へ。
-ここであの子と会ったんだっけ。
「オヤ、奇遇デスネUndyne。」
声を掛けてくれたのは、いつものマネキン人形だった。
「さっきはありがとう…。」
「何ノ事ヤラ。私ハ怪物退治ヲ手伝ッタダケ。」
「私の事を助けてくれたんだよね。あの子を殺さないように、ずっと見てたんじゃない。」
「イエイエ。マァシカシ、貴方ガ守ッタ最後ノ正気ハ貴方ノ人生ヲ面白クスルハズ。」
「私はとっくに狂ってる。それだけは確かだよ。」
「分別ガ付イテルナラ全然マシ。」
「君はずっと嘘つきだね…。」
「失敬ナ。」
「…。」
「ハァ、皆様心配シマスヨ、ソンナ萎レテタラ。明日カラマタボコリングシテクダサイ。」
「はは…、はぁ…。」
「…汚レナキ思イ出ノ話ナラ、イクラデモ。」
-
またあの音が鳴った。目の前には例の光。
この世界は分からないことしか無いけれど、行かなきゃ。
僕は廃屋を後にした。
鍵の閉まる音を背に聞いて。