@SpaceIsVast16
Fortressの外は、ダクトから抜ける空気の音だけが響く静けさだった。
先へ向かう途中、Friskから電話がかかって来た。
ごめんね、から始まるその電話に僕は気にしないで、と返した。
「さっきCharaから友達とSansと遊んでるって連絡が来てねぇ、生存確認も兼ねて電話したんだぁ。次はPapyrusが待ってる研究所だねぇ。」
「Papyrus、って誰か知ってるの?」
「Sansの弟だよぉ。」
Sansに弟っていたんだと三人口を揃えると、Friskは驚きの声の後、「とても優しい子だから安心して良いよぉ」と穏やかな声で答えた。何でもFriskとそのPapyrusはすこぶる仲良しで、彼女もまた弟のように思っているようなモンスターらしい。
「それじゃあねぇ。君たちが会うの楽しみだなぁ。」
「うん、じゃあね!」
ツー、ツーという音が聞こえると、また歩き始めた。
「Sansの弟かぁ。どんなモンスターなんだろ。」
「スケルトンなのは間違いないネ。だけど分かるのはそれだケ。」
「Sansは少し疲れてる様子だったけど、弟さんは大丈夫かしら…。」
確かに、Sansは自分の立場や色々なものに板挟みになっていた。研究所にいるということは彼もまたそこそこの立場にいるのが予想できる。
「ま、まぁ、Friskが優しい子って言うくらいだし安心しても良いんじゃないかな?」
「Friskはそんな僕らを嵌めるような嘘をつかないヨ、うン!」
一抹では済まない不安を拭うように元気な声を出して前を向くと、目の前にでかでかと四角の建物があるのに気づいた。
「あれだね。」「あれだナ。」「あれね。」
満場一致であれが研究所だという結論になった。少しかくつく足を進め入り口の前まで辿り着くと、扉は音を立て、まるで僕らが来るのはお見通しだったというように招き入れた。
中は暗かった。
大きなモニターと、パソコンのモニターが照らす光の周りだけ視認できる。本棚や冷蔵庫、ツルツルの床が見える。綺麗に掃除されていて埃一つ残されてない。
ひた、ひたと中に進むと、僕らは目を丸くした。
大きなモニターの先にいるのは紛れもなく僕だ。ここにいる片方の角が折れている黒い毛並みのモンスターは僕だけだ。
何で、と声をもらすとその光すら見えなくなった。
ぬっ、とモニターを隠すように逆さの顔が現れたのだ。心許ない光を放つ赤い瞳と、落ち窪んだように暗い目、そして石像のような表情。
はう、と息を飲むだけの、聞こえない叫び声をあげた。
それを合図に点く電気、見える風景。
炎迸る中に浮かぶ髑髏のマット、如何にもヒーロー、といった人物の描かれたポスターがそこにはあった。
どんなモンスターか見てみると、猫背ではあるが恐らくFrisk並みに大きい。中には不思議な服を着込んでいて力強く見えるものの、足を見れば細く頼りないような印象を受けるスケルトンのモンスター。
上に着た白衣の袖や裾はよれて破れたような部分もあり、なんとも言えない哀愁ある雰囲気を帯びていた。
「あ、あの…。」
「…。」
Papyrusは表情一つ変えず、何も答えない。
「すみません…。」
飾られたポスターに似つかわしくない沈黙がしばらく流れた後、ぐいと僕に顔を突き合わせ、重い口を彼は開いた。
「…ホントならキサマのタマシイを奪っていた所だが、命拾いしたね。俺様の気分が良かったみたいだ。」
はぁ、とため息を吐くと、何しに来たと。
「い、いや、特には…。Friskっていう人から『次は研究所だねー』って…。」
目線を右に、瞬きを挟んで次は左にと動かすと、「あぁ、そう」と僕から距離を取って電話を取った。僕らのことに興味があるのか無いのか、ドライな人だ。
僕は詰まった息を吐き出すと、ひそひそ話を始めた。
「Friskの『優しい』の基準が分からないよぉー…。」
「Sansとは違う強面ダ…。」
「最初の挨拶が脅し文句なのはちょっと怖いわよねぇ。」
Papyrusの方を向くと、「分かった。」という声が聞こえた。するとすぐに僕らの方にぺたぺたと向かってきた。まさか悪口が聞こえていたのだろうか、さっきより顔に影がかかっているように見える。
「いやぁぁぁ、怖くないです殺さないでぇぇぇ…。」
頭を腕で守るように縮こまると、彼は膝をついてしゃがみ、手を伸ばした。咳き込んで声の調子を確かめると、ぼそりと一言だけ。
「…携帯。」
「え?」
「古いんでしょ、俺様が現代的にアップデートしてやる。さっき聞いた。」
誰から、と首を傾げると誰でも良いだろうと返された。やっぱり少し怖いなぁと思いながら鞄の中を漁り、携帯を取り出した。
すると彼はとても不思議そうな顔をした。まるで誰かのコレクションの一つを見るように、まじまじと。
「貴様、これ思ったより凄く古いやつだぞ。化石くらい古い。ゴミ捨て場から拾ったのか?というかよくこんな物使ってきたな?」
「え、いや、貰い物だよ。」
「人の物をゴミ捨て場から拾ったのか、なんて失礼だナ。」
「ごめんね、でもこんなレトロな携帯をくれるなんてよほどの物好きだな…。年代物を改造するのは少し心苦しい…。見た目は変えずに機能を追加しよう、いやでもどんな感じにしようか…。」
あれこれと改造案をぶつくさ呟く姿に、Friskの言っていたことが少し分かったような気がした。
「もしかして、機械弄りが好きなの?」
「あぁ、まぁね…。貴様がここに来るまでに、戦艦がいたはずだ。」
「もしかしてアレ造ったの!?」
「改造したんだ、もちろん許可を貰って。そういうのが得意だから。改造を終えたあとの、喜ぶ顔を見るのが俺様は好きだった。」
-今日も、明日もと、そんな日が続くはずだった。
最後の言葉を言う前にぷいと後ろを向いたのが妙に印象に残った。
声をかける暇もなくさっさと二階へ登っていくと、ぎゅいぎゅい、ぎゃりぎゃりと凄まじい音が鳴り始めた。
明らかに携帯を改造している音じゃないはずだが、こんな中で僕らの声が届くわけもなく三人で音が止むのを待った。
激しい音が終わると今度はぺた、ぺたとスリッパで歩く音が近づいてくる。
あぁ、どんな無惨な姿に。残骸を受け取ろうと震える手を伸ばした。
「…そんな怖がらなくても変なことしてないよ。」
その声と共にぽすと手に置かれたそれは、さっきと同じ見た目の携帯だった。心なしかさっきより光を放っているような。
「あ、ありがとう…。」
少し戸惑いながらもにこりと笑うと、彼は右頬をぽりぽりと掻きながら「どういたしまして」と、目を合わせずに言った。
「何か、感じ悪いというか、それとは違うようナ…。」
「恥ずかしがり屋さんなのかな…?」
今までのぎこちない会話を思い返すと、もしやあの挨拶も彼なりのジョークだったのだろうか。何だか少し申し訳なくなった。
「さ、行った行った。俺様はやる事やったからね。」
ぽすぽす背中を押され、お別れの挨拶を返す。それに応えるように、彼はひらひらと力無く左手を振った。
すると、出口へ向かう方のドアがコンコンと鳴った。一度や二度とかではなく、コンコンコンコン…
「あのノックは…。」
背後からゆっくりと動き出すと、勝手に入っても良いのにとこぼしながらドアを開けた。
完全にドアが開き、片手には大きなカメラを、もう片方の手でガラガラと何かを押して誰かが入ってきた。背中にはリュックを背負っていた。
「あれ、スポットライトってやつかしら?」
そのスポットライトとやらの後ろから顔を覗かせたのは、見たことのある顔だった。Gonerと瓜二つ。
格好こそ赤と黒のボーダーのポンチョに手のようなマフラー、所々金属の顔と差異はある。でも顔立ちや足を見るとそっくりだ。ニコニコの元気な表情を浮かべている。
「Yo!ハカセ!今日も眠たそうな顔してるな!あとお邪魔します!」
「これでも頑張って爽やか寝起きフェイス作ってるつもりだよ…。で、どうしたのKid。」
「テレビ撮影の準備手伝って!」
「あぁ、いつものね。」
言葉は少なく、でも任せろと言わんばかりにテキパキと準備が進んでいく。言葉からして良い付き合いをしているのだろう。
「あー、あー、マイクテスト、マイクテスト…。」
そのモンスターが片目を開けてこちらをちらりと見た。じっと静かにしていたつもりだけど、視線で気づいたみたいだ。
「あ…、こんにちは。」
「こんにちハ。」
「見えないでしょうけど、こんにちは。」
「…アズ?」
ぽつりそう言うと、Papyrusは準備をしながらそれをやんわりと否定した。
「アズはアズでも、Asgoreって名前なんだって。」
「へぇー…。よく似てるなー。…最近どうしてんのかなぁ。」
寂しそうな顔をして、でもまた先ほどの顔に戻ってこちらに向かってきた。
Papyrusと比較すると小さく見えたが、この人も普通に大きい。でも陰険な表情じゃない分怖さは無い。寧ろモデルのような印象だ。
「人違いしてごめんな!オレ、Kidって言うんだ!子どもじゃないよ、ちゃんとした名前!テレビスターやってるからよろしくな!」
「テレビスター?」
「おう!結構知名度あるとは思ってるんだけど…。」
顎に指を添えて不思議そうな、疑問があるような声を出す。この世界に来たばかりで何も知らなくてと弁明すると、驚いた顔の次に、「うぅー…」と苦い声を上げた。
どうしたの、と声をかけると
「なんでも、なんでもないよ。」
と困り眉の笑顔を僕たちに向けた。
旅行の予定が全部崩れたのを隠すような、誤魔化しのための申し訳ない笑顔。そんな感じだった。
「準備終わったよ。」
小さな声が聞こえてきた。見るといわゆるセットと言われるような舞台が整っていた。
少し詰まりながら返事をした彼は、胸に手を当てて深く息を吸った。カチカチと歯がぶつかる音が微かに聞こえて、マイクを口に向けた。
その時カチリと別の音が鳴ったと思うと、耳が急に賑やかになった。Papyrusがスピーカーから音楽を流したようだ。なるほど、さっきのセットは番組用だったのか。
「地下世界の皆んなぁー!テレビは点けてるか?この声が聞こえてるならテレビの前で返事してくれよな!」
明るく、快活な声。
ここに来るまでに通ってきた道のりが頭に浮かぶ。強いて言えばCharaは明るい性格だったが、こんなモンスターは初めて見た。
君は-。
ぼんやりしていると、ふと肩に手が置かれた感触があった。
「今日は飛び入りゲストでこの子たちが来てるんだ!…えっと、自己紹介、出来るかな?」
「あ、えっと…。」
「Boogieでス!」
「Torielです!」
BoogieとTorielはPapyrusが向けるカメラに手を振ったりポーズを決めたり楽しそうだ。
僕はというと、意識がこちらに戻ってきたばかりで戸惑っている。するとKidは頭に顎を乗せて深呼吸して、落ち着いてと囁いた。
「はじめまして、Asgoreです。」
「よく出来ました!こっちの子は初めてのテレビで緊張してる中頑張ってくれたからな、ありがとなー!」
「そして今日は!特別な内容でテレビをお送りさせてもらうぞー!」
驚いたのはPapyrusだった。黙々と見ていたカメラの画面から目を外し、顎まで外れそうになっていた。
飛び上がったKidがカメラを取ると、それはするり手から抜けた。
カメラを失ったPapyrusは呆然としていた。恐らくこんな予定は彼の中に無かったのだろう、しばらくして彼は周りを見て自分に出来ることを探していた。
「あ、ハカセ。そこの椅子座って!」
結局やることを失った彼はちらちらとKidを見ながら言われるがままに椅子に座った。僕たちも寄って寄ってと呼ばれ、同じく言われるがままに従った。
「よーし、ちゃんとカメラに映ってるな!今日の主役はこのメンバーだ!特に博士!」
「えっ、俺様?」
「その通り!今日の内容は、その…。」
僕から見えていた笑みが一瞬引き攣った。
「ゲストである侵入者のタマシイを、ハカセに奪ってもらいたいんだ!噂だと地上に出るには7つのタマシイが必要で、そして今揃っているのは6つだって!だから…!」
そこまで言うと、細く白い手が彼の言葉を止めた。
「…ルールは分かった。パズル整備してくるね。」
かちゃり、ぎし。
椅子の軋む音が鳴る。
僕たちが不満を言う間も無いままに彼は退席した。
しばらくの沈黙が流れた後、我に返ったKidがテレビを一旦締めた。
「ちょっと、聞いてないんだけド。」
「また何だか変なことに巻き込まれちゃったわねぇ。」
時が動き出したように二人は口々に言い始めた。
彼はというと、あの時はキラキラとした顔だったのに、今はしょげた顔をして扉を見ている。
「何を考えているの。」
声には気付いたようだけれど、僕の声には答えずに視線を机の方に移しただけだった。そこにはポスターがあった。
「それで、ルールは何?」
Boogieがやらなくても良いのニと呟いたが、こうなったからにはやらなくちゃ。
「あ、あぁ…。えーと、ハカセがパズルを整備しに行ったから…、この先工場があるんだけど、そこを生きて潜り抜けるって感じかな。でも、ハカセは凄いんだ。機械においては誰も勝てないくらいのプロフェッショナルだから。ここに来たばかりの君たちを戦わせるにはフェアじゃないから、俺も君たちと一緒にいる。」
「テレビスターがいるなら心強いな!ね、Boogie?」
「…あー、もウ。分かっタ。」
じゃあ決まり、と僕はKidと肩を組んだ。
「頑張るぞ、おー!」
「…おー!」
温かみを感じるそのマントは、僕を少しキツく、そして優しく抱き寄せていた。