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遊作が了見の連絡先を入手する話

全体公開 了遊 12 4808文字
2024-06-30 00:35:51

了遊(ほんのり)。たぶん押したらいけると思われてる

Posted by @d9_bond

 その日、了見がデンシティの自邸へ戻ったのは二ヶ月ぶりのことだ。
 近くに用があっての寄港で、船の補給が終わればすぐに発つことになる。何をする予定もない、風を入れに来ただけだ。
 多少空気を入れ替えたところで放置と変わらない。次に戻るのはまた数か月も先だろうし待つ人間もいないのだからいっそ手放す方が楽なのだろうが、いざ敷居をまたぐとその気が削がれてしまう。
 久しく人の気配のない家の中は、何もかもが眠っているようにひっそりとして見える。とろりと蟠った空気を入れ替えようと了見はリビングの窓を開け放った。
 潮を含んだ清かな風が入る。
 そのまま一通り家中の窓を開けて回った了見は、最後に海岸側の窓を開けたところで手を止めた。
 今日の海は穏やかで、傾き始めた陽の柔らかな光を受けて海面が金色に光っている。海沿いの道は平日ということもあり行く人影は数えるほどだ。
 なんの気無しに眺めていた了見は、ふとベンチに座る一人に目を留めた。
 鴻上邸は高台にあるため、人がいるのは分かってもそれが何者かまでは判別できない。海岸沿いの道にあの黄色いバンも見えない。なのになぜか、もしかして、と思ってしまった。


 あれこれ考えるより確かめたほうが早いと下の道へ降りてみれば、ベンチに座っていたのは藤木遊作だった。
 制服姿ならまだしも、黒いパーカーにジーンズというなんの特徴もない私服だ。なぜ遠目でそうと分かってしまったのだろうか。そして彼は一体こんなところで何をやっているのか。
 遊作は、気配でも感じたのか了見が近づいたところで振り返った。大きな目を瞬く。
「了見」
 小さく呼んで、喜色をみせる。それからベンチの端に移動するとこちらを手招いた。
 傍から見たら待ち合わせの友人同士くらいに見えただろうが、もちろん約束などしていない。それどころか藤木遊作は了見がデンシティにいることすら知らないはずだ。
(だが──驚いていないな)
 遊作は意外そうではあったが、それだけだった。この反応からすると帰還を知っていた可能性が高い。しかし用があるならいると分かっている家へ訪ねればいい。どうも意図が読めない。
 懐疑の眼差しの了見に、遊作は膝に乗せていた紙袋をつまんで見せた。
「土産がある」
 見覚えのありすぎるロゴと犬のキャラクターがプリントされている、その中身につられたわけではないが了見は遊作の隣にかけた。そもそも藤木遊作が鴻上了見に対し何をする理由もなければ警戒する理由もない。どちらかというと遊作の方が了見に警戒すべきなくらいなのだ。
 遊作は嬉しげに目を細めた。
「久しぶりだな」
……ああ」
 三ヶ月の空白の後遊作が戻って来た頃、既に了見はデンシティから遠く離れた海上だった。どういう差し繰りをしたか復活したAiの処遇についてリンクヴレインズで話はしたが、こうして直に顔を突き合わせること自体彼が戻って来て初めてだ。
「何か用か」
「少し試したい事があった」
 言いながら遊作は紙袋を開けた。覚えのあるいい匂いに何を思う間もなく、目の前にホットドッグの包みが差し出される。
「期間限定でサルサドッグもあったが、おまえが好きか分からなかったからいつものやつだ」
 流れでつい受け取った了見へ、コーヒーもある、と彼我の間の座面に紙カップをふたつ並べて置く。最後にホットドッグをもうひとつ取り出し、そこで自分をじっと見ている了見に気が付いた。
「俺のも普通のやつだ」
「何も言っていない」
「サルサドッグが気になるなら食べに行ったらいい。元気そうな顔を見せたら草薙さんはきっと喜ぶ」
……どの面下げて行けと」
「その顔以外何がある」
 軽く言って、遊作はホットドッグにかぶりついた。
 了見は草薙翔一という人間をきちんとは知らない。それでも遊作が言う通り、こちらが変わらない様子を見て元気そうで良かったと笑顔を見せる様は簡単に想像できた。だがそれとこれとは話が別だ。
 眉間にしわが寄ったところで、ホットドッグをむぐむぐごくんと飲み込んだ遊作が了見に向き直る。
「少なくとも俺はおまえに会いたかったし、顔が見られて嬉しい」
「馬鹿な事を」
「本当だ」
 了見はため息をついた。
 藤木遊作からの好意は以前からのものである。居心地の悪いような感覚になるが、決して嫌なものではない。
 だがこの好意は了見が恩人だという刷り込みの延長に過ぎないものだ。勘違いしないよう、ひっそり自分へ言い聞かせる。鴻上了見の、リボルバーのこれまでの所業を考えればそういう対象に値しないことはすぐわかるはずなのだが、いつまでたっても減衰が見られないあたり遊作のそれはどうにも根深いようだ。
「試したいことというのは」
「済んだ」
 けろりと言う。
「それはそうと、いい機会だし連絡先をくれないか」
「なぜその必要が?」
「おまえは俺の連絡先を知っているから良いかもしれないが、俺だっておまえに連絡したい時がある」
「断る」
 にべもなく返すが遊作はなぜか薄く笑った。
「何がおかしい」
「適当な捨てアド寄こしてこない辺り、真面目だなと思った」
 もう一口ホットドッグをかじる。案外一口が大きいな、とどうでもいい感想を抱きながら了見はコーヒーを口にした。まだ温かい。
「しかし、困ったな」
 もぐもぐしながら言う。全く困った風に見えない。 
「おまえだって、俺があれこれ動向を調べてまわったりするのは気分が良くないんじゃないか」
(調べられる気でいるのか)
 甘く見られたものだ──と、呆れかけたが了見は思い直した。藤木遊作は今日、鴻上了見が邸宅へ戻ると知っていた。そして話の流れからすると自分で調べてのことではないし、やっていれば絶対に気づいていた。
 つまり誰かが遊作に知らせたということだ。
「──内通者がいるな」
「まあな」
 これまたあっさり頷く。
「利害の一致があった」
「ほう」
 ハノイの面々を思い浮かべる。皆、取引に応じる前に『藤木遊作からこういう連絡があった』という報告をしてきそうなものだ。
 一体何を餌にしたのかと胡乱な顔になったのをどうとったのか遊作は付け加える
「言っておくが、俺がそいつのお前を思う気持ちにつけ込んだだけだからな。誰とは言わないが、情報漏洩を咎めるのはやめてやってくれ」
「そうもいかない」
 了見はハノイの騎士という裏組織のリーダーだ。対する藤木遊作は、履歴はどうあれ一般人である。どんな理由があろうとも独断でトップの行動をリークしていい間柄ではない。
「おまえを信じて地獄の底までついていくことと、おまえを大切に思う事は矛盾しない──俺が持ち掛けたのはそういう話だ」
……つまり忠誠心から出た行動だと?」
「ああ」
 頷いて遊作は、ホットドッグをかじった。
 もぐもぐ咀嚼しながら海の方へ視線を彷徨わせる。説明を考えているのかもしれないが、このペースはどうにも気が抜ける。了見もホットドッグを口にした。
 だいぶ冷めていてレタスもややへたっていたが、それでも久しぶりのカフェナギのホットドッグはおいしかった。
 パンはやわらかめだが断面をしっかり焼いてから具材を挟んでいるので食べやすさは損なわれておらず、かじればソーセージから肉汁がじゅわりとにじむ。ああこの味だ、という安心感のようなものがある。
 が、
「おまえ、無茶をするだろう」
 遊作の言葉に、吹きそうになった。なんとかこらえてコーヒーを飲む。
……今何と言った? 私の聞き間違いか?」
 低く問い返すと遊作は困ったように眉尻を下げた。
「おまえは無茶をする、と言った」
「それはこちらの台詞だが?」
 何を言っているのだお前は。藤木遊作を知る人間が100人いれば120人がそれはお前だと答えるだろうに、意味が分からない。
「全く自覚がないようだな、了見」
 対する遊作は、こちらを気づかようなそぶりすら見せている。自覚がないのもお前だ。
「そうだな──例えばこれから世界中に累が及ぶような事件がおきたとする。おまえはそれが最善と判断したら事態の収拾に自分の命を使うことをためらわないだろう?」
「私に限らず同じ考えの人間は多いと思うが。お前は違うと?」
「難しいな」
 首を振る遊作に意外に思う。
 了見が見てきた藤木遊作は、正義感が捨てられず罠と分かっている場所へ身一つで飛び込んで、人質がとられれば抵抗できず、目の前で危ない状況の人間がいれば咄嗟に助けに入るような人間だ。
 そこまで自己分析ができないタイプでもあるまいし、と訝しむ了見に遊作はぽつりと付け加えた。
「俺に何かあったら悲しむ奴がいる。そう思うととても難しい話だ」
……そうか」
 頷きながらも了見は心中で首を振った。
 それが分かっていてなお、いざとなれば藤木遊作は誰かのために身を挺するだろう。過去も、今に至るどんな痛みも終ぞ彼のいっそ本能的ですらある善性を曇らせはしなかった。その本質はそうそう変えられはしまい。
「俺にとっては難しくとも了見、おまえはそうじゃない。おまえは必要と判断したら必ず選択する。そしておまえの周囲はおまえが覚悟して決めた事で間違っていないのなら追従する」
「だろうな」
 それは逆であっても同じことだ。ハノイは皆そういう覚悟をしている。
「──正しくとも、最善であっても私の命がかかっているならお前は止めるというのだな」
「俺にとって最善ではないからな」
 遊作はそう言って、ポケットから携帯端末を取り出した。 
「だから、連絡先を交換しよう」
 真顔で言う。
 了見は先の会話を思い返した。「だから」で繋がる要素があったか?
「なぜそうなる」
「言っただろ。俺はおまえと会えたら嬉しい。それと、今の例えみたいな大変な時に俺を思い出して欲しい。おかしなことはない」
 だから、と繰り返して遊作は端末を差し出す。
 了見は端末を、端末を持つ白い手を、こちらをじっと見つめる遊作を順にみた。大きく美しい翡翠の色をした目にあるのは期待ではなく、奇妙な確信で。

……試されていたのは私か)

 あまりのことに眩暈を覚えた。自分はなんと分かりやすい行動をしていたのか。
 同時に、仕方ないと認めざるを得なかった。
 了見にとってどうしたって藤木遊作は特別なのだ。良くも悪くも。その姿を、目を見てしまったら最後、何もなかった顔をして通り過ぎるのは難しい。
「貸せ」
 端末を取り上げる。
 止められないのを良いことに覗けば連絡先に穂村尊や財前葵などいくつか見知った名前があるものの、それを含めても片手で足るほどしかないという惨憺たる有様だ。
(お前はこの身を案ずるような話をしていたが、結局のところ私でないこの連絡先の人間だろうと、それどころか名も知らない相手だろうと同じことなのだろう)
 そういうところが歯がゆく思うし、つくづく甘い人間だと思う。
(尤も、その甘さ故に私はここにいるわけだ)
 連絡先を打ち込む。遊作の顔が目に見えて明るくなるのはいっそ面白かった。
「嗅ぎ回られるのも迷惑だ」
 端末をぶっきらぼうにつき返すが、全く気にされなかった。それどころか、ありがとうと礼の言葉が返ってくる。
「言っておくが、私はお前と友人になる気はない」
「構わない」
 遊作は頷きながらも、見るからに機嫌が良さそうだ。絶対に伝わっていない。
……お前のためを思っての言葉なのだがな)
 了見はホットドッグにかぶりつき、出そうになったため息ごと飲み下した。
 冷めてもおいしい逸品なのはもっと称えられるべきだろう。ぼんやり思う了見の隣で食べ終わった遊作は、草薙から教わったのかサルサドッグとチリドッグの違いを話し始めた。

 


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