https://rsport.ria.ru/20240702/samodelkina-1956907478.html?rcmd_alg=COL6&rcmd_id=1956899577 の訳です。
@raikaira
ソフィア・サモデルキナは国籍変更後初めてRIAノーボスチ・スポーツのインタビューに応じ、最終的にロシアを離れる決断をした理由、トゥルソワとの友人関係、そしてエフゲニー・プルシェンコの教えについて語った。
“失ったものはすべて取り戻せた!”
―あなたがエフゲニー・プルシェンコのところへ移籍する前、あなたと一緒に練習していたスヴェトラーナ・ソコロフスカヤはかつて、心の中でこう叫んでいました「ソフィア、これ以上背が伸びないで!」。その願いを叶えることはできましたか?
―170cmくらいで成長が止まったように思います。体重の変動は避けられないので、変化をコントロールするよう努めています。
―成長し、大人になる過程で避けられないウルトラCジャンプの喪失に、あなたはどのように対処しましたか?
―私は本当にしばらくの間、それらを失っていました。それもかなり長期間に渡って。私は転倒や回転不足を経験しながら、それらの回復に努めました。今の身長になってから“プルシェンコの天使”にやって来て、私は失ったものをほぼすべて取り戻すことができました。
―今シーズンの競技プログラムにはどのような内容を盛り込む予定ですか?
―理想としてはフリーで4回転ジャンプとトリプルアクセル、ショートでトリプルアクセルを跳びたいです。4回転ジャンプは身長と体重の変化を考慮する必要があり、細心の注意を払う必要があります。今シーズンの最初の大会は、7月注中旬に開催されるカザフスタン選手権となります。そこではウルトラCジャンプは実行するつもりはありません。
―あなたはカザフスタン代表チームのライバルを知っていますか?
―ある女の子が“プルシェンコの天使”に練習に来ました。彼女が私が今のところ知っている唯一のカザフスタンのスケーターです。
―全国選手権はアスタナかアルマトイで開催されるのですか?
―カラガンダです!私の母はこの街で生まれました。母とは、時間があれば彼女が子供時代を過ごした場所を案内してくれるという約束もしています。
―カザフスタンの市民権取得やロシア国籍の離脱に関して、何か問題があったりしましたか?
―私は母と一緒に知識のある人に相談し、すべて言われたとおりにしました。このプロセスにはかなり時間がかかりましたが、今は完了しています。
―今シーズンの競技スケジュールはすでに決まっていますか?
―それについてはカザフスタン選手権の後に話し合う予定です。確実に言えるのは、デニス・テン記念大会には参加するということです。
“カザフスタンの国歌を学んでいます”
―ロシアでは、ナショナルチームのフィギュアスケーターはフィギュアスケート連盟とスポーツ省から資金の提供を受けています。一方、カザフスタンではどうですか?
―何とも言えません。まだ代表チームにも入っていませんので。カラガンダでの選手権の後の7月にすべてが明らかになると思います。
―トレーニング時間の一部をカザフスタンで過ごすことは義務ですか?
―その質問にもまだ答えられません。シーズン中は定期的にカザフスタンに行き、連盟の指導者や地元のジャッジに自分のプレーを見せることになると思います。
―国籍をカザフスタンに変更したテニス選手のユリア・プチンツェワはサンクトペテルブルクでの大会中にカザフ語での国歌の歌詞を覚えたと語っていました。あなたももう覚え始めましたか?
―覚え始めました。カザフ語をちゃんと話せるようになるかどうかわかりませんが、がんばってみます。
―あなたはCSKAのリリア・ビクタギロワ、セルゲイ・ダヴィドフ、スヴェトラーナ・ソコロフスカヤのスクールを経て、現在は“プルシェンコの天使”でトレーニングをしています。コーチたちそれぞれと協力してどんなことを学びましたか?
―リリア・アイラトヴナの指導の下、フィギュアスケートへの第一歩を踏み出しました。彼女は技術的な基礎を築いてくれました。セルゲイ・ドミトリエヴィチからはウルトラCジャンプを学び、私は競技プログラムにそれを取り入れ始めました。ソコロフスカヤとは、プログラムのプレゼンテーションやイメージの見せ方に力を入れました。ジャンプ以上に、そこに重点が置かれていました。私はスヴェトラーナ・ウラジミロヴナのところに来たとき、ただジャンプして、ジャンプして、ジャンプしていたからです。エフゲニー・ヴィクトロヴィチとはすべての要素に取り組んでいます。トレーニング中、私はプログラムのプレゼンテーションにさらに取り組むために、定期的にドミトリー・セルゲイヴィチのところに行きます。私たちは、技術とコンポーネンツの調和のとれた組み合わせができるように努めています。
―昔のインタビューで、あなたは子供の頃はモデルになりたかったとおっしゃっていました。現在、ランウェイに上がるオファーはありませんか?
―子供の頃の夢や計画はすぐに変わります。今はモデルの仕事に挑戦する気はありません。そして、キャリアを終えた後でも、そんな時間はないでしょう。
―しばらくの間、あなたは伝説的な“トーデス”(訳注:ダンス芸術を教えるためのスタジオスクールのネットワーク)のジュニアグループでダンスとフィギュアスケートを両立させていた時期がありました。習得したダンス技術はスポーツに役立ちますか?
―もちろん、それらは役に立っています。そして今、私は技術をさらに改善しています。“プルシェンコの天使”ではアレクセイ・ニコラエヴィチ・ザハルチェンコが指導する特別なダンスレッスンが行われています。彼の指導の下、民族舞踊、ジャズ、ヒップホップ、ブレイクダンスなどをしています。
“私はトゥルソワの証人になると思います”
―新しいグループでは、あなたはアレクサンドラ・トゥルソワと友人になりました。氷上でのライバル同士の間に友情は成立するのでしょうか、それとももうライバルではないのでしょうか?
―私は子供の頃から、フィギュアスケーターたちは友達であるべきだと信じていました。他の女の子に負けても、冷静にコミュニケーションを取っていました。時々、こんなことがありました。私が競争で誰かに勝つと、私に話しかけてくれなくなり、友情は上手くいきませんでした。サーシャがキャリアから離れたとき、私たちは友達になりました。
―彼女の結婚式の証人になるのでしょうか?
―そうだと思います。今のところ、サーシャとマカールがすべてを準備していて、まだ何も決定していません。
―フィギュアスケートにおいてのタイトルや順位に関する具体的な目標はありますか?
―どのアスリートも表彰台に上がる自分を見たいと思っていますが、私も例外ではありません。そのためトレーニングに一生懸命取り組んでいるので、家に帰ると疲れ果てています。
―CSKAでトレーニングしていた頃は、朝食・昼食・夕食を自分の用意されていましたね。今はプロのサービスを利用する機会はありますか?
―ありますが、母が買ってくる食材を使って自炊を続けています。カフェでは新鮮なフルーツを注文することができます。
―食生活に注意し、栄養士に相談する必要はありますか?
―食事には気を付けなければなりません。私もその一人ですが、大柄な女の子にとってこの点は困難が伴います。私は栄養士や管理栄養士に相談したことはありません。それは無駄なことで、誰でも自分で栄養をコントロールできます。甘いものや澱粉質の物をやめるようにするだけです。確かに、いつも成功するとは限りませんが。
―心理カウンセラーと協力する必要はありましたか?
―子供の頃、それは一種の楽しみでした。何か問題があったわけではありませんでしたが、CSKAは私に心理カウンセラーのクラスへ行くように勧めました。私は本当にそれが気に入りました。フィギュアスケートに関する思考から離れて一休みすることができました。