カルみと前提の🐸🎃
ぼいどシナリオネタバレあり
日゜衣子様の元ネタ https://privatter.net/i/7496153
三次創作
@popo_trpg_ss
「角砂糖?」
宿舎の食費を整理して電卓を叩いていた帰代は、向かいの席に腰を掛けた聖の言葉を聞いて顔を上げた。
聖は帰代の前にコーヒーの入ったマグカップを置くと、カップに注いだ自分の分を啜りながらこくりと頷く。
「そう。もう無くなりそうなんだよね。」
「この前買ったばかりだろ。」
「あぁ、明らかに減りが早すぎる。使うのは俺くらいのはずだし、俺もそんな頻度で使わないんだけど…」
そう言ってキッチンから持ってきたらしい角砂糖の瓶を聖から受け取った帰代は、あと数個しか残っていない中身を確かめて顔を顰めた。
「…使ってるやつに心当たりは?」
「ある、けど…たぶんあの子は俺相手じゃ話してくれないと思うんだよねー……」
その口振りから犯人をある程度察した帰代は目を細める。確かに彼は随分箱入りに育てられたらしく、スキンシップとボディタッチの権化である聖のことを僅かに警戒するきらいがあった。
「というわけでママ、ここはひとつ頼むよ。」
「……あいつらを産んだ覚えはないって言ってるでしょうが。」
お決まりの文句で茶化して張り詰めた空気を散らす聖に、帰代もまた同じ返事を応えてその話題を切り上げたのだった。
※
そんなやり取りをした翌日、仲間たちが寝静まった深夜のこと。
足音を忍ばせてキッチンに降りた帰代は、部屋の中に息を潜めたひとつの気配があることに気がついた。
流し台の陰に隠れてごそごそと動く気配と、時折聞こえる器の擦れる音を聞いた帰代は、聖の読みは的中したようだと部屋のスイッチに手を伸ばす。
「…そこに誰かいるのか?」
部屋が明るくなった瞬間、ぎくりと肩を震わせた人影が慌ててキッチンの奥へ逃げ出した。
ちらりと見えた寝間着の裾は、今晩リビングで彼が身につけていたもので間違いない。小さく息を吐いた帰代は物陰に向かって声を掛ける。
「出てこい、神無。」
「っ、」
流し台の陰で相手が息を呑む。
どうして自分だとバレているのか分からない。そう言いたげな呼吸の乱れを黙って帰代が見守っていれば、帰代を相手にやり過ごすのは不可能だと判断した彼がそろりと陰から顔を出す。
「は、はろー…帰代先輩、どうしたの?」
「そこで何してた?」
「えっと…いや、なんか眠れないなーって思って水を……」
うろうろとわかりやすく視線を彷徨わせたまま言葉を探す神無は、この期に及んで言い逃れるつもりでいるらしい。
随分舐められたものだと息を吐いた彼は、じっとそんな神無の顔を見つめて問い掛けた。
「…なら、後ろに隠してるそれは?」
「え……な、なんのことか、」
「見せなさい。」
有無を言わせない言葉の圧を受けた神無は泣きそうな表情になると、ついに観念して背中に隠していた角砂糖の瓶を帰代へ差し出す。
受け取ったその中身を確かめた帰代は、角砂糖が一つ残らず無くなっていることに気付いて顔を顰めた。
「全部食べたのか。」
「っ、ご…ごめんなさい…」
元々少なかったとはいえ、瓶の中には5、6粒の砂糖が入っていたため、確実に健康を損ねる量に匹敵するだろう。
引き攣った声で謝った神無の瞳にじわりと涙が浮かぶ。泣くのを堪えるようにぐっと唇を噛んだ彼は、しどろもどろと言い訳の言葉を探した。
「その…そんなつもりなくて、でも…止まらなくて…ちゃんと弁償するから!だから、」
見捨てないで。続けようとした言葉を飲み込んで俯く神無の背中は、ひどく頼りなかった。
小さく息を吐いた帰代は頭を掻くと、怒られることに怯える神無が怖がらないように言葉を探す。
「あー…別に怒ってないよ。」
「…でも」
「夜な夜な隠れて角砂糖を舐めるのは、ただの甘党やつまみ食いなんかじゃないだろ。」
神無の行動は明らかに異常だ。精神に異常を来した彼が、どうにか自分を保つために辿り着いた方法だったのだろう。
砂糖には幸せホルモンと呼ばれる成分を分泌する効果がある。神無は無意識にその成分を欲してここまで依存してしまったのだろう。
神無がここまでぼろぼろになるまで気がつかなかった自分に苛立った帰代は、手のひらを持ち上げて俯く神無の頭の上に置いた。
びくりと震えた彼のブロンドの髪をくしゃりとかき混ぜて、努めて優しい声を掛ける。
「もっと年上を頼りなさい。」
「ーーーーーッ、」
神無が一際大きく肩を震わせた。
驚かせてしまっただろうかと帰代がその顔を覗き込もうとしたそのとき、ふらりと彼の体が傾く。
「う……っ、おぇ…え」
「な…ッ神無?!」
口を押さえて俯いた神無の手のひらの隙間から、びちゃびちゃと音を立てて胃液が床にこぼれ落ちた。
咄嗟に神無を支えた帰代は、自身が汚れることなど構わずその体を流し台の前へ連れていく。
流し台に身を屈めた神無の背を撫でる帰代だが、彼が胃液ばかりで固形物を一切吐いていないことに眉を寄せた。
「…いつから食べてないんだ。」
「けほ…っ、ぇ…けさの、ごはん……」
ここ数日、神無は仕事が立て込んだから庁舎の食堂で済ませてきたと帰代の夕食を食べていなかった。
朝ご飯は必ず少しでも食べるようにしている神無は、僅かな朝食のみで1日を乗り切ろうとしていたらしい。
「ご、ぇん、なさ…っう、げほ……」
「…怒ってないって言ってるでしょうが。」
神無はその天才的な頭脳を回転させるためにエネルギーが人より多く必要である。そのため普段から糖分を摂取してブドウ糖を確保しているのだと帰代は考えていた。
先輩である帰代に醜態を晒してしまったことが耐えられないらしい神無は、その場でべそべそと泣き出してしまう。
吐くものがなくなって冷たい床に蹲る神無の背を撫でる帰代は、今は彼が泣き止むまで静かに見守ることにしたのだった。
※
「…落ち着いたか?」
「……ん、」
ソファに腰掛けて頷く神無がすんと小さく鼻を鳴らす。彼の手に温かな湯気の立つマグカップを持たせた帰代は、隣に腰掛けてもう一度その背を撫でた。
「ゆっくり飲みなさい。」
「…うん。」
胃酸に焼かれた喉で掠れた返事をする神無は、おそるおそるカップを傾けて中の湯を啜る。神無のために蜂蜜を溶かしたらしく、ふわりと甘い味のする白湯に彼は再び涙腺が刺激された。
「ぅう"〜…」
「もう泣くなって…」
「だって……あまくて、おいしい…」
乾いた体に染み入る優しい味に、神無はぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣きじゃくる。
そんな神無の頭を撫でようとした帰代がしばらく躊躇ってその手を下ろしたことに気が付かないまま、彼はぽつぽつと言葉を続けた。
「夜になると…こわい夢みて、」
「夢?」
「うん…。でもそれは、夢だけど…夢じゃない、ほんとにあった、おれが何もできなかったときの…記憶で……」
悪夢にうなされて飛び起きる日々が続いた神無は、寝不足と不安から仕事に集中することができなくなっていた。
そんな神無の状態が更に失敗を招く悪循環となった頃、苛立ちや不安を抑えるために仕事の間隠れて食べていた菓子が底を尽きたことに気がついたのだ。
「おれ…この世界のお金もってないし、備品でたのむのも…仕事に必要ないから、」
神無が扱う電子マネーはまだこの時代に適応しておらず、過去の商品を未来へ持ち帰ることを危険視する警察上層部の方針で神無はほとんど金銭を与えられていない。
そのため、必要なものは宿舎の生活費を管理している帰代に申請して上層部の許可を得る必要があることを、あらかじめ神無は聞かされていた。
「…あめも、チョコも、ぜんぶなくなって……でも、甘いものたべないと…いらいらして、ねれなくて、」
「…それで、砂糖を食ってたのか?」
元々甘味に依存していた神無は、手元に甘味が一切ないストレスも相まって一睡もすることが出来なくなった。
このまま仕事ができなくなれば仲間たちに迷惑を掛けてしまう。そう焦った神無は深夜のキッチンに忍び込み、聖が飲むコーヒー用の角砂糖に目をつけたのだ。
「さっきの吐き気は?」
「……似てたから。帰代先輩が、夢の中で会う人に。」
こんな状態になっても自分を見捨ずに優しい言葉を掛ける帰代の姿が、しがらみの中で自分のことを弟として不器用に愛そうとした夢の中の彼の姿と重なった。
自分にはこんな優しさを受ける権利すらないのに。そう考えた瞬間、空っぽの胃が大きく痙攣してしまったのだ。
「……ごめんなさい。」
「…お前ってやつは、本当に……」
俯いて謝る彼の頭を今度こそ撫でた帰代は、きしりとソファに体重を掛けて神無の肩を抱く。浅く腰掛けていた神無は体に力が入らないのか、ぽすりと大人しく自分に体を預けた。
「まず第一に、ストレスの発散を甘味に依存させていることについては感心しない。縞斑もずっと心配してただろ。」
「……うん。」
「あの時アイツから言われただろうが、お前のそれはただの偏食じゃない。過去の経験を伴う依存だ。」
甘いものを食べると幸せな気分になるという情報は事実だが、それだけを精神安定の拠り所にすればそれは麻薬と同じだ。
以前共同捜査のために過去へやってきた縞斑は、そんな彼の不安定な部分をずっと心配している様子だった。
「まぁとはいえ…お前は頭が良いからな。人には追いつかないような速度で思考を回すために、人より多くエネルギーを必要とする体質もあると俺は思う。」
神無のことを少し注意して見てやってほしい。元公安の彼は、帰り際に眉を下げてそう頼み込んできた。
そのときは過保護な男だと白い目を向けていた帰代だが、おそらく彼はこうなることを薄々察していたのだろう。
今帰代がするべきことは説教ではなく対策だ。そう思い直した帰代は小さく息を吐く。
「こちらでもある程度は用意する。それでも足りない分は備品として申請していいから。」
「え…で、でも、お菓子なんて、」
「…お前は本当に真面目だな。」
感心するように呟いた帰代は、ちらりとキッチンを振り返り棚の上に置かれた角砂糖の瓶に視線を向けた。
「聖は職場でも飲むからってコーヒー周りを備品で申請してるし、流石も同じ理由でどうにかお菓子をねだってる。…まぁあいつの場合は8割娯楽だろうと却下してるけどな。」
「…そうなんだ。」
「潔高さんはここぞと掃除用品を頼んでるし、アキラに至っては最近傘まで経費で申請し始めたからな。案外みんな好き放題にやってるんだよ。」
「知らなかった……」
生活に欠かせないとはいえ、仮にも備品の申請でまかり通って良いのだろうか。神無は思わずぱちぱちと目を瞬いてそう呟く。
宿舎の帰代の料理や庁舎の食堂を利用すれば飢えることはなく、寝床も部屋も確保されている。真面目な彼はこの世界の人間ではないことの遠慮もあって、仲間たちのようにあれやこれや強請ることができず我慢していたのだ。
「特にお前は自由に買い物することが難しい身なんだから、遠慮なんかしなくていい。」
「…うん。」
「明日は聖が非番だから、あいつに車出してもらって申請したものが届くまでの分を買いに行ってこい。それくらいなら俺が出すから。」
「ぁ……でも、おれ…先輩になにも、」
数日間の菓子代など公安に配属されて長い帰代にとっては微々たるものだが、金を払わせてしまうことを申し訳なさそうに神無は眉を下げる。
「見返りなんて求めてない。奢ってもらってラッキーくらいに思ってればいい。」
「…ごめんなさい。」
こんな状態になっても周りの顔色を伺おうとする神無は、自分の行動によって評価が損なわれることをひどく気にしているようだった。
自分の価値が落ちることを恐れているというよりは、まるで自分の価値が誰かの評価に直結すると考えているようだ。
その不安定で危うい振る舞いは、帰代を始めとした大人たちも薄々勘付いて気に掛けている。
「…今日はもう寝ろ。聖には俺から伝えとくから。」
「うん…ありがと、帰代先輩。」
小さく頭を下げた神無は白湯を飲み干すとほっと息を吐いた。泣き疲れたらしい今夜は、どうにか夢を見ることなく眠ることができそうだ。
「洗い物…」
「あぁ、流しに置いとけ。少しやることがあるから、それと一緒に洗う。」
「わ…わかった、じゃあおやすみ、せんぱい。」
「おやすみ、神無。」
泣きそうな顔で小さく笑った神無は、少しだけ覚束ない足取りだがどうにか自室まで帰っていく。
その背を最後まで見送った帰代は、それまで神無の精神を必要以上に刺激してしまわないように張り詰めていた息を吐いた。
椅子に掛けたままだったエプロンに袖を通した彼は、食器棚の上に詰んだかごへ手を伸ばす。中に詰め込まれた製菓用の器具を物色した帰代は、目当てのものを見つけて手に取った。
「あった。」
取り出したうさぎのクッキー型を台に置いた帰代は、冷蔵庫と戸棚に目を通してひとつ頷く。これだけ材料があればクッキーが焼けそうだ。
出勤前に持たせておけば、おそらく聖に連れられて菓子の補充を済ませるまではもつだろう。
「…よし、やるか。」
腕を捲って手を洗った帰代はそう意気込んで作業に取り掛かった。神無だけずるいと駄々をこねるお菓子好きたちを黙らせるためにも、少しだけ多く焼いておかなければならない。
次の休日は神無のリクエストのフレンチトーストを焼いてやろう。
そのときはフルーツやアイスやソースを揃えて、好きなトッピングができるようにしてやるのも良いかもしれない。
神無に甘いと仲間たちからまた茶化されるかもしれないけれど、様々な責任と覚悟を背負うまだ若い素直な彼がひとり知らない場所で雛鳥のように慕ってくるのだから、他より多少贔屓をして当然だろうと帰代は開き直ることにしたのだった。
終