カルみと 七夕
シナリオネタバレなし
刑事探索者たちもちらっと
@popo_trpg_ss
その日の勤務を終えて神無が宿舎に帰ると、青々とした緑がさらさらと爽やかな音を立ててリビングの窓辺で揺れていた。
「笹?」
「あ、おかえりー三十一ちゃん。」
見慣れないそれに思わず神無が声を上げれば、周りで色紙を切り貼りしていた聖を筆頭に仲間たちが顔を上げる。
「おかえり三十一、お疲れ。」
「神無、ちゃんと手洗いうがいしたか?」
「ただいまアキラ先輩、帰代先輩。さっきしてきたけど…なにこれ?」
「マキマキが貰ってきたんだよー、すごいよねぇ。」
便乗して折り紙で切り絵を作って遊んでいた啓仕曰く、この見事な笹は所轄に出勤していた京札が持って帰ってきたものらしい。
そばで飾りを作っていた京札は、少しだけ困ったように笑うと眉を寄せて頭を掻いた。
「小学生の子らが飾りと一緒にくれたんです。この前安全教室行ったから顔覚えとったみたいで…」
学校で使ったらしい笹をパトロール中の京札に渡した彼らは、丁寧なことに短冊や飾りを作る色紙まで一緒に寄越したのだ。
「せっかくだからみんなで願い事書いて飾ろうってなったんだよねー。はい、まなちゃんこれ飾って。」
「まかせろ。」
「矢先さんそーっとですよ。赤子を扱うようにそーっと。」
「そっと。」
聖から受け取った飾りを潔高のアドバイスを受けて慎重に笹に飾ろうとした矢先だが、笹に括り付ける直前に力加減を誤ったらしい。
「あ、」
ぐしゃりと音を立てて潰れた綺麗な飾りを見て、それまでせっせと短冊を切り分けていたアキラが苦い笑みを浮かべた。
「赤子だったら首折れて死んだな。」
「やっちゃった。」
「矢先さぁん!!貴方これ何度目ですか!!!」
いつもと変わらず賑やかな室内を神無が笑顔で眺めていると、短冊を書いていた流石がもう一枚を手に取って神無へ差し出した。
「ほい、神無の分。」
「ありがと。流石先輩はなに書いたの?」
「『次の10連でSSR8枚出せ』」
「強欲だなー…」
流石特有の大きく角ばった文字で『絶対出せ』と添えられた短冊は、願い事というより脅迫のようだ。内容も相まって半笑いの神無が短冊に視線を向ければ、そこにはすでに飾られた仲間たちの短冊が揺れている。
「…願い事かぁ……」
色とりどりの紙には、自分のことや仲間たちのこと、中には相棒との願いが記されていた。
自分の前に置かれた薄紫の短冊を前に考え込んでいた神無は、やがてぱたりとペンを置いて立ち上がる。
「あの…これって今すぐじゃなくてもいい?」
「あぁ、七夕当日…明日までにつけてあればいいらしいから、書き終わったら自分でつけなさい。」
「ありがと!なんか仕事帰りでちょっと頭回んなくてさ、部屋でゆっくり考えることにする!」
短冊を手にぱたぱたと部屋に戻っていく神無の背を見送った帰代は、その違和感に僅かに眉を寄せた。
そんな彼の言及を振り切って部屋に飛び込んだ神無は、扉に背を預けて小さく息を吐く。
「…先輩に会いたいなー、なんて……」
実のところ、神無の中にはひとつの願い事が浮かんでいた。しかし、その願いは書いたところで叶わないことを神無自身が一番良く知っていたのだ。
ポケットから取り出した自分の端末を操作して試しに縞斑に着信を掛ける神無だが、案の定連絡は繋がることなく途切れてしまう。
縞斑は現在、別件で呼び出されて一度2050年に戻っているのだ。
事件の処理が立て込んでいるらしく、もうしばらくは戻れそうにないと帰代越しに連絡を聞いたのは2日前のことだった。
「…さびしいとか、言えないし、」
そう俯いた神無は、短冊を机の上に放るとベッドへ寝転がる。
仲間たちが相棒や大切な人と共にいる姿を目にするたびに感じる、この世界での孤独。最新のメンテナンスを必要とするディーノはこの世界に連れていくことができず、縞斑も自分の仕事があるため神無と共にこちらの世界にずっといるわけではない。
仕事をこなす縞斑に我儘を言って困らせるわけにはいかないし、そんな願いを抱えていると仲間たちに知られるのも恥ずかしい。
「だらだら先輩…」
せめて少しだけ声を聞きたい。
そんな女々しいことを考えてしまう神無は、ぶんぶんと頭を振って目を閉じた。
今は仲間たちと笑顔で夕食を囲む元気もない。寝ていることに気付けば、きっと帰代は自分の分だけ適当に取り分けておいてくれるだろう。
目尻を滑り落ちた濡れた感触に気がつかないふりをして、仕事の疲れも相まって沈んでしまう思考を振り払った神無は少しだけ寝てしまおうと微かな眠気に縋ることにしたのだ。
※
こんこんと聞こえた控えめなノックの音によって、神無の意識が浮上する。
「ぇ…あ、ちょっとまって…!」
陽がすっかり沈んで暗闇になっていた室内で、神無は慌ててベッドから身を起こすと手探りに部屋の扉の前まで向かった。
そっと扉を開いて隙間から様子を伺えば、そこに立っていた予想外の人物がひらりと手を振る。
「こんばんは、三十一ちゃん。」
「ひ、聖先輩…?!」
驚いて目を丸くする神無の顔色を伺った聖は、体調面の不調がないことを確かめて笑みを浮かべた。
「うん、急に押しかけてごめんね。」
「それは別にいいけど…」
一体どうしたのだろうかと神無が慌てて部屋に招き入れようとすれば、ここでいいよと一言断った聖は懐から何かを取り出して神無に差し出す。
「はいこれ、貸してあげる。」
手渡されたものに視線を落とした神無は、それが公安局が管理している2050年と連絡を取ることのできる通信機器であることに気がついてぎょっと目をむいた。
「…え?!これ、なんで…!」
未来と通信を取ることができる機能を決して悪用されないように、この端末は帰代が携帯していたはずだ。
なぜ聖がこれを持って部屋に来たのかと首を傾げていると、彼は悪戯っ子のように笑って口元に指を当てて見せた。
「変ちゃんがお風呂入ってる間に、ちょっとミッションインポッシブってきた。」
「こ…怖いもんなしだなあんた……」
帰代の着替えを漁って端末を盗んできたらしい彼はあっけらかんとしているが、おそらく帰代に知れたらただでは済まないだろう。
端末を手に神無が困ったように笑っていると、彼は画面を軽く爪先で叩いて言葉を続けた。
「彼の声、聞きたいんでしょ。」
「…え、」
「『さびしい』って顔に書いてある。」
聖の指摘を受けて慌てて顔を隠す神無だが、その反応を見て予想を確信に変えた聖はくすくすと笑うだけだ。
呆れられてしまっただろうかと覆った指の隙間からおずおず聖の顔を覗けば、彼は神無の耳元に唇を寄せて声を潜めた。
「今日はアキラちゃんのこと洗う日だから、変ちゃんが風呂から上がるまでもうしばらくかかると思う。」
「……でも…」
「話しちゃいなよ。通話履歴消せばさすがに変ちゃんもそこまで調べないだろうし。」
この機器には有事の際に備えて縞斑の連絡先が登録されている。神無の端末と違って特殊な加工が施されているため、これを使えば元の世界にいるはずの彼と連絡が取れるはずだ。
目の前にぶら下げられた恋人と話をする機会に飛びつきたい気持ちは山々だったが、神無は思わず顔を俯けてぎゅっと唇を噛む。
「迷惑じゃないかな、緊急連絡用なのに……」
「若いうちはそんなこと考えなくていいって。もしも何か言われても俺のお節介だって言えば諦めるでしょ。」
「でも、」
「あの人君にメロメロなんだから、話したかったって甘えたらきっと喜ぶと思うなぁ。」
「め…めろめろ……か…?」
彼に溺愛されている自覚のないらしい神無は怪訝な表情を浮かべて首を捻る。そんな彼に苦笑いを返した被害者の筆頭である聖は、ぽんと軽く頭を撫でた。
「じゃあ、通信終えたら俺がまた戻しにいくから声掛けてよ。」
「え、あ……ありがと聖先輩…!」
「どういたしましてー。」
扉を閉めた聖はぱたぱたと部屋の奥へ戻っていく神無の足音を聞き届けると、ふっと微笑ましいものをみるように目を細める。
踵を返した彼が廊下を進み階段へ足を向ければ、踊り場には見知った仲間たちの顔があった。
「ありゃ、もうばれた?」
「当たり前だ。わざと気配消さなかったろお前。」
「びっくりしたぜ、変が急に風呂から飛び出してったから。」
適当な部屋着に袖を通す帰代とアキラの髪はまだ濡れている。脱衣所に侵入して物色をした人間の存在に気がついた帰代は、念のために後を追って聖と神無のやり取りに聞き耳を立てていたらしい。
夕食にも顔を出さず、どこか寂しそうな表情を浮かべる神無のことを気にかけていたアキラは、聖の行動を咎めることなく小さく肩を竦めてみせた。
「さぁて変、風呂に戻るか。」
「あぁ…今日はいつもより念入りに洗って時間を稼ぐ必要があるみたいだからな。」
「えっ!?別にずっと風呂にいる必要はなくねぇ!?」
「風呂出たのに変ちゃんが端末がないことに気付かなかったら、三十一ちゃんが怪しむでしょー?」
神無を誤魔化すためと言われたら言い返せないが、大嫌いな風呂に長く入るのはいただけない。
そろりとその場を逃げ出そうとしたアキラの首根っこを掴んだ帰代は、無慈悲にも風呂場へと彼を引きずって歩いていく。
「戻るぞ。」
「みぎゃーッ!!」
「いってらっしゃーい。」
風呂に連れて行かれる猫の悲鳴を見送った聖は、密やかな話し声が聞こえる神無の部屋に視線を向けて小さく微笑むのだった。
「…着信?」
風呂を出て髪を拭っていた縞斑はふと、過去との通信用端末が通話を受信していることに気がついた。
仕事の都合で一度戻った縞斑だが、まだ過去には神無が一人で残っている。彼に何があったのだろうかと眉を潜めた縞斑は、通信相手である帰代の名前を一瞥して通話に応答した。
「はい?」
『……あ…だらだら先輩…?』
「…え?神無ちゃん?」
いつもの頑固な男の声が聞こえてくるだろうと身構えていた縞斑は、通話越しにおずおずと聞こえた恋人の声に思わず目を瞬く。
「…何があった?」
端末を扱う許可が降りているのは帰代だけであったはずだ。何故神無が通信を行なっているのだろうか。
非常事態を警戒して身構える縞斑の気配を察した神無は、慌てた声を上げてしどろもどろと言葉を探した。
『あ、な、何があったとかじゃなくて!俺も先輩たちも元気だよ!大丈夫!!』
「なら良かったけど、なおさらなんで…」
『えっと…それは、その……聖先輩が貸してくれて、』
あー、うー、と言葉を詰まらせる神無の声に嘘はない。怪我を隠しているわけでも、緊急事態でもないのだろうと納得した縞斑が大人しく言葉を待っていると、神無は蚊の鳴くような声でぽつりと呟いた。
『…いま、なにしてるかなって……声が聞きたくなった、から』
「……って言えってあの人から言われたんだとしたら、それはパワハラだよ?」
『ちげぇよ!ほんとに俺が思ってんの!!』
こと恋愛においてはとことん初心な神無からの連絡に、縞斑は彼が主体の行動とは思えずそう尋ねる。
盛大な勘違いをされたことに気がついた神無は、慌てて声を上げて訂正すると深呼吸をして落ち着きをどうにか取り戻した。
『今夜七夕だったんだよ。』
「あぁ、そっちは今夏だったね。」
『うん。それで…みんなで短冊に願い事書こうってなったんだけど、なんか…急にさびしくなって、』
縞斑に会いたくなって落ち込んでいたところを見た聖が、どうにか帰代を言いくるめて端末を拝借したのだろうか。
本来なら私用の連絡など絶対に許されないことだが、神無に甘いあの世界の先輩たちは多少の無理なら突き通しかねない。
「……借りができたな。」
『え?な、なに?』
「こっちの話。そっか、俺も神無ちゃんと話したかったから嬉しいよ。連絡くれてありがとう。」
本心を口にして礼を言えば、それまで怒られるのではないかとびくびく怯えていた神無の空気がようやく緩んだ。
声が聞きたいという理由で電話を寄越すなど可愛らしい以外のなにものでもないが、あれで周りの視線を気にして遠慮する神無は先輩たちの後押しがなければここまで踏み切れなかっただろう。
我慢を重ねて感情が爆発する前に気がついてくれた彼らには、流石に今回は礼を伝えなければならないかもしれない。
「そっちはどう?みんなと上手くやれてる?」
『うんっ、今度の非番に流石先輩とアキラ先輩と駄菓子屋行くんだ!安くて小さなお菓子がいっぱい売ってるの!!』
「あーそうか、こっちの時代にはもうほとんどないもんね。」
『そう!瓶のソーダ一緒に飲む約束した!』
弟気質の神無は警視庁でも宿舎でも最年少であるため、ずいぶん彼らに可愛がられているようだ。
あちらの世界での様子を話す神無は嬉しそうで、少しでも彼の繋がりを広げるきっかけになればと送り出した縞斑はほっと息を吐く。
「俺が行った時は神無ちゃんが案内してね。」
『…!うん!任せといて!!』
ようやく元気を取り戻したらしい神無の声を聞いていた縞斑は、ふと部屋に顔を出したアサギリに目配せをする。
あと3分。そう手を広げて頼み込む仕草を見せれば、彼は少しだけ呆れた様子で小さく頷いて音もなく部屋をあとにした。
『せんぱい?』
「あぁ、大丈夫。俺も明日にはそっちに行く予定だから。」
元々数日後に戻る予定で話を進めていたが、今夜寝ずに報告書を仕上げれば明日の昼前にはあちらの世界に渡れるはずだ。
珍しく本気を出すつもりで仕事の時間を逆算した縞斑が机に向かえば、神無は予想よりも早い再会に驚いた様子で明るい声を上げる。
『え!?ほんと!?』
「本当。だから良い子で待っててね。」
『うん!待ってる!!明日非番だから迎えに行く!!』
「あはは、ありがとう。」
食い気味に返事をする神無のはしゃぎようを穏やかに笑った縞斑は、ふと椅子を回して窓の外に視線を向けた。
「神無ちゃん、北極星見える?」
『え?えっと…北…北だから……あ!あった!!』
「そっか。」
『見えたけど、急にどうしたの?』
こちらの世界の冬の空には逢瀬を待つ輝きなどないけれど、代わりに北で輝く二等星を眺めた縞斑は目を細める。
「好きだよ、神無ちゃん。」
がたっ どたん。
ベッドから転がり落ちたらしい盛大な物音と呻き声に、縞斑は思わず声を上げて笑った。
『うぇ、な…なん、はぁ!?』
「あははっ」
『か、揶揄うなよ!』
「ごめんごめん。額大丈夫?」
ぶつけた額を押さえた神無は図星を突かれた様子でぐぬぬと口籠る。
『そういうのは会ってから言えばか!!』
「あ、」
唇を尖らせて額に手を当てる神無の姿を鮮明に想像した縞斑がくつくつと喉で笑っていれば、神無は地団駄を踏んで通話を切ってしまった。
沈黙する端末をしばらく見つめていた縞斑は、明日は会うなり機嫌を取るためにスイーツを買いに行かなければならないかもしれないと口元に幸せそうな笑みを浮かべる。
「…お話終わりましたか?」
「うん。明日までに終わらせるから、書類じゃんじゃんもってきてアサギリちゃん。」
「いつもそれくらい仕事してください。」
呆れたアサギリが抱える書類を受け取った縞斑は、これ以上神無の臍を曲げないためにも宣言通り仕事に意識を向けた。
明日は彼らの宿舎に飾られた短冊を見るのが楽しみだ。そう縞斑はほくそ笑む。
自惚れじゃなければ、きっと彼の願いは自分と同じはずだから。
終