両片思い期の本編ドラヒナで、バレンタインデーのお話です。
個人的に好きな、アカジャのバレンタインのお話を二つ絡ませました。あの「今回は、私に聞きに来ないのだね?」というセリフは、人外特有のネッチョリ感があって好きでした。
ヒナイチくんは、こういう無自覚な地雷を踏むタイプだと思っています。
10日後のドラゴベテ…「鳥達がつがいを決めて、巣作りを始める日」に、お菓子で誘われて、選択を迫られるヒナイチくんのシーンを追加しました。
2024/02/13に上げました。
@kw42431393
「なぁ、ドラルク。その…イチゴジャムの作り方を、教えてくれないか?」
今年は、それにするのかね?
チラリと私は、カレンダーに目をやった。
明日は、2月14日。聖バレンタインデー…女の子が、好きな人にチョコレートを贈る日。
似た様な行事は世界中にあるけれど、普通、男性から贈る事が多いものだ。
日本の製菓会社が、チョコレートの販促イベントとして、定着させたイベントだからね。
始まった当初、ルーマニア出身者の私からすると、不思議に思ったものだ。
とはいえ、料理は純粋に私の趣味だ。
これに便乗して、ここぞとばかり、思いつくスイーツをご近所、ギルドに、吸隊の諸君に配るつもりだとも。
そういえば…非モテのロナルドくんは、今年もぶぶおくんやショットさんと、つまらない虚無を彷徨うのだろうか。
「お前は、何で嬉しそうなんだよ。」
そう言ってくるが、要するに気の持ちよう、考えようなのだ。
恋人がいる者しか楽しんではいけない、なんて、誰も言っていないのだから。
何より、この前日、私が、密かに楽しみにしている事がある。
うちの可愛いハムスターもとい、ヒナイチくんが、私にスイーツ作りを習いに来るのである。
他ならぬ私を頼ってくるのは、お目が高い。そりゃ、気持ちがいいとも。
「今回もいいよ。クッキーにケーキにイチゴ飴、色々作ったよね。」
「うむ。こ、今回も頼むぞ。」
「勿論、私が教えるのだ。大船に乗った気でいてくれ給えよ。」
じゃあ、作ったものをどうするか…というと。自分で、食べてしまうのだ。
誰かにあげる訳ではない…私は、人間の食事を受け付けない。
だから、私が貰える訳ではないけど、誰にもあげない。
今の所、心配する必要はない、という事だ。
まだ、遊んでいたいもの。
彼女は、出会った時から目をつけていた私の可愛い獲物…獲物だった少女。
いつかは、私しか見えない様にするけれど、その過程だって面白いはず。
だから、それでいい。
そういえば、以前一度だけ、マリアさん達の女子会メンバーで作るから…と来なかった事が、あったっけ。
私自身、男性陣で色々作ってたし、若造が横で生地で遊びそうだったし、忙しかったから、気にしなかったが…私は、心が広いからね。
忙しくても、ちゃんと可愛い君の教官をしてあげられる自信は、あったのに。
『もしかして。私にあげるつもりだから、習いに来ないのかな?』
…白状するよ。そんな淡い期待が、あったのだ。
ジョンと型抜きしながら、こっそり振り返って確認した君の顔は、妙に、難しい顔をしていた。
そりゃ、期待したっていいでしょ?
結果は、どうだったかというと…例年通り、自分で食べてしまった。
期待が外れてガッカリしたのは本当だけど、今回も誰かにあげた訳ではない。
私の顔を見るなり、アンテナがクルリとハートマークを描いて…
「クッキーを貰いに来たぞ!チョコレートでもいいぞ!」
上目遣いでそういうのだ。
だから、それでいい。
まだ、お子様の間は…君の望む、お母さんでいてあげようではないか。
クッキー製造機から、そろそろ卒業させて欲しかった…という本音は、胸の内にしまっておくよ。
「ドラルク、今夜も監視に来たぞ。」
「ハッピーバレンタイン!ヒナイチくん、待っていたよ。さあ、座って、座って。」
初めから、諦めていると気楽なものだ。
私は、そもそもあげる側の者だったのだ。
ドラルク城をイメージしたパフェ、私達を描いたザッハトルテにブラウニー、冷めても美味しいドラちゃんクッキー…私も色々作ったものだ。
一番食べて欲しい君に、君が頬を膨らませる姿を堪能させて貰う。
一番のお返しは、それでいいよ。
「うん!遠慮なく、頂こう!」
「なんだ、騒がしいな…よう、ヒナイチ。来たな。じゃあ、はじめっか。」
「ヌヌッヌイ!」
バレンタインに、それぞれが作った料理を並べる。
ロナルドくんが作ったものは…まあ、あれだが。バナナは美味しいので、問題ない。
「なあ、ドラルク。紅茶に、これを入れて飲もう。」
これから、始めようという時に、ヒナイチくんがおずおずとそう言った。
差し出してきたのは、ヒナイチくんが作ったイチゴジャム。
途中で、かき混ぜるのをジョンとロナルドくんと交代して、交代するたび、皆『味見』と称して…ジャムは、亜空間に消える。
だから、グラニュー糖に漬け込んだ予備のイチゴを出して、お鍋に再び入れて…出来た、美味しいイチゴジャム。
「おっ、それいいな。このクラッカーに付けても、美味いだろうな。」
「ヌヌヌ!」
いいアイデアだね、それなら、私も一緒に食べられる。
こういう優しい子、お母さん大好き…
「ドラルク、お前はこっちを。そ、その…。」
おずおず差し出された、小さな瓶。
ヒヨコとイチゴが描かれたラベルには、彼女の筆跡で『Sfânt Valentin fericit 』
「紅茶に入れたら、大丈夫なのは知ってるが…吸血鬼用に、生き血ボトルの血を添加したんだ。」
「わざわざ、別にしてくれるなんて…ありがとう。味わって飲むよ。」
鼻腔をくすぐる紅茶の香りに、甘いイチゴジャムの匂いが混ざる。元々、私がレクチャーしたジャムだ。
不味い訳が、ない。
「さて、私も…ん?」
蓋を開けたジャムから漂う、この芳しい香り。この匂いは、A型の…
チラリと、必死にクッキーを奪い合う少女を盗み見る。
昨日にはなかった、絆創膏が指先に…
「ん?どうした、ドラルク?」
「うん、香りを堪能してたのだよ。」
ジャムを入れた紅茶を、一口啜る。
もっと高級な紅茶なら、何度も飲んだ事がある。
でも、目の前にあるこの紅茶とは、比べ物にならない…それほど、香りも味も素晴らしかった。
「お前が見繕ってくれた、この紅茶。美味しいし、いい匂いだな。お前が作ってくれるおやつに、よく合う。」
君の血にもよく合うよ…その言葉を飲み込んだ。
『ここに処女の生き血が、一垂らしあれば…』
冗談半分、本気半分で言った言葉。
その時は、はぐらかされた言葉。
折角、諦めてあげたのに。
諦めた時に限って、そうしちゃうのかな。
本当に、君って子は。
「ねえ、ヒナイチくん。」
「おいしい、おいしい…何だ?」
口回りの食べかすを、取ってやる。
ごめんね、やっぱり決めちゃった。
「美味しいジャムをありがとう。10日後、非番だったよね?」
「そうだ。」
10日後は、ドラゴベテ。
祖国では、愛する女性にスノードロップを贈る日。
日本人の彼女は、それを知らないだろう。
「美味しかったよ、君がくれたこのジャム。お返しに、ホワイトチョコのケーキを焼いてあげる。」
「ホワイトデーには、早くないか?」
「いくらあってもいいでしょ?いらないのかね?」
「そ、そんな訳ないぞ!10日後だな!約束だぞ!」
スノードロップを模した、最高のホワイトチョコのケーキを焼いてあげる。
勿論、受け取ってくれるよね?
私と一緒に、楽しい時間を過ごそう?
そして、その白い可憐な手に、太陽の様なその赤毛に…あわよくば、その可愛らしい柔らかな頬と唇に。
鳥達がつがいを決める愛の日に、私にキスをさせておくれ。
「ドラルク、約束通り来たぞ!」
「あぁ、いらっしゃい。さあ、ここにおかけ。」
今日は2月24日の、私が非番の日。
10日前のバレンタインの日に、ドラルクが「お返しにホワイトチョコのケーキを焼いてあげる」と言ったんだ。断るはずがない。
元々、ドラルクが作る料理は、この世で一番美味しいものだ。
元々、出世に興味はなかったけれど、左遷させられてよかった…そう思っている主な理由だ。
床下のカレンダーに〇をつけて…ずっと楽しみにしていたんだ。
でも、変だな。ホワイトチョコのケーキ、そう言っていた。そもそも、ホワイトデーではない。
「どうして、ホワイトチョコなんだ?」
そう聞いてみた。ホワイトデーでないなら、何なのだろう?
「ウフフ…スノードロップって知ってる?」
白くて、可愛い…祖国で春を告げる縁起のいい花なんだよ…そういうお前の瞳は、妙に吸血鬼らしかった。
少し、その目に心がざわついたけど、何か隠している気がしたけど…でも、私はここに来た。
「…一人で来てね?このジャムのお礼に、君にだけ、食べて欲しい。」
独り占めしていいのか…今、思うと、何故断らなかったのだろう。
ドラルクが、小突くだけで死んでしまうクソザコだから?
危険性のないミミズ以下だから?
これまで、チャンスはあったけど、冗談で済ますだけで…私の血を吸わなかったから?
「違う、本当は…。」
あいつに言えない想いが、ここにあるから…
「ヒナイチくん?」
「ちん!?」
秘めていた想い人の声に、飛び上がる。慌てて、居住まいを正して…
「さあ、おあがり。」
目の前に置かれた、大きなホワイトチョコのケーキ。
写真で確認した、スノードロップの形をした、とても綺麗な大きなケーキ。
「いただこう!」
切り分けようと、ナイフとフォークに手を伸ばす。でも、その手は骨ばった手に抑えられて…
「ヒナイチくん…。」
妙に冷たい声に、ドキリとした…ロナルドもジョンもいない事務所に、夜中に二人きり。
いや、焦るな。今までだって、あったじゃ…
チュッとリップ音が鳴って、手に冷たい吸血鬼の唇の感触が落ちる。
今まで、何度となくされた、気障なキス。何だ、いつもの事じゃないか。
「アハハ…変わらないな。お前…」
「じゃあ、ここも?」
クルクルと、いつも誉めてくれる赤毛を掬って、もう一度。続いて、額に…。
だ、大丈夫。髪だって、額にだって。何度となく…された、じゃな…
「ねえ、ドラゴベテって知ってる?」
耳元で囁かれる、本当は大好きなよく通る声。頬に触れる、冷たい感触と…
「ひぅっ…?」
本能的に、体が縮こまる。嫌だというのは、簡単だ。
この肩を押せばいいだけ…それだけで、こいつは塵に…
「今日はね、鳥達がつがいを決めて、巣作りを始める日なんだ。だから、愛する人にスノードロップを贈って…その相手にキスをするんだよ。」
ドキドキと心臓が、爆発しそうだ。言っている意味が、分からない訳じゃない。
じゃあ、その後、私がする事は…?
「あのジャムを口にして、私は君に決めちゃった。折角、諦めてあげようと思ったのに。折角…」
クッキー製造機で、満足するつもりだったのに…
じゃあ…私が次に起こす行動は…
「ねえ…ヒナイチくん。返事を聞かせて?」
勇気を出して、私はこの手を痩せこけた両頬に当てる…目の前のお前の口が、吸血鬼らしく裂けていくのを、確かに見た。