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消極的山ォ×転生ョ

全体公開 ォョ関連 1 37 8477文字
2024-07-20 10:14:35

モブ視点→ショウ視点
inパルデア

Posted by @kurato0o

その日は生憎の雨だった。滅多に降らない雨。予報では夜も降り続けるとのことで、男はうんざりとした面持ちで身支度を整える。今日も出社。生きていく為には働かなくてはいけない。男の住む地域ではポケモンバトルが最近ようやく活性化してきて、誰でもアカデミーに入学できるようになったが、年齢的に、身体も気力ももう追い付かない。そもそも男はポケモンバトルが元々そう得意な方ではなかった。出来たら楽しいだろうという気持ちはいつだってあった。テレビで流れてくる別の地方、ガラルでのバトルはいつ見ても白熱するし、生で観戦してみたい気持ちも大いにある。しかし、あの場に自分が立ちたいとは微塵も思わない。凄まじい熱気、バトルコートに立つ人物の気迫、一瞬の隙が命取りになるような駆け引きと、撃ち出される渾身の一撃。あれは見ているから笑えるのだ。あの場に立って笑えているのは狂人くらいだ。そう感じるほど、ガラルのバトルは鬼気迫るものだ。男の住むパルデアではまだそこまでバトルが浸透している訳ではなかった。ポケモン家業で食っていけるほど、色々な職がある訳でもない。ただのサラリーマンには、今日も憧れを抱いて、そんな自分に気付かずに日々を生きるだけだ。
使い慣れた黒い傘をさして、男は家を出る。職場までの道を変えることもない。毎日変わらない景色を今日も眺める。いや、視界に映すだけ。ただ無心で歩く。
代わり映えしない日々。それが男の日常であり、当然だった。
雨粒が傘を打つ。何かのリズムのようにも聞こえるが、出勤前の自分には煩わしいだけだった。
イキリンコたちが雨の中歌っている。
タクシー乗り場まで来ると、白い傘をさす小柄な女性がきょろきょろと辺りを見回していた。彼女はぶかっとした、裾の長い白いワンピースを着ていて、なんとなくお育ちの良いお嬢さんという印象を受ける。物珍しそうにイキリンコたちを見上げては、また周囲を見渡して、またすぐにイキリンコの歌に目線を上げる。濃紺の大きな瞳に宿るのは好奇心のようで、期待を含んだ眼差しをタクシーに何度も向けては、思い出したかのようにまた周囲を見渡す。
何か困っているのだろうか。
毎日ここを歩いているが、見たことのない顔だ。
もしかしたら本当にどこかのお嬢様か何かが迷子にでもなっているのだろうか。
男は逡巡の後、遅刻しそうな時にしか使わないタクシー乗り場に足を進める。男は勤勉な性格の持ち主だった。少し会話して足止めを喰らったところで、遅刻する時間帯に出社するようなタイプではなかった。
「どうされました?」
声が届く距離まで来て、男は女性に声を掛ける。白いワンピースを翻した女性が、きょとんとした表情で男を振り返る。濃紺の長い髪と、白い肌。大きな瞳に男が映る。瞬時にぱっと表情を和らげたその人は、女性というより少女のようなあどけなさを持っていた。
「こんにちは」
少女は明るい声でそう言った。鈴が鳴るような、心地の良い声だった。
呆気に取られておずおずと頭を下げてしまう。
少女はそれまで落ち着きのない動きをしていたのを止めて、男に向き合って一度くるりと白い傘を回した。
「久しぶりの雨ですね」
少女はそう言って白い手を空に向かって翳す。雨粒が陶器を滑るように、彼女の手を濡らした。
久しぶり、というか、パルデアは元々雨の少ない地域だ。降ってもすぐに止む。
「雨が降っているのにポケモンが嫌がってなくてびっくりしていたんです。しかもタクシーまでやってるなんて。パルデアは面白い場所ですね」
少女はにこやかにイキリンコを振り返って、また男に笑いかけた。
……旅行ですか?」
「いえ、移住してきたというか、まあ、そんなところです」
男の質問に、少女はからりと答えてまた傘を回した。
雨が嬉しいのだろうか。
「困っている訳ではないのですか?」
男は一応もう一度尋ねる。
少女はきょとんと丸い瞳を更に丸くしてから、ゆっくりはにかんだ。
「ええ。お気遣いありがとうございます」
少女の笑みは雨の中、どこか非現実的な空気感を放っていた。どこからか迷い込んできたような風貌に、男は今が何時なのか、この道は本当に自分の慣れ親しんだ道なのかよくわからなくなってくる。
少女はにこっと笑って、またタクシーの周りをぽとぽと足音を立てながら興味深そうに眺め始める。男はそんな彼女を横目に歩き出す。
視界から少女が消えた瞬間、謎の感覚に襲われて、一度振り返った。
少女はまだそこにいて、イキリンコの歌に小さく肩を揺らしていた。



それから暫く、男の頭の片隅にはあの少女の姿があった。興味津々といった様子で雨の日を楽しんでいた少女。あの日、彼女は結局何をしていたのだろう。タクシーに乗りたかったのだろうか。それにしては挙動不審でもあった。目的地があるようにも見えなかった。少女は、男の代わり映えのない毎日からすると摩訶不思議な存在だった。突然そこに湧き出たような。
幻想か、はたまたポケモンが変化でもしていたのか。
気にはなるが、なったところでどうしようもない現実。
それでも気になると言うのが本音。
毎日同じ道を通るのは変わらない。ひとつ違うのは、タクシー乗り場に着く頃にはきょろきょろとあの日の彼女のように周囲を見渡してしまうことだけ。彼女がいないか、また会えやしないか、そんな幻想を抱いている。そして毎日打ち砕かれる。
雨の少ないパルデア地方は毎日からりとした晴天で、雲ひとつない。雨の日だけ現れるというのも変な話だ。あの少女はあの日、たまたまそこに居合わせただけなのだろう。そう思うことにした。仕事に行き、言われたことだけをして、帰って寝る。ポケモンを連れ歩き、眩く夢を目指す人たちを尻目に、ひっそり過ごす。その生き方に変わりはなく、意志もない。男の普段通りの生活が戻ってきただけだった。

「あっ、こんにちは」
そう考えていた矢先、彼女はふと目の前に現れた。
その日はいつもの晴天で、雨は降っていなかった。
以前着ていた白いワンピースに近いワンピースを纏った彼女は、肩に小さなヤヤコマを乗せて楽しそうに笑って男にぺこりと頭を下げた。
「先日はお気遣いありがとうございました。今日もお仕事ですか?」
気さくに話しかけてくる少女に、男は面食らいながら「ええ」と返すのが精一杯だった。自分が柄にもなく思い悩んでいたのが馬鹿らしくなる程、彼女はそこにきちんと存在した。地に足を付け、光そのもののような無垢な笑顔でヤヤコマの羽根を撫でている。
「パルデアは楽しいですね!ポケモンとの距離が近くって」
少女はにこにこと笑みを絶やすことなく、男に語り掛けた。
男はポケモンと暮らしていない、所持もしていない。大昔、ポケモントレーナーを目指したこともあるにはあったが、すぐに向いていないと思った。それまで一緒にいたポケモンたちは実家にいるし、一人暮らしをするようになってからは自分のポケモンというものを探すこともなくなった。そういう人間の方が珍しいのだが、男自身そのことについて深く考えることもやめて久しい。だが、今目の前で楽しげにポケモンと戯れる少女を見ていると、純粋にいいなという感情が芽生える。男は何も、ポケモンが嫌いな訳ではないのだ。ただ、色々と向いていなかっただけだった。
「そうですね」
考えた結果、一言だけ漏らす。少女は男の曇った表情に気付いたのか、ヤヤコマをゆっくり撫でながらふっと優しく微笑むだけだった。少女に撫でられて、ヤヤコマは気持ちよさげに小さく鳴いている。くりくりとした黒い目は少女のものとよく似ていた。
忙しない朝のワンシーンとは思えないような景色に、少し呆気に取られる。この後いつも通り仕事に向かうなんて信じられないほどに。
以前と同じタクシー乗り場の近くに腰掛けて、のんびりしている少女は、街の喧騒とは程遠い場所にいるようだった。そこだけが異空間か何かのようで、彼女の周りだけ独特の空気感、時間が流れているようでもあった。少女の醸し出す雰囲気は他の誰とも違っていた。緩やかで、穏やかだ。隣に腰掛けて、古い友人のように話をしてみたかった。それでも仕事を放り出すほど、男は享楽に耽る性質でもなかった。にこにことヤヤコマを撫でている少女に頭を下げて、その場を通り過ぎる。彼女の前を通る時、心臓がばくばくと脈打っていた。歩いて、彼女の姿が見えなくなったところで振り返る。魔が差したという具合に。彼女は自分の視線に気付いて、にこやかに手を振っていた。

彼女は時折そこにいた。いつも肩にヤヤコマを乗せていた。ヤヤコマはいつも機嫌良さそうに彼女の方で囀っている。彼女によく懐いているのが一目でわかった。彼女は何をするでもなく、そこでのんびりとしていて、たまに幼子のように足をぶらぶらとヤヤコマの囀りに合わせて揺らしている。一週間に一度ほど出会う。彼女はいつも定位置に着いていて、男は一言、二言交わして、仕事に向かう。なんてことのない時間。それでも、なんの変化も喜びもない生活の中で、男にとって少女と顔を合わせる時間だけが、自分に与えられた褒美のようで、その瞬間だけを切り取って、美しいものと認識せざるを得なかった。少女はいつだって笑顔を敷いていて、通り過ぎるポケモンや、風を感じて気持ちが良さそうにしていた。男の生活にはなかった、自由で穏やかな時間だった。彼女がそうして過ごしていることだけでも、男のくすぶっていた心が晴れていく。気付けば彼女に会えるのを心待ちにしている自分がいた。会っても、会話という会話をする訳ではない。それでも、彼女がそこで静かに、気ままに過ごしているところを見ていたかった。そして叶うなら、その傍で話がしてみたい。そう思うようになっていた。

休みの日。
男は決まって家にいる。買い物は仕事帰りに済ましてしまう為、本格的にやることがない。家の掃除をするくらいだ。けれどこの日はいつものように髭を剃り、身だしなみを整え、一番綺麗な運動靴に爪先を差し込んだ。
開けたドアからは眩い光が差し込んでいた。晴れている。男は頬が緩むのがわかった。もしあの場所に彼女がいなくても、これは散歩日和。いい日だということに変わりはない。
いつもの道を歩く。働きに出ている時はなんの余裕もなかったのに、最近は通り過ぎる人と会釈できるようになった。今日がどういう天気なのか、空を見上げるようになった。たまに自分を見上げてくるポケモンに、罪悪感や引け目を感じることもなくなった。ただの少女の、ただの笑顔が、ここまで自分の生活を変えてしまうとは思わなかった。彼女のことを知っているとも言えない。話したことだって。けれど良い出会いだった。そのことに、偽りはない。
イキリンコの歌が聴こえるタクシー乗り場に、彼女の姿があった。彼女がいるかどうかは行ってみないと分からなかった。運がいい。少女がこちらに気付いて、いつものように笑いかけてくれる。男は手を上げて答えて、奥に見えた影に気付いた。
彼女の隣には男が座っていた。男、といっても自分の人生で見たこともないほどの美人といった方が表現としては近しい。白い肌は透き通っているのではないかと思うほどで、帽子の鍔で陰の落ちている表情は暗く、不健康の三文字がぴったりという具合だった。それでも少女の傍にぴったりと座っている辺り、それを少女が気にも留めていない辺り、知人ではあって幽霊とかそういう類のものではないのだろう。それでも若干の恐怖心はある。美しい金糸の長い髪の隙間から、白んだ瞳がこちらを捉える。そこにあるのは無関心だった。
「こんにちはー」
異様な存在感を放つ男の隣で、少女は今日も軽やかに手を上げた。いつも彼女の肩にいるヤヤコマがいない。思わず、
「今日ヤヤコマは……?」
そう尋ねてしまう。少女はああと頷いて、
「ここです!」
手を向けた。それは隣の男の膝だった。そこにいるのは一回り大きくなって、精悍な顔立ちになったヒノヤコマがいる。ヒノヤコマは死人のような男の膝の上で毛繕いの真っ最中だった。
動揺した。
ポケモンは個体差も勿論あるが、彼女のヤヤコマは彼女の肩から離れることを絶対にしなかった。男にも近寄ってくることはなかった。警戒心が強いのか、単純に主人である彼女のことが大好きなのか、気にしたことすらなかったが、目の前で起きていることは男の心を揺さぶった。彼女のヤヤコマが、彼女以外に懐いていることが、男には信じ難かった。
「つい昨日進化したばかりなんです!かっこいいでしょう」
少女はこちらの複雑な心情には気付かず、楽しげに訴えた。動じながらも何度も頷く。よく理解したとか、本気でそう思っているからとか、そんな素晴らしい理由ではなかった。少女が発言した瞬間、明らかに隣の男の瞳が鋭利な光を持って細くなったのを、男は見逃さなかった。ぞ、言葉に出来ない悪寒が背筋に走った。今まで経験したことのない、明確な敵意。頭から喰われるような恐怖。ざり、と音を立てて男が一歩下がるのと、少女が丸い目をぱちりと瞬かせたのはほぼ同時だった。
「あ、この後ろの人は気にしなくて大丈夫ですよ!ちょっと見た目が不健康なだけの良い人ですので!」
少女が両手で自分の隣の男を指して笑った。顔面蒼白になっている自分に、見目麗しく不健康そうな大男は彼女の言葉を受けてうっすらと笑みを浮かべた。その笑顔はどこからどう見ても余所行きのもので、貼り付けただけのものだとわかるものだったが、同時に人好きしそうなものでもあるという印象を受ける。元々整った顔立ちをしているからだろうか。一見柔和にも見える笑みで大男はこちらに軽く頭を下げた。そしてこう言った。
……どうも。妻からよく話は聞いています。今日はお仕事ではないんですか?」



ひとり、家路につく。
男は半ば放心状態ではあったが、身体は勝手に家へと向かっていた。
「つ……妻?」
「ええ」
秀麗な男の口から飛び出た単語を繰り返す自分に、彼は冷淡な笑みを浮かべたまま同じ言葉を紡いだ。隣の少女は男の膝でくつろいでいるヒノヤコマに手を出して、自分の肩に乗せた。どこか居心地が悪そう、というより困っている、いや、呆れているといった表情だった。また……と小さく唸る少女を意に介さず、彼は自分をしっかり見据え、否、睨んで、
「今日は散歩日和ですものね。良い休日を、お互い」
見事に牽制してみせた。
威圧感のある佇まいと台詞にそれ以上何も言うことが出来ず、男はその場を離れた。
きっとあの少女は二度とあの場所に来ないだろう。確信があった。おめおめと立ち去る背中に、「お元気で!」と明るい声を掛けてくれた少女はしっかりこの世に実在していた。幻ではなかった。あのいたく美しい男の存在が、如実に物語っていた。
恋をしていた訳じゃない。
惹かれていた訳でもない。
けれどつまらなく、なんの取り柄もない自分の人生で、久しぶりに眩いものを見た。人はあんな風に、幸せに笑えるいきものなのだ。
帰ると家の前に蹲る小さな姿がひとつあった。
しゃがんで目線を合わせてみると、自分の膝丈にも及ばない小さなピチューがしょぼんとドアにもたれかかっている。
……どうしたの?迷子?」
努めて優しく尋ねてみると、ピチューは心細そうに耳を垂らして、大きな目に涙を滲ませた。
ポケモンと生きる。皆が当たり前のようにしていることを、男は避け続けてきた。けれど、あの幸せそうな少女が大事そうに喉を撫でたヤヤコマが脳裏に浮かぶ。
……うちでごはんを食べてから考えるかい?」
手を差し出す。
ピチューはまだ不安そうに耳を垂らしたままだったが、男の手に小さな手を重ねた。
少しだけ、人生というものを楽しめる気がした。



「ウォロさん、大人気ないですよ。この期に及んで」
ショウはヒノヤコマの背中を撫でながら、隣の大きな男を見上げた。座ったまま頬杖をつき、居心地悪そうにしている張本人はそれについて語ることもなく、ただじっとしている。ウォロが明確な敵意を醸し出した瞬間、ショウはまたか!と思ったし、この人は本当に人畜無害な方ですよの意味を込めて間に入ろうとしたが、長年生きてきて思考も思想もぐちゃぐちゃになった挙句凝り固まった人間に通用する筈もなく、ショウの頑張りは特に効力を為さなかった。
「あの人、多分ポケモンが好きなんですよ。いつもこの子を見てましたから」
ヒノヤコマがショウを見上げて機嫌よく首を縦に振った。触らせてほしいとか、肯定的な言葉を聞くことは終ぞなかったが、いつもショウの肩でのんびりするヤヤコマを羨ましそうに見ていた、寂しそうな視線を思い出す。きっと悪い人ではないのだろうと、その時思った。そもそも「悪い人」の概念を煮詰めたような男と一緒に暮らしているショウにとっては、誰でも良い人に見えなくもない。
じっとりと見上げると、ウォロが目を細めた。
「どうせワタクシは肝の小さい男ですよ」
こんな風に、ウォロが自分を貶めて言うのもいつかの自分が聞けば大層驚いたことだろう。いつだって不遜で、自分に自信があることをひけらかした態度と物言いで人を振り回していた男だった。今思うとそんな人物に恋い焦がれ、一生を懸けて忘れられなかった自分は男を見る目がないんだな、とも思う。
最近少しずつ張ってきた腹部に触れると、ヒノヤコマがゆっくりショウに寄り添った。
「この子のおかげでずっとあったかいです。パルデアは天気も大きく崩れないし、いいこと尽くしですね」
……船が到着してからで良かったですよ」
ほとほと滅入ったという声音でウォロは言う。
ウォロと再会してから、各地を旅してきた。きっかけはそろそろ本場のサンドウィッチが食べてみたいというありきたりで小さな願いをショウが口にしたことだった。次の目的地がパルデアになり、船に乗ってやってきた。普段ショウは乗り物酔いをしない。前世で色々なポケモンに力を貸してもらったおかげか、大幹は人並み以上だった。けれど今回は船に乗っている間、なんだか気分が悪くて、大丈夫と言ってもショウ以上に狼狽えるウォロを宥めるのにも必死でなんだか生きた心地がしなかった。パルデアに着いて真っ先に駆け込んだのは病院で、食欲さえ失ったショウはサンドウィッチのことすら忘れてウォロにおぶられていたが、そこで妊娠が発覚した。
まさか。
驚きと、成程なという納得が同時に来た。
もしウォロとの子を身籠るなら、忘れた頃にぽーんとくるだろうという予感が昔からどこかにあった。まさか船酔いと勘違いするようなタイミングでくるとは思っていなかった。そして案の定ウォロはショウの何倍も動揺した。それを宥めるのにまた手こずった。
「何度も言いますけど、心配しすぎるとウォロさんの方が先にぽっくりいくかもですよ。若くないんですから、真面目に」
笑ってそう言うと、恨めしげに睨まれる。およそ人間の寿命を軽く超えている男は、いつの間にか心配性の権化と化している。
反対に、ショウには確信があった。
この子は元気な子だ。
なんてたって、会いたい人に会う為だけにここまで来た自分と、その相手の子なのだから、それはもう諦めが悪くしぶとい子だ。
妊娠して少し落ち着いた頃に出会ったヤヤコマは、まるでショウにではなく、お腹の子に会いたいとでも言うように、ある日ベンチに座っていたショウの膝に乗って腹部に寄り添ってくれた。調べてみると、ほのおのからだという特性を持っているようで、きっとお腹の子を温めてくれているのだと今は思っている。少し身体が辛い日は、必ず傍にいてくれる。ショウより母親のようだった。
妊娠が分かってから、ウォロはずっと不安そうだった。懸念も、憂慮も、ショウには分かるようで理解することが出来ない。それでもショウは、きっと子煩悩なのはウォロの方だと確信めいたものがある。きっと、今度置いていかれるのは自分の方なのだ。覚悟はない。自信もそれほどない。けれど、会いたいという気持ちが何より強いのだ、いつだって、昔から。
「お散歩しながら帰りましょ、ウォロさん」
ショウの言葉にヒノヤコマが飛び立つ。先導するように家路を目指す姿を見上げてから、ウォロに手を差し伸べる。ゆっくり、その手を握り返され、立ち上がる。
「寒くないですか」
「ぜーんぜん。来たのがパルデアで本当にラッキーでしたね」
「歩けますか?」
「心配性過ぎますよ」
手を繋いで笑う。
ほんの少し先の未来、この手の間には小さな手があるのだろうか。普通の家族として並んで歩いているのだろうか。
そういう日々があったっていい。人生は長くて、いつだって光はどこかを照らしているのだから。
ふたりの頭上を飛ぶヒノヤコマが、子守歌のような囀りと共に夕陽を目指していた。


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