カルみと
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「……ごめん、だらだら先輩。」
告げられた言葉に縞斑は絶句した。
自分へ伸ばしかけた手をそのままに硬直する縞斑を見上げた神無は、申し訳なさそうに顔を伏せてもう一度謝るとその場から逃げ出す。
走り去っていく小さな背中を茫然と見送った縞斑の肩から、どさりと音を立てて鞄が地面へ滑り落ちた。
縞斑狩魔は、神無三十一に振られた。
「許されるなら引きこもって泣いてたい。」
「許さないので働いてくださいね。」
アジトのソファに寝転がって両腕で目元を覆う縞斑の弱々しい声に遠慮することなく、相棒のアサギリは彼の机の上に大量の仕事を積んでいく。
「傷心したマスターに掛ける言葉がそれ…?」
「プライベートに干渉するのは失礼かと思いまして。」
「その気遣いは優しさじゃないのよアサギリちゃん。」
昨日縞斑は神無に振られた。
外堀は完璧に埋めたつもりだった。
告げた瞬間、照れたように頬を染めた様子を見て勝利を確信し拳を強く握り締めた。
けれど神無は表情がみるみる曇ったかと思えば、悲しそうに眉を寄せて頭を下げたのだ。
理由を聞く余裕もなく茫然と立ち尽くしているうちに、気がつけば神無はその場から逃げ出してしまったのである。
「…俺のこと好きなはずなのに……」
「………自惚れだったのでは?」
「アサギリちゃん待って、正論だとしてもちょっと今は泣きそう。」
神無が自分のことを好きだという自覚と自信はあった。そうとしか思えないほど、神無の好意は分かりやすかったのだ。しかしそれも、都合の良い自惚れだったのだろうか。
「…神無ちゃん、苦しそうな顔してた。まるで…そう、悪いことが見つかった子供みたいな。」
謝った神無の顔は、縞斑以上に深く傷ついて今にも泣き出してしまいそうなほど歪んでいた。
どうしてあれほど悲しい顔をしていたのだろうか。あんな顔をさせてしまうほど、本当は縞斑のことが嫌いだったのかもしれない。
縞斑の気持ちを知った上で弄ぶほど神無は器用な人間ではないため、考えられる原因は自分の勘違いだけだった。
「…うわー……どうしよ、次の協力調査行きたくないな……」
「子供ですか。」
自信満々に告白して振られておいて、次に会うときに一体どの面を下げればいいのだろうか。
現実逃避をしたくてたまらない縞斑は頭を抱えてうんうんと唸る。そんな縞斑を呆れた様子で見下ろしたアサギリは、いい加減仕事をしろを休憩を強制終了して彼を机へ連行するのだった。
※
翌週、捜査の情報共有を行うために元職場である警視庁を訪れた縞斑は、そそくさと縞斑を避けて離れた席に座った神無の背を眺めて眉間を押さえ、深い深いため息を吐いた。
「……子供はどっちだって?」
「…彼の場合は貴方の年齢に比べて順当に子供ですので、なんとも。」
「だからってあの子もいい大人なのに…」
協力者とはいえ、組織の中では異物である縞斑とアサギリは捜査会議室の一番後ろの席に腰掛けて前を向く。
そんな縞斑たちの様子を伺うように振り返った神無は、ぱちりと縞斑と目があった途端慌てて体ごと目を逸らして隣に座るディーノの陰に身を隠してしまった。
加えて何かを勘違いしているらしいディーノからは、軽蔑を含む冷めた視線を向けられる始末だ。理不尽極まりないとはまさにこのこと。
「公私混同するなよ、傷つ………大人なんだからさぁ。」
本音を隠しきれない縞斑は、そう呟いてとんとんと机を指で叩く。
未だ縞斑たちのことを良く思わない刑事たちから向けられる面倒な好奇の視線も相まって、苛立った様子の彼は舌を打った。
そんな縞斑を宥めるように肩に手を置いたアサギリは、とはいえ、と前方の席へ視線を向ける。
軽蔑の対象ではないらしいアサギリに小さく手を振るディーノに手を振りかえした彼は、部屋に入ってから何度か交わした通信で神無が縞斑を振った理由はディーノにも分からないと知った。
「このままでは良くないですね。」
「…そうね、連携を取れないのは命に関わる。」
戦闘でまで公私を混同するほど神無も子供ではないだろうが、その一瞬の躊躇いが生死を分ける可能性も十分にある現場だ。
このままでは良くない。そう思い直した縞斑は、解散を告げられて席を立つ刑事たちに倣って立ち上がる。顔を上げれば、神無はディーノを連れてとっくに部屋を出ていた。
いつもなら真っ先に縞斑たちの元へ駆けてきて昼食の提案をするのに。再び苛立ちを覚えて細い息を吐く縞斑を見て、アサギリは呆れた表情を浮かべる。
「とっとと上手く言いくるめてくっつくなり、盛大に振られて縁を切られるなりしてください。」
「はは…ひどいなぁ……」
主人の恋愛事情に巻き込まれて辟易しているアサギリの気持ちも分からなくはないが、手厳しい言葉に苦笑いを浮かべて頭を掻いた縞斑は神無の去った廊下に足を向けた。
「ちょっと話してくる。」
「ご武運を。」
「はぁー……」
がこんと音を立てて自販機から出てきたミルクティーを受け取った神無は、深い息を吐いて中身を傾けた。
甘いミルクと紅茶の風味は神無好みのはずなのに、相変わらず彼の心は一向に晴れそうにない。
先週、神無は縞斑に告白をされた。
あの事件のあと、様々な経緯を経て縞斑に陰ながら好意を寄せていた神無にとって、それは両想いという奇跡のような事件だったのだ。
思わず舞い上がって二つ返事で差し出された手を取ろうとした神無だったが、ふとそんな彼の心に影が落ちた。
自分は縞斑に愛される資格がない。そう考えた途端、気付けば神無は縞斑の想いを断っていたのである。
居た堪れなくなってその場を逃げ出したあの日から、縞斑とはまともに話をしていない。
今日の協力捜査こそはちゃんと話し合おうと意気込んでいたはずなのに、縞斑の顔を見た瞬間その決意は掻き消えてしまった。
「いつまでもこんなんじゃだめだよな……」
子供っぽいことをしていることくらい分かっている。それ以外の方法が見つからない程度には、神無はこれまで愛されることに慣れすぎていた。
縞斑を傷つけていると分かっていながら止めることができない自分に嫌気が差した神無が眉を寄せたとき、かつんと背後で靴音が響く。
「神無ちゃん。」
聞き覚えのある声が鼓膜を揺らす。
大好きな音のはずなのに、それを聞いた瞬間びくりと肩を震わせた神無は咄嗟に逃げようと顔を上げた。
「させないよ。」
「ぅ…あ……」
ところが、そんな神無の動きを読んでいた縞斑は通路の前に立ち塞がって腕を組んでいる。
退路を絶ったままゆっくりと歩み寄る彼に、神無は無意識に後ずさった。やがてとんと触れた壁に冷や汗をかけば、縞斑は神無の真横の壁に手をついて顔を覗き込む。
「…なんで避けるの?」
「それ、は……」
「もしかして俺、ふられたヤケクソで君に乱暴を働くような輩だと思われてる?」
「ちが…っ、ちがう!そんなこと思ってない!!」
「じゃあ、なぁに?理由が聞きたいな。」
縞斑が神無の感情を無視するような人間ではないことを、神無は良く知っている。
「ちがう…けど……、」
縞斑を遠ざける理由を上手く言葉にできない神無が俯けば、じっと彼の青い顔を見下ろしていた縞斑が困ったように笑った。
「…ごめんね。困らせたり悲しませるつもりはなかったんだけど、まさかそんなに嫌だと思われてるとは思わなくて。」
「……え」
驚いた様子で顔を上げる神無から体を離した縞斑は、彼の逃げ道を作ってくしゃりと頭を掻く。
どうやら自分は随分、人の心理を読み取る腕が鈍ってしまったようだ。想い人から想われたいという都合の良い願望が、神無の感情を読む目を曇らせてしまったのかもしれない。
「今後プライベートではこんな風に接触しないって約束するからさ、せめて仕事の間だけはいつも通りになれない?」
「……それは、」
「想われるのも気持ち悪いっていうなら、ちゃんと次会うまでにそれもどうにかするから。」
神無が理由も話したくないほど縞斑と共に有ることが嫌だと言うのならば、縞斑はいくらでもこの恋心を殺すつもりだった。
協力関係を解くことは双方の陣営に不利だ。なんて話は建前で、せめて近くで神無のことを守れたらそれで良い。
床に転がるミルクティーのペットボトルを拾った縞斑は、唖然と立ち尽くしている神無の手の中にそれを戻すと背を向ける。
必死で格好付けたが、許されるなら部屋に引きこもって一晩中泣いていたい。きっとアサギリに許してもらえないので、今晩も酒に頼って眠るしかないだろう。
そう独りの夜を思って息を吐いた縞斑が部屋を出ようとしたそのとき、ぽすんと小さな衝撃が背中にぶつかった。
「っ、神無ちゃん?」
「いやだ…!それは、もっといやだ…」
縞斑の背中に縋る神無の手は震えていた。
振り返ってその手を握ることが許されているのか測りかねた縞斑は、その場で静かに神無の言葉の続きを待つ。
「先輩のことが…嫌いとかじゃない。ただ、こわいんだよ。こわくて…こわくてたまらない。」
「…怖い?」
「先輩までいなくなったら…きっと俺はもう耐えられないと思う、から……」
自分のことを大切に思ってくれた兄や父は、今はもう隣にはいない。
攻撃を庇って神無たちを逃した兄の赤星透也はスタックすら見つからず、腹を刺されて生死を彷徨った父の黒田矢代は今も植物状態にある。
たった数日で家族を失ってしまった神無にとって、愛する人を失う恐怖はトラウマに似た形で心に刻み込まれていた。
「俺は誰かに愛されるべきじゃなくて、俺も誰かを愛すべきじゃない。だって、その誰かが死んだときに俺が傷つくのも…俺が死んだときに誰かが傷つくのも、苦しくてたまらないから。」
縞斑のことが大好きだ。けれど同時に、縞斑の大切な人になることが神無は恐ろしくてたまらなかった。
自分が死んだとき、縞斑は自分が抱いたような絶望を抱えることになるのだろうか。
独りの夜が寒くて悲しいことを神無が誰より知っているのに、そんな身を切る思いを大切に思う彼にまで押し付けることになるのだろうか。
「だから………、」
大切な人を作りたくない。そう結論を口にしようとした神無はふと、見上げた縞斑の表情が想像よりも随分和らいでいることに気がつく。
「せんぱい…?」
「…あ、あぁ、ごめん。ちょっと嬉しくなって。そんなに大切に想われてるとは、」
言葉通り縞斑は、前を向いたまま口元に手を当てて笑みを浮かべていた。
神無が口にしたのは縞斑を拒絶する理由であったはずだ。彼を傷つけこそすれ、喜ばれるような部分はなかった気がする。
思わず怪訝な表情を浮かべる神無に誤解されていることに気づいた縞斑は、ええとね、と呟いてゆっくりと振り返った。
僅かに身を屈めて視線を合わせた翡翠の瞳が、嬉しそうに柔らかく揺れる。
「失ったときに耐えられないと思うほど大切な人に会えるって、とても幸せなことだと俺は思うんだ。」
縞斑もあの事件で大切な人を失った。その悲しみに打ちひしがれて、神無にひどい言葉をぶつけたことだってある。
今になってもその傷は癒えてなんかいない。大切に思う人と離れ離れになることを考えるだけで、身を引き裂かれるような思いになるのだ。
「もちろん今だって、失うことは苦しくてたまらない。できることなら失いたくなんかない。…けど同時に、そう思えるほど大切な人に出会えたことを誇りに思えるようになりない。」
神無が人との関わり方に熱が出るほど頭を悩ませている間に、縞斑もきっと悩み続けていたのだろう。そうして答えを出したから、彼は自分に想いを伝えてくれたのだ。
「そんな風には思えないかな?」
「……わかんない。」
小さく息を呑む神無を覗き込んで、今にも泣き出してしまいそうに表情を歪める彼の頬を撫でる。
その指先に促されるように、神無はぽつぽつと心の底に溜め込んでいた不安を吐露した。
「でも…失うことも怖いけど、失うものがなにもないのは……もっとこわい…きがする。」
「…うん、それでいいと思う。」
失うものがなければ傷つくことはないのかもしれない。けれどそうして生きる自分は、きっと自分を大切にすることができないだろう。
たったひとりで生きていく自分を想像した神無は、その姿がどうしようもなく寂しくて苦しいもののように思えた。
どっち付かずで縞斑を困らせている。眉を寄せてそう俯く神無の頭を撫でた縞斑は、自身が怒っていないことが伝わるように穏やかに言い聞かせた。
「神無ちゃんが同じように想ってくれてることが、俺はとても嬉しい。」
「…うん。」
「だからお互いが後悔しないように…最後の瞬間まで全力で愛したいって思う。…だめ?」
「……だめ…じゃない…」
目の前の人がどれだけ厳しくて、どれだけ優しいかを神無は誰より知っている。
その腕の中が心地良い場所であることを知っている神無には、その優しい誘いを跳ね除けることなど到底できなかった。
おそるおそる両手を伸ばして縞斑の胸に縋る。それを許しと受け取った縞斑は、神無の背に手を回してそっと彼の体を抱き寄せた。
一度その腕の中に収まって仕舞えば、あれほど頑なに殺すつもりでいた恋心が一斉に悲鳴を上げる。
「……先輩のことがすき。」
「うん。」
「これからも…一緒にいたい。」
「俺もそう思う。」
「…お願いだから、俺を絶望させないで。」
想いを通じ合わせた喜びと失うことへの恐怖が無いまぜになって、小さく鼻を啜った神無は懇願するように縞斑の肩に額を押し付けた。
そんな震える彼の背を安心させるように撫でた縞斑は、神無の耳の端に口付けて穏やかに笑う。
「これからも頑張って長生きしようね。お互いのためにも。」
「……うん。そうする。」
危険な事件に向き合うふたりは、明日死ぬかもしれない不安定な世界を生きている。
死なないでほしいなんて約束はしなかった。きっと神無が持ちかけたところで、守れない約束を縞斑は結んだりしないだろうから。
だからこそ、誠実な縞斑の言葉は神無にとって確かな安心を与えてくれたのだ。
「…さて、そろそろ戻ろっか。ディーノちゃんの誤解も解かないと、泣きべそかいた神無ちゃん連れて戻ったら撃ち殺されちゃう。」
「あ……うん、ごめん、俺からちゃんと説明するから…」
「それもそれでなんか恥ずかしいな。家族に交際を報告に行く気分。」
「べ、べつにそこまで詳らかにしなくてもいいだろ……」
手を引かれて歩き出した神無は、自身が全身から幸せな空気を醸し出している様子に気が付かないまま赤い顔でそう呟く。
ディーノはともかく、おそらくアサギリは彼を一目見ただけで二人の恋路が落ち着いたのだと察するだろう。手のかかる主人たちだと呆れた様子でため息を吐くアサギリの姿が目に浮かんだ。
隣を歩く神無は繋いだ手をじっと見下ろす。
「ありがと、だらだら先輩。」
「うん?どういたしまして。」
あんなに彼の体温に触れることを怯えていたはずなのに、一度溶け合えばもう離したくないなんて我ながら単純だ。
そう小さく笑って、彼は手のひらを握り返した。
終