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天満月

全体公開 14 1312文字
2024-07-28 01:50:17

越知

Posted by @uk_plus_



 月がはっきりと濃紺の空に浮かんだ夜は、何故だか特別彼女の機嫌が良さそうだ。電話越しに聞こえる声にそんなことを思いながら、越知は緩やかに紡がれる彼女の話に耳を傾けていた。時たま弾んだような声色は、かと思えば途端低空を浮かぶように沈み、そして気付けば鈴を鳴らすように笑っていて。そんな彼女の様々な音の表情に見えないからと油断して苦笑してしまう越知は随分と彼女のことを愛していた。

 一通り話し終わったような彼女の息遣いを感じて、越知はひとつ小さく笑ってからそうかと頷いた。

「一日、忙しかったようだな」
「そうだね、結構ばたばたしてたかも」
「無理はしてないか?」
「全然平気!今しっかり休んでるとこだし」

それに、と続いた言葉から一寸途切れた彼女の音に、越知がどうしたと問えば電話越しの彼女はううんとひとつ笑ったようだった。

「今日みたいな夜はね、月光を思い出せるからほっとするんだ」
「今日の夜?」

どういうことだろうと電話を耳に当てたまま越知がなんとなしに自室の窓を覆うカーテンを引いた瞬間。

「月が明るくてよく見える時は、月光を思い出すから」

カーテンが引かれて見える窓越しの濃紺。遮る物のないそこに見えたのは煌々と白く在る、満月だった。

――
じ、自分でも重症だなーって思うんだけどね!」

気恥ずかしさからか誤魔化すようにからりと笑った彼女の声が越知の耳に響いた。一方で呆気に取られてしまった越知はと言えば、温かいと感ずる胸の内を未だ声に出来ずにいる。そうしているとスピーカー越しの彼女もそれ以上は言葉を発せずにいるようだ。互いの沈黙はそのままに、サーっと聞こえる空気の音を鼓膜に受けながら越知は今一度空に在る月に視線をやる。それはじんわりと輝きながら一向に顔色は変えない。

……そうか」

やっと呟いた呟けたその一言で、電話の先の彼女に越知の全てが伝わっただろうか。一寸ばかり不安が過ったが、そんな越知の感情は次に聞こえた彼女の少々満足そうな頷きの返事にすぐ掻き消された。

「だからね、大変だろうと寂しかろうと私は大丈夫なの」
「それは――

――よかった。

続いた言葉が最早音にならない程度だったが、小さく微笑んだ越知の気持ちを彼女は汲んだようにまたひとつ返事をした。

「というわけでね、明日も早いですからそろそろ寝ますね!」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
「うん月光もね」
ああ」

名残惜し気にやり取りを数言交わし、静かに越知は電話終了のボタンに指をやった。

その先に彼女の気配が消えたスマホを数秒見つめてから、越知はふと引き開けたままのカーテンー窓越しの月に目をやった。そして何ひとつ表情を変えない月に越知は笑い、独り言ちる。

「おやすみ」

満天の光は、見つめる越知の鼻先を柔らかく照らした。


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