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南国海遊

全体公開 4433文字
2024-07-28 17:36:48

源為朝×源義平

叔父さんを優しくしすぎた

「夏だ!海だ!南国だ!」
 ということで、沖縄に来ている。海を見るのは初めてではないはずなのに、目の前に広がる透き通った蒼さに義平は目をキラキラと輝かせて感動していた。
 シーズン中のビーチは海水浴に来た人で賑わっており、どこを見渡しても水着姿の老若男女がわいわいとはしゃいでいるのが目に入る。例に漏れず、義平も泳ぐ気まんまんの装備で。おろしたてのビーチサンダルで、熱い砂浜をくしゃりと踏み鳴らしていた。
「おいおい。はしゃぎすぎんなよ。一応、研修旅行って名目なんだからな」
 すると、興を削ぐような発言が頭上から降りかかる。疎ましげな表情で義平が仰ぎ見れば、せっかくの青空を覆い隠すほどデカい図体がこちらを見下ろしニシシと笑った。
「分かってるっつうの!」
 あからさまにむくれながら、義平は曝け出されたその分厚い胸板を拳でぽかりと叩いた。鮮やかな色のシャツを羽織った様相はいつも以上に厳つく見えて、やたらと周囲の目を惹く。
「喫茶ゲンジ堂の夏メニュー考案だろ。ちゃんと考えるって」
 今日は楽しいバカンスというわけではなく、彼・為朝の経営する喫茶店の研修旅行なのであった。南の島での風土を生かした料理を吟味し、夏に出す新作メニューを考えるのだ。と言いつつ、ビーチに赴いているあたり為朝も半分は遊び気分に決まっているのである。
「ならば、よろしい」
 今度はガハハと盛大に笑って、為朝は程よい高さにある頭をわしゃわしゃと撫でた。
「やめろっっての!?」
 揶揄い混じりのじゃれ合いにささやかな抵抗をしつつ、南国の海を前に気分はウキウキな義平はいつもと違って冷静に為朝をいなすのだった。青い海、青い空、そして燦々と輝く太陽。何もかもがワクワクと胸を高鳴らせ、義平を上機嫌にさせる。
……っと、やっべ」
 なんて浮かれていた義平は、ジリジリと肌を焼く陽射しを前に己のとある失態に気づく。
「ああん?どうした」
「日焼け止め、忘れてちまってさ」
 こんな雲ひとつない晴々とした日に、なんと義平は日焼け止めを忘れて来てしまったのである。この日光に水着姿を晒し続ければ、真っ白な肌は間違いなく日焼けしてしまう。
「そりゃ、マズいだろ。お前はアイツに似て、焼けると真っ赤になるからな。……明日、痛てえ目みるぞ」
 彼の指す『アイツ』とは、十中八九、義平の父である義朝のことだろう。日本人形のように色白な父は、日に焼けると肌が真っ赤に変色し痛みを伴う火傷のような状態になる。息子である義平もまた、同じ特性を受け継いでいたのだった。
「ぐぬぬ……
 日焼けの痛さは身に沁みて知っていたので、出来れば避けたいところである。しかし、海には入りたい。その葛藤の最中で義平はうんうんと唸り悩んだ。
―――おらよ」
 あれだけジリジリと肌を焦がしていた陽射しが、どういうわけか不意に遮られた。頭にふわりと何かが被さって、それが何であるかを義平は手探りで確かめる。
「とりあえず、それでも羽織っとけ」
 ずるりと引きずり下ろした柔らかな感触を両手で広げてみれば、それは義平のサイズを優に超えた真っ赤なパーカーだった。
……ありがと」
 少しだけ唇の先を尖らせながらお礼を言って、義平はそれを素直に受け取った。為朝のパーカーに袖を通せば、当然のように袖は余り裾は尻まですっぽりと覆ってしまう。思わず、ぼそりと呟く。
「でっか……
 歳はそこまで離れていないはずなのに、この体格差である。分かってはいたが、実際に羽織った彼の服の大きさに若干の敗北感を覚えつつ、義平はだらんと垂れた袖の先をくんくんと犬のように嗅いだ。どこか落ち着く、為朝の匂いがした。
「さて、この辺は海の家も沢山あるからな。色々と買って食い比べてみるか」
 気を取り直して。早く海中に足を踏み入れたいのは山々だったが、本来の目的を忘れてはいけない。まずは、ビーチ周辺の飲食を心ゆくまで食べ尽くすのだ。食べ物のことを考えた瞬間、素直な義平の腹の虫がぐーと鳴いた。
……つうことで、じゃんけんで負けた方が買い出しな!」
「はあ!?なんでだよ!?!?」
 唐突に、為朝は提案する。視界に入る範囲内だけでも、ビーチはそこそこ海水浴客で溢れていた。であれば、どこの店も混雑しているであろうことは容易に予想ができた。その列に並ぶ徒労をひとりで背負わなければならないなど、考えただけで疲労感に苛まれる。
「ぜってえ、ヤダ!」
 露骨に嫌だと主張する顔を作って、義平はその勝負を拒絶した。そもそも、冷静に考えて二人で手分けした方が早いのは一目瞭然なのだから。
「なんだ、負けるのが怖いのか?」
「んなわけねえだろ!?」
 すると、為朝はこちらを挑発するように、にやりと笑うのだ。思わず、義平は反射で反論した。
「じゃあ、やろうぜ。じゃんけん」
「おう!望むところだ!」
「「じゃんけん……」」
 心のどこかで、彼のペースに乗せられていると気づいていた。けれど、もう後には引けなくて、義平は勢良く振りかぶった手を差し出してしまっていた。

* * *

 ということで、義平はアイスの列に並んでいた。そんな予感はしていたが、その不運さはまたしても父親似か。義平はじゃんけんに弱かったのだった。
「チクショ〜!なんでオレが……
 片方の手には沖縄風のそばと豚の角煮。もう片方の手にはサーターアンダギーとフルーツジュース。ひとりではそろそろ持つのが限界なくらいの食べ物を抱えて、義平は悪態を吐く。
「はい!マンゴーアイス二つね」
 追い討ちをかけるように手渡された二人分のアイスをなんとかバランス良く掴んで、義平はようやく買い出しを終える。あとはこの美味しそうな食べ物を、無事に為朝の待つパラソル下まで持って帰るだけ。
「為朝のヤツ、ひとりだけ涼しいところでラクしやがって……
 ぐちぐちと不満を呟きながら、義平は燦々と南国の陽光が刺すビーチを早足に闊歩する。急がないと、アイスはすぐに溶けだして液体と化してしまうだろうから。
「ねえねえ、そこのお嬢ちゃん!」
 それにしても人が多い。シーズン真っ只中の観光地であるから仕方がないのだが、騒々しくて仕方がなかった。
「ねえ、待っててば!そこの君!」
 若者たちの笑い声。子供のはしゃぐ声。そして、聞きたくもない煩い男のナンパ声が義平の耳に否応なく入ってくる。
「なあ、待てって!!」
 がくんと急な衝撃と共に、その歩みが不意に止まる。前しか見ていなかった義平の肩が何者かに掴まれ、ぐいと後ろに引き寄せられたのだ。驚きに目を見開きつつ振り返れば、いかにもチャラそうな日焼け肌の男二人連れが、にやにやとこちらを見下ろしていたのだった。
……んだよ。なんか用か?」
 急いでいたのと、彼らの表情に不快感を覚えたのとで、義平の声音は不機嫌さを露わにしていた。
「あれ?けっこうハスキーボイスだね。でも、やっぱ可愛いじゃん。お嬢ちゃん」
 なんと、どうやら自分はナンパされているらしいとそこで義平は悟る。どこをどう見たって、男の自分が。あり得ない。怒りが込み上げ、義平は盛大な溜息を吐いた。
「はあ?誰がおじょ……
 呆れ返りつつ言い返そうとして、義平はハッとする。目深に被ったフード。尻まですっぽりと覆うオーバーサイズの丈。為朝のパーカーを羽織った自分は、確かにパッと見では性別の判断がつきにくいかもしれない。
「ねえ。俺たちと遊ぼうよ」
「離せって……!?」
 彼らは完全にこちらを女性と勘違いしていた。そして、訂正する間もなく義平の身体はぐいと引き寄せられる。本来であれば、こんな雑魚そうな男など義平ならば速攻で撃退できた。しかし、今はあいにく両手が塞がっており、その腕さえ振り解くのは困難だった。
「まあまあ、そう言わずにさあ。本当は嬉しいくせに」
 こんな頭の悪そうな男に好き放題言われ腹立たしいが、ぶん殴るには持ってるものを捨てる他ない。そんな食べ物を粗末にするような行為をしたとなれば、父である義朝に顔向けできない。
……なあ、俺らと楽しいことしようぜ?」
 ここは耐えて、やり過ごすしかないのか。生暖かい男の手が肩から滑り落ち、なだらかな腰を撫でた。その気持ち悪い感触にぞわりと肌を粟立たせながら、義平はぎゅっと唇を噛み締めた。
―――楽しいことって、どんなことだ?」
 その直後、頭上から別の男の声が降り注いだ。やけにドスが利いたその声は、義平のよく知るものだった。弾かれたように、面を上げて仰ぎ見る。
「なあ、俺にも教えてくれよ。……お兄さん?♡」
 そこにはにっこりと満面の笑みを浮かべながら、男の腕を掴み上げる為朝がいた。彼がギュッと指に少し力を加えれば、ミシッと男の骨が軋む音がしたような気がした。
「ひっ!?な、なんだよ彼氏持ちなら早く言えよな!?おい、行くぞ!!」
 その並外れた腕力に驚いたのか、明らかに強面な人相と体格に怖気づいたのか。男たちは負け惜しみのような情けない捨てゼリフを吐き、連れ立って逃げてゆくのだった。
「おい。大丈夫か?」
 先ほどの威圧的な声音とは打って変わって、穏やかな声がぶっきらぼうに訊ねる。いつも意地が悪いくせをして、不意に優しくするのだからズルい。
……ありがと」
 小さな声で義平はぼそりと礼を言った。助けてくれなんて、頼んでいない。なんて天邪鬼なことを言うつもりが、何故だか真逆の言葉が口を突いて出てしまったのだ。
「戻って来るのが遅せえから見に来てみれば。災難だったな」
 ガハハと笑う為朝は、本当にそう思っているのか怪しい発言をしつつ、義平の肩をぽんと叩く。さっきの男たちに触れられるのはあんなに不快だったのに、彼がするのは嫌じゃない。そうと気づいた義平は、なんとなくむず痒さを覚えた。
―――おっと」
 ふと、その時。為朝のもう片方の腕が、義平の片手首を掴んだ。同時に、手の甲へひたりと冷たい何かが触れる感触がして、それはすぐに生暖かくぬるりとした別の感触に塗り替えられたのだった。
「!?!?!????」
 何が起きたのかを悟った瞬間、義平の顔が火を吹いたようにぼんっと赤く変化する。いつもならば、ここまで大袈裟に反応することはなかっただろう。けれど、変な気分に陥ってしまっていた義平の心臓は、彼の予想外な行動にどくんと大きく跳ねたのだった。
「アイス、溶けちまったな」
 少し残念そうに言いながら、為朝はぺろりと唇を舐める。溶けて液体と化したアイスは垂れ、義平の手へと滴り落ち、彼の舌で舐め取られたのだった。
 手の甲がまだ、わずかに生温い。意識すればするほど、義平の頬は真っ赤に火照る。被っていたパーカーのフードが大きくて助かった。軽く俯くだけで、この恥ずかしい顔を為朝に見られなくて済むのだから。


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