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ショウさんは成長したい!

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2024-08-02 07:54:06

ォョ短編
ハッピーるんるんォョはっぴー

Posted by @kurato0o

ショウさんは成長したい!



ぷく、とまろい頬を膨らませ、あからさまに機嫌が悪いと言外に訴える少女に、シマボシは隠れて溜息を吐いた。
彼女は空から落ちてきた人。異邦人。けれど今となっては自分の大事な部下であり、それ以上に娘同然に可愛がっている女の子でもあった。生まれ持った険しい顔付きを最初から気にすることもなく、彼女は幼さを残し、あどけないながらに厳しい試練に何度も立ち向かっていった。そんな彼女は日を追うごとに誰より強くなっていき、今ではコトブキ村一の調査隊でもある。彼女以上にポケモンに詳しい人間はラベン以外にはいないだろう。――いや、もうひとりいたか。
「またウォロに何か言われたのか?」
イモヅル亭でぶうたれる彼女に、シマボシは自分の分のイモモチを食べきってから尋ねる。放って帰っても良かったかもしれないと思ったのは、ショウの怒りの目が何故かこちらに向いたからだ。古来より、男女の関係に第三者が首を突っ込んで良いことはほとんどない。
「聞いてくださいよシマボシさん」
彼女は年若い声で呻くようにしてそう言った。なんだ、と一応それなりに凄んでみるが、
「胸がないって言われたんです」
内容の薄さにやはり帰りたくなった。
シマボシは一度目を閉じ、深呼吸した。
ショウは可愛い。娘同然の存在だ。多くの責任を、自分はまだ少女である彼女に背負わせてしまった。その負い目もある。彼女がこの地で健やかに、人並みの幸福を手に入れることを、シマボシをはじめとするコトブキ村に住む誰もが望んでいる。だから、
「そんな男はやめておけ」
そう言うしかない。
「もーっ!シマボシさんそればっかり!」
だがそんな祈りに近い想いも虚しく、ショウはぷんすこと眉を吊り上げた。
「そりゃあウォロさんはお世辞にも良い人じゃないし、ていうかどちらかというと悪い男かもしれませんが、そういう人を野放しにしてはいけないでしょう!?ウォロさんみたいな人こそ、ちゃんと人と生きるべきなんです!そして!あのイカれたウォロさんに対抗できるのはあたしくらいなものなんです!でしょ、シマボシさん!」
「いや……まあ……
押しが強い。いつからこんな子にと嘆く親の気持ちが少しわかってしまう。
ショウがぼろ雑巾のようになったウォロを抱えて村に戻ってきたのは一年ほど前の話だ。
あの騒動の後、ウォロという男は行方を暗ませた。ショウは落ち込む素振りも見せず、いつも通り気丈に振る舞ってはいたが、村に帰ってくる頻度はどんどん少なくなっていった。理由を聞いても調査ですの一言で誤魔化されてしまう。信用されていないのだと、シマボシは思った。それはどの大人もそうだった。けれど、彼女の後を追い掛ける術を誰も持たずにいた。そしてその勇気さえ誰も持ち合わせてはいなかった。短くはない期間、彼女は気紛れに村に戻ってきては少なくない調査報告を残し、それ以外の時間はどこにいるのかも定かではなかった。そして、朝日が差すコトブキ村の門に、彼女は大男を担いで戻ってきた。医療班を!という彼女の怒号と共に。
それからだった。シマボシがウォロという男が何を、どこまでのことをした人物なのかを聞かされたのは。
そんな人間を村に置いておくわけにはいかない。
コトブキ村はショウのおかげで漸く舵を切ることができた。ヒスイに生きる人間が住みやすく、ポケモンと共存できる世界。第一歩を踏み出し、ヒスイそのものを変えていく。その道に、ウォロの存在は端的に言うと邪魔であった。彼がそう感じているように。
「ワタクシを捕虜にでもするつもりですか?」
彼の嘲笑う声を聞いた。治療が終わっても、ウォロはすぐには目覚めなかった。ショウは彼が寝ているベッドの傍からは一切離れなかった。彼女にイモモチを差し入れようと立ち寄ったところ、シマボシはその唸り声のような低い声を聞いたのだ。
「助けて恩でも売ったおつもりですか?そんな陳腐なものを感じる人間だとでも思いました?ショウさん、アナタは変わりませんね。お人よしな性格は美徳とされるところでしょうが、アナタも忘れた訳ではないでしょう。かつてアナタの善意と信頼をすべて裏切った存在は、一人ではないことを。アナタはこの村の人間にも疎まれ、最後にはこのワタクシにも背を向けられた。ワタクシも忘れてなんかいませんよ。アナタの傷付いた顔。小さい背中。可哀想にと何度思ったことか。この者は偶然選ばれて、捨てられていくだけの存在なのに、と」
…………
「可哀想でしかないアナタにワタクシの夢も何もかもを台無しにされた訳ですが。人生とは儘ならぬものですね、ショウさん。今、ワタクシが弱っていたとしても、アナタ自身を害す方法なんて無限にあるのですよ。アナタが偽善だか良心で助けた男はそういう男です。ワタクシがありがとうとでも言うかと思ったのですか?咽び泣き感謝されるとでも?ワタクシを救うことでアナタの憂鬱は晴れるのですか?それなら馬鹿な話だ。ワタクシは夢を諦めやしない。アナタの生活も人生もすべてワタクシが台無しにしてやる。……気分はどうですか?」
……どうも、しません」
「はい?」
「ウォロさんが言うことは難しい、難しいです。あたしにはよくわからない。言いたいことはわかるけど、意味がわからない」
「何子供みたいなこと言ってるんですか……
「子供で結構です。あたしは、あんなお別れは嫌だった。ウォロさんがしたいことも許せなかった。けど、あたしはウォロさんと一緒にいたいです。お別れしてから、毎日、毎晩、いつだってウォロさんのことが頭から離れなくて苦しかったっ。それをなんだか難しいことみたいにするのはやめてください!あたしは最初から人生とか世界とかそんな大きな話してないっ。あたしはただ、ウォロさんと一緒にいたいんです」
ショウは泣いていた。きっと、この地に来てから心の内に詰め込んできた感情が、張りつめてきたものが一気に崩壊していくような慟哭だった。
シマボシは彼女の想いと共に、その場を立ち去った。彼らの関係に、踏み入ってはいけない。そう思ったのだ、何よりも。彼という存在にどういう返事をされても、その先は彼女の選択しかない。自分が口を挟める隙はない。どういう結果になっても、受け入れようと決めた。
次の日には、以前のように張りぼての笑みを浮かべるウォロという商人はおらず、不遜でやたらと態度のでかい男が医務室に居座り、ショウは元気にその傍らで世話を妬いていた。男の怪我が治るとショウの宿舎に拠点を移した。かくして問題人物はこの世で最も敵対すべき人間の懐に入ることとなったが、傍から見ている分には楽しそうに見えるのだから、本当に厄介な二人組である。
そして、
「酷くないですか!?普通年頃の女の子にそんなこと言います!?こっちだって育ちざかりなんですよ!これからなんですよ!ナイスバディになるのは!」
この通り、ショウはありふれた少女としての個性を取り戻した。良いことだ。だがまあ、普通に返事に困る。
「そうだな……
「もう、聞いてませんね」
シマボシの返答に、膨れたショウが少し笑った。



「おや、おかえりなさい」
何故か編み物をしているウォロがこちらに目を向けることもなく言い放つ。扉を開けてすぐの対応に、ウォロさんも丸くなったなあと昨日はにっこりしたショウだったが、今日は違う。以前はそんな癖なかった上に、そういった感情に至ることもなかったショウが舌打ちをしかけたのは、完全に同居人であるウォロの所為である。
ショウは彼と敵対し、その背中を見送ることしか出来なかった日を毎日悔やんだ。
あの日、彼女が下した決断に、悔いはない。ショウには世界を守る選択しかなかった。それは大義があった訳でも、誰かが言うように選ばれたからでもない、責任感からでもまたなかった。ただ失えない。引き下がるという選択はなかった。そして目の前にいる男もまた、我を通す以外の道を考えてもいなかった。強制的に始まった決別の儀。呆気に取られて、驚きと悲しみの最中、ショウはもうどうすることもできなくなってしまって、ただ去り行く背中を見守ることしか出来なかった。あの時、這ってでも追い掛けていれば、泣き叫んで醜く追い縋れば。虚しく思わない日はなかった。せめて自分の気持ちだけでもぶつけていれば、一方的に進んで終わって吐き捨てられた別れに怒っていれば、ショウはウォロのことを忘れられたかもしれない。悔しい気持ちに終わりはなかった。だから、森の中でオヤブン個体を捕まえた後、隠れるようにして座っていた血まみれのウォロを見た時、ショウは彼を絶対に逃がすまいと決めたのだ。
彼を村に連行して、治療を受けさせ、目覚めてすぐにお得意の暴論を吐かれても、ショウの意志は揺るがなかった。
もう二度と勝手なことはさせない。それは世界を創り変えるとか、世界の在り方だとか、そういった事柄とは全然違う。ただ馬鹿みたいに寂しそうな男をひとりにしないということだった。
中々部屋に上がらないショウに、髪を下ろして完全に就寝準備の整っている男が怪訝な視線を向ける。
「何やってるんですか、そんなところで。何か不満でも?」
明らかにこちらを煽る声色に、ショウは眉を顰めた。
「いけしゃあしゃあとよく言えますね……?」
「何がです?」
ウォロは静かな笑みを携えて横顔だけでこちらに目を向けた。ショウは後ろ手に扉をバン!と閉じ直し、ふんっと鼻息荒くマフラーを取った。
「セクハラ男が」
「おい。オマエの世界の言葉を乱用するなと何回言ったらわかるんだ?」
「セクハラ親父」
「親父に見えるかこのワタクシが」
横文字が伝わるものと伝わらないものがあるウォロを非難して、さっさと部屋に上がる。気付けばお互いに一触即発の空気になっており、威嚇したまま囲炉裏を囲む。そして何故か編み物をしているウォロは手を止めることもしない。紺色の何かをせっせと編んでいる。前々から思っていたことだが、商人としても、サボる以外は基本的に真面目に取り込んでいたし、クラフトも出来る訳だから器用な人だ。生きるのに不器用なだけで。
ショウは膝を抱えて唇を尖らせる。
「どうせあたしはちんちんくりんですよ」
「は?……ああ、昨日の件を引き摺っているんですか?幼稚ですね」
「よ……ッ。ほんと嫌な性格してますね!そっちから手出してきたくせに!」
ショウの言葉にも、ウォロは眉ひとつ動かさない。涼しげな瞳でショウを見て、
「うるさ……
当然のように失礼なことを言う。
ショウは頬を膨らませたまま、じっとりとウォロを睨む。
「不満!」
「はいはい。これからなんですよね。まだ成長過程なんですもんね」
「改めてウォロさんに言われるのはムカつきます!」
「はあ……。ではどうしたら?」
手を止めてウォロはショウを上目がちに睨んだ。威圧感はないが、それでもこの話題に辟易しているのはわかる。そういった表情を見るとなんだか今度は急に悲しくなってくる。不貞腐れているのはショウの方だったが、元々ウォロが余計なことを言わなければショウは意地を張らずに済んだ。そもそも、昨日ごく普通に寝ようとしていたショウに突然覆い被さってきて、ショウの地肌に触れておいて、「小さい」と唐突に言い放ったのはウォロの方だ。失礼にも程がある。ウォロが急に距離を詰めてきたことにも吃驚するやら、心臓が飛び出しそうになっている中発せられた言葉はショックやら、胸が高鳴った自分も悔しいやらで、今日一日気が気じゃなかったのに。
ウォロと言えば今日もすんといつも通りに過ごしていて、しかもよく分からないが編み物までしている。
なんだこの差は。
結局、ショウはかつての決別が悲しくて、どうしたってウォロのことを忘れられなかったけれど、彼にとっては必然以外の何者でもなかったのかもしれない。あの日のことも、ショウのことも何も気にならない日々を送って、こうして傍にいること自体迷惑でしかないのかもしれない。それでもショウは良いと思っているし、ウォロがエゴを通した以上、今度はショウがエゴを通す番だと思っているから、全然良い。良いのだけれど、悲しくなることはある。
押し黙ったショウを、再度怪訝な目付きでウォロが見てくる。
「今度はなんです?」
膝を抱えたままのショウは何も答えられない。返事をしてしまったら、勘づかれてしまう。目敏いウォロにすべてを隠しておくことは出来ないのだけれど、それでも決定的な言葉を吐かない限りは猶予がある。離れないで、なんて、無理に押し留めておける人ではないことを、この世の誰よりショウがよく知っている。なんらかの気紛れを起こして今はここにいるが、いつショウの知らない間に姿を消しているか分からない。そういう男だ。裏切られる日は清々しいまでに、痕跡ひとつ残さずいなくなってしまうのだろう。そんな予感はずっとある。けれど覚悟は出来ない。ずっと不貞腐れていることで、彼が離れていってしまう日が近付いてしまうのかもしれない。それでも、ショウの中では簡単なことではないのだ。ウォロの傍にいたい。それだけだったはずなのに、最近はもっと近くにいたいと思ってしまう。芽生えた欲に、ショウ自身が一番戸惑っている。コントロールしなければと思うのに上手くいかない。
俯いたまま、何も発さなくなってしまった彼女に、ウォロは大きく溜息を吐いた。
「仕様がない人ですね」
ぴくりと肩が揺れる。いつもの口調、いつもの声音。ショウに期待していない、呆れた物言い。ショウを英雄やギンガ団の凄い人というような認識で接してくる人たちに囲まれている状況で、ウォロだけは唯一ショウをただの小娘として扱う。そのことがどれほど嬉しくて、そして歯痒いものであるのか、きっとウォロは知らない。言うつもりもない。だからこそ苦しい。
うっと涙が零れそうになるのを飲み込んでいると、いつの間にか立ち上がっていたウォロがショウのすぐ隣に膝を着いた。涙目のままぎょっとするショウに、ウォロは透明な瞳でショウを見下ろす。自分よりもよっぽど白い肌をして、長い睫毛で瞬きする度に星が瞬くような白磁の瞳は美麗と表現するよりほかなく、ショウは見上げる長身が織りなす威圧感よりも、綺麗な人だなとよく思う。
「差し上げます」
落とすようにそう言った彼の手が、ショウの視界を覆い隠す。きょとんとしながら、されるがままになっていると、首元が重い。ぱちぱちと何度も瞬きをしてから視線を下ろすと、そこにはイチョウ商会の制服と青に近い色の編み込んだマフラーがある。ぱちくりとして、思い至ったショウは勢いよく顔を上げて目の前の大男を見上げる。ウォロはどこか、なんとも言えない顔をしていて、なんなら見下すような冷たい視線をこちらに向けている。
「くれるんですか?」
「ええ」
ショウの言葉に帰ってきた声はやはり不服そうだった。自分から贈っておいて、何が不満なのかは分からない。分かろうとするには時間がかかることを、ショウは知っている。だから溢れる嬉しいを殺す必要もない。
「えへ……
ギンガ団に入隊する際に貰ったマフラーは、度重なる激務で萎れ切っていた。そろそろ替えなきゃなとは思っていたが、愛着もあるので中々気が乗らなかったのだ。
「嬉しいです、ウォロさんが作ってくれたんですよね」
「ええ、まあ」
「ふへへ……
怒っていたことも忘れて、ショウは前のマフラーよりも幾分か大きいそれに顔を埋めて、ふくふくと笑う。両手で先っぽを握り、ぶんぶんと軽く振り回していると、呆れたというようにまた一息吐いたウォロが、僅かに笑う。
「少し大きめに作って差し上げました」
「はい!おっきいです」
「馬鹿は意味が分からないので幸せもひとしおでしょうね」
「?はい!」
にこにこ笑ったままマフラーで遊ぶショウは、英雄と呼ばれている事実なんてまるでなかったかのように、幼子の笑顔でウォロに対峙している。手を出せるのはまだ先になりそうだと苦笑する男の気持ちも知らない少女のご満悦といった表情を、ただ頬杖をついて見守っていた。


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