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りったまからの贈り物
セッション一部匂わせあり
@popo_trpg_ss
録画開始のボタンを押した環雅は、慣れた様子でソファに腰掛ける。
編集点代わりにひとつ息を吸った彼は、撮影用の笑顔と明るい声でカメラに向かって手を振った。
「どうもー、今日の動画はりっくんにドッキリを仕掛けちゃおうと思いまーす。」
そういった雅は、テーブルの上に置かれた風呂桶の中から鮮やかな桃色の石鹸と白色の石鹸を手に取って見せる。
「こっちの白いのがりっくんがいつも使ってる石鹸でー、こっちのピンク色のやつがこの前買ったえっちな気分になる匂いの石鹸なんだってさー。」
先日買い物に出掛けた時に撮影のネタになるだろうと買ったその石鹸を、雅は恋人にして撮影仲間である双六陸の普段使っているものとすり替えるドッキリに使うことにしたのだ。
商品を買う現場に一緒にいた陸だが、おそらくその存在を完全に忘れている頃だろう。
もともと身の回りの変化に疎い彼が入れ替えに気付くとも思えない。雅は先日髪を切ってシャンプーを変えたことに気がついて貰えなかったことを、今も少しだけ根に持っている。
「んー…実際嗅いでみてもあんまりわかんないなぁ…桃とかりんごみたいな良い匂いするけど……」
すんと試しに手の中の石鹸を嗅いでみる雅だが、フルーツ独特の爽やかな甘い匂いがするばかりで劣情が募ることはない。
要はプラシーボ効果によるものなのだろうと納得した雅は、頭の中で何の変化もない陸にツッコミを入れる動画のオチを考えながら言葉を続ける。
「実はこの石鹸を現在、お風呂に入ってるりっくんは使ってまーす。こっちは説明ついでに買ってきた俺用ねー。」
かすかに聞こえるシャワー音を聞きながら、雅は口元に指を当ててそっと風呂場の方を指差した。
昨晩のうちにこっそり石鹸はすり替えてあるため、先ほど陸は何の疑問も抱くことなく風呂に入って行ったのだ。
もうまもなく上がる頃だろうと考えてカメラを回した雅は、いそいそと固定カメラを物陰に数台隠すと改めてメインのカメラを振り返る。
「それじゃあさっそく、りっくんを待ちましょう!上手くいきますようにー!」
笑顔で手を振って撮影を一度区切った雅は、ここから先はいつも通りの振る舞いで陸の様子を観察して、程よいタイミングでネタバラシをしようと考えていた。
ソファの定位置に腰掛けた雅は、風呂から出た陸も定位置に座るように動線を確認するとカモフラージュに手近な本を手に取る。
「雅、風呂上がったぞ。」
そうして雅が本を読み始めて数分、濡れた髪をタオルで拭いながら陸がリビングに顔を出した。
「うーい、おつかれりっくん。あとで髪乾かしなよ。」
「ん、ちょっと涼んだらやる。」
ほこほこと湯気を立てて歩いてきた陸は、濡れた髪を掬って撫でる雅の手のひらをくすぐったそうに受け入れると予想通りソファの定位置にぽすんと腰掛ける。
彼は夏の時期になると冷房の風が直撃する位置を陣取ることが多いと、長年の付き合いである雅は知っていた。
「ほい、ちゃんと水飲めよ。」
「ありがと。」
水のボトルを受け取った陸は、疑いもせずにキャップを開けてごくごくと気持ち良く水を飲み干していく。
万が一にも雅が毒や薬を入れることはないが、他の人間相手でもこうなのだから不安で仕方がない。
複雑な心境と不安を飲み込んで平静を保つ雅が本のページを捲れば、喉を潤した陸はちらりと彼の手元に視線を向けた。
「何読んでるんだ?」
「オカルト本。ほら、次コラボするグループと心霊スポット行くから、ちょっと読んどこうかなーって。」
「あぁ、なるほど。」
雅の言葉に嘘はなく、その本は次のコラボ相手との話題用に買ったものだ。
納得した様子で頷く陸だが、相変わらず雅の内心は穏やかではない。
陸がコラボをしたいと企画を持ちかけた相手は、事故物件や心霊スポットの調査を行うオカルト系の活動者たちだった。
何かのきっかけでその中のメンバーと仲良くなったらしい陸が相手に誘われて、大型コラボ企画が立ち上がったのである。
「コラボ不安だなぁ…」
「幽火はいいやつだから大丈夫だよ。」
「うーん…」
陸には正直、人を見る目があまりない。
敵意や悪意に疎く、相手の言葉を全て真実として飲み込んでしまう彼は騙されやすいのだ。
オカルト系の活動者を貶めるつもりはないが、霊と同居している人間など胡散臭くてたまらない。
カメラをちらりと見た雅は、さすがに思ったままの言葉を口にしたら動画が使えなくなると思い直して口を噤んだ。
「俺も勉強しようかな。」
「いや…りっくんは知らないままで新鮮な反応してあげたほうが幽火くんだっけ?彼も喜ぶんじゃない?」
「確かにそうかも……俺そういうリアクション下手だけど…」
「大丈夫だって、りっくんはありのままがいっちゃん面白いんだから。」
「そ、そうか……?」
照れたようにもじもじと俯く陸を眺めていた雅はふと、その反応に僅かな違和感を抱いておやと注意を向けた。
そわそわと落ち着かない様子で視線を彷徨わせる彼の眉が、徐々にハの字に下がっていく。
赤い頬はおそらく、照れているだけではないのだろう。風呂上がりだとしても不思議なほど火照る体を冷ますように、彼は垂れた汗を拭ってはっと熱い息を吐いた。
「……ほぉ…」
思った以上に分かりやすい変化だ。
落ち着かない陸の様子を眺めていた雅はふと、魔がさして悪い笑みを浮かべる。
そろりと手を伸ばした雅は、ソファの上に投げ出していた陸の手にそっと触れた。
ぴくりと肩を揺らした陸は驚いた表情を浮かべて手を退かそうとするが、それを阻止するように指を絡めて雅は笑う。
「どったの?」
「え……いや、雅こそ…急に………」
「いつものことじゃーん。」
二人きりのときに雅から陸へボディタッチを行うことは少なくない。恋人なのだからこのくらいのスキンシップを当たり前だと初めのうちから擦り込んだ賜物か、最近は陸もそういうものなのだと受け入れている。
雅はいつも通りだ。おかしいのはおそらく、自身の体なのだろう。そう考えた陸はぐるぐると体の中で回る熱の正体に困惑して眉を寄せる。
「…おれ、熱あるかも。」
「え、まじ?おでこ見せてみ。」
体調不良を訴える陸に対して、心配するふりをして見せた雅は陸の肩を引き寄せた。
触れるだけでわずかに反応を示した彼の額に手を当てれば、確かにいつもより体温が高いように感じる。
思った以上に目に見えた効果を発揮する石鹸に、どう動画のオチをつけるべきか悩んだ雅は陸の額に手を当てたまま静止した。
そんな彼を見上げた陸は、そろりと両手を持ち上げて雅の手のひらを握る。
「うぉ、りっくん?」
「みやびのて、つめたくてきもちい…」
彼は雅のひんやりと冷たい手のひらが心地良かったらしく、そう呟いて自らの頬に繋いだ手を押し当てた。
熱っぽい息を唇の隙間からはふはふと溢した彼は、潤んだ瞳で上目遣いに雅を見つめる。違和感を覚えた体をもじもじと揺らしながら彼は口を開いた。
「なんか…おれ、へんだ……」
「りっく、」
「みーちゃん、みーちゃんたすけて…」
頭の隅で陸は、この熱を冷ます方法を理解しているのだろうか。それとも目の前の頼れる存在に縋っているだけなのだろうか。
断然都合が良い方向に解釈することを選んだ雅は、ふわりと彼から漂う甘い匂いに眩暈を覚えた。
「えっ……」
「え?」
「いや…なんでもない…」
えっちな石鹸恐るべし。そんな最悪のネタばらしの言葉を飲み込んだ雅は、首を傾げる陸の頭を撫でて抱き寄せる。
陸の匂いと溶け合ったその香りに、雅の理性と罪悪感がぐらぐらと天秤に掛けられて揺れた。
「…ベッド行こっか。」
天秤は例によって、雅の都合が良い方に傾く。
生配信にしていなくて良かったとしみじみ自分の行動に感謝した雅は、こくりと腕の中で小さく頷いた陸の手を引いて立ち上がった。
寝室の扉を開いた雅はふと、部屋に設置したままのカメラと視線を合わせる。あとで全部が終わったら、電池の切れたカメラを彼に見つかる前に回収しなければならない。
おそらくお蔵入りになるであろうその映像を締め括るように、彼は唇に指を当てて小さく笑ってみせた。
終