カルみと 事後のかおり
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
刑事宿舎にて、風呂を出て神無の部屋に戻った縞斑は、ベッドの上で枕を抱いてぱたぱたと足を泳がせる神無に視線を向けた。
「神無ちゃん、まだ寝てなかったの?」
「んー……」
見上げた時計の針は、すでに日付が変わって更に二周しようとしている。
仕事が長引いたためホテルに移動する余裕もなく、宿舎の薄い壁越しに声が聞こえてしまわないよう息を潜めて体を重ねたふたりは、先ほどようやく後片付けを終えて交代で風呂に入ったばかりだった。
いつもなら縞斑が部屋に戻る頃には疲れ果てて眠っている神無だが、今日は眠気よりも勝るものがあったらしい。
「……おなかすいた。」
ぽつりと呟く神無の腹から、きゅるる、と小さな泣き声が上がる。しょんぼりと眉を下げてそう訴える神無の隣に腰掛けた縞斑は、短くなった髪をタオルで拭いながら苦笑いを浮かべた。
「あー…はは、たくさん運動したからね。」
「でももうこんな時間だし、ご飯とおやつの時間以外に食べたらダメってパパに言われてるし…」
「過保護なパパだな……」
神無に健康的な生活を送らせるために、不在の日も不摂生をしないよう口を酸っぱくして聞かせたのだろう。黒田の努力の成果か、神無は大人になった今でも非常に口が綺麗だ。
黒田の親馬鹿ぶりに思わず笑ってしまった縞斑が神無の頭を撫でれば、それだけでは眠気の訪れないらしい神無はもぞもぞと言葉を続ける。
「それに、歯磨きしたあとはおかし食べちゃダメって帰代先輩にも言われたし…」
「おぉ、そっちは無関係のくせに過保護なママだな……」
この宿舎の炊事を担っている刑事の帰代変はなぜか神無を贔屓しており、そんな神無と恋人である縞斑のことを毛嫌いしている。
男世帯のこの宿舎で、最年少でありながら同じ公安に所属して苦労を知っている神無が可愛くて仕方がないのだろう。
加えて、作る料理をいつだって美味しそうにたいらげて、せめて洗い物は自分がやるからと手伝いを申し出る優しさを持った後輩となれば、いっとう可愛がりたくなる気持ちも縞斑にはよく分かる。
とはいえ、自身の経験と重ねて縞斑のことを犯罪者であるというだけで毛嫌いするのは如何なものかと顔を顰める縞斑の一方、彼の手にぐりぐりと頭を押しつけた神無は眉を下げて枕を抱きしめた。
「おなかすいたぁ……」
「んー…まぁ確かに、俺も小腹は空いたかな。」
夕食を食べてから数時間が経過した上に、声を抑えなければならない緊張の中で体を重ねた疲労感もある。
神無に言われるうちに自覚したわずかな空腹に下腹を撫でた縞斑は、よし、と小さく呟くとベッドから立ち上がった。
「神無ちゃん。」
「んぃ…?」
「俺と、パパやママに言えない“イケナイこと”しよっか。」
悪戯っぽく笑った縞斑が手を差し出す。
「……へ…?」
顔を上げた神無は驚いた様子で目を瞬くと、きょとんと首を傾げて素っ頓狂な声を上げた。
※
足音を忍ばせて階段を降りた縞斑は、神無の手を引いてキッチンへ向かった。
人の姿がない静かなその場所で、流し台の蛍光灯を頼りに棚を漁った縞斑は、やがて目当てのものを見つけた様子で小さな袋を取り出す。
「あったあった、うわ…懐かしい。」
「なにこれ…?」
隣から縞斑が取り出した袋を覗き込んだ神無は、見慣れないパッケージに首を傾げた。
一方縞斑は、幼い頃に目にした懐かしいデザインのインスタントラーメンの袋を笑顔で神無に見せる。
「これ、サッポロ一番。」
「……ハコダテ二番とかもあるの?」
「いやそうじゃないと思うけど、そっかぁ…神無ちゃんは全然見たことないよなぁそりゃ……」
パッケージの名前から更に疑問を抱く神無に、ジェネレーションギャップと育ちの違いを痛感して縞斑は目頭を押さえる。
いそいそと鍋で湯を沸かした彼は、沸騰した湯の中に火薬と麺を放り込んだ。
「夜食といえばこれでしょ。」
「よ…夜に……ラーメンを…?!」
「そうそう、しかもただの素ラーメンってわけじゃあないんだなー。」
にやりと笑った縞斑は、茹で上がったラーメンを皿に移すといそいそと冷蔵庫を漁る。
つまみ食いの分かりにくそうな食材を厳選した彼は、手早くそれらを切り分けて器の中に順番に盛り付け始めた。
「まずはハムとネギ。」
「わぁ……」
「あとは、冷凍保存してあったとうもろこしの粒を少々。」
「えっ…えっ、そんな、」
「最後にバターを一切れ真ん中に落とせば…」
みるみる色とりどりに盛り付けられていくラーメンを、罪深いものを見るように神無は怖々と覗き込んだ。
熱に溶けてじゅわりとスープに馴染む黄金色と、ふわりと漂うスープの良い匂いに、神無は思わず両手で顔を覆い隠す。
「パパに怒られちゃうぅ…」
「二人だけの秘密だからねー。ほら、取り皿とお箸持っておいで。俺はこのまま菜箸で食べちゃうから。」
「う、うん…!」
ぱたぱたと食器棚に駆け寄った神無は、中から取り皿をひとつと自分用の箸とれんげを手に取るとテーブルへ戻った。
手際良く一人前のラーメンを半分に分けた縞斑から器を受け取った神無はいそいそと両手を合わせる。
「いただきます…!」
「いただきます。」
大きな口を開けて麺を啜る縞斑の向かいで、神無もれんげの上に一口分を取って口に運びもぐもぐと咀嚼する。
疲れた体に染み渡る過剰に感じるほど濃い味の塩ラーメンだが、溶けたバターによってまろやかで香り高い仕上がりだ。
とうもろこしは夏に近くの農家からお裾分けしてもらったものを帰代がその日のうちに粒だけ冷凍したものであるため、甘くぷちぷちとした食感がたまらない。
スープを掬って一口飲んだ神無は、ほぅと息を吐いて嬉しそうに笑った。
「おいしい……」
「背徳の味だねぇ…」
「でも帰代先輩にバレないかな…?」
「証拠隠滅は得意だから任せなさい。」
食事の時間外で恋人とひそひそ囁き合いながら夜食を食べているという状況も相まって、目の前のラーメンがいっとう美味しいものに感じた神無は頬を緩める。
「なんか…すっごいたのしい。こんなことしたことなかったし…そもそもインスタントラーメン食べたのも初めてかも。」
「あー…黒田先輩と赤星ちゃんならしっかりしたご飯作りそうだもんなぁ。」
眠れない夜に赤星が内緒で渡してくれたものはクリームたっぷりのホットココアか、ハチミツを溶かしたホットミルクだった。
黒田は忙しくてよく家を空けていたが、必ず神無の食事の用意をしてくれたし、どうしても時間がない時は赤星が代わっていたのだ。
大切に育てられていたのだろうとしみじみ納得した縞斑がスープを飲み干せば、神無も最後のひと匙を口に運んではにかむ。
「せんぱい、また俺にいけないこと教えてね。」
神無の笑顔とその言葉に、縞斑は思わず器の中にからんと菜箸を落とした。
「……わざとじゃないよね?」
「ん…なにが?」
「いや………なんでもない…」
自分が爆弾発言をした自覚のないらしい神無は、腹も心地よく膨れて優しい眠気にうとうとと頭を揺らしたまま首を傾げる。
父親と兄に大切に育てられた神無は、時々煩悩を知らないばかりに劣情を煽る発言をさらりと口にするのだ。
いつもなら言葉の揚げ足をとって揶揄うか、その発言が如何に男を煽る危険なものかを身をもって理解させるところだが、生憎今夜はもう何も出そうになかった。
「…片付けて部屋に戻ろうか。」
「うん!ごちそうさま!」
縞斑の葛藤をつゆも知らずに、神無は笑顔で両手を合わせて二人分の器を洗おうと流し台へ向かう。
その背を眺めた縞斑は、なるほど確かに無関係であるはずの帰代が過剰に神無を庇護するわけだとひとり納得した。
「…とはいえ、逆効果だなぁ。」
ダメだと言われれば言われるほど手にしたいと燃えてしまうのは、悪人の性というべきか。
「せんぱい?」
「あぁいや、こっちの話。洗い物手伝うよ。」
つい数ヶ月前まで刑事であったはずの自分を棚に上げて小さく笑った縞斑は、首を傾げる神無の隣に並ぶのだった。
終