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似合いの二人

全体公開 249 5389文字
2024-08-10 00:06:24

【必読】五夏/if
突然積極的になったイ桀にドキドキな忄吾と、それには訳があるイ桀と、彼らを見てやれやれしている愉快な仲間たち

Posted by @itou_888

 少し離れた場所に夏油がいる。じっと見つめていると目が合った。普段ならば五条の視線に気づいた夏油が手を振ってくれるのだが、今日は違った。つかつかと近づいてくる夏油は満面の笑みである。そして。
「おはよう、悟。今日も会えて嬉しいよ。これから任務かな、いってらっしゃい」
 そう言って五条を軽く抱きしめて去っていったのだ。
「は……
 その場に残された五条はぽかんと口を開けて夏油を見送る。その隣では、ぴゅい〜と気の抜けた口笛を吹いた灰原が、満面の笑みを浮かべて親指を立てていた。



「悟っ! おはよう。早かったね」
「悟ぅ、疲れてないかい? これ、お土産だよ」
「あれ、悟じゃないか。今日の格好、似合っているね」
「悟ッ」
「悟〜」
「さとる」



「あ゙ーーッ! 何が起きてんの!? 俺に都合がいい夢!?」
「五条さん、うるさいです」
「うるさくない! 傑が、傑がなんか、嬉しいことばっかり言ってくるから!」
「それを直接本人に言ってはどうですか」
「できたら、苦労しねーって!」
「はあ……
 騒ぎたてる長身の不審者、先輩である五条を見て七海はため息をつく。ここ最近、同じく先輩である夏油の様子が普段と違うことには気づいていた。また何か二人で企んでいるのだろうと思ったが、五条の反応を見るに違うらしい。
「迷惑なら控えていただくよう伝えますが」
「迷惑なわけないじゃん。傑に余計なこと言うなよ」
「はあ………………
 面倒くさい。本当に面倒くさい。心の底から面倒くさかった。結局、五条は自慢したいだけなのだ。大好きな親友から、いつもより直接的に好意を向けられている現状を、愚痴のふりをして全人類に自慢したいのだ。
「迷惑でないなら、返してさしあげたらどうですか」
「何を?」
「好意を」
 七海からの言葉に五条は、いやあ、などと腑抜けた声をもらした。
「だって、さあ?」
 夏油からあれだけの好意を向けられていながら、それに対する五条の反応はやけに淡白に見える。クールぶっているのかなんなのか知らないが、ここでのようなはっちゃけた態度とは大違いだ。けれど雰囲気はうるさい。嬉しいです、喜んでいます、最高ですといったオーラがバシバシと放たれている。今さら夏油に格好つけたところで意味はないと思うのだが、五条はそう考えていないのかもしれない。
「格好つけるのもいい加減にしたらどうですか」
「ち、ちがっ、違わなくもないけど、そうじゃないんだって」
「そうですか」
……だって、傑がどうして急に人前でこんなこと言ってくれるようになったのか分からないし。それに、俺が反応したら、やめちゃうかもしれないじゃん」
 上下黒の戦闘服、顔の上半分に包帯を巻いた姿で、両の人差し指を突き合わせながらもじもじされても不気味なだけだ。七海はしっかりと引きつつ、それでも世話になっている手前、親切心で助言をすることにした。
「反応しない方が悪手なのでは。あまり素っ気ないと、嫌がられていると勘違いされるかもしれませんよ」
「嫌なわけない」
「それは私ではなく、夏油さんに言ってください。好意を示されて、満更でもないなら、何かしらの反応を見せた方がいい」
 つとめは果たした、とばかりに五条に背を向けて帰りの支度をする。後は本人同士で解決して欲しい。何も言わなくなった先輩を置いて、七海は帰路についた。



 さて。五条は人探しをしていた。
 もちろん、探す相手は夏油である。きょろ、と見回す限り呪術高専内にはいないようだった。五条も夏油も高専所属の術師ではあるが、常駐しているわけではない。それぞれに背負うものがあり、共に目指す理想のため日々奔走しているのだ。
 とはいえ、移動の多い術師であることを理由に使われていない寮の一室を寝床の一つとしている。したがって、今夜、ここに帰ってくる可能性も残されていた。
 五条は鼻歌交じりに廊下を歩き、当たり前のように所持している鍵で夏油の部屋に入った。そして、常備してあるお泊まりセットの中から自分用の部屋着を取り出して着替えると、綺麗に整えられたベッドに潜り込んで家主の帰りを待つことにした。

「──悟、さとる」
「うーん」
「ほら、起きな」
「おかえり、傑」
「ただいま」
 運は五条に味方したらしい。
 目を開くと、今しがた部屋に戻ってきた夏油が法衣を脱ぐ姿が見えた。それをベッドの中からぼんやり眺める。すると、振り向いた夏油が近づいてきて布団の上から五条を優しくぽんぽんと叩いてくれた。
「どうかしたかい?」
 白衣姿の夏油が笑っている。法衣を着ているときは、髪をハーフアップにしているため、髪のすそは下ろされたままだ。その黒髪が肩から滑り落ちるのを視界の端に入れながら、油断している夏油をベッドに引き込んだ。
「ちょ、悟」
「いつまで続けてくれるの」
「はあ?」
「これ、いつまで続けてくれるの」
「これって?」
「今みたいにめちゃくちゃ嬉しいことばっかりしてくれるやつ」
 覆いかぶさり、腕の中に閉じ込めた夏油は目を瞬かせると神妙そうな顔つきになった。
「それなんだけどね」
 重々しい雰囲気だった。てっきり軽い調子で返答が貰えるとばかり思っていた五条は驚いて身を起こす。同時に夏油も起き上がった。
「実は、この間、とある人から言われたんだ」
「な、なにを」
「五条さんって、本当に夏油さんのことが好きですねって」
「あ、え? うん」
「それも、一人じゃない。複数人から似たようなことを言われる。でもね、悟。逆は聞かない。これは由々しき事態だろう」
「えーっと、つまり?」
「私が、悟を好きなんだよ。でも、周りから夏油さんって本当に五条さんのことが好きですね、なんて言われない。ということは、だ。私が思っているだけで、悟への好意って全然伝わっていないんじゃないか? それって、どうなんだ。いくら胸の内で思っていたって相手に伝わらなければ意味がない。だからね、まずは普段より分かりやすく行動を起こしてみたんだ。ちなみにいつまで続けるかって質問だけれど、悟が迷惑だと思うならすぐに止めて別の方法を考え──」
「待って待って待って!!」
 ぺち、と夏油の口を押える。
 今、自分の顔はどうなっているだろうか。混乱と喜びのあまり溶けていやしないか。五条は自らが一流の呪術師であることに感謝した。俺でなけりゃ真っ赤っかな茹でダコフェイスになってたね、と内心で胸を撫で下ろす。別に、長年の親友である夏油に対して今さら格好つけようだなんて思っていないけれど、やっぱりどうせ見せるなら格好よく、余裕のあるところを見せたいと思うのが乙男心であるからして。
 そんなこんなで窮地を乗り越えたつもりの五条に追い打ちがきた。
「ん、ぷはッ。これまでも、悟への好意は表に出していたつもりなんだよ。伝わっていなかったかもしれないけど」
 塞がれた口をもごもご動かして、五条の手から抜け出した夏油は真剣な表情を少し崩して、眉を下げる。
 降参だった。なにか、とんでもないことが起きていることだけは分かる。努めて冷静を装い、夏油の両肩に手を置き、深く呼吸をして精神を落ち着かせようと試みる。覚悟を決めて目の前にある顔と視線を合わせたが、切れ長の瞳に映るのはどこまでも嬉しそうにへらへらと笑っている自分の姿だった。仕方がない。
「なあ、いくつか言ってもいい?」
「かまわないよ」
「まず、めちゃくちゃ嬉しいからさ。止めないで欲しい。傑に褒められるの、嬉しい」
「悟が嬉しいなら今後も続けようかな」
「そうして。あと、周りのヤツらは間違ったこと言ってないよ。だって俺、傑のこと好きだし」
「それは……そうだろうね。私たち、お互いほど親しい相手は他に居ないんじゃないか。少なくとも私はそうだし」
「俺だってそうだよ。最後に言っとくけど、傑が俺のことを大事に思ってくれてんのも伝わってるから」
「ほんとう?」
 その聞き返し方が期待半分、不安半分といった様子だったので、五条はこの自分と大きさの変わらない強く聡い親友のことを、本当に、本当にうっかり、可愛いなどと思ってしまった。
「本当だって」
 五条は指折り、夏油から感じる悟大好きポイントについて語り始めた。対する夏油は、照れるな、だとか、そんなに分かりやすかったかい、などと言ってはくすぐったそうに笑っていたが、ある部分でぴたりと動きを止めた。それは、夏油の仕事着に言及したときだった。

 悲しいかな、現代社会において呪術師という職業は認知度が高くない。無論、そうなるように管理されているのだが、呪霊の祓除が必要だからと現場に赴いても相手にされないことがある。さりとて、身を引くわけにもいかず、また交渉の時間も惜しい。そう思った夏油が編み出したのがハッタリでごり押すということだった。
 五条は夏油が、僧侶の着るような法衣を身にまとって現れた日のことをよく覚えている。呪術界と宗教の相性が悪いことを知っての行動なのか、親友が時おり見せるロックな部分を気に入っている五条は手を叩いて褒めた。しかし、どこで手に入れたのかを聞けば人に貰ったなどと言うので、腹の底で何が煮えた五条は、即座に夏油の腕を引いて然るべき店で一式揃えさせたのだった。
 その後、独学で色々と勉強したらしい夏油が細々とした付属品を買っているのは知っていた。そのうちの一つである袈裟を身につけた夏油に、当時はなんとも思っておらず、動きやすさを考えるならその丈でいいだろうくらいにしか捉えていなかった。
 けれど、夏油の言葉を考慮するならば、あの袈裟にも意味が含まれていたのかもしれない。その程度の希望的発言は、思わず確信をついたらしかった。

「傑?」
……あ、あれは、その」
 両肩に置かれた五条の手から逃れようと夏油が身じろぐ。そんな夏油を見て、ここで逃がしてはならぬと魂が叫んだため、数分の格闘の後、そのままベッドへ横たえさせることに成功した。夏油が諦めたともいう。
 両手をついて親友に覆い被さると、ささやかな抵抗のつもりなのか手で顔を隠しながら、ぼそぼそと言い訳を始めた。
 初めは本当に、ちょうどいいからという理由で五条袈裟を購入したらしい。なんなら、七条袈裟も九条袈裟も購入済みだ。けれど動きやすさと見栄えを重視して使用していくうちに、親友の苗字を冠する袈裟を身にまとっている、という状況に気がついたのだそうだ。それは、なんとなく落ち着かなくて、そして、悪くない気分だった。
「悟はこういう格好に詳しいけど、袈裟をつけているのを見ても何も言わなかったから、気づかれてないんだと、思って」
 唯一、初めから意図的ではなかった部分を指摘されたからだろう。特徴的な耳は真っ赤っか、例えるならば茹でダコである。対する五条は、珍しくたじたじな親友を前に、彼を煽ってやることもできず、唸って夏油の胸元に額をつけることしかできなかった。本日二度目の降参の瞬間だった。
「別に、全然嫌とかじゃないから」
「うん」
「あれ、着るのやめなくていいから」
「うん」
……始まりはどうであれ、今は傑がアレをそういう理由で着てるの、うれしいし」
……うん」
 成人男性二人が、顔を赤らめて、セミダブルのベッドの上で身じろぐ。暫く無言のまま見つめ合い、それから大人しくぎゅうぎゅうのベッドで眠りについたのだった。



 一時期より、あからさまではなくなったとはいえ、頻繁に五条へ話しかけるようになった夏油。そんな夏油からの接触に喜びを隠さず対応する五条。
 しかし、夏油が仕事着に身を包んでいると、何故か五条がぴたりと止まり、もじもじとした雰囲気がただよう。
 そんな彼らを遠巻きに見つめる者たちが居た。
「家入さんが夏油さんを焚きつけたんですか」
「人聞きが悪いな。私は、五条への好意をもっと分かりやすくするって宣言した夏油に追加の生ビールを注文してあげただけ」
「酔っ払っているじゃないですか」
「そういう七海こそ五条に何か言ったでしょ。その顔は図星だ」
……こうなるとは思っていなかったんです」
 何が悲しくて、同級生および先輩のもどかしいやり取りを見せつけられなければならないのか。
「あっ! 七海! 家入さんも!」
 そこへ爽やかな風と共に灰原がやって来た。灰原は二人の視線の先にいる五条と夏油を見て、したり顔で頷く。
「やっぱりそうなった」
「灰原、何か知っているんですか」
「知っているもなにも、普段の夏油さんたちを見てたら分かるよ。僕、妹の影響でドラマとか漫画とかたくさん見てるからね。少しだけ詳しいんだ」
 にこ、と微笑んだ灰原は指で写真のフレームのような形を作ると、五条たちをそこにおさめた。
「お似合いの二人って感じ」
「色んな意味でな」
「割れ鍋に綴じ蓋では」
 何がおかしかったのか、顔を見合せ、腹を抱えて笑い出した二人の姿に、家入たちの頬もつられて緩んだ。

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