倒壊した建物や怪我の表現がある。
現パロの「奇跡なんか無い」感がベースなのに、なんか不思議な話です。(?)
@azisaitsumuri
あの男は倒壊した建物の隙間に、右足を挟まれて動けなくなったところ、更なる現場の崩落が予測されていた。
つまり、殉職したのだ。
自分の預かり知ら無い知らせを受けて、体の無い葬儀を終えて、形見の無い生活をしている。今は。
取り戻された日常の中、永遠に取り返すことの出来無い日常を思って歩んでいる。わたしに構わないでくれ。過去を振り返りながらでも、前に進むことは出来る。勝手にそうなるのだから。
そんなこちらに付き合い切れない人間達や、あの男伝の知り合い達とは、すっかり疎遠になった。距離をおかれたのだ。
「こんにちは、リッパーさん。」
「ええ。ご機嫌よう。庭師のお嬢さん。」
「変わりはないかしら?」
「ええ。変わりありませんとも。」
何も。
「……そう。」
けれどそれで良いのだ。放っておいてほしい。どちらかと言えば派手好きの自覚がある自分の願いとしては、ささやかなものだろう?
表情の無いわたしが、本当に変わり無いかなど、気にかけて時々訪ねて来るエマにも、分かりはしないのだ。だから会話は、含んだものでも、何も含んでい無くても、どちらでも構わない。
ナワーブさんが亡くなっても、リッパーさんは普段通りに見えた。
変に引き籠ったりすることもなく普段通り外出もするし、家では普段通り絵を描いて暮らしているようだ。
それを気味悪がって蔑む人もいれば、嫌悪して怒る人もいる。あの人は怖しいけれど、そういう感情を向けるのは良くないと思うの!
だけど彼本人はなんにも気にしない。
でもそんな筈無い、あんなに側にいた相手がいなくなってしまって、なんにも思わない筈無いもの。
けれど彼に変わったところは見られなかったし、本人に直接訊ねても答えは同じ。少なくとも、私からしたら。
ある時、街でお店を転々としていた様子だった人物が、この園芸店にも訪ねて来た。店の出入り口近くで作業をしていた手を止めて、いらっしゃい、といつも通り明るく声をかけようとした。新しいお客さんなら、尚のことこの店を気に入って貰えるように。
しかしそんなこちらの笑顔は凍りついた。来店した人物の顔に、見覚えがあったからだ。
「ここは花屋か?」
「え?いえ、花と一緒に園芸用品も扱っているの。というか、あの?」
「ん?」
「……ナワーブさん?」
相手はいたって来客らしく人好きのする笑みを浮かべていて、記憶の人とは食い違ったが、自分の知っている人にしか見えなかった。
「さて、誰かと勘違いかな。働き過ぎか、店員さん?」
おどけて見せる様子は、やはり記憶の彼には当て嵌まらなかった。どちらかというと、背の高いあの人の、ような。
とにかく、相手は自分の言い当てた人とは違う人物のようだ。それもそうだろう。
彼は死んでしまった。
けれど彼の遺体は戻って来ていない。目の前で、彼が帰って来たかのように立っている相手の、右足をつい見遣る。
しかし相手を良く見ると、その体は右足どころか、右半身が大きく損傷している傷痕が見られた。ひょっとしたら右目は見えていないかも知れない。
それどころか、そもそも、彼の榛色の髪と緑霧の瞳だったものが、目の前の人物は真っ白の色だった。
「こんな怪我の男、他にそういないだろう?」
不躾な視線を送ってしまったことを恥じたが、それを謝る前に、彼は気にしていないようにそう言った。周囲を気にしない振る舞いは、やはり、あの人を彷彿とさせた。
殉職したと聞かされたナワーブさんの葬儀を確かに覚えている、それでも、目の前の人物が別人なのかを疑ってしまっていた。
しかし、どんなにこちらが勝手に疑ったところで、この人は、ただ「似ている」だけなのかも知れない。葬儀が行われたのは紛れも無い事実だ。殉職したと判ぜられたのが現実だ。
そして相手は、思い出の彼が身に付けないような派手な色の服を着ていた。真っ赤だ。その色は、あの人のほうが好んだ色だ。
けれどその赤は今の、否、初めてのお客さんの持っている白に映えていた。目がちかちかとする。
そうして、冷やかしに来ただけかも知れない客を意図せず引き留めてしまっていたところ。
あの人がやって来た。
仮面が落っこちるかと思った。
外れるどころか、普段ずれることすらない筈のそれが。あの男が、悪戯に外して来る時意外、簡単に剥がれることの無い仮面が。
「リッパーさん……」
困惑して、何処か助けを求めるように呼んで来るエマに応えて遣ることは出来なかった。
見知らぬ色をした、よく知った男の姿。
だけど、ちがう。
何か違う。例えその姿を白黒写真で見たとしても、この男をあの男だと思うには、違和感が拭え無かった。嗚呼、自分が真っ赤な絵の具を引っ被ったほうが、まだ綺麗に拭えそうだ。
振り返ってこちらに笑いかけた赤い服の男は、馴染みの無い表情の造り方をしていた。
変わりの無い日常に、異物が生じたことだけが、今分かる全てだった。
その時自分は、いったいどんな顔をしていたのだろう。あの男なら、分かっただろうか。例え、仮面越しでも?
あの時のお客さんがナワーブさんに似ていると思ったのは、自分の気のせいでもなんでもなくて、やっぱりとても似通っているらしい。
あの人が分かり易く驚いていたから。
あの人は普段仮面を付けているし、表情の変わらない人だから、変化を見付けるには、彼本人がわざわざ分かり易く見せてくれる他無い。それでも、あの時ばかりは自分にも彼から動揺のような感情を感じ取れた。
そんなあのお客さんは、最近この辺りに越して来た人で、生い立ちも家族構成も、彼を狼狽えさせることの出来るきっと唯一だったあの人とは違った。
死体無く死んだあの人が戻って来たなんて、そんな都合の良いことは無かった。
けれどそれにがっかりしては、相手に失礼だ。そしてきっと、もういないあの人に対しても。
そんな相手は、あの一件依頼、よく顔を見せてくれるようになった。お店に貢献してくれるという話ではないが、それは仮面のあの人も、死んでしまったあの人もそうだったし、他の友人達もそんなところがあるので、気にしない。寧ろあの時こちらが勘違いして失礼な態度を取ってしまったにもかかわらず、足繁く通ってくれることをありがたく思う。
「やあ。変わりないかな?」
「いらっしゃいなの!元気よ!」
あの人との違いの違和感にも慣れ、この人をこの人として、新しい友人関係にも慣れた。彼はどうだか分からないけれど。
自分の知る限りでは、この人と彼は、一緒になれば挨拶をする、そういう程度の関係性は築けているように思う。
と言っても、この二人が一緒にいるところはこの店でしか見ない。彼の家には今でも様子を見に行くことがあるが、そこでこの人の姿を見たことは一度もない。
当然だろう。この人はあの人ではないのだから。彼の家で当然のように会えていた、あの人ではないのだから。
「ごめん。ちょっと訊きたいんだけれど。」
その日、変わりがあったのは、この人のほうかも知れない。あるいは、前々から気になっていたことへの疑問を、今日は口にする気になったか。
「なあに?」
「あいつ、仮面のあいつって。なんかこちらを見ている時、憎悪を堪えて蔑みと怒りの形相をしているだろう、なんであんな顔を向けて来るんだ?」
「え……っ?」
分かるんだ、この人には。彼の表情の機敏が。他の誰も見ることの叶わない、仮面の下が。見てもいないのに……!
「そ、それが分かっているのに、エマじゃなくて本人に訊かないの!?」
「うん?」
思わず詰めるように問うも、同じた様子の無い飄々とした白い目は、それどころか小首を傾げた。
「あの紳士殿は、こちらの名前も知らないんだよ。」
そんな相手に、心情を問うような会話を、どうして出来ようかと。それ以前の関係なのに、と……。
言葉が出なかった。この人の名前をきかない彼にも、彼の表情を読めるのにそれを本人に問わないこの人にも。
なのに。
「……これで良いのかもな。」
目の前の人は、遠くを見て微笑んで、どうでも良さげに言った。
この二人は、この店で擦れ違うがせいぜいの、他人なのだ。
最近顔見知りになった紳士は、こちらの名前にも素性にも興味が無いようだった。
しかし、こちらの姿や声は聞きたがっているように思える。
そのくせ、目が合えば、こちらの全てが気に入らないみたいな顔をするのだ。最も、その表情の機敏を感じているのは自分だけらしい。自分が向けられている対象だからだろうか。とにかく、確認するすべが無い、本人に問う迄は。
だが自分と深くは関わらないことを操作している相手に、どうしてこちらから関われよう。別にそこ迄関心も無いのに。悪戯に手を伸ばしてはたちの悪いことだろう。
ただ、あの視線の奥の人物の、代わりをすることが自分には可能だとは思うこの確信が、誰のものなのかだけが分からない。