NPC×🎃(カルみと前提)
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
NPC(赤星透也)×神無三十一です。
シナリオネタバレありまくります。
ご注意を。
穏やかな振動と、柔らかな声が聞こえる。
「ーーーとい、みとい。ほら、着いたぞ。」
「ん……?」
優しい手のひらに導かれるようにして、神無は微睡みの淵からゆっくりと覚醒した。
まだ眠たい目を腕で擦りながら体を起こした神無はふと、いつの間にか自分の乗っていた車が目的地に到着していることに気付く。
「んぇ……もう?」
「もうって…ちゃんと時間通りだからな。」
「んー…良い夢見てたのにぃ…」
「お前なぁ…もう刑事になって一年だろ?いくら移動中の車内だからって涎垂らして寝るなよ。」
いつものように穏やかなやり取りを交わしながら大きく伸びをした神無は、扉を開けたままの姿勢で呆れ笑いを浮かべる兄の赤星透也の姿を見上げた。
慌てて腕で口元を拭えば、彼はおかしそうにくすくすと笑って神無の頭を撫でる。
「ぱ…パパには内緒にしてくれよ。」
「はいはい。ほら、早く行かないと遅刻するぞ。相棒待たせてるんだろ?」
父親である黒田矢代は今朝も先に職場に向かっているらしく、ぎりぎりまで惰眠を貪る神無のことを赤星が迎えに来たのだ。
駐車場をあとにしたふたりは、警視庁庁舎へ足を向けながら会話を交わす。
「ディーノとは上手くいってるのか?」
「うん!来週の公休は外泊許可取って、ふたりでスイーツバイキング行く予定!」
「相変わらず仲良しだな……俺の相棒も見習って欲しいわ。」
入り口の警備アンドロイドに軽く会釈をして庁内に入ったふたりは、慣れた様子で指紋認証を済ませるとエレベーターに乗り込んだ。
相棒と上手くやっているらしい神無の話を聞いて苦い表情を浮かべる赤星を見た神無は、弱みを見つけたと言わんばかりににやにやと笑みを浮かべる。
「透也、イチハとまた喧嘩したの?」
「してねぇよ。あいつが生意気なだけ。」
「俺たちと一緒にふたりもスイーツバイキング行く?」
「絶対行かないだろあいつ……」
話しながらエレベーターを降りたふたりは、ドロ課の扉の前へと辿り着く。躊躇うことなく扉を開けて中に顔を出せば、先に到着していたらしい先輩の刑事である縞斑狩魔が顔を上げた。
「神無ちゃん、赤星ちゃん、おはよう。」
「おはよーだらだら先輩、今日は早いね。」
「まぁね…昨日定時で帰ったから仕事が残ってるってアサギリちゃんに強制出頭させられたってわけよ。」
「にゃはは!叩き起こされたのかよ!」
デスクに積み上げられた書類を前にため息をつく縞斑の隣に座った神無がけらけらと笑えば、声を聞いたアサギリが給湯室からコーヒーカップを持って顔を出す。
「神無さん、赤星さん、おはようございます。コーヒーいかがですか?」
「おはよアサギリ!ほしい!」
「おはよう。俺はいいや、ありがとうな。」
始業前から真面目にせっせと書類と向き合う縞斑のデスクにコーヒーを置いたアサギリは、こくりと頷くと再び給湯室へ歩いていく。
縞斑を応援しながら神無が朝の支度を進めていれば、間も無く奥のメンテナンスルームの扉が開かれた。
青木とレミと共に部屋に入ってきたディーノは、相棒の姿を見つけるとぱっと顔を綻ばせて背中に抱きつく。
「おはよう、神無。」
「っと、ディーノおはよ!来週の公休の外泊許可ちゃんと取ったか?」
「ばっちりです。」
ディーノに気がついた神無は笑顔を浮かべて背中の彼を支える。
最年少のバディを微笑ましく仲間たちが見守っていれば、まもなくオフィスに係長である黒田が顔を出した。
彼の号令を聞いた神無は、仕事に気持ちを切り替える。
そうして今日も、変わらない日常が始まる。
事件に追われる日々は平和とは言い難いけれど、忙しくも充実した毎日に神無は満足していた。
※
「それでさ、ディーノが聞き込み中に…」
「あはは、それで合流したとき二人ともずぶ濡れだったのか。」
何事もなく定時に仕事を終えた神無は、今夜は赤星の送迎を断って縞斑と共に警視庁を出た。
建物から離れて顔見知りが居なくなった頃を見計らって、縞斑は隣を歩く神無の手を何気なく繋ぐ。驚いて顔を上げた神無だが、彼は素知らぬ表情で会話を続けた。
「そういえばお兄さんは今日のお泊まり許可してくれたの?」
「あ…えっと、うん。『三十一も年頃だから』ってパパが一緒に説得してくれたからさ。」
「相変わらず愛されてるねぇ。」
神無と交際を始めたことを告げた日に目にした赤星の鬼の形相を思い出して、縞斑は思わず苦笑いを浮かべる。
今にも縞斑に斬り掛かる勢いの赤星の姿は、はたから見ても過保護と言われている黒田ですらふたりの味方となって彼を宥めるほどだった。
「先輩こそ、アサギリの許可おりたんだ。仕事終わらなかっただろ。」
「あー…次の出勤で全部やるって言って説得した。今夜はディーノちゃんと青木ちゃんに誘われてアニメ見るんだってさ。」
「えっ、じゃあふたりきり?!」
気を遣ってドロ課のメンテナンスルームで眠ることを選んだアサギリのおかげで、久しぶりに手に入れた恋人との二人きりの時間に神無はぱっと明るい表情を浮かべる。
素直な彼に頷いて繋いだ手を軽く引いた縞斑は、神無の耳元にそっと唇を寄せた。
「今夜は楽しもうね。」
「っ、そとでそういうことすんなって…!」
「大丈夫、誰も見てないよ。」
「だとしてもさぁ…!」
一回り歳上の彼に対して、仕事においても恋愛においても神無には敵わないことばかりだ。
余裕の表情で神無の赤らんだ頬を撫でる縞斑に、唇を尖らせた神無はせめてと指先を絡めて手を繋ぎ直す。
「ほら、早く帰ってご飯食べようぜ。」
「そうだね。楽しみだなぁ、神無ちゃんのオムライス。」
「な…なんで知ってんだよ?!」
「赤星ちゃんがこの前、練習でひたすら食べさせられてるってマウント取ってきたから。」
「透也ぁ…!!」
思わず額を押さえて唸る神無を笑った縞斑は、絡んだ手のひらを確かめるように握り直すと神無の顔を覗き込んだ。
翡翠の瞳が、何故か少しだけ哀しげにゆらりと揺れる。
その感情の色に疑問を投げ掛けるより早く、縞斑はゆっくりと口を開いた。
「神無ちゃん、いま幸せ?」
「な、なんだよ急に…」
「なんとなく聞きたくなった。どう?」
不安そうに縞斑が首を傾げる。
何を今更そんなことを不安に思う必要があるのだろうか。そう微笑んだ神無は、強く手を握って迷わず返事を口にした。
「もちろん、幸せだよ。」
木々を伝って水溜まりに落ちようとしていた雨粒が、空中でぴたりと静止する。
耳に痛いほどの沈黙に包まれた神無は、唐突に色を失って停止した世界に唖然と声を上げた。
「な、に…?」
異変を感じ取った神無は咄嗟に、繋いだ手を引いて縞斑へと声を掛けようとする。
しかし、困ったように眉を寄せて笑う彼の姿は石のように固まってびくともしなかった。
「せんぱい…!せんぱいっ、なんで、なにが…!!」
一体何が起こっているのだろうか。そう狼狽える神無の前で、手を繋いでいた縞斑の姿が霞のように溶けて消えてしまう。
それを追うように手を伸ばした神無はふと、伸ばした手のひらの先に唯一の色を見つけた。
「とお…や……?」
短い赤髪を揺らしてこちらを真剣な表情で見
つめていた彼…赤星透也は、神無が自分の存在に気がついたことを確かめると歩み出す。
「…三十一、もう時間だ。」
「な…なにが、じかんって…」
「これ以上ここに居たらいけない。お前が誰より分かってるはずだろ。」
自身を見据える兄の瞳に、身を強ばらせた神無はおずおずと後ずさる。
そんな彼の前へ一歩、二歩と歩みを進めた赤星が触れた瞬間、落下する途中で停止していた雨粒が溶けて消えた。消えていく世界に動揺することなく、赤星はゆっくりと言葉を続ける。
「この世界は…偽物だ。」
「っ、」
あの事件が起こったのは、ドロ課が結成されたその日のことだ。それに連なる事件に決着がついたのは二ヶ月後で、一年後のこの場所に赤星や黒田、縞斑たちがいることなどあり得ない。
この場所は神無が見ている都合の良い夢だと現実を突きつける赤星は、言い聞かせるように神無の肩を両手で掴んだ。
「とお、や…」
「元の世界に戻れ。そうしないと…お前まで帰れなくなる。」
「…っやだ……!やだ、とおやたちと…はなれたくない…!」
子供のように駄々をこねて首を横に振る神無は、朧げな記憶の中で元の世界に戻ればドロ課の幸せな光景は全て消えてしまうと理解していた。
現実に帰ることが怖くて仕方がない神無は、両の瞳からぼろぼろと涙を溢しながら赤星に縋って必死で訴える。
「やだ、やだよ…とおやとはなれたくない、ひとりはいやだ…っ!」
「三十一……」
赤星が自分に甘いことを神無は良く知っている。いつもこうして駄々をこねれば彼はいつだって、仕方ないなと困ったように笑って願いを聞いてくれていた。
けれど、今回だけは違うらしい。何度頼んでも赤星は決して首を縦には振ろうとしなかった。
「…ごめんな、三十一。俺はお前のことを連れていけない。」
「なんで…なんでだよ、とおやぁ…」
「お前の帰りを待ってる人がいるからだよ。」
「そんなの……いないもん、おれなんか、」
神無の中で現実世界の記憶はひどく曖昧だった。事件を解決する中で赤星や黒田が犠牲になり、縞斑とアサギリがドロ課を追われ、その先のことは上手く思い出せない。
今の神無が確かに分かることは、この夢から目を覚ませば赤星に出会うことは二度とないということだ。
自分は何度も判断を誤った。その結果、自分を大切に思う人たちが傷ついてしまった。そんな自分の帰りを待つ人などいるわけがない、そう目を伏せる神無の顔を赤星は懸命に上げさせる。
「戻れば全部思い出せる。そのときお前は必ず、目を覚ましてよかったと思うはずだから。」
「なんで…なんで、いっしょにいちゃいけないの…?」
涙に濡れた瞳が赤星と共にいたいと訴える。
肩を掴む赤星の手は震えていた。許されるのなら赤星だって、ここにずっと居ようと囁きたかったのだ。
けれど、神無の記憶と心を元に構成された赤星だからこそ分かる。
神無がこの世界にとどまれば、きっと近い未来でその選択を一生後悔することになるはずだ、と。
「俺は…あいつの大切なものをこれ以上奪いたくない。悔しいけど、今のお前を守ってくれる人だから。」
「あいつ……?」
「……最もこんな程度じゃ、なんの罪滅ぼしにもならないだろうけど。」
「とおや…それ、だれのこと…?」
首を傾げる神無の体を、赤星は返事の代わりにめいっぱいに抱きしめた。答えは聞けないのだと理解した神無は、せめてその体を離さまいと両手を彼の背に回す。
「とおやぁ…」
「………そろそろお別れだ。」
「やだ…やだよ、とおや…っ」
首を振って抵抗する神無の頭を赤星がゆっくりと撫でた。艶の良いブロンドの髪を指先で梳いた赤星は、愛おしげに目を細めて笑う。
あれほど心地良かったはずの彼の体温を何故か全く感じられないことが、どうしようもなく切なくてたまらなかった。
神無がどれだけ嫌だと言っても、世界の崩落は止まることがない。赤星が消えてしまわないように必死で縋り付く神無を見下ろした彼は、困ったように小さく笑って額に口付けた。
「ほら、起きる時間だよ。ねぼすけ。」
ゆるりと体の輪郭が解ける。
神無の抵抗も虚しく、目の前の兄の体は瞬きひとつの間に空気に溶けて消えていった。
いかないで。そう泣きながら伸ばした手を、光の中で誰かが包み込む。
その手のひらの体温に引かれるようにして、神無の意識は夢の世界を脱したのだった。
※
ぴ、ぴ、と規則的な電子音が部屋に響く。
瞼を開くことすら億劫に感じる重たい体をベッドに預けた神無は、ぼんやりと天井を見上げた。
「……?」
ふと神無は、ベッドのそばで啜り泣く声を聞く。ゆるゆるとそちらへ視線を向けて見れば、そこには神無の手を両手で強く握って俯く縞斑の姿があった。
「……せん、ぱい…?」
「っ…みなちゃ…」
掠れた喉で名前を呼ぶと、その小さな声を聞き逃さなかった縞斑は弾かれたように顔を上げる。
椅子から立ち上がってベッドの横に膝をついた彼は、そっと片手を解いて神無の頬に触れた。涙のあとが残る冷たいその頬を親指の腹で撫でた縞斑の顔が、みるみる歪んでいく。
「…よかった……」
「…なかないで、せんぱい。」
「泣かせたのは君だろ…」
手のひらに降り注ぐ温かな雨を受け止めた神無は、重たい腕を持ち上げて縞斑の濡れた頬に触れた。
自分の身に何が起こったのか、神無はまだ上手く思い出せない。
けれど、見慣れない病室でたくさんの機械を繋いで眠る体と、初めて見せた縞斑の涙を見れば、自分が生と死の境を彷徨ったことくらいは理解できる。
「……とおやに、あったよ。」
「…透也……赤星ちゃん?」
「ん…おれをまってるひとがいるって、おいかえされちゃった。」
あの幸せな世界をもしも選び取っていたら、きっと神無はこの世界で二度と目覚めることがなかったのだろう。
死の境目で夢を見ている神無のことを知っていた赤星は、どうにかして神無を元の世界へ追い返したのだ。
「…そっか。お兄さんに感謝しないとな。」
「……うん、ごめん…、」
「神無ちゃんが謝ることなんて何一つない。医者を呼ぶから、とにかく今は休んで。」
縞斑を置いて行こうとしたことを謝る神無だが、縞斑はそんな彼の頭を撫でて確かめるように額に口付ける。
安堵に揺れる翡翠の瞳には、夢で見た哀しみの色などひとつもない。ほっと息を吐いた神無に縞斑は涙を拭って笑い掛けた。
「おかえり、神無ちゃん。」
「……ただいま、せんぱい。ありがとう。」
ふわりと病室のカーテンが翻る。
兄が繋いだ苦しくも愛おしい世界の中で、神無は確かにその言葉を噛み締めるように呟いたのだった。
終