カルみと
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
懸命に抑えられた乾いた咳の声に、縞斑の意識はゆっくりと浮上した。
「っ、けほ……げほッ、ぅ」
二度、三度と瞬きをすれば、職業柄覚醒の早い体は簡単にベッドから身を起こす。
きしりと軋んだベッドの音を聞いて、こちらに背を向けて蹲っていた神無の肩がぎくりと跳ねた。
「…神無ちゃん。」
「ひ、っ…せんぱ、ぇほ…っごめ、」
咳き込む小さな体を必死で持ち上げた彼は、縞斑を起こしてしまったことを申し訳なさそうに謝ってベッドから出て行こうとする。
慌ててその手を掴まえてベッドに連れ戻した縞斑は、彼の痙攣する背中を撫でながら言葉を続けた。
「体を冷やしたらだめだ。ここにいて。」
「でも……っけほ…げほッげほ…!」
「無理に話さなくていいから、ひとまず座ろうか。」
遠慮する神無を宥めてベッドの縁に座らせた縞斑は、彼の背中に耳を当てて肺の音に耳を澄ませる。
喘鳴は聞こえないため緊急性はまだ低いが、明日朝一で医者に診てもらった方が良いかもしれない。
そう考えた縞斑は改めて体を起こすと、一度寝室から離れてキッチンへ向かった。あらかじめ準備してあったしょうがとはちみつを使っててきぱきとカップに湯を注いだ彼は、不安げな神無の元へすぐに戻って来る。
「はい。ゆっくり舐めるように飲んで。」
「ん……っけほ、はぁ…ぅ、ん…」
「上手、良い子だね。」
淹れたての生姜湯を少しずつ飲む神無の頭を撫でた彼は、彼の発作が僅かに収まったことを確かめて安堵のため息を吐く。
元々あまり体の強くない神無は、季節の変わり目になると体調を崩すことが多いと知ったのは、付き合い始めて最初の冬のことだ。
最初は体調不良を隠していた神無だが、元公安刑事である縞斑を相手に誤魔化すことなど不可能だった。
この時期になると縞斑は数日に一回は必ず神無の家で寝泊まりするようになり、キッチンには神無専用の生姜湯が常備されるようになる。
「…熱はなさそうだけど、明日は念のためにニトに診てもらうよ。」
額に手を当てて熱を確かめた縞斑がそう声をかけると、未だ小さく咳をしていた神無が薄く瞼を開いて首を横に振った。
「……でもあした、やすみで、おでかけ…」
「無理をして悪化したら大変だから、明日のデートは延期にしたほうがいい。」
明日は久しぶりに二人が手に入れた休日だった。パンケーキの美味しい店に行きたいという神無に誘われて朝から外に出る予定だったが、まずは体調を優先すべきだと縞斑は神無を宥める。
彼に背を撫でられていくらか落ち着きを取り戻した神無は、べそべそと泣きながらシーツに顔を埋めた。
「ぅー…かふぇ……ぱんけーきぃ……」
「次の公休こそは絶対に行こうね。」
根気強く宥めていれば、涙で目を赤くした神無がちらりと顔を上げる。悲しげなその瞳に次の予定という希望が灯った様子を見て、縞斑は内心胸を撫で下ろした。
「……ほんと…?」
「本当。合わせて俺も時間作るから。」
「やくそく……」
「うん、約束。」
差し出された小指を絡めて軽く振って見せると、神無はようやく納得したらしく頷いてベッドに体を預ける。
「はやくなおす…」
「うんうん、代わりに明日は好きなケーキを注文する権利を与えよう。」
「…いいの?」
「我慢ができるえらい子にはご褒美がないとだめでしょ?」
今日は随分自分に甘いらしい縞斑に目を瞬いた神無は、しばらく悩むように泳がせていた視線を上げて交わらせるとおずおずと口を開いた。
「…生クリームと、チョコレート…どっちもたべたい……」
「いいよ、明日だけ特別ね。」
「ん……」
縞斑の言葉にようやく機嫌が直った神無は、嬉しそうに笑って頷いて見せる。
うとうとと微睡みに落ちていく意識に無意識に抵抗していた神無だが、咳をして体力を削られていたらしい彼は縞斑の労うような手のひらに促されてやがて眠りに落ちた。
すやすやと穏やかな寝息を立てる神無の頭を撫でると、縞斑は部屋の湿度と温度を整えて隣に横になる。
「さてと…」
呟いた彼は神無に端末の明かりが触れないように調整して、画面に有名ケーキ店の通販サイトを表示した。
せっかくだから奮発しようと目についたイチゴのショートケーキとチョコレートケーキを明日の受け取りで手配すると、彼はそのまま紅茶専門店の通販サイトへ梯子する。
「こっちはおまけ…っと」
洋菓子に合う紅茶を見繕ってこちらも明日の受け取りで購入した縞斑は、すかさず飛んできたアサギリからの無駄遣いをするなという説教から目を逸らして画面を閉じた。
「体調の悪いときくらい贅沢しないとねー」
そう呟いて寝息を立てる神無の抱きしめて頭を撫でれば、彼はふにゃりと穏やかな表情を浮かべる。
そんな彼の頬を指先で軽く突いて笑った縞斑は、甘え下手な彼が素直に甘えてくれた嬉しさを噛み締めて微笑むのだった。
終