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たましいの距離

全体公開 FF14 - [BL]ヘルメス受 3463文字
2024-08-22 12:15:27

たましいの雫(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22633946)の後日談。

支部投稿済み。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22832974

Posted by @yoruko_ss

「いったいなんなんだ、この申請の数は……
 所長室で山積みの届けに目を通しながら、ヘルメスは大きなため息をつく。彼は邪魔な仮面を剥ぎ取ると、執務机の上に覆い被さるように倒れ込んだ。
 エルピスでは特に大きなイベントごともなく、ヒュペルボレア造物院を主戦場とする観察者たちは皆、定時になると自身の住まいへと帰っていった。ただ所長だけが、終わらない雑務を相手に夜遅くまで格闘している。彼に直接付き従う者たちも、私を除いた者たちは皆すでに退庁した後だ。
 所長のところまで上がってくるような書類に、形式的な不備など残っていない。彼が見るべきは自由記述の動機欄だけだったが、本心を隠す気もない身勝手な物言いを何枚も続けて見てるうち、さすがに気分が悪くなってきたらしい。ヘルメスは甘いものを食べ過ぎた後のような、うんざりした顔をしていた。
「無届での研究を禁止したらそうなるって、少し想像したらわかりません?」
 相変わらず自分勝手な性善説を信じている、頭がお花畑の上司を皮肉ると、じとっとした視線がこちらに突き刺さる。
「きみも、そちら側だったな、そういえば」
 彼は忌々いまいましげに吐き捨てて、勝手にこちらを敵と認定したらしい。おどけたように両手を広げ、降参のポーズをとる。弁明はしない。自身の申請書も確かにあの山の中に混じっているはずだ。
「そんなに気に入らないなら、届けを出せ、じゃなくて、原則禁止にしてしまえばよかったんですよ」
……研究の自由は阻害したくない」
 消え入りそうな声で、ヘルメスは矛盾だらけの妄言を漏らす。
 実効性のない通達ではなく倫理の研修でもやったほうが余程彼の望み通りになったのではないか。耳に痛そうな忠言をぐっとこらえる。若手たちなら、所長の有り難いおはなし、というだけでもいくらか感銘は受けてくれるだろうに。この詰めの甘さが、いかにも彼らしい。
 近頃は合成獣キメラのような容貌をした創造生物をエルピス内で見かけることが増えた。それが審査のために持ち込まれたものであるならば仕方がないが、職員の自主研究による、謂わば未申請イデアがそのほとんどを占めるのだという。安易な合成獣キメラ創造を問題視したエルピスの所長ヘルメスは、流行に歯止めをかけるべく、無届での研究を所長通達で禁止した。が、それは多くの研究者には「届けさえ出せば研究をしてよい」と解釈されてしまい、彼の言うところの『不純な申請』が山のように押し寄せている。
 すぐれた聴覚を実装するにあたってはどの動物の耳が最適だろうか。つい先日も、そんなことを誰かに尋ねられた記憶があった。小動物を専門として研究しているからか、うさぎやねこに興味をもった者にそういう類いの質問をされることは稀にある。鳥類を専門とするこの男ヘルメスならなおのことだろう。人はいつの世も空を、翼を求める。自由を、風を求めてはそらに、星に手を伸ばす。蝋の羽が溶けることを知っていても、太陽に向かわずにはいられない。それは悲しい人のさがだ。
「転身出来ない下々の者にとっては、憧れなんですよ、獣の耳や翼っていうものは」
 出来ない者には出来ない者なりの渇望がある。自らを弱者と勘違いしている強者にはきっと理解できないだろう、彼は「そういうものだろうか」とだけ言って考え込んでしまった。
「さすがに一過性の流行ファッション感覚で生命を弄ぶのは貴方じゃなくても忌避してますよ。研究中の試薬を譲ってくれ、と言ってくる輩には辟易しました。もちろん断りましたけど」
「まだやっているのか、あの研究を。やめるように言ったはずだが……
 まるで汚いものを見るような目で非難がましく見つめられ、背中にぞくぞくとした何かが走る。
 研究のなかで生まれた副産物――一時的に獣の部位を実装する試薬のイデアは、特殊な性癖を持つ者たちには非常に興味をそそられるものらしい。断るのも面倒なくらいには頻繁に接触をはかられている。イデア登録の予定も実用化の予定もなければ、研究資料もそのほとんどは廃棄済みで、この頭の中をこじあけなければ再現はできない。可能な限り悪用の危険性は排除済みだったが、一度にされた恨みは相当に根深いらしい。うさぎの耳と尻尾を生やしたヘルメスを思い出し、湧きあがりそうになる劣情に無理矢理封をする。
「それは所長としての命令ですか?」
「そういうわけではないが……誤った道を進もうとしているのを止めるのも、友人のつとめだと思っているだけだ」
「友人、ねえ……
 仕事仲間、のような他人行儀な言われ方をするものかと思っていただけに、ヘルメスが自分のことを友人だと言うことにまず驚いた。
 言いたいことは色々あるものの、彼がエルピスの所長という職責を担うに相応しい能力と人間性の持ち主であることに間違いはない。
 それでも彼には誰に対しても分け隔てなく平等に接するがある。対人距離パーソナルエリアがとてつもなく広いのだ。
「なにか気に障る物言いだっただろうか?」
 友人、という言葉にひっかかりを覚えて黙り込んだ私に対し、彼は眉尻を下げて焦ったように顔色をうかがってくる。
 対する自分はといえば、いつの間にか口角を上げてにやにやと不気味な笑みを浮かべていたらしい。わざとらしく咳払いをして姿勢を正す。
「いいえ、ただ……貴方は友人と肉体交渉セックスをするのだなあと、感慨深いものを感じただけですよ」
 慰撫の儀式いつものあれ、を一般的な肉体交渉セックスの枠に当てはめてよいのかは疑問ではあるが、こちらからそう言えば彼はそう捉えるだろう。ヘルメスとはそういう意味では単純で、素直な男だ。
 案の定彼は瞬間湯沸かしイデアのように顔を真っ赤に染めて、両腕を交差させてぶんぶんと振り回し全身で大袈裟に否定してみせる。
 その必死なさまがあまりにも滑稽で、思わず声を上げて笑ってしまった。揶揄からかわれたのだと気付いた男は、バツが悪そうに目線をそらす。顔を下から覗き込んでもそっぽを向かれてしまった。
「冗談ですよ」
 世間一般的に言う恋情の類のものがないのはお互い様だろうに。
 名実ともに彼を掌中に収めたい――そんな欲があるわけでもなかった。たまに味見をしながらこの面白い男の自滅を特等席で見守れる、この絶妙な距離感が気に入っている。
 とはいえ、多少の執着も否定はすまい。じっくりと自分好みに仕込んだ身体だ、みすみすと手放す方がどうかしている。
 創造生物を『処分』する良心の呵責に耐えきれなくなった男は、逃げ場を性の快楽に求めた。犯されることで許しを得ていたはずの体は、幾年もの月日を経て浅ましく強請ねだるようになり、今やレーテー海の外でも物欲しげな視線を送ってくる。
 友人に体のうずきを鎮めてもらうくらいなら、身も心も任せられる真っ当な恋人を作ればよいものを。エルピスという箱庭に実験対象ごと閉じ込められた我々にとって自由恋愛など縁遠い言葉ではあるが、そんな気が回らないほどに彼は切羽詰まっているのだろうか。
「歪んでいるとはわかっている、わかっていても……
「別に責めてなんていませんよ、逃避の方法なんて人それぞれです。誰かに迷惑をかけているわけでもない。貴方は人間を美化しすぎる」
 いわゆるアーモロート式の教育を受けてアーテリス第一主義に染まった人々は、ことエルピスでは意外と多数派でない。好奇心を殺しきれなかった研究者の行き着く先なのだから当然といえば当然なのだが、ヘルメスはその画一的な価値観に反した行動を取るわりに、倫理観はその幻想に囚われ続けたままだ。とっとと開き直ってしまえれば楽になれるものを、つくづく損な性格をしていると思う。
「誓って、貴方の言う非人道的な実験は今のところしていませんよ。そのうち必要にはなるでしょうが、それはそのときになったら相談させてください。友人のよしみで」
 自分だけが唯一の理解者である、そんな風に近付いて絡め取るさまはまるで蜘蛛のようでもあるなと自嘲する。
 このいびつな関係に彼が友人という名を与えてくれた。免罪符を片手に、一歩踏み出してしまおうか。
 ヘルメスの左手をすくい、恭しく捧げ持って唇を落とす。
 彼の瞳に灯った情欲の炎を見逃すはずはなかった。


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