さめしし。ちょっとした隠し事が即座にバレるししがみさんと、それなりに驚かされたさめ先生です。
2024/08/23のワンドロのお題「謝罪」をお借りして書きました。初のワンドロ挑戦でしたが、集中して楽しく書けました!
@5_bluedaisy
ハンバーグの最後のひとかけらを、ゆっくりと味わって飲み込む。
ナイフとフォークを置き、ごちそうさまでした、と手を合わせると、キッチンにいた獅子神が振り返った。
「お、今日も完食! 先生、深夜でもよく食うよなー」
「今日は昼にサンドイッチを食べたきりだったからな。空腹だった」
そのサンドイッチも半分食べたところで、急変だと病棟から呼び出された。そのまま緊急手術に入るはめになって、出てきたらもう日が暮れていた。それでここに来るのも、かなり遅くなってしまったわけだが。
それでも獅子神は、いつものように迎えてくれる。
温かい食事を準備して、私に笑いかけてくれる。
「それに、あなたの料理はいつも美味い。いくらでも食べられる」
感謝の気持ちを込めて付け加えると、獅子神は流しの水を止めてから手を拭いて、こちらへ歩いてきた。
「そりゃどーも。でも、いくらでもってわけにはいかねーだろ。腹、壊しちまう」
「私を誰だと思っている。そんなマヌケな真似はしない」
「へーへー。言ってみただけですよ、お医者サマ」
苦笑しながら獅子神が、空になった皿を下げようとする。少量のソースだけが残った平皿を手に取り、茶碗や汁椀、小鉢などを重ね、箸とカトラリー類を纏めたところで一瞬、私を見た。
空色の瞳が、わずかに色を深める。小さく素早く動いて、私のあちこちを見る。
すぐに元に戻ったが、探るような視線が気になった。
「じゃあオレ、片付けしちまうから。風呂沸いてるから、お前は先に入って……」
「獅子神」
私は、テーブルを離れようとした彼を呼び止めた。かちゃり、と手にした皿を揺らして、獅子神の動きが止まる。上腕の筋が不自然に収縮したのが見てとれた。
やはり、動揺している。
いったい何を、私から確かめようとしたのか。
「……何だよ、村雨」
「それはこちらの台詞だ。先ほどの、あなたの視線は何だ? 私の、何を確かめようとした?」
「いっ⁉︎」
あからさまに驚いた顔で、獅子神が半歩後ずさる。それでも皿を落とさないのは流石と言うべきか。
私はコップの水を飲み干して、ゆっくりと立ち上がった。
「恋人が作ってくれた美味い食事を平らげ、今日一日の疲れを吹き飛ばす幸福に包まれていた私に、特段に不審な点があったとは思えない。なのに、駆け引きの下手なあなたがわざわざ探りを入れようとしたということは、それなりの案件が食事に潜んでいたと考えるべきだ」
一歩ずつ、獅子神に近づいていく。引き攣った顔のままで獅子神は後退し、遂にはキッチンのカウンターに腰がぶつかった。
構わずに、距離を詰めていく。
「食事を作ったのはあなたなのだから、何を仕掛けるのも好きに出来ただろう。害を為すようなことをする筈はないから、味付けか、または食材か……いったいどんな秘密を隠して、食べた私の反応を見ようとした?」
「一瞬見ただけで、何でそーなるんだよ! ほんと、お前は……っ」
ひくひくと震える頬に、左手を伸ばす。指先で筋肉の痙攣を辿り、唇に触れた。
「む、村雨」
「怒っているわけではない。ただ、知りたいだけだ。さあ」
言え、と視線に力を込める。指先で彼の唇を割り、歯列を撫でる。
獅子神はぎゅっと目を瞑り、それから叫んだ。
「すっ……すまねえ村雨! オレ、その……実は……」
「いいから、早く言え」
「今日のハンバーグに、すっげぇたくさんの人参入れてたんだ! ごめん!」
「…………は?」
私は拍子抜けして、何ともマヌケのような声を出してしまった。
「人参、だと?」
「あ、あぁ……黙ってて悪かったよ」
獅子神は持ったままだった皿や箸をカウンターの上に置いて、うなだれた。
「でも先に言っちまったら、食わねえか、食うにしても身構えちまうだろうなぁと思って……かなり細かくすり下ろしたし、味でバレねぇ自信もあったし。だったらそのまま食ってもらったほうが、って」
「確かに、そんなに大量の人参が入っていたとは思わなかった。多少、軽い味になっているとは思ったが、ソースが味わい深くて気にしなかったな。普通に、美味かった」
「だろ? へへっ」
「しかし、どうしてそんな手間のかかることを」
私は料理の類はしないが、それくらいのことは推測できる。いくら獅子神が料理が得意だとはいっても、試行錯誤も含めて、いつもより余計な時間がかかったことだろう。
それを私のために、わざわざ。
「あー、うん……」
獅子神はぽりぽりと自分の頬を掻くと、話し始めた。
「ほら、人参ってビタミンAが多くて、目に良いって言うだろ? お前、最近しょっちゅう目の周り揉んだり、本読んでても目を離す回数増えたりしてるし、さ……体の疲れをとるだけじゃなくて、何かそういう、目のためになることしたほうがいいんじゃねーかな、って」
「……よく見ていたな」
私は本心から呟いた。
確かに最近、目が疲れやすい気がしてはいた。獅子神に指摘された行動も、心当たりがある。が、それを獅子神が気づいていたとは思わなかった。
「まぁお前のことだし、普通の対策なんかはしてるだろ。で、オレに出来ることっていったら、料理かなって。でも、ただ野菜出しても、お前なかなか食わねえし。それでハンバーグにしたんだよ」
「なるほど……」
頷きながら、今日の献立が思い出された。
ハンバーグの付け合わせは、ブロッコリーとかぼちゃと人参。味噌汁の具は、ほうれん草に切り揚げ。ヨーグルトにかかっていたのは、ブルーベリーのジャム。
一般的に目に良い成分が含まれているとされる食材が、ふんだんに使われている。
「でも黙ってたのは、騙したみたいでやっぱ悪かったよな。ごめんな、村雨」
「……獅子神」
私は首を振って、正面から彼を見つめた。
「そんなことはない。謝らなくていい、獅子神」
「村雨……」
「私のためを思って、してくれたことなのだろう? むしろ、私があなたに礼を言わなくては」
両手を伸ばして、彼の頬を包んだ。美しく、やわらかい唇にそっと自分のそれを重ねる。
「ありがとう、獅子神。ぜひ……また作ってくれ」
「おう、任せとけって。でも、普通の野菜もちゃんと食えよ、先生?」
「……善処しよう」
くすくす、とどちらからともなく笑いが漏れて、二人で微笑み合う。
それからしっかりと抱き合って、深く長いキスを交わした。