@akirenge
【香りの記憶】
「……トイレの芳香剤の匂いがする……」
「連想がそれになるのか。ラベンダーだが」
オンボロ寮の監督生であるララは鼻を抑えた。
ラベンダーの匂いが実験室に充満している。グリムが引っ繰り返したらしい。背後に立っているのはデイヴィス・クルーウェルだ。
何の予定もなかったララは放課後は久しぶりにゆっくり過ごそうとしていたのだが、クルーウェルに笑顔で、恐ろしい笑顔で呼び出された。
逆らってはいけないとなっていたが原因はこれだ。
「北海道土産でもらったラベンダーキャラメルとジンギスカンキャラメルが」
「ホッカイドウとはどこだ」
北海道、元の世界の地名を呟いたらだがこのツイステッドワンダーランドに北海道はない。ラベンダーといえばトイレと北海道になってしまっていた。
もっといい想像が出来たらよかったかもしれないがララにはこれ以上の想像は無理であった。
「グリム……私の嫌な記憶を想いださせて」
「連帯責任でグリムを連れてこさせようとしていたが怒っているのはそこか」
「余りにも不味くて。この匂いのせい」
片付けぐらいならやる。やってもいいが、匂いによって引き出された記憶の方がきつい。ラベンダーキャラメルとジンギスカンキャラメル、
特に後者。羊肉を焼くのはいいがキャラメルにするのはどういった発想なのだろうとなる。
元の世界にいる双子の弟が友人からもらったお土産を分けてくれたのだが、その友人は受け狙いで買ってきたらしい。
食べたら鼻の奥からラベンダーの香りがしてきつかった。
「匂いは重要だ、フレグランスがあるだろう」
「……想いだす……バイトしていたカフェでぶちまけれたキャラクターモチーフの香水……カップリングの解釈違いで殴り合う客」
「ステイ。お前はたまにズレ……たまににしておいてやろう……ズレるな」
「ほぼズレてるって言ってません? 掃除はしますけど、暫くは匂いが取れそうにないような」
重要としてもララが思い出すのは元の世界のことで、彼女は本来ならば二十一歳だが、何故かこの世界は若返って、高校生時代の姿になって
学生生活をしている。短大も出ているが学費などのためにバイトをしていたことがあり、バイトで働いていたのは女子のオタク専門のカフェサロンだった。
ララはオタクではないのだが、紹介されて働いていたら仕事を認められていた。
働きやすい職場だったがごくごくたまに喧嘩が起きる。キャラクターグッズにはキャラクターをモチーフにした香水もあった。
買う人は買うんだろうとなっているララだったが、働いていた時にキャラクターをモチーフにしていた香水が持ち込まれて、解釈違いで喧嘩になり、
取っ組み合いになり、香水が割れたのだ。あの匂いは忘れられない。
「それは魔法で何とかできる」
「掃除はします。……フレグランスつけないから、良く買うな、って」
「つけないのか」
「……学生的にはどうかと……? ああ、でも認識のためにつけるのは分かる」
趣味が分からないとなってしまったのは、ララはフレグランスをほぼ使わないからだ。使うときは使うが身だしなみなどで使うんだろうなぐらいの認識である。
学生らしい答えにしてみたが、上手く答えられたかは不明だ。良く買うな、になってしまったのは出す人はお金を出すのだろうが出すんだろうなとなる。
「認識」
「匂いで、このキャラクターが好きなんだとか分かる人には分かるので」
ララは飲食店のバイトを多めにしていた。フレグランスは邪魔にならない程度につけるものだったし、香水の認識は香りで認識させるためとか、
妄想のためとかは知っている。
手慣れた様子でララは掃除用具を持ってきた。ラベンダー液がガラス瓶に入っていて、まずはガラス瓶を箒でチリトリに集める。
クルーウェルは何かを考えこんでいるようだった。さくさくとララは掃除を終えていた。
オンボロ寮でグリムを怒る気にもなれなかった。香りというのは記憶を引き出しやすいものらしい。元の世界のことが浮かぶ。
案外、香りというのは馬鹿にはならない。料理だって香りは重要だからだ。元の世界のことはたまに記憶から削られそうになるのだ。
「今日はグリム。トラブルを起こさないように」
「……分かったんだゾ」
次の日になり、魔法薬の授業があったのでグリムには言っておく。上手く眠れなかった。授業の喧騒が遠い。
こんな時に大切なのは、粛々とやることだ。クルーウェルの説明は聞こえる。意味は分かる。良し、となりつつ、授業をこなしていく。
授業はあっという間に終わっていた。ラベンダーの匂いはしない。魔法で消えるようだ。
「終わった」
「子分。眠そうだな」
「眠れなかっただけ。眠りが浅くて……次の授業は……なんだっけ」
「飛行術だゾ」
バルカス先生かとなる。あの先生はとても元気だ。煩い領域で元気だけれども。
昼休みまで持たせれば仮眠が取れるだろうとなる。とにかく眠りたいとなっていた。飛行術の授業はグリムを見ているぐらいなので、問題はない。
実験着から体操服に着替えて、ララは授業に出た。彼女はナイトレイヴンカレッジで魔法が使えない。
そのため飛行術はグリムと共に乗るかだが、その時は誤魔化そうとしていたのだけれども、
「ん?」
他の生徒が箒で空を飛んでいて、見上げていたら空中から何かが落ちてきて――。
意識が飛んだ。
暗転。
闇が続く中、鼻が感じ取ったのは、嗅ぎなれた匂いであった。
「子犬」
「……匂いでクルーウェル先生と分かった……フレグランス」
「解るならいい。放課後だ」
「……え? ……時間ワープ?」
「ステイ。箒で空を飛んでいた生徒の多機能情報端末がお前の額に落ちた。多機能情報端末のカバーが固いもので直撃を受けたお前は倒れた」
時間が飛んでいた。昼休みはとっくに過ぎていた。他の生徒の体操着のポケットに入れておいた多機能情報端末がララの額に落ちたらしい。
クリーンヒット。ララは倒れた。倒れていた時のことなんて記憶にないがそうらしい。
「うわぁ……私、寝すぎ」
「寝ていなかったとグリムが言っていたがそのせいもあるだろう」
「眠れなくて……匂いでいくつか想いだして」
元の世界のこととか、どうしてここにいるのだろうかとか睡眠時間は奪われていて、動いていたら強制終了した。
クルーウェルはグリムに聞いていたらしい。
「そうか」
「……でも、先生が引っ張ってくれたところはある、から……安心した」
闇がずっと続いて、闇が自分をとらえそうなところはあったのだけれども、覚めた。クルーウェルは薄めだがフレグランスを付けている。
香りが、残っている。
「フレグランスは選ばない方か」
「ああ、うん」
「いい匂いは覚えておいた方がいい。後で教えてやろう」
(先生の。匂いが……)
曖昧に答えているがフレグランスは選ばない。自分につける香水は選ばないのだ。購買に当たるあの店は品ぞろえが豊富すぎた。
ナイトレイヴンカレッジはおしゃれの度合いがララがかつて通っていた高校よりも多い。
「どうした」
「落ち着くなって。匂い……」
「フレグランスは自分で調合している」
「さすが先生……」
残る香りは落ち着きを取り戻させてくれる。調合ぐらいはできるだろう先生はとなる。先生だし。
安堵と共にララは意識をまどろませようとして、
「私って、ここに来るとき、バルカス先生に担がれて……?」
「俺が運んだが」
運ばれた経緯を聞いてみたが、軽く状況が説明されて、ララは布団に潜り、被る。
落ち着くまでには時間がかかりそうだった。
【Fin】